File 18.5 衣装チェンジ再び
「パーティの余興?」
「そうなんだよ」
シン先輩が居なくなり、新人が来るまでしばらくの間一人で仕事をしていたある日のこと。突然課長に呼び出されたかと思えばとあるパーティの余興に出て欲しいと言われた。
一体何なんだろう、私一発芸とか出来ないんだけど……。
「実は近いうちに上層部……協会の他の課の人間や幹部が集まってパーティのようなものが開かれる予定でね。定期的にそういう会は開かれているんだが、そこで情報交換や交流のようなことをやっているんだ」
「死んでからもそういうのって変わんないですね」
「それでシュリちゃんには死神を代表してちょっとしたパフォーマンスお願いしたいんだ」
「いや無理です」
思わず真顔で即答した。そんなお偉いさんが沢山来るパーティで余興とかどんな罰ゲームだ。
「まあそう言わずに」
「無理ですってば! 大体余興って何をやらせる気ですか」
「やること自体はいつもの仕事と変わらないよ。いくつかの魂を……あ、勿論本物じゃなくて研修の時みたいに擬似的なものだけど、それを皆の前で回収して欲しいんだ」
「……そんなことでいいんですか?」
「まあ配置する魂は悪霊を模したものになるからちょっと戦うことにはなるけど。こんなに実力を持った死神がいるんだって、他の課とかの連中に実戦部隊のアピールをしたくてね」
正直ここだけの話だけど、と課長が難しい表情を浮かべて足を組み直す。
「シンが居なくなってからうちの課の予算が減らされそうになってて困っているんだよ。あいつは実力は言うまでもなかったし、色んな意味で知名度もあったからね。あいつが居なくなって死神の戦力ががた落ちしたとか何だの言う輩が出てくるようになって……シンのやつ、何もしなくてもうちの課の広告塔みたいになってたからなあ」
「柄の悪い広告塔ですね……」
「だからあいつが居なくなった今、うちの死神の実力を他のやつらに知らしめるパフォーマンスが必要になってくるんだ」
「……事情は分かりましたけど、でもそれ私でいいんですか? 私よりもベテランなんて他にもいっぱい居ますよね?」
「シュリちゃんが今の死神で一番回収率も良いし、動きも派手で速いからね。他のやつに見せるにはちょうどいいんだ」
……確かにとにかく速く動いて捕まえるのが私達のスタンスだが、それをアピールに使えるんだろうか。
正直人前で、それも偉い人達の前で見世物になるのは嫌だ。だけどうちの課の予算が減らされるとつまり私の給料も減らされる訳で……おまけにシン先輩がいなくなった影響だと言われると断りにくい。別に今回は先輩が悪い訳ではないけれども。
「シュリちゃん頼む! 勿論報酬も弾むから!」
「……シン先輩のようにはいきませんよ?」
ただ、その言葉が最終的な決定打だったことは課長には秘密である。
□ □ □ □ □
そしてパーティ当日、いつもよりも少しお洒落をして――とはいっても動きやすい服ではあるが――私は課長に連れられてパーティ会場へと訪れていた。
「うわあ……」
「シュリちゃん口閉じて」
広い会場は煌びやかな装飾に溢れていて、いくつものテーブルには立食式らしく豪華な食事が所狭しと置かれている。
生前でもこんな場所に来たことがない私はあんぐりと口を開けていたが、課長に注意されて慌てて口を閉じる。人も多く、こんな場所で余興を行うのかと思わず体が震えた。
「大丈夫か?」
「な、なんとか……」
「とりあえず何か食べて落ち着くといい」
そう言って何かフランス料理のような魚を皿に乗せて渡されるが、正直全然食べたいとは思わなかった。一応礼を言って口に運ぶものの、美味しいとも思わない謎のソースの味が口の中に広がるだけだった。
まったく食欲がないとは言わない。が、何が食べたいかと言われるとこんな高級そうなものではなくもっと庶民的なものがいい。これと比べたら先輩のおにぎりでも余裕で美味しいと言える。
食べ終えると次は課長に着いて他の招待客への挨拶回りが始まった。
「へえ、この子も死神ですか」
「ええ、今のうちのエースです」
「エースねえ」
何人かに挨拶した所でその全員に見下されるような視線を向けられて思わず顔がぴくぴくと引きつる。シュリちゃん押さえて、と小声で課長に耳打ちされてかろうじて耐えてはいるものの割と限界が近い。私は生憎そこまで気が長い性質ではないのである。
その後も何人かに挨拶を終えて、少し休憩がてら壁に寄る。私はやっぱりこういうのは向いていない。課長のように腹の探り合いとか絶対にしたくない。
「課長……そろそろ怒ってもいいですか、っていうか怒りますよ」
「ごめんもう少しだけ頑張って」
「十分耐えたと思うんですけど」
「余興を見せれば皆見方も変わるだろうから、ね?」
「おや、死神課長じゃないか。久しぶりだな」
困ったような顔で私を宥めていた課長が誰かに呼ばれる。振り返った課長に釣られるように顔を向けると、そこに居たのは優雅にワイングラスを手にした三十前後くらいに見える――とは言っても外見年齢など大した意味はないが――男が近付いて来るところだった。
「広報課長、お元気そうでなによりです」
「そちらこそ。てっきりお気に入りのあれが居なくなって落ち込んでいるかと思ったがな」
広報課長と呼ばれた男は課長の前まで来ると大げさな仕草で肩を竦める。妙に様になっているのがちょっと腹立たしく見える。
「しかしそちらも大変だな。凶暴だがそれなりに使えた死神が消えたんだ。人材不足で困っているのでは?」
「いえいえ、あいつは優秀な後輩を残してくれたので僕も安心しているんです。今日もその実力をしっかり見せてくれますよ」
「優秀な後輩、ねえ……そこの女がそうだと?」
「はい。この子はシュリ。死神の中でも特に優秀な子ですよ」
男の視線が私に移り、慌てて会釈する。が、例によって酷く馬鹿にしたような表情を向けられた。
「この女があれの後釜……はっ、やはり随分と人材不足らしいな。もっとましな者も居ないのか」
「……は?」
「見かけだけでもそれなりに使えそうなものを持って来られんとこちらとしても困るんだよ。こんな女子供が死神の最高戦力など協会が落ちぶれたと天界や地獄から舐められても大変だからな。あの男は失礼極まりないやつだったがその点では周囲を牽制できる分ましだった。せめてもう少し目を引く顔なら女好きな輩の受けは狙えたかもしれんがな」
「な」
「広報課長、流石にその発言は聞き捨てならない。それに文句ならばこの子の実力きちんと見極めてから口にして欲しいものだね」
「ほう? ならばその実力とやらを楽しみにしておこう。まあ使えないのなら使えないなりに精々我々の足を引っ張らないように大人しくしているんだな。あの男のようにこちらに迷惑を掛けることだけは止めてほしいものだ」
言いたいだけ言い終えると、男は興味を失ったかのようにさっさと踵を返して離れていく。そしてそんなやつの背中を、私は思わず視線がぐさりと突き刺さってもおかしくないほどに思い切り睨み付けていた。
「……」
「あの男は、まったく……シュリちゃん、彼の言うことは気にしないで――」
「課長すみません私ちょっと抜けます」
「は?」
「時間までには戻るので!」
ちょっとシュリちゃん! と声を上げる課長に構わずに私は一目散に会場を飛び出した。
言われっぱなしは性に合わない。あの広報課長も、そして他の上層部も人達も全て見返してやらないと気が済まない。
「今に見てろ……!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの子はどこに行ったんだか……」
まもなくに迫るパフォーマンスの時間を気にしながらため息を吐く。時間までには戻ると言ってはいたので大丈夫だとは思うが、一体彼女はどこで何をしているのか。去り際の様子からして逃げたということはないだろうということは分かるのでまだいいが。
それにしてもあの男――広報課長は昔からちっとも変わらない。悪人という訳ではないのだが、とにかく死神や協会の対外的なイメージばかりに拘っている所がある。そういう仕事だと言われればそれまでなのだが、それでも見た目に対する偏見は強く言い方も嫌みったらしい。そのうち誰かに刺されるんじゃないだろうか。
……まあ今回は元々シンに対する恨みが強かった所為でシュリちゃんに当たった可能性も強いが。
「……時間か」
会場前方の舞台、その空間が大きく拡張されて市街地のように建物が聳え立つ。ここに悪霊の群れを配置し、そしてシュリがそれを捕まえるというパフォーマンスだ。
しかし周囲の反応は芳しくない。魂の回収など、ただの死神の仕事を見せられても興味を引かれないのだろう。
会場の証明が落とされて舞台にライトが当たる。すると彷徨っていた悪霊の魂が人型を取り、各々凶器を片手におどろおどろしい表情が次々と浮かび上がった。そして現れた悪霊の数に、雑談をしていた幹部達も思わず前方に注目した。流石に数が多すぎるのではないかと、そう口々に呟きながら。
こうでもしないと注目を得られないだろうと、シュリちゃんには悪いが相当の数と強さの悪霊を用意させてもらった。だが彼女ならば大丈夫だろうという確信があったのも確かだ。
あいつが消える前にシュリちゃんの実力については聞いている。あの妥協を許さないシンから「問題ない」という言葉を勝ち取った彼女ならばこのくらいやってくれると信じている。
問題は結局あの子が戻ってきたのかということだが……そう考えていると、司会が準備が出来たとばかりに片手を上げた。
「それでは――死神シュリ、前へ」
マイクを通じて会場にその声が響いた瞬間、舞台中央にすた、と一つの影が降り立った。ライトを浴びて真っ黒な影を伸ばしたそれを見た瞬間、周囲の何人かが息を飲んだのが分かった。
現れたのは“黒”だった。
手の先から足首までの真っ黒なローブと頭をすっぽりと覆うフード。手に持つのはいくつもの傷が付いた死神の鎌。きっとこの会場の誰もが、一瞬同じ人物を想像したことだろう。
「シン……?」
思わず呟いた瞬間、その黒が弾かれるように足下を蹴った。
一瞬にして一番近くに居た悪霊が鎌によって捕らえられる。攻撃も逃走も一切合切許さない勢いで悪霊を回収すると、すぐに素早く身を翻して近寄ろうとしていた悪霊に狙いを定めてそれは動く。
真っ黒なローブの裾がふわりと踊り、まるで瞬間移動をしているかのような速さで動きどんどん魂を回収していく。時に鎌を大きく振り回し多数の悪霊を一気になぎ払い、上に跳躍して攻撃を避け、強烈な蹴りと共に悪霊を床に叩き付けて鎌を振るう。自分のように速さに目が慣れていない者には、きっと何が起こっているのかも正確に理解できていないであろう。
「……あ」
悪霊に全く反撃をさせない圧倒的な力を持って制圧している黒に、最後の足掻きとばかりに残りの悪霊が一斉に襲いかかる。その全てを避けきったかと思ったが、その時宙返りをした所為で目深に被っていたフードがとうとう外れた。
そこから顔を見せたのが若い女だと分かった瞬間、会場中がざわめいた。勿論誰も今はいないシンだとは思っていなかっただろうし、何なら先ほどシュリの名前まで紹介があった。だが実際にその顔が見えるまで、彼らの頭の中には確実のあの黒衣の死神の姿があったのだろう。
「――」
全ての魂を回収した途端、不意にシュリちゃんと目が合った。そして少し苦笑したような表情を浮かべた彼女が小さく口を動かして何かを言う。声も聞こえないそれが何を言っているのか理解する前に、刹那彼女は舞台から姿を消した。
「……え」
「消えたぞ」
消えたシュリちゃんの姿を探して辺りを見回す。僕はそんな周囲の人間と同じように彼女探しながら、先ほどの口の動きを思い出す。
……恐らく、「ごめんなさい」と言っていた。
「――いかがでした?」
その声は思ったよりも近くから聞こえてきた。
「な、貴様……」
「あなたが気にする見た目も変えてきましたよ。これでもご満足いだだけませんか?」
広報課長の真後ろ。フードを被り直していつの間にかそこに立っていた彼女は、振り返ろうとした彼の首元に手にしていた鎌を素早く突きつけた。
「それともまだ足りないというのなら……あなた相手に直接実力を見せても構いませんが、どうします?」
首すれすれにある鎌は以前とは違い大鎌の形状ではない。だがそれがどうしたというのか。多少形が変わろうとも、あの鎌は十分に首を跳ね飛ばすくらいの力はある。ましてやそれを持つのがシンや……このシュリちゃんなら尚更だ。
今し方彼女の実力を直視した彼もそれを理解したのか、思わずぴしりと体の動きを完全に止めた。
フードの奥に見える口元が僅かに吊り上がったのを見て、僕は頭を抱えたい気持ちになるのと同時に大笑いしたくなった。
ああ、そっくりだと。
思い出すのは百年近く前のこと。新しく上層部に入ってきた男――広報課長にいちゃもんを付けられたシンが真っ黒な服で鎌を突きつける姿だ。シュリちゃんはそれがこの男だったとはちっとも知らないはずだが、奇しくも同じ状況が繰り返された訳だ。
シンのパートナーだった頃はやつのフォローに回ることが多くあいつのインパクトに隠されていた部分もあったが……あの脱走事件を例に挙げるまでもなく、シュリちゃんは案外過激派なのだ。あいつと馬が合っていたのだから今更考えるまでもないことだった。
「……ああ、そうだ」
固まった男を見て満足そうに鎌を下ろしたシュリちゃんは、誰もが動かない中で挑戦的な声色で告げた。
「何なら、黒衣の死神の再来とでも宣伝してくださって構いませんよ?」
「ふ、ははっ……!」
フードの中でどや顔で言っているであろう彼女を想像してとうとう堪えきれなくなった。周りを気にせずにすたすた去って行く小さな黒い背中を見ながら、本当にあの子は、と緩む口元を押さえた。
調子に乗るな、とあいつが居たら今頃引っぱたかれていたであろう光景が目に浮かんだ。
□ □ □ □ □
「……まさかホントにやるとは思いませんでした」
私がぽつりと呟くと、目の前に居た課長が笑いを堪えたような顔をした。
課長に渡されたのは死神界の広報誌。数ページあるそれのとある一ページに『死神シンを継ぐ新たな黒衣の死神』という見出しがあったのである。
内容はというとシン先輩の後釜として私の紹介、この前のパーティでの余興の話、先輩に負けず劣らず実力のある死神であるというアピールだった。
「彼も使えるものは使うタイプだからねえ。何だかんだシュリちゃんの実力は認めたから広告塔として使うことに決めたんだろう。まあ個人的は恨みは深くなったかもしれないけど」
「文章に所々悪意ありますもんね……」
一応お飾りの後釜ではないことは書いてくれているが、前パートナーの素行や凶悪な性格まで見事に引き継いだ……などとさりげなく書かれている。誰が凶悪な性格だ。
「それにしても、その格好は見た時驚いたよ」
「ああ、これですか。先輩の威を借りるのもどうかと思ったんですけど、やっぱり舐められたままだと許せなかったので」
私は着ている真っ黒なローブを見せるように課長の前でくるりと一回転する。
この格好のインパクトは絶大だ。あの時は相当頭に来ていて、会場を抜け出した私は全速力で商店街の洋服店に駆け込んで「シン先輩と同じローブ下さい!」と叫んだ。
実は先輩が居なくなってから、この店では真っ黒なローブをあの死神シンの衣装という謳い文句で売り出していた。しかしあの先輩と同じ格好など恐れ多いと(コウジ先輩談)言う人や……多分普通に服のセンス的な問題で買う人はおらず、ずっと売れ残っていたのだ。
しかし元々あまり入荷していなかったのか先輩と同じサイズのものしかなく、私は裾を引き摺りかねない大きなローブであのパフォーマンスに挑む羽目になってしまった。
「まあそういう訳で、シュリちゃんのその格好の話は広がっちゃったからこれからもそれでよろしく」
「ええ!? これ重いしめっちゃ視界悪いんですけど!」
今日はもう一度これで来いと言われたから来たが……途中で会ったクマさんには「あの先輩のこと好き過ぎだろ!」とさんざん笑われたし、同じく会ったナオは先輩を思い出したのかうげ、という顔をしていた。
「あんな沢山の人の前で色々やらかした罰だよ。……あの後色々と大変だったんだからな?」
「……先に謝ったじゃないですか」
「謝れば済むと思うんじゃない! どこまでシンに似たら気が済むんだ君は!?」
まあ上層部に鎌を突きつけるなんて先輩のようなことをやってしまったと思ったが、やってしまったものはしょうがない。
「シュリちゃんの実力が上層部の想像を上回っていたらしく予算は減らなかったからそこは褒めてもいいけど、その代わりに当分その格好で死神を宣伝してもらう。上司命令だよ」
「そんなあ……」
重たいローブの中で肩を落とす。重いというのも問題だが、こんな先輩のコスプレみたいな格好で過ごすなんてすごく恥ずかしい。
「……ふっ、くく」
「課長?」
「シュリちゃん、君……口しか見えないけど――嬉しそうだね」
……は!? 誰が!




