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File 00 初めまして、先輩




「行ってきます!」



 慌ただしく家を飛び出して、私は真新しい鞄を振り回すようにして最寄りの駅まで全速力で走り始めた。

 今日は高校の入学式だ。だというのに色々と準備に手間取って予定よりも家を出る時間が遅れてしまった。急いで走ったおかげで駅には五分で到着したのだが、改札で初めて使うICカードにもたもたしてしまって周りのサラリーマンに睨まれてしまう。


 昔から何故か電車が苦手で極力電車には乗らないで生きてきたのだが、高校に進学してどうしても電車通学にならざるを得なくなった。ちなみにどうして電車が苦手なのかはちっとも分からない。覚えていない程小さい頃に何かあったのか、生理的に合わないのか。このことを話した友人には「前世で電車にでも轢かれたんじゃない?」と軽口を叩かれた。



「――まもなく、三番線に電車が参ります」

「何とか間に合った……」



 階段を駆け下りてホームに辿り着くとちょうど乗る予定の電車のアナウンスが入った。ホームは通勤、通学ラッシュで沢山の人で埋め尽くされており、この人達が全員電車に詰め込まれるのかと思うと乗る前から憂鬱な気分になってきた。


 階段を降りたばかりの場所は人が多すぎて乗り込めないかもしれない。少しでも空いている場所はないかと、人混みをかき分けて階段横の狭い場所を、黄色い線ぎりぎりを歩いて通り抜ける。


 ――と、その時。背後から電車が近付いて来る音が耳に入って来た。



「……あ」



 その一瞬、無意識のうちに私の体が固まった。どんどん近付いて来る音に気を取られていると、突然止まった私が邪魔だったのか、舌打ちと共に後ろを歩いていた人が私を押しのけるようにして前に出る。


 普通の人だったらよろけることもなかったくらいの衝撃だった。……しかし、今の私は軽く押されただけであっさりとバランスを崩してしまったのである。



「っ」



 驚いたまま体は線路の方へぐらりと傾く。無意識のうちに誰かに助けを求めるように手を伸ばした私は、更に大きくなっていく電車の音に強く目を瞑った。



 落ちる。私は、また――









 目の前が真っ暗になった瞬間、伸ばしていた手が誰かに強く掴まれるのを感じた。



「あ」

「何をしてる、危ないだろうが」



 はっと目を開けると、そこに居たのは学ラン姿の男の子だった。私の手を痛いほど強く掴んだ彼は勢いよく私を引き寄せ、倒れそうになっていた体を立て直してくれた。

 直後、背後で電車がホームに滑り込んで来る。あまりのタイミングに思わず背筋がぞっとした。あのまま落ちていたら間違いなく電車に轢かれているところだったのだ。無意識に震える手が助けてくれた彼の腕を縋るように掴んだ。



「あの、ありがとうございました……」

「……」



 助けてくれた彼を至近距離から見上げると、ぎろりとした鋭い視線と目が合った。改めて見てみるとものすごい目付きの悪い人だ。

 ……だけど何故か私はそれを怖いとは思わなかった。それどころか、前にもこの鋭い目に睨まれたことがあったような気がして、どこか懐かしさすら感じてしまっていたのだ。



「あれ……」



 その時、ぽたりと目から涙が一粒零れた。なんで泣いているんだろう。轢かれそうになった恐怖が今やって来たのか、それとも別の理由なのか。



「おい」

「え」

「電車」



 あ、と気付いた時には既に他の人が乗り込んだ電車はホームから出て行ってしまった。初日から遅刻だ。

 そしてそれだけではない。私が腕を掴んでしまった所為で目の前の彼もあの電車に乗ることができなかったのだ。



「す、すみませんでした!」



 大慌てで腕を放して飛び退こうとすると、「馬鹿か、だから危ないと言っているだろうが」と彼は再び私の手を取ってホームの広い場所まで連れて行ってくれた。口は悪いがいい人だ。



「……その制服、うちの学校か」

「え」



 さっきまでとは違い人気のなくなったホームで彼が呟いた声に顔を上げる。彼の真っ黒な学ランでは学校の判別はできないが、私のセーラー服はリボンの色や細かなデザインですぐに学校が分かる。



「東高ですか?」

「そうだ」

「じゃあ同じ学校ですね。私は一年の守屋樹里もりやじゅりっていいます」

朝木真司あさぎしんじ、二年だ」

「あ、先輩だったんですね」

「……」

「どうかしました?」

「いや……何か、昔……なんでもない」



 先輩だったらしい彼を見上げると、どこか不思議そうな、何やら腑に落ちないと言った感じの表情をしていた。



 二人で並んで次の電車を待つ。次の電車はまだもう少し後で、もともとぎりぎりだった為電車から降りてからどんなに走っても間に合いそうに無い。



「先輩まで遅刻させてすみませんでした」

「別によくある、大して問題でもない」

「いやそれが問題じゃ……あーあ、せっかく部活推薦もらったのに内申下がりそう」

「部活?」

「はい、陸上部です」

「……俺も陸上部だ」

「偶然ですね」



 東高はインターハイ常連校でかなりレベルが高い。ということはこの先輩もすごい人なのかもしれない。



「うちの部は全国レベルだ。精々足手纏いにならないようにするんだな」

「望むところです! これでも中学の時はエースだったんですからね」

「ふん、東高陸上部の現エースに向かって大口を叩くとはな」

「え」

「そこまで言うのならどれほどの実力なのか楽しみにさせてもらう」

「……すみませんちょっと調子に乗りました」

「だからお前はいつもすぐ調子に……」



 言い掛けた先輩が目を瞬かせて言葉を切った。口元を押さえて「いつも……?」と彼が小さく呟いた瞬間、次の電車が来るアナウンスがホームに響いた。



「あ、来ましたね」

「そうだな。……おい、手を貸せ」

「手?」

「またよろけてホームに落ちても迷惑だ。さっさとしろ」

「……はい」



 同じ学校の先輩とはいえ初対面の人間と手を繋ぐのは躊躇う。しかし先ほど助けてもらったからか、私は自然と頷いて先輩に向かって手を差し出していた。


 先ほどよりも乗客の少ない電車がホームに入ってきて扉が開かれ、そして私は先輩の手に引かれて電車に乗った。

 何故かその時にはもう、電車を怖いとは考えていなかった。













 ■ ■ ■ ■ ■







「転生をあと三十年ぐらい待たせろって、願いは本当にそれでいいのか?」

「ああ」



 あの眼鏡――死神課長に転生時の願いを尋ねられ、ずっと考えていた言葉を口にした。するとやつは成程そう来たか、と頷いて少し難しい顔で腕を組んだ。



「出来ないとは言わせない」

「いやまあ願いの中では楽も楽だが……お前は結局、差し詰めあの子と同じ時代に転生したいってことだろ? 記憶は勿論封印するし、それに世界も広い。そんな都合良く会えるかは別問題だぞ?」

「そんなことは承知だ。そこまで楽観的ではない」



 こいつの言う通り、同じ時代に生きても出会える人間など世界中の人間の中でごく僅かだ。だがそんなことは最初から分かっていて願いを選んでいる。


 記憶は無くても別に構わない。どのみちお互い別の人間として生まれ変わるのだから、新しく出会い直すだけのこと。記憶がなかろうと、魂の本質は変わらない。あいつは、あいつのままだ。



「じゃあどうするんだ?」

「簡単な話だ。願うのは俺じゃない」

「ん?」

「もう一度出会う、それはあいつが願うことだ」



 あいつは、シュリは絶対に会いに行くと言ったのだ。俺相手に追いかけてとっ捕まえるなんて断言したのだ。なら俺は、あいつに言った通り追いついて来るまで待つだけだ。


 俺がそう告げると、目の前の男はきょとんと目を瞬かせた後「ふっ」と小さく噴き出すように笑った。



「二人の願いを合わせる訳か、ホントに夫婦仲がいいことで」

「……」

「願いは了解した。もう思い残すことはないか?」

「無い」

「ならばこれから転生作業に入る。本来ならこのまま魂を新しい器に入れるが、お前の魂はこの先三十年きっちり管理しておいてやる」



 あの扉の先に入れ、と奥にある白い扉を示されて立ち上がる。そしてその扉のドアノブを握って開こうとしたその時、背後から声が掛かった。



「お前もシュリちゃんも、次は死神になんてなるなよ」

「……ああ」



 振り返らないままこくりと頷いて、白い扉の先へ足を踏み入れた。






 長い間、ずっと一人だった俺の傍に初めて寄り添おうとしたのはシュリだった。自分を頼れと、そんなことを言ったのはあいつだけだった。


 シュリと過ごす時間。くだらない言い合い、死神の仕事、顔を合わせての食事。それら一つ一つが、いつの間にか当たり前の日常になっていた。

 あいつの前で気を抜く時間が増えた。無駄だと言っていた食事をすることも、与えられた家で生きている人間のように暮らすことも、あいつの所為で俺はどんどん変わっていった。

 何十年も動かなかった心が、たった数年であっという間に色んな感情を持つようになったのだ。


 魂を揺さぶられるような激情があった訳ではない。それでも、シュリと過ごす特別でもなんでもない日常に酷く居心地の良さを覚えて、次第にそれを愛おしいと思うようになった。ずっと一人で居た癖に、一人で居ることに苦痛を感じるようになる程に。



「……シュリ」



 白い扉の先は全てが真っ白な空間だった。扉が完全に閉まった瞬間、手や足の先が少しずつ消えてゆき、このまま自我も何もない魂になっていくのだと分かった。


 どんどん体が消えていく。そして顔まで消えるその瞬間、俺は性格や矜持が邪魔してついぞあいつに言えなかった一言を口にした。



「俺は、お前を――」














 そして――彼は今度こそ、線路に落ちる彼女の手を掴む。





最後までお読み下さってありがとうございました。

2019年2月27日の活動報告にシン視点メモ置いておきます。

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