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File 17 時間が流れました




 ……



 …… ……。




「せんぱーい、浮遊霊四体捕まえて来ましたよー」

「俺は五体だ」

「うわ、また負けた」



 今日は勝てると思ったのに、と肩を落とす。先輩に勝ったのは数えるくらいだ。いつも大体負けている。



「時間だ、帰るぞ」

「はーい、今日給料日ですしね!」



 いつも通りの仕事をこなした私達は、いつも通り死神界へと戻って課長の元へと向かった。




 いつも通り……そう、死神の仕事を初めてから今まで、三十年間ずっと繰り返していることだ。







「課長、仕事終わりましたよ。給料下さーい」

「はい、二人ともお疲れ様」



 いつも通り穏やかに微笑む課長に迎えられて封筒を渡される。その厚さから今月も中々のものだったらしいと無意識に口元が緩む。



「あ、そうそう。シュリちゃん、そろそろ家とかどうかな」

「家ですか?」

「うん、君の仕事振りならもう申請通ると思うよ」



 今の私の家は最初に与えられたものより一つグレードアップしている。部屋を移ったのは十年を過ぎたあたりだったはずだ。それから二十年今の家だが、正直一軒家の方がいいかと言われると少し悩む。

 確かに広いし隣の部屋を気にすることはなくなるが、一軒家になれる条件を満たしても結構お金が掛かると聞く。それに……。



「必要ない」

「シン、僕はシュリちゃんに聞いてるんだが」

「こいつはうちに居るからわざわざ新しい家など必要ないと言っている」

「ちょ、先輩!」

「え? ……へえ、そうかそうか」



 先輩がさらりと暴露した言葉を聞いて課長が面白そうににやりと笑う。何課長にばらしてるんですか!



「い、いつもじゃないですから! 週四ぐらいですし!」

「はいはい、通い妻ね」

「話聞いて下さい!」



 私が喚こうが課長は更に面白がるだけだ。いつからかやたらと妻だの夫婦だのと揶揄うように言われて非常に困っている。そういう悪い冗談はやめてほしい。先輩に何を思われるか毎度毎度心臓が痛くなる。



「話は終わった。さっさと帰るぞ」

「え、はい……」



 そして先輩は毎回一切反応せずにスルーしており、それがまた微妙に心に痛い。じゃあどんなリアクションならいいのかと言われると困るのだが。

 先輩に促されて部屋を出て行こうとする。しかしその直前に「あ、ちょっと待った」と課長の声が掛かった。



「シン、お前だけ残ってくれ。少し話がある」

「……シュリ、先に戻っていろ」

「じゃあご飯の準備して待ってますね」



 今日は一週間に一度のご飯の日だ。せっかく給料が入ったしいつもよりも豪華にしようかと考えながら部屋から出て行くと、扉が閉まる直前に「やっぱり夫婦……」と呟いた課長の声が聞こえた。


 夫婦なんかじゃない。







 □ □ □ □ □







「いただきます」



 ……夫婦なんかじゃないのだ。三十年間、先輩との関係は悲しいほど一切変わっていないのだから。


 目の前で湯気を立てるおでんを食べながら、私は目の前にいる先輩を窺った。彼は柔らかく煮えた大根を無言で口に運んでいるところで、その顔は無表情のままだ。何を考えているのかさっぱり読み取れない。……表情から推測できないだけで、多分思考はほとんどおでんに奪われているだろうと予想はつくが。



「そういえば、課長の話って何だったんですか?」

「……なんだっていいだろう」

「私が聞いちゃいけない感じの話です?」

「……」

「あ、ちょっと卵二つ取るのは禁止です!」



 問い詰めている間にさりげなく私の分のゆで卵を奪われそうになって慌てて死守する。二つしかないのだから独り占めは禁止だ。

 もう、と怒りながらもぐもぐ卵を咀嚼する。……あれ、今もしかして話逸らす為にやった?



「シュリ、茶」

「はいどうぞ」



 しかしそれに気付いたところですぐに茶を要求される。余程聞かれたくないことなんだろうか。しかしそれならばいつも「お前には関係ないことだ」ときっぱり言われるのだが。

 急須から茶を注いで先輩に湯飲みを差し出すと、私は追及を止めてもくもくと食事を再開することにした。



「先輩そろそろシメにしますか?」

「ああ」

「じゃあご飯取ってきますね」



 そのまま食事は進み、私は立ち上がって台所へご飯を取りに居間を出て行った。



「……」



 その背中を先輩が何か言いたげに見ていたことなんて、私はちっとも気付くことはなく。







 □ □ □ □ □







 翌日、いつものように私達は高台から人間界へ降りてとある廃村へと向かった。何があったのはか一切不明だが村人全員が死亡してずっと放置されていたその村は、今は幽霊のたまり場になっているという。



「おい」

「何ですか先輩?」

「今日はお前一人でやれ」

「え……? 何て?」

「だからお前だけで仕事をしろ。二度も言わせるな」



 もうすぐ廃村に着くというところで突然そんなことを言われて、私は思わず先輩を凝視した。先輩はいつも真っ先に霊の元へと飛び込んで一番仕事をするというのに。昔は少し後ろから見ている時もあったが、それだって私の実力を確認する為で丸一日ということはありえない。



「先輩、どこか具合でも悪いんですか」

「どういう意味だ」

「いや変な意味じゃなくて、仕事できないぐらい体調が悪いとか」

「そうじゃない。が、とにかくやれ。いいな」

「……はーい」



 強く命令されて渋々頷く。流石に三十年で悲鳴は上げなくなったものの、心霊スポットが苦手なことは基本的に変わっていないというのに。





「うわあ……」



 そして到着した廃村は、一歩踏み込んだ所で思わず足を後ろに戻したくなった。荒れ果てた家が並び少し先には半分壊れたお墓が密集する墓地がある。

 そして何より空気がやばい。淀みに淀みきった体に纏わり付くような空気に血のような匂いが混ざっている。こんなやばいところなんで生きている人間は放置しっ放しなんだ!



「先輩」

「やれ」

「……はい」



 鎌を強く握りしめ、警戒しながら一歩一歩慎重に村の中へ入っていく。すると然程間をおかずに前方にあった蔦が多い茂る家から、血塗れの包丁を持った、これまた血塗れのお爺さんが「う、うわああ……」と力のない声を上げながらよたよたと襲いかかってきた。

 それだけではない。それに続くように次々と他の家からも同じように血を流した人々が包丁や鎌、鍬、大鋏などを持って私に向かって来たのだ。



「ひっ……いや、か、掛かって来い!」



 恐怖で固まりそうになる体を叱咤するように声を上げて、私は一気にスピードを上げて彼らの前に出た。



「よそもの」

「よそものをころせ」

「にがすな」



 まるでゾンビのような動きの村人は、数は多いものの動きは止まってみえるレベルだ。まるでホラーゲームみたい、と恐怖を紛らわすように呟きながら私を殺そうと凶器を振り上げる悪霊の魂を一人一人鎌で捕らえていく。

 一気には回収できないので纏めて襲いかかって来る村人を鎌で薙ぎ払ったり、時に足で蹴りつけながら順調に魂を集める。忙しすぎて途中からもう怖がっている暇もなくなった。



「! 先輩危ない!」



 と、私に集中していた霊がいつの間にか一体離れて先輩の前まで来ていた。普段の先輩なら放っておいても何の問題もないが、今日の先輩はおかしい。まったく動こうとしなければ鎌さえ取り出しておらず、ただ目の前に振り上げられた鍬をじっと見据えているだけだ。



「先輩に、何するんですか!」



 今までにないくらいの速度で走って先輩と村人の間に割り込む。そしてその勢いのまま鍬をはじき飛ばすと、私は怒りを込めながら鎌を大きく振り下ろした。








「何ぼさっとしてるんですか!?」



 最後の一人を回収してすぐ、私は先輩に詰め寄っていつも自分が言われているのと同じ台詞を怒鳴った。

 しかし先輩は一切動じることはなく、「終わったな」と辺りを見回して静かに口にするだけだ。



「ちょっと先輩!」

「動きに無駄も少なくなった。相手の攻撃を即座に避けることも、鎌を振り下ろすスピードも早くなったな」

「え? ……そ、そうですか?」

「ああ。まだ怯えが残っているのは課題だが、周りに注意を払って他の人間を守ることもできている。何より……速さは申し分ない」



 突然私を褒め始めた先輩に、嬉しいよりも先に困惑する。先輩何か悪いものでも食べたんだろうか。というか他の人間を守るって……もしかしてそれを確かめる為に先輩は動かなかったのか。



「これなら……新人の後輩が来ても十分にやって行けるだろう」

「……は?」



 新人? 後輩? 先輩を何を言っている?



「シュリ、俺は」



 先輩は私を見下ろしながら、表情を動かさないままその言葉を口にした。





「――半年後に、死神の任期を終える」



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