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File 11 パートナーが変わりました


「お前はシン先輩に相応しくない!」



 本部の廊下、出会って開口一番にそう言って私にずびっと指を突きつけたのは、見た目中学生くらいに見える男の子だった。目を吊り上げてキッと私を睨んでいるものの、元々が可愛い顔立ちなのであまり迫力はない。



「はあ……あの、君は」

「見た目で子供扱いするなど死神失格だぞ! 俺はお前よりも一年早く死神になったんだからな!」

「一年早く死神になってようが、享年時の年齢を考えると私の方がどのみち年上なんだけど……」

「とにかく! お前みたいなぱっとしないやつにシン先輩のパートナーが務まると思ってるのか! 俺とパートナーを交換しろ!」

「はあ?」



 パートナーを交換って、何言ってるんだこの子は……。

 ちなみにシン先輩はここにはいない。「報告など一人で十分だ」と言って課長への報告を私に任せてさっさと帰ってしまったのだ。よくあることである。

 別に先輩に憧れるのは勝手だが私に突っかからないで欲しい。私は少々面倒になりながらも口を開く。



「そんなこと私に言われても困るんだけど。本当にそうしたいのなら課長に直談判でもしてきたら?」



 まあどうせ無理だろうけど、と課長に矛先を向けさせてみると、何故か目の前の少年は偉そうに鼻を鳴らしてふんぞりかえった。



「ふん、そんなこととっくに言って来たぞ! 課長も良いって言ったからな!」

「……はあ!?」



 課長!? え、冗談じゃなくて?

 嘘でしょ、と思いながらも、私はすぐにちょうど向かおうとしていた課長の部屋へとノックもせずに駆け込んだ。



「課長! どういうことですか!」

「うわっ! シュリちゃんか、急にどうしたんだ?」

「どうもこうも、この子ですよ!」

「ナオが何かしたのか?」



 休憩中だったのかくつろいでチョコレートを口に放り込んでいた課長に一緒に着いてきた少年――ナオというらしい――を前に出すと彼は一瞬考えた後に「ああ」と頷いた。



「もしかしてシンのことか」

「そうです! パートナーを交換ってどういうことですか!?」

「いやあ、実はナオのやつシンに滅茶苦茶憧れてるらしくてさ、何度も何度も何度もシンのパートナーになるって言って聞かないから、まあいいかなって」

「軽いっ! まあいいかなじゃないですよ!」

「ほらみろ! 課長だって認めて」

「一日ぐらい別の先輩に指導してもらうっていうのも良い機会だからね。シュリちゃんも普段シンから学べないことを教えてもらうといいよ」

「……え? 一日?」



 ぽかん、と口を開けてしまう。ちらりと隣を見るとナオ少年もまったく同じ顔をしていた。






 □ □ □ □ □







「ナオ君がホントにごめんなさいね」

「いえ、今日はよろしくお願いします」



 結局、パートナーの交換とやらは一日限定体験だったという。「試しに一日あいつと組んでみて、それで意見が変わらないのならもう一度言うといい」と言って少年を丸め込んだ課長は、その翌日私と少年のパートナーを一日入れ替えるようにと指示を出した。


 ちなみにナオ少年は「こうなったらシン先輩に直接俺の方がいいって言わせてやるからな!」と捨て台詞を吐いていった。今日の朝最後に会った先輩のオーラが非常に不穏だったんだけど大丈夫かな。恐らく面倒なことに巻き込みやがってとでも考えていることだろう。……どちらかというと、巻き込まれたのはこっちの方なんだけど。


 そんでもって、私の本日のパートナーはサク先輩という名前の私よりも見た目少し年上の女の人だ。ふわふわした雰囲気の癒やしオーラを放つ彼女はシン先輩とは本当に真逆と言っていい。

 ちなみに最初に名前を聞いた時「ああ、あなたが」と思わず口にしてしまって首を傾げられてしまった。名前を聞いたことがあっただけです。



「それじゃあ最初に回収予定の魂があるのでそちらに行きましょう」

「はい!」



 早速仕事を開始して人間界に降りる。いつもとは違う場所から人間界へやってくると担当エリアが違う為見慣れない景色が広がっていた。

 サク先輩に着いていきながら辺りを観察して歩く。そして目的の人間がいるというマンションの三階へ辿り着いた所で、私は何気なく真下にある庭を見下ろした。



「あ」

「シュリちゃん、どうかしたの?」

「あそこに浮遊霊が」



 庭の日陰になる部分にひっそり佇んでいたのは女の人の霊だ。遠目から見ても黒っぽい空気を纏っている。今は何もしていないようだが、放置しておくとどんどんやばいものになってしまうだろう。



「あ、本当ね。じゃあこの魂を回収したら後で――」

「すぐに戻るのでちょっくら捕まえて来ます!」

「え、ちょっと、シュリちゃん?」



 もし目を離した隙に逃げられても困る。私はすぐその場から真下に飛び降りると、若干たたらを踏みながら着地して目の前にいる浮遊霊が反応する前に鎌を振るった。



「回収完了っと」



 無事に何事もなく魂を回収した。着地がしっかりしていなかった為少し足の裏がじんじんするがすぐに治るだろう。

 急いで再び三階に戻ると、私に気付いたサク先輩がすぐさま駆け寄って来た。



「大丈夫なの!?」

「え? はい。ちゃんと回収しました」

「そうじゃなくて、こんな所から飛び降りたりして……!」

「五階以上はまだちょっと無理ですけど、三階くらいなら別に」

「えっ?」

「ん?」



 何かおかしいことを言っただろうか。非常に困惑しているサク先輩に首を傾げていると、何故か頭痛を押さえるように頭を抱えてしまった。



「あの、サク先輩?」

「あのねシュリちゃん。あのシンさんがどう言ってるかは分からないけど、普通はそんな危険なことはしなくていいのよ?」

「……ええ?」

「シンさんはちょっと特別で、普通の死神はそんなことできないの」



 思わず本気で困惑の声を上げてしまった。新人はともかく、長年死神をやっているベテランなら先輩まではいかなくてもこのくらいはやるのだと深く考えずにそう思っていた。理論上は死神なら誰でも可能だと先輩も言っていたし。



「……そうだったんですか」

「もしかしなくても、シュリちゃんは日常的にそういうことしろって言われてるの?」

「はい。よく車と一緒に走らされていますし、最近は飛び降りるのとは逆に飛び上がる練習させられてます。そっちはまだ上手く出来なくてよく怒られてますけど」

「……あの子、無事かしら」



 サク先輩が遠い目でぽつりと呟く。それを聞きながら、私は暫し冷静に今までのことを振り返り、自分の価値観が以前とは大幅にずれて来ているような気がしてきた。


 もしかして、私大分先輩に毒されて来てる……?







 □ □ □ □ □







 今更の話だが、幽霊は人間だけではない。



「あー、もう! 全然捕まんない!」



 マンションで無事にお婆さんの魂を回収した後、残りの時間は浮遊霊の捜索をすることになった。そこでいくつかの魂を回収していたのだが、たまたま見つけた猫の魂を回収しようとして、何度も何度も失敗している所である。

 人間とは違ってすぐに狭い場所に逃げ込んで姿を消す為簡単に見失ってしまう。非常に難しい相手だ。



「駄目よシュリちゃん。そんな鬼気迫る顔で追いかけたらびっくりしちゃうでしょう」

「……そんな顔してました?」

「すごく」



 サク先輩はふんわりと微笑むと「ちょっと見ていてね」と猫が消えた辺りにのんびりした足取りで近付いて行った。



「おいで、誰もあなたを傷付けたりなんてしないわ」



 ゆったりとした口調でそう言って待つ。探し回りたい衝動を押さえながら大人しく先輩を見ていると、一分ほど経った所で小さな猫がそっと建物の隙間から顔を出した。

 恐る恐るといった感じでサク先輩を見上げた猫はしばらく警戒するように動かなかったものの、やがて彼女が差し出した手の匂いをそっと嗅いで「みぃ」と小さく鳴いて先輩の手にすり寄った。



「ここは寒いでしょう、もっと温かい場所に行きましょうね」

「みー」

「ふふ……いい子」



 しゃがみ込んだ膝の上に猫を抱えたサク先輩は、怖がらせないようにそっと鎌を取り出して猫を誘導するようにして魂を回収した。



「……すごい」



 あまりにも優しい魂の回収に思わず拍手してしまった。サク先輩はそれに照れたように笑って立ち上がる。



「サク先輩、すごいです! 全然捕まらなかったのに」

「動物は臆病な子が多いからむやみに怖がらせたら余計に逃げちゃうの。だからああやって待つことも大切なのよ」

「待つとかそもそも考えたことありませんでした……」



 基本的にいつでもスピード勝負。逃げる相手よりも早く動ければ何とかなる……って、やっぱり先輩に影響されすぎだ。



「シン先輩には絶対に学べないことですね」

「担当エリアの関係もあるかもしれないわね。この辺りは動物の霊が多いから」

「うちの辺りは人間の方が多いですよ。変に逃げたり反撃して来る霊が多くて……」



 その辺りは適材適所で課長が割り振っているのだろう。私や先輩がこのエリアに配属されたらもっと大変だっただろう。

 しかし私がそう口にすると、何故か途端にサク先輩の表情が曇った。



「適材適所……でもナオ君のパートナーとして、私は向いていなかったのかもしれない」

「……サク先輩」

「よくナオ君が言うの。ぼやぼやしててまどろっこしいとか、もっとしっかりして下さいとか。……パートナーを変えて欲しいって思われるのも当然かも」

「先輩、でも」

「だから、私はもっとしっかりしないと。あの子が憧れるシンさんのようにはいかないかもしれないけど……それでも私はあの子の先輩だもの。ナオ君が頼れるパートナーにならないとね」



 先輩はそう言って少し笑ってみせた。そして私が何かを言う前に「戻りましょう」と促されて会話が途切れる。



「……シュリちゃん、シンさんってどんな人?」

「どんなと言われると……スパルタで短気で傍若無人で、でもとにかく早くて強くて……そして、危なくなったら必ず助けてくれる人、です」

「必ず助けてくれる」

「はい! 確かに危険な所に放り込まれることはしょっちゅうですけど……でも、絶対に見捨てない人ですから」

「……」

「サク先輩?」

「なら……あの噂はやっぱり、嘘なのよね?」

「噂? 何ですかそれ」

「え?」



 一体何の話だろうか。首を傾げてみせると、サク先輩ははっとしたように口元に手をやった。



「ご、ごめんなさい。あなたはパートナーだからてっきり知ってると……知らないのならそれでいいの」

「それでいいって……どんな噂なんですか?」

「知らない方がいいわ。……その、あまりよくない噂だから」

「そう言われると余計に気になるんですけど。先輩には言いませんから教えてくれませんか?」

「……」



 非常に困った表情でサク先輩が俯く。あまり追及しない方がいいことなのかもしれないが、もし先輩が謂われのないことで酷い噂を立てられているのならはっきりそれを否定したい。私がじっとサク先輩の言葉を待っていると、押し黙っていた彼女はやがて諦めたようにため息を零した。



「……あくまで噂よ」

「はい」

「気を悪くするわ。……シンさんは――」







 □ □ □ □ □







「うわあああ! サク先輩ー!!」

「あらあら……」



 本部に戻ってきた私達を迎えたのはナオ少年の号泣の声だった。弾丸のようにサク先輩にしがみついて泣いている彼を見て、私は静かに壁に寄り掛かっていたシン先輩へそっと近寄った。



「先輩一体何やったんですか」

「いつも通りのことをしただけだが」

「いつも通りって……まさか一日体験の子にいつものあれやらせたんですか!?」

「それがどうした。あいつはお前よりも一年長いと聞いた。新人でもあるまいし同じことをやらせて何の問題がある」

「大ありですよ! ああ……可哀想に」



 サク先輩と行動して若干常識が戻って来たような気がする。いやそうでなくても初めて先輩のスパルタを受ける人があれはきついに決まっている。

 喧嘩を売られたことを忘れて少年に同情していると、ぐすぐす泣いていた彼が腕で涙を拭ってサク先輩を見上げた。



「俺、サク先輩は鈍くさくて、ぼやぼやしてるって思ってて……」

「うん」

「だから俺がもっとしっかりしないとサク先輩を守れないと思って、強いって噂のシン先輩に指導してもらえば強くなれると思って」

「……うん」

「でも俺……全然駄目だった。何もできなくて、怒られてばっかで……うう……」

「ナオ君、大丈夫。その気持ちだけで十分だから」

「だけど……」

「私も頼りなかったよね。だからこれから一緒に強くなって行こうか」

「サク先輩」

「もっと早く走って、高い所からでも飛べるように一緒に頑張ろう?」

「……先輩お願いだからそれはもう勘弁して」



 ナオ少年の頭を撫でながらサク先輩が微笑む。無事に和解したらしい姿に私も釣られて顔を緩めていると、「話が終わったんなら帰るぞ」とシン先輩が私の襟を引っ掴んでずるずる引き摺るように歩き出した。



「先輩苦しい苦しい!」

「だったらさっさと歩け……ッチ」

「何苛ついてるんですかもう」

「面倒事に巻き込まれたんだ。苛ついて何が悪い」

「開き直って当たるの止めて下さいって!」



 ようやく襟を離してもらって一息吐く。そうして先を行く先輩の真っ黒な背中を見つめ……私は、先ほどサク先輩に言われた言葉を思い出した。






『シンさんは――人殺しだって』



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