ようやく情報を整理できました。
情熱のままに走ることしばし。いつの間にか私は走っていませんでした。桔梗に乗って魔王城のバックヤードを爆走している私。そこのけ、そこのけ、私が通る!………じゃないわ!!え!?ナニこの状況!??
「ははははははははははは!!」
「…………………」
爆走している私と桔梗に並走する天堂先輩を見て、一気にテンションが下がった。なんだろう、この脱力感。
「桔梗、ストップ!ストォォップ!!」
「にゃ!ご主人様、気がすんだのにゃ?」
桔梗はあっさり止まってくれたが、天堂先輩は止まれないのか止まる気がないのか、壁をぶち破ってどこかに行ってしまった。
「……なんで私は桔梗に乗ってたの?」
「ご主人様、足遅いから真生様に追いつかれるにゃ~。でも追いつかれたらご主人様が落ち着かないから、連れて逃げたのにゃ」
「…なるほど。ありがとう、桔梗」
とりあえず、桔梗の喉をモフモフする。ゴロゴロ喉を鳴らすのがまたぷりち~。ところで、ここはどこだろうか。なんか絨毯とかフッカフカだし、調度が高級品だ。来たらいけない場所なんじゃないだろうか。
「桔梗、ここはどの辺?」
「客室にゃ。貴族なんかがお泊まりに使う部屋にゃ。空いてる部屋は好きに使っていいらしいにゃ」
適当だなぁ…と思ったがそもそもこのバックヤードには魔王の許可がないと入れないから、そのせいなのかも。
「あら?さっきの………大変不本意ではありますけど、真生様が謝罪しろとおっしゃるので謝罪してさしあげますわ」
目の前に、ドリルを装備した美少女が現れた。美人だが悪人顔だなぁ。つーかやっぱり彼女、見たことがある気がする。
「ええと、お名前は?」
「わたくしを知らないですって?仕方ありませんわね、この親切なわたくしが愚民にも教えてさしあげますわ」
ゲーム画面、高飛車な女の子。鈴木ルート。記憶の断片が押し寄せてくる。そうか、私はこの女の子に会ったことがないけど知っていたんだ。
「わたくしは、レンスティア=テンドゥ。真生様の妻となる予定ですわ。貴女のような地味が染みついた平凡モブ娘に、真生様は渡しませんわ!」
鈴木ルートのライバルキャラ。自称婚約者(実際は婚約者候補なので婚約者ではない)で、名前は出てなかったかもなぁ。まさか天堂先輩の妹とは思わなかった。
「正確には、天堂蓮お嬢様にございます。あんな感じではございますが、人族とのハーフゆえ苦労されてあのようにひねくれてしまわれました。名前も人族の名前はダサいなどとバカにされまして……ささ、人族のお嬢様。立ち話もなんでしょう。こちらへどうぞ。甘いものはお好きですかな?紅茶でよろしいですかな?」
モフモフな猫執事さんがお部屋に案内してお茶とお茶菓子までふるまってくれた。私の胸ぐらいの高さの身長でロシアンブルーみたいに綺麗な猫さんだ。
「ちょっと、エクス!こんな小娘をもてなすなんて、何を考えてますの!?」
「蓮お嬢様…あちらのお嬢様は寛大でございます。あれだけお嬢様がやらかしても平然と対応するほど鈍…寛大なお方でございますよ。今お嬢様の印象は最底辺でございますが、これから頑張れば人生初のお友達になれるやもしれませんよ」
エクスさんよ、聞こえてますよ~。そっかぁ、ドリルちゃん友達いないのかぁ。
「おともだち…?」
ドリルちゃんが私を見た。可愛いかもしんない。私は別にお友達になるぐらいかまわない。
「……ご主人様を馬鹿にする女なんて、桔梗は嫌にゃあ!あんなやつ、真生様にチクってやるにゃー!また踵落としされたらいいのにゃああああ!」
荒ぶる桔梗が私の膝で不満を訴える。うちの桔梗はかわゆいにゃあ。撫でるとスリスリしてくるんですよ。はうぅ…モフモフ…。
「桔梗~、落ち着いて~」
「ふみゅん、ゴロゴロ…」
ここか?ここがいいのかにゃ?はう…気持ち良さそうだにゃん。ナデナデしたのでリラックスしたらしい桔梗。
「桔梗はかわゆいにゃ~、でも鈴木にチクっちゃダメなのにゃ~」
「………なんでにゃ?」
「だって、事実だし!私は地味で目立たないをモットーに生きてきたからね!地味眼鏡になる努力を重ねて地味を極めたんだよ!」
桔梗がアホなモノを見る目になった。よしよし、怒りが呆れになったね!作戦成功!小文吾がボソッと、姫様が望まぬならと呟いた。んん…よくわかってらっしゃる。
「…何故地味を極める必要が?」
先ほどまでの敵意はなく、純粋に疑問だという感じでドリル…蓮ちゃんが聞いてきた。
「気配を消すためだね!こう見えて、うちのママンが有名人でさぁ。しょっちゅう誘拐やら誘拐未遂やらがあってね。だから地味で目立たない、気がつかれないように努力を重ねたの。まさか地味モブ眼鏡がビームで襲いかかるとか思わないでしょ?」
「…貴女も苦労していたのね。話、詳しく聞かせていただけるかしら?」
「いや、面白い話はないと思うよ?」
「………かまわないわ」
そして、地味に生きる決意をした日の話をしたのだが…蓮ちゃんが号泣している。涙もろいんだなぁ、蓮ちゃん。自分からすると、苦すぎる失敗談だ。護衛の中に裏切り者がいた。人質をとられていた。私と同い年の娘さんだった。だから従わざるをえず、様子がおかしいと気がつきながらも護衛のおじさんを信じていた私は誘拐された。
ママンに言うことをきかすためだったから、私は無事だった。私だけは無事だった。だが、護衛のおじさん達は大怪我をした人も少なくなかった。だから、私は…ママンの娘は死んだことにして離れて暮らすことにしたのだ。その時にはもう、私はスキルを得ていたから。
それからも何度か誘拐されたが、誰にも知らせず自力で切り抜けてきた。ママンは占いで知ってるかもだけど、私の意思を尊重してくれているのだろう。
「ごべんなざぃぃ…わだぐじ、自分が恥ずがじいでずわぁぁ…」
「いやいや、初見で見抜かれたら怖いから。蓮ちゃんも大変だったんだねぇ」
私の膝で号泣する蓮ちゃんを撫でる。蓮ちゃんは人間のお父さんと鬼人のお母さんを持つハーフ魔族なんだそうだ。お母さん似の天堂先輩は強くて問題なかったが、蓮ちゃんは人間の身体能力しかなく、弱かった。弱い魔族はそれだけで蔑まれる。兄が守ってくれたが、常に一緒にいるわけではなく、あんな兄だから置いていかれてばかりだ。努力したので頭はいい。魔力は少ないが、それを補う努力をしてきた。それで魔王の婚約者候補にまでのぼりつめた。
「蓮ちゃん、人間の学校に来ない?きっとこっちより楽しいよ」
「人間の、学校?」
「そうそう。人間は強さだけで見ないし、今なら私がついてくる!一緒にランチしたりしよーよ!絶対楽しいよ!」
「考えておきますわ」
「うん!待ってるからね!」
それから、蓮ちゃんとガールズトークしていた。蓮ちゃんは魔王の嫁になっていじめた馬鹿を見返したかっただけで、鈴木は好みじゃないらしい。だから私を応援すると言った途端に壁が砕けた。
「はははははははははは!!どうやら北條君と仲良くなったようだな、妹よ!!」
「お兄様!だから壁は破壊しないでってあれほど…お兄様あああああ!?」
必死に天堂先輩を注意しようとする蓮ちゃんを見て、大変だなぁと思った。ママン、ミチルは一人っ子でよかったなって思いました。