推しメンは紳士でした。
ひとしきり鈴木に萌えて転げ回っていた私だが、大変なことに気がついた。
冷蔵庫にろくな食材がない。
このままでは明日鈴木にご馳走できないではないか!私は手早く着替えて外に出た。あ、自転車学校だ。どうしよう…まあ歩くしかないか。
あれ??
鈴木は別れた場所にまだいた。そして、私があげた箸置きを大切そうに撫でている。
「す、鈴木?」
「うわああああああ!?」
「鈴木いいいいいい!?」
鈴木は私の接近に気がついていなかったらしく、普通にビックリしていた。声をかけた私も驚いた。
「ど、どどどどどどうしたの?ミチルちゃん」
鈴木は慌ててポケットに箸置きを入れてふりむいた。いや、バッチリ見たよ。恥ずかしいよ。
「え?あ~、うん。買い出しに行こうかなって」
「カイダシ?」
「…買い物」
「カイモノ??」
うん?なんか通じてない気がする。鈴木…買い物したことないのか?
「え~と…一緒に来る?」
「うん!」
よくわからないがついてきてくれるらしい。そしてまた鈴木の後ろに乗る乗らないでもめたが、私が負けた。
しかたない。いつもの八百屋と肉屋はやめて近所のスーパーに行こう。ナニを言われるかわからん。サービスはしてくれそうだが、精神が減る。なんか削れる。
「あら」
「おう」
「お?」
むっちゃん、穂積、親友陽菜ちんもスーパーにいた。穂積以外は珍しい。特に陽菜ちん。
「北條…まさかお前も17時半から限定大出血サービス、お1人様1パック限り、卵12個入り1パック10円を狙って来たのか!?」
「違います」
なるほど。陽菜ちんは穂積の付き添いでお1人様要員か。ちなみにお金の単位は円だが、札が福沢優吉とか夏目宝石とか、地味に惜しい。まあ、偉人が違うからしかたないけど、札を見るたびに微妙になる。
硬貨は大体同じ。銀行が日本銀行からヒューマ銀行になってるだけ。
「あ、こんにちは!ミチルお姉さん!」
穂積の弟、晃樹君が元気にご挨拶した。他の兄弟も卵ゲットのために来たらしい。穂積と違い、大変愛らしいのでたまたま持ってた飴をあげたら喜ばれた。
「鈴木、悪いけど穂積家の食料確保に協力してあげてくれないかな?」
「いいよ。何をしたらいいの?」
「鈴木…!お前いいやつだな!」
穂積はどうでもいいが、可愛い弟妹の豊かな食生活のためだ。
「え?うん?」
「…ティッシュとトイレットペーパーもなんだが…」
「えっと…俺にできる範囲なら手伝うよ」
「お前、本当にいいやつだな!!」
鈴木は困惑しつつも頷いていた。穂積よ、鈴木の優しさに感謝するがいい!!
本当に鈴木は優しかった。タイムセールまではまだ30分以上あるので、先に我が家の食材や日用品を買い込むことにしたのだが………全て鈴木が持っている。
「女の子に重たいものを持たせるなんて論外だよ。俺、力持ちだから任せて。あと20袋……いや、もっといけるよ」
10キロの米に大根や果物…現在20キロは超えているだろう重さにも平然としている鈴木。流石は魔のつく自由業(あくまでも予定)だ。
「なるほど…いいシステムだな。貨幣で物のやり取り。物々交換よりも効率がいいね」
鈴木よ…待て。お前、マジで買い物したことがないわけ!?
私はかなり動揺していたので、ストレートに聞いてしまった。
「えっと…買い物したことがないの?」
「うん。そもそも狩った獲物を持っていくと必要なものと交換してくれる人がいるし、自分の食べる分は自分で調達してるし」
「…………そっか」
鈴木は買っていなかった。いや、買ったことがなかった。狩って交換していたのだ。
しかし、その交換している相手は正規の値段で取引しているのだろうか。ちょっと…だいぶ気になる。
「あのさ、もしよかったら、なんだけど」
鈴木さえよければ、私のスキルなら大体の買い取り価格も解ると伝えた。取引相手が信頼できる人ならいいが、怪しいならぼったくられてる可能性もあると話した。
「……今度お願いしようかな」
心当たりがあるのか、鈴木の瞳が冷たかった。
鈴木に戸惑っていたら、タイムセールを叫ぶ店員さんの声が聞こえた。
「なんと本日!卵がお1人様1パック限定、大出血サービス10円!お、押さないでぇぇ!?」
狩人と化したおばちゃんたちが、獲物を求めてワゴンに突撃した。
「ぐっ!」
穂積も突撃したが、1個しか取れなかったらしい。卵は欲しいけど、あそこに突撃するのはなぁ……卵を求めるおばちゃんたちが怖い。
「はい」
「鈴木?」
鈴木は、私に卵を1パックくれた。さらに、穂積兄弟と陽菜ちん、むっちゃん分まで確保していた。すげーバランスだな!
「穂積く~ん、確保したよ」
「なにぃ!?鈴木、すげーな!」
「あと、こっちが頼まれてたトイレットペーパーとティッシュ……うん。俺、こういうの慣れてるからね。ああいうベヒーモスの群れにつっこんで「鈴木!穂積!お1人様限定の人参摘め放題だって!」
「よし、行くぞ鈴木!!」
「え?うん」
よっしゃ!穂積が人参をロックオンした。!穂積に連れていかれた鈴木だが、その後大活躍していた。効率のいい詰めかたを教わり、ぎっちり詰めていた。私のもついでにやってもらった。
細かい事は気にしない穂積は、その成果に大喜びだった。
「元気ねぇ、まぁアタシは助かったからいいけど。見て見て、陽菜!卵代浮いた分でちょっといい小麦粉買ったの!」
「おお、次の部活だったよな。差し入れ期待してる」
「任せてちょ~だい。美味しいの作るわよ!」
むっちゃんと陽菜ちんはそんな二人を眺めつつまったり会話していた。
そんな感じで買い物は終了。穂積は予定以上の収穫に喜んだが…ひとつ問題があった。
「…買いすぎた……」
どう考えても運びきれない量だ。穂積の弟妹が頑張って持とうとするが、卵入りの袋もあるし危ない。
「…歩きで来てるってことは、近いんだよね?俺が持つよ」
「鈴木ぃぃぃ!?」
今回は私ではなく穂積が叫んだ。10個以上の商品がミチミチに詰まったエコバッグを軽々と運ぶ鈴木。
「俺、かなり力持ちだから。穂積君、案内してよ」
涼しげに微笑む鈴木にキュンとした。男前過ぎるんじゃあああ、鈴木ぃぃぃぃぃ!!
「あ、北條さんは俺の自転車に荷物置いてね。疲れたら乗っていいから」
「ミチルのはどうしたのよ」
「…………うっ」
むっちゃんの鋭い指摘に返す言葉がない私。鈴木は苦笑した。
「実は、北條さんが学校案内をしてくれたんだけど、その時に転んで怪我しちゃったから俺が送迎させてもらってるの」
「あ、だから今朝二人乗りしてたわけね。ミチルの自転車は学校か…やるわね、マオマオ」
「えへ」
鈴木ぃぃぃ!!きゃわゆいんじゃああああああ!!写メりてええええ!!いや、一瞬スマホ(もちろん動力は魔力)見るのももったいない!頬染めて『えへ』とか!あざと可愛いんじゃあああああ!!
「尊み秀吉…」
脳内で走り回り、叫び、のたうちまわりながら鈴木を拝んだ。
「だから秀吉って誰!?」
「秀吉?」
陽菜ちんがハッとした様子だったが、気のせいだろうか。
鈴木は荷物を穂積家に運び、夕飯にお呼ばれした。しかし家の人が夕飯を用意してるから、とお断りしていた。
鈴木の自転車で帰宅する途中に気になったので聞いてみた。
「せっかくだから食べていけば良かったのに」
「俺がご馳走になったら、せっかくの節約が無意味になりそうだったから。穂積君にはナイショだよ」
一瞬だけこちらを見てウインクする推しが尊いので拝んだ。
「………尊み秀吉……」
「だから、秀吉って誰なの!??」
鈴木に聞かれたが、説明できないので黙秘しました。鈴木が尊いから仕方ないのですよ。
鈴木ぃぃぃ!!イケメン過ぎるんじゃあああ!!
とりあえず今晩は、鈴木を想って悶えることが決定した。




