はじめてーのー
呆然と始まりの街の中央広場で立ち尽くすチョコ。
彼女は今、初めての経験をした直後だった。
手持ちモンスターの全滅による、死に戻りを。
時は少しさかのぼり、数分前のこと。
武器屋をひやかしたチョコは前日と同じように東の平原でゴブリン狩りにいそしんでいた。
アップデートによりチョコの羽交い絞めはできなくなったものの、シルクがゴブリンに対して無敵の存在であることに変わりはない。
向かってきたゴブリンに憑りついて吸い殺す単純な作業。
二体目、三体目のゴブリンがいる場合はそれを見て逃げられてしまうが、逆を言えば一体目は確殺できるということ。
おいしい。
実においしい。
そうして調子に乗ってゴブリンを虐殺していたチョコとシルクの前に、そいつは現れた。
どう見ても猪。
体高が人の背丈よりもあるでっかい猪。
しかも体表が金属質の輝きを放ってる猪。
もうどう見ても強いってわかる猪。
「お? おおー」
そんな猪を見上げてほへーっと感心するチョコ。
緊張感!
来いよ緊張感!
どこに落としたんだ緊張感!
「よーし。行け! シルク!」
そしてあろうことか猪に果敢にも挑むチョコ。
しょうがない。
ゴブリンの虐殺しかしてこなかったチョコにとって、モンスターの脅威というものは身近にはなかったのだ。
哀れシルクはそんな無知な主人の命令に従って、どう考えても格上のモンスターに挑んでいくのであった。
もっとも、チョコにだって勝算がないわけではなかった。
おバカっぽいし実際おバカなチョコだが、一応、仮にも、かろうじて、考える能力はあるのだ。
シルクは物理攻撃が効かない。
そして、目の前の猪はどう見ても物理攻撃主体のモンスター。
猪といえば突進。
もし、突進くらいしか攻撃手段がないとすれば?
勝ち目は十分ある!
まあ、結果シルクは一発でやられてしまったわけだが。
「シ、シルクゥゥー!?」
ストンプ。
多くのモンスターが覚えることができる汎用スキル。
足で地面を踏みつけ、振動を起こして周辺の敵にダメージを与えるスキルだ。
この振動ダメージ、実は土属性。
ゆえにシルクにもきっちりダメージが入る。
そしてシルクは紙装甲。
格上のモンスターの攻撃に耐えられるはずもない。
と、いうわけで、手持ちモンスター全滅につき、チョコは強制的にリスポーン地点の中央広場にワープさせられたのだった。
呆然とするチョコの目の前にフヨーッとシルクが飛んでくる。
「シ、シルクゥゥゥゥーーー!!」
ガバッとシルクに抱き着こうとするチョコ。
もちろんすり抜けてビターンと床とハグするチョコ。
学習しない娘である。
「ぬおぉぉー。ごめんよシルクー」
床に突っ伏しながら、手をプルプルと伸ばしながら謝るチョコ。
そんなチョコの様子にシルクは、しょうがないなー、とでも言いたげにチョコの手の周りを飛んだ。
「許してくれるの? ありがとう……。ありがとう……!」
ノロノロと起き上がるチョコ。
シルクに無謀な突撃をさせて死に戻りをさせてしまったことを深く反省。
が、それはそれとして沸々とした怒りがこみあげてくる。
「なんなのあいつ! あんな強いのがいるなんて絶対おかしいよ!」
チョコはすぐに掲示板を開き、情報を集める。
すると、ちょうどあのモンスターに関するものと思しき情報があった。
どうやら、あれは☆3のモンスターをプレイヤーが逃がして野生化したものらしい。
☆3のモンスターは、はっきり言うと現状ではまず勝ち目がない。
☆1のモンスターは10レベルになると☆2のモンスターに進化することができる。
この時レベルは1に戻るが、ステータスは進化前よりも強化される。
そして、☆2のモンスターが20レベルになると、☆3のモンスターに進化することができるようになる。
つまり、単純計算で☆3のモンスターは30レベル相当。
そりゃー、勝てるわけがない。
「むきー! うちの子もそいつにやられた! 放流したやつ許すまじ!」
怒りに任せて掲示板に書き込むチョコ。
食べ物の恨みは恐ろしい。
死に戻りの恨みはもっと恐ろしい。
ちなみに、ファンモンの死に戻りによるペナルティは、古式ゆかしい所持金の半減。
その他に、倒れたモンスターは親愛度が低下。
同時に経験値も減少してしまう。
この経験値減少でレベルがダウンすることはないが、次のレベルアップまでに必要な経験値の量が増えてしまう。
親愛度が下がればモンスターはいうことを聞いてくれなくなり、最悪逃げ出してしまう。
経験値減少も地味ながら痛い。
一度や二度の全滅では失うものは少ないが、連続すれば手痛い損失を被る。
特に親愛度低下によってモンスターが逃げ出してしまうともう取り返しがつかない。
幸いにして、シルクの親愛度はそこまで低下していない。
これは死に戻った際にチョコがシルクに対して謝ったのが大きい。
自分のうっかりのせいでシルクを死なせてしまってごめん!
その想いがちゃんとシルクに伝わり、しょうがないなぁ、という気持ちにさせたことで親愛度の低下を最低限にとどめてくれたのだ。
これでもし、モンスターに死に戻ったことを罵倒でもしようものなら、親愛度は一気に下降していた。
日頃からモンスターときちんと心を通わせることが大切なのである。
「よし! 気を取り直して、あいつへのリベンジのためにレベル上げよう!」
チョコの言葉に、え? と固まるシルク。
このご主人は何を言っているのだろうか?
一撃でシルクを葬ったあの猪に、もう一度挑めと?
いったいどれほどのレベルを上げればあれに敵うというのか?
シルクは思う。
このご主人、早くなんとかしないと。
☆3アーマードボア
猪。なんかギンギラギンな猪。でかい! 速い! 強い! と、単純明快な強さが売り。ほとんどの攻撃は物理属性で、本来ならゴーストとか超苦手。しかしいかんせんランクの差はいかんともしがたかった。