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ふぁんもん  作者: 馬場翁
2/15

ちゅーとりある

「かわいい!」


 デフォルメされた姿のシルクはかわいい外見をしている。

 チョコがテンション上げて抱き着いてしまっても仕方がないのである。

 かわいいものに抱き着かないのは失礼にあたる。

 ここで抱き着かないという選択肢があるだろうか?

 いや、ない!


 しかしながら、両腕を捕食者のごとく広げ、まるで全てを食らいつくすあぎとのように勢いよく閉じたチョコは、何も掴むことはかなわなかった。

 そして勢い余ってビターン。

 床と熱烈な抱擁を交わすことになった。


「なんで!?」


 がばっと信じられないという顔をしながら起き上がるチョコ。

 そんな主人の姿を見てあせあせするシルク。

 別にシルクがチョコのちょっとドン引きする勢いに気圧されて避けたわけではない。

 チョコはシルクの体を素通りしてしまったのだ。


「あー、その、なんだ。とりあえずメニューを呼び出してシルクのステータスを確認するがいい!」


 さすがのドス教官もチョコとシルクのやり取りには一瞬どうしていいのかわからなくなったようだ。

 百戦錬磨のドス教官をもたじろがせる期待の大物新人である。


 チョコはとりあえずドス教官に言われた通り、メニューを呼び出す。

 メニューの呼び出し方は簡単で、頭にそれを思い描くだけで目の前にメニューボードが出現する。

 緊急時の動作認証による呼び出し方法もあるが、それはバグなどでメニューが呼び出せないなどのイレギュラーが発生しない限りほぼ使われない。


 そして呼び出したメニューには、モンスターのステータスや所持アイテムを確認する項目などが並んでいる。

 チョコはその中から迷わずにモンスターのステータスをタップし、シルクのステータス画面を呼び出した。



 シルク

 ☆1ゴースト LV1/10

 HP:10/10

 MP:10/10

 STR:1

 VIT:1

 INT:5

 MND:1

 AGI:1

 《霊体特性》《アンデット特性》《憑りつき》《ドレインタッチ》



 表示されたステータスを見ても、チョコはファンモンシリーズをやったことがないので、それがいいのかわるいのかよくわからない。

 ただ、なんとなく1が並んでいることから、弱そうという印象を受けた。


「ステータスが見れたか? ちなみに、☆1のモンスターのステータスの平均値は10だ! HPとMPは100だな!」

「うちのシルクちゃん弱い!」


 思わず叫んだチョコ。

 ガーンとショックを受けるシルク。

 しかし、叫んでしまったチョコを誰が攻められるだろうか?

 だってINT以外は平均値の10分の1。

 例外のINTでも平均値に全く届いていない。

 よわよわである。


「うむ! ステータスだけ見ればゴーストは弱い! だがしかーし! それはステータスだけを見た場合の話だ! ゴーストは決して弱くはない! 初心者向けでは断じてないが!」


 ドス教官、フォローしてるんだかなんだか微妙に判断がつきにくいことを言う。

 ゴーストは弱くない。

 しかし、初心者には向かない。

 つまりそれは玄人向けの癖の強いモンスターだということ。


「正直初心者が最初に迎えるモンスターではない! 玄人でも二番目以降に迎えるようなモンスターだ!」


 かなり扱いにくいらしい。

 初心者のチョコに大いなる不安を抱かせる鬼畜教官の姿がそこにあった。


「ステータスの最後に表示されているのはそのモンスターが持つ特技や特性だ! それらを総称してスキルと呼んでいる! ゴーストが持つのは《霊体特性》と《アンデット特性》と《憑りつき》と《ドレインタッチ》の四つ! まずは《霊体特性》の詳細を見てみるがいい!」

「はい!」


 元気よく敬礼してからステータスに表示されている《霊体特性》のところをタップするチョコ。

 そうすることで《霊体特性》の詳細が表示される。



 《霊体特性》

 《物理透過》《浮遊》《肉体系状態異常無効》の効果を併せ持つ。



 なんかすごそうな説明文が出てきた。

 というかスキルの説明文にさらに別のスキルが出てきている。

 しかも三つ。

 スキルの中にはこうした複合スキルと呼ばれるものが稀に存在する。

 そういった複合スキルは本来ならばもっと☆の多いモンスターが持つようなスキルなのだが、ゴーストは数少ない☆1でその複合スキルを持つモンスターなのだ。



 《物理透過》

 物質をすり抜ける。これによりすべての物理攻撃を無効化する。


 《浮遊》

 宙に浮いて移動することが可能。


 《肉体系状態異常無効》

 肉体系状態異常をすべて無効化する。



 なんかすごそうな説明文が出てきた。

 ゲーム初心者のチョコでもすごそうとわかるくらいにはすごそうなのが。

 浮いて移動できるだけの《浮遊》はまだしも、物理攻撃無効の《物理透過》と、状態異常の多くを無効化する《肉体系状態異常無効》はかなり反則的なスキルだ。

 ぶっちゃけ☆1が持っていていいスキルではない。


「だからこそゴーストはステータスの数値が低いのだ!」


 つまりはそういうことである。

 強力なスキルを持つ代わりに、ステータスが低い。

 そうすることでバランスを保っているのだ。

 それでも強力なことに変わりはないが。


「とは言え、これらスキルに全く欠点がないかと言うとそうではない! まず《物理透過》はその名の通り物質をすり抜ける! 先ほど貴様が抱き着くのに失敗したのもそのせいだ! またこれはオンオフができない! シルクからもものに触れることはできないので、物理攻撃の一切ができない!」

「ガーン!」


 チョコ、わざわざ口に出してのショック表明。

 物理攻撃ができない云々はどうでもいいが、問題は触れることができないということだ。

 つまり、チョコとシルクのキャッキャウフフな触れ合いはできぬのだ!

 かわいいものに抱き着くことができない。

 これほどの悲しみが他にあるだろうか!?

 いや、ない!


「こんなの酷いよ……。あんまりだよ……」


 床に手をついてうなだれるチョコ。

 その悲壮感はまるでこの世の終わりを目前にしているかのようだった。

 シルクがそんな主人を慰めるように肩を叩くが、それも透過してしまうので空を切るばかりであり、より悲しみを増加させるだけだった。

 これにはドス教官、さすがにちょっとどうしようか決めかねる。


「あー、うむ、あー。そう! 触れないくらいでなんだというのだ! 貴様のモンスターに対する愛情はその程度なのか!? 貴様のその態度がシルクを傷つけているのだとなぜ気づかん!」

「はっ!?」


 バッと顔を上げ、シルクを見やるチョコ。

 そこには健気にも主人を励まそうとしているシルクの姿があった。

 こんなにもかわいくて健気な子に対して、自分は何て態度をとってしまったのか?

 チョコはドス教官の言う通り、シルクにひどい仕打ちをしてしまったと後悔した。


「ごめんねシルク! シルクはこんなにかわいいもんね。触れないくらい大した問題じゃないよね」


 見つめ合うチョコとシルク。

 今ここに、確かな主従の絆が生まれた。

 そして、俺いいこと言ったわーと満足げな顔でうんうんと頷くドス教官。

 イイハナシダナー。


「よーし! 一件落着ということで説明を続けるぞ!」

「はい! 教官ありがとうございました! よろしくお願いします!」

「いい返事だ! では心して聞くように!」


 そして再開される説明会。

 ドス教官はステータスのそれぞれの項目について軽く説明をした。


 STRは主に物理攻撃力に影響し、移動の素早さにも少し影響する。

 VITは主に物理防御力に影響し、肉体系状態異常の耐性にも影響する。

 ぶっちゃけこの二つはシルクにはほぼ関係がない。

 《物質透過》の影響で物理攻撃はできないし、物理防御は必要ないし、肉体系状態異常も無効なのだから。

 INTは主に魔法攻撃力に影響し、魔法発動速度にも少し影響する。

 またモンスターの賢さにも影響し、この値が高いと主人の言うことをよく聞いたり、学習したりする。

 MNDは主に魔法防御力に影響し、非肉体系状態異常の耐性にも影響する。

 AGIは主に素早さに影響し、体のスピードはもとより、魔法の発動速度にも影響する。

 そして、HPはモンスターの体力を表し、ダメージを負うとこの数値が減っていき、0になると倒れてしまう。

 MPは魔法や一部の必殺技に使用する。

 ゲームでは割とお馴染みのステータスだが、ゲームそのものにあまり馴染みのないチョコは真剣にドス教官の説明を聞いていた。


「さて! 以上のことを踏まえて貴様のモンスターの特徴を説明しよう! 貴様の使役モンスターであるシルクはゴーストだ! かなりくせの強いモンスターと言えよう! さっき見てもらったとおり、《霊体特性》のスキルのおかげで物理攻撃は効かん! が、ステータスが貧弱すぎるため魔法攻撃にはめっぽう弱い! 一撃くらったらアウトだ!」

「おおぅ」


 ゴーストの特徴を端的に言うとすれば、物理攻撃には無敵だが、魔法攻撃にはほぼ無力という、かなりピーキーな防御能力をしているということだ。

 相手によっては完封するが、相手によっては完敗する。

 尖った性能をしている。


「ゴーストの攻撃手段は一つ! 《憑りつき》からの《ドレインタッチ》だ!」



 《憑りつき》

 相手に憑りつき、接触状態となる。


 《ドレインタッチ》

 接触している相手から体力を吸い取る。ダメージはINT依存。



 《憑りつき》は相手にくっつくというだけのスキル。

 ただし、これを使わないと物質を透過してしまうゴーストは接触状態になれず、《ドレインタッチ》が使えない。

 そして、《ドレインタッチ》は相手のHPにダメージを与えつつ、自分のHPを回復するというスキル。

 しかし、自分のHPの回復はおまけであってないようなもの。

 ゴーストがダメージを食らった時、それは倒れる時なのだ。

 ちなみに、《憑りつき》は相手にくっつくスキルだが、くっつくだけで触れるようになるわけではない。

 現実は非情である。


「よーし! それでは実際にゴーストがどのような戦い方をするのか、実践してもらおう! いでよサンドバック君一号!」


 ドス教官の呼び声に応え、地面に魔法陣が出現。

 そこからにゅっとそれが現れる。

 へのへのもへじが書かれた、サンドバックが。


「さあ! こいつに思う存分その力を叩きつけるがいい!」

「よーし! シルクいっけー!」


 この場にツッコミはいない。

 ツッコミはいなくても世界は回る。

 ということでシルクはチョコに言われた通りにサンドバック君一号に向かって行った。

 フワフワと。


「ゴーストはステータスが低く、足が遅い! サンドバック君一号は動かないからいいが、素早い敵に憑りつくためには工夫が必要だろう!」

「なるほど! どんな工夫をすればいいんですか!?」

「馬鹿もーん! 全てを聞こうとするんじゃない! 自分で考えることによって得られることもあるのだ!」

「はっ! なるほど理解しました教官!」


 この場にツッコミはいない。

 ゆっくりとシルクがサンドバック君一号に近づき、そのへのへのもへじ顔、その部分を避けて《憑りつき》を発動させる。

 ゴーストにだって、避けたいものはある。

 ボコられる悲しみを背負った、哀愁漂う彼の表情から目を逸らしたくも、なる。


「見ろ! シルクがサンドバック君一号に憑りついたぞ! いいか? サンドバック君一号をよーく観察するのだ!」

「はい!」


 チョコが目を凝らしてサンドバック君一号を見ると、なんか緑色の棒がその頭上に出現した。


「なんか見えました!」

「うむ! それはマスターに備わった能力、看破だ!」


 マスターには敵のモンスターの情報を読み取る看破という能力がある。

 具体的に言えば敵のHPが緑色のバーとなって可視化される。

 そして、相手のモンスターの特徴を知っていれば、読み取れる情報量も多くなる。

 情報量を多くするには、同種のモンスターをたくさん狩るか、図書館などでそのモンスターに関する生態などを読んで研究する必要がある。

 サンドバック君一号の情報は、そもそもこいつモンスターじゃねーのでHP以外に知る術はない。

 彼の悲しみは誰にも知られることがないのだ……。


「シルクが《ドレインタッチ》を始めたぞ! 見ろ! サンドバック君一号のHPが徐々に減っているのがわかるか!?」

「わかる! わかります教官!」


 世紀の大発見でもしたかのようなテンションの二人。

 この場にはツッコミはいない。

 冷や水ぶっかける存在がいないので、どこまででもヒートアップしていってしまう。


 《ドレインタッチ》は一度にダメージを与えるスキルではなく、接触している間徐々に敵のHPを減らしていくスリップダメージである。

 その減少速度はINT依存で、INTが高くなれば秒間に受けるダメージ量が変わってくる。

 が、現在のシルクは☆1の平均値よりもだいぶ低いINTしかない。

 なので、サンドバック君一号のHPの減りは非常に遅かった。

 じわじわと嬲り殺される彼の悲しみを知る者はいない。


「このようにゴーストは相手を倒すのにも時間がかかってしまう! 憑りつきに成功しても相手が魔法を使ったらそれまでだ! 魔法を使える相手とは戦っちゃいかんぞ!」

「はい!」

「代わりに物理攻撃しかできない相手にはめっぽう強い! 時間はかかるが確実に勝利できるはずだ! 最初はそういう相手を選んで戦うことだ!」

「はい!」


 じわ、じわ、とサンドバック君一号のHPが減っていく中、相も変わらずテンションの高い二人。

 サンドバック君一号は泣いていい。

 そしてなくなるサンドバック君一号のHP。

 サンドバック君一号ー!?

 そして鳴り響くファンファーレ。


「おめでとう! シルクのステータスを確認してみるといい!」

「はい! あ!」



 シルク

 ☆1ゴースト LV2/10(1UP)

 HP:10/11(1UP)

 MP:10/11(1UP)

 STR:1

 VIT:1

 INT:5

 MND:1

 AGI:1

 《霊体特性》《アンデット特性》《憑りつき》《ドレインタッチ》



「上がって、ない!」

「なに!? おかしい。サンドバック君一号を倒せばレベルが上がるはずなんだが?」

「あ、いえ、レベルは上がってますけど、ステータスがほとんど上がってません!」


 シルクのレベルは1から2に上がっていた。

 しかし、ステータスはほとんど上がっていない。

 HPとMPが1ずつ上がっただけ。

 もともと低いステータスでは焼け石に水だった。


「うむ! ゴーストはレベルを上げてもステータスがほとんど上がらん! それもゴーストが使いにくい理由の一つでもある!」

「なんと!?」

「しかーし! モンスターへの愛さえあればそんなハンデも乗り越えられるはずだ!」

「教官! 確かにその通りです!」


 この場にツッコミはいない。


「さあ、これで俺様から教えられることは教えた! あとは自分の力で駆け抜けていくがいい!」


 ドス教官が後ろを指さす。

 振り向いたチョコの目には開かれた扉があった。


「ここから貴様の冒険が始まるのだ! さあ行け!」

「はい! 教官! ありがとうございました!」


 ビシッと敬礼からの、お辞儀。

 そして、チョコはシルクを伴い振り返らずに扉を潜り抜けて行った。

 後には満足げな顔のドス教官だけが残り、サンドバック君一号は光の粒子となってすでに消え去っていた。

 サンドバック君一号ー!!

シルク

性別:♀

特徴:いい子

特技:じわじわなぶり殺し

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