おせわ
「なんですとー!?」
その日、衝撃走る。
チョコは掲示板を眺めながら絶叫していた。
なぜならば、あのにっくきシルクを死に戻りに追いやった猪が倒されたのだ!
「ぐぬぬ!」
先を越された悔しさに歯噛みするチョコ。
ひそかに安堵するシルク。
だって、普通にやったら勝ち目ねーもん。
また死に戻りすることが目に見えている。
チョコとてそれがわからないほど馬鹿ではないので、南の平原でレベル上げを行っていたわけだが、シルクがあの猪を倒せるようになるまではまだまだかかる。
焦れたチョコが突貫しないとは限らなかった。
掲示板は今、猪討伐の話題で大盛り上がり。
ギルドではそれを成し遂げた勇者たちが他のプレイヤーたちに囲まれており、ちょっとしたお祭り騒ぎになっているらしい。
チョコは南の平原で得物を求めて徘徊しているので、直接それを目にすることはできないが。
猪こと、アーマードボアは☆3のモンスター。
☆1のモンスターしかいないはずのプレイヤーでは、まっとうな手段ではまず倒せない。
では、どうやってそれを倒したのかと言えば、やっぱりまっとうな手段ではなかった。
ゾンビアタック。
ゾンビで戦うわけじゃない。
一応☆1のモンスターにちゃんとゾンビはいるので、勘違いしないだろうけど念のため。
ゾンビアタックとは、死に戻りした直後に戦場にまた駆けつけて戦う戦法である。
ファンモンの野生モンスターのHPは減るとそのままになる。
時間経過でわずかずつ回復していくものの、連続で戦闘していればその回復も見込めない。
つまり、戦い続けていればいつかは倒せる。
これを利用し、複数人のプレイヤーが協力して猪とずっと戦い続け、チクチクとHPを削って倒しきったのだ。
もちろん、猪とプレイヤーの手持ちモンスターとでは戦力に差がありすぎる。
よって、戦えば犠牲者が出るのは避けられない。
しかーし! 犠牲が出てもすぐさま死に戻り地点から戦場に駆け付け、再び戦線に加われば問題ない。
ファンモンの死に戻りペナルティの中にステータスの一時低下などはなく、死に戻り直後に戦闘に参加しても直前までと寸分たがわぬ活躍が見込める。
死に戻りで失うものを恐れなければ、非常に有効な作戦だった。
そう、死に戻りで失うものを恐れなければ……。
猪を倒したその代償は大きかった……。
最も矢面に立って猪の攻撃を一身に引き受けていたプレイヤーのモンスター。
度重なる死に戻りで親愛度が底をつき、猪討伐とともにプレイヤーのもとから去っていってしまったのだ。
せっかく強敵を倒したというのに、それを共に祝うはずのパートナーがいなくなってしまった。
そして一度逃げたモンスターはもう二度と戻ってくることはない……。
ないのだ……。
掲示板やギルドではそのプレイヤーを慰める会が催されていた。
猪討伐のドロップ品は彼の手に渡ることになった。
ボスなどの特殊なモンスターを除き、野生のモンスターを倒した時のドロップ品は一体につき一個。
複数のプレイヤーで倒したとしても一個。
その一個を討伐に最も貢献した彼に渡すのは、誰もが納得していた。
ドロップ品の分配でもめることはゲームでよくあること。
今回はそもそもドロップ品目当てではなく、東の平原に陣取った迷惑なモンスターを倒そうという、半ばボランティアのような精神で集まったプレイヤーだったのが功を奏した。
☆3モンスターのドロップ品という、現状では手に入るはずもないアイテムでも、彼の手に渡るのをねたむ人はいなかった。
「ぬぬぬぬぬ!」
猪を先に倒されてねたんでいるゴースト使いはここにいるが。
ゴースト使いであって、ゴーストではないはずなのだが、その表情には恨めしやーとでかでかと書いてあった。
ホラーかな?
チョコが掲示板を見ながら歯ぎしりしていると、ファンファーレが鳴った。
顔を上げると、ちょうどシルクがモンスターを倒したところだった。
シルクの≪憑りつき≫からの≪ドレインタッチ≫による攻撃は倒すのに時間がかかる。
その間に掲示板を眺めるのがチョコのくせになってきていた。
「レベルアーップ! やったねシルク!」
ファンファーレの正体はシルクのレベルが上がった通知だった。
シルクのレベルはこれで5。
全体的にレベルの上がるのが遅いこのゲームで、たった3日でそこまで到達するプレイヤーはあまりいない。
しかも、チョコの場合一度シルクを死に戻りさせているので、経験値減少によるペナルティーを受けている。
それを考えれば、チョコはトップ組をひた走っていると言えた。
「お?」
掲示板を開いていたメニューボードの表示が強制的に変更される。
そこにはシルクが新しいスキルを覚えられると表示されていた。
モンスターは5の倍数で新たなスキルを覚えることができる。
もし該当するスキルがない場合はステータスの強化などに割り振ることも可。
そして、このスキルはのちの進化先に影響することもあるので、慎重に選ぶ必要がある。
ゴブリンに弓のスキルを覚えさせると、ゴブリンアーチャーに進化可能になる、などだ。
「うむむ?」
取得可能なスキルと強化可能なステータスが一覧に並ぶ。
ゴーストは下級闇魔法を覚えさせるのがセオリーだ。
他に比べれば高めなINTを生かして、遠距離攻撃を覚えさせて物理無効の固定砲台にするという選択肢。
しかし、チョコはそんなセオリー知らない。
そもそもゲーム自体あまりやってきていないので、どの選択肢が正解なのかおぼろげにすらわかっていない。
「シルクー。どれがいい?」
結果、シルクに丸投げ。
まあ、本人のことは本人に聞くのが一番なのかもしれない……。
そして、シルクはメニューボードを見つめ、ある一つのスキルを選択した。
「お世話?」
メニューには『≪お世話≫を取得しますか? YES/NO』の選択肢。
「あれ? こんなスキルあったっけ?」
一覧にそんなスキルなかった気がするが、シルクがそれがいいというのであれば是非もない。
チョコは不思議に思いながらもYESを選択した。
実はこれ、チョコの記憶違いなどではなく、一覧には≪お世話≫なんてスキルはなかった。
が、過去のファンモンシリーズをプレイしたことのあるプレイヤーであればピンときたことだろう。
それは最後の選択肢、モンスターに選ばせる、だ。
過去シリーズでは一覧の最後にその選択肢がある。
モンスター自身に選ばせるというのは建前で、要はランダム選択だ。
しかし、この選択をすると時折、一覧に表示されていないスキルが取得できたりする。
もちろん当たりスキルであるかどうかはわからないし、そもそも一覧にあるスキルが選ばれることのほうが多い。
博打要素が強い。
が、普通では手に入らないスキルが取得できるということで、試す人は多かった。
結果、物理攻撃主体のモンスターが魔法を覚えてしまったりといった悲劇が多数起きたのは言うまでもない。
「ま、いっかー!」
そしてここに、VR版ファンモン初のおまかせスキル取得者が誕生した。
モンスターにお世話しないといけない! と危機感を抱かれているマスターが……。
おまかせスキル
モンスターにおまかせすることによって、まれに一覧にないスキルが取得できること。またそうして得たスキルのことを指す。過去作では取得できるスキルは完全ランダムだったが、今作ではある程度モンスター本人の意思でとりたいスキルが選択できる。




