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ふぁんもん  作者: 馬場翁
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げーむすたーと

 フルダイブ型のVRゲームが世界で初めて発売されてからすでにそれなりの年月が経っていた。

 数々のゲーム会社が競うように新しいゲームを発売し、時に隆盛を誇り、時代の流れとともに廃れ、そしてまた新たなゲームが発売される。

 ゲームのプレイヤーは、ある時は勇者となって悪の魔王と戦い、ある時は魔法使いとなって戦場をかけ回り、またある時は農家になってスローライフを満喫し。

 プレイヤーの数だけ、ゲームの数だけ、そこには物語があった。


 そして、またここにも一つ。

 あるプレイヤーの冒険譚が始まる。


「うわっとっと!」


 ビターン、と、地面に顔面を叩きつけながら。



 フルダイブ型のVRゲームが主流となった今の時代、しかし、全ての人がそれを謳歌できるかと言うとそうではなかった。

 人によって得意不得意があるように、ゲームでもそれは表れてしまう。

 むしろ、ゲームだからこそより顕著に優劣がついてしまうことも珍しくない。

 フルダイブ型のゲームのほとんどは、アクションを前提にして作られている。

 せっかく全ての感覚を投影できるアバターを使えるのだから、それを生かすにはどうしてもそのアバターを動かしてもらうゲーム、つまりはアクションが主流になってしまうのだ。


 しかし、体を動かすのが苦手な人はいる。

 アバターなのだから現実の肉体とは違って、動かしても疲労感などはないし、現実では不可能なトンデモアクションをすることだってできる。

 が、それはそれ。

 アバターの機能ではなく、プレイヤーの性格的にアクションを苦手にしている人たちもいるのだ。


 そういった人向けのゲームもまた開発が進んでいた。

 そして、その中の一つ、プレイヤーではなく使役するモンスターに戦ってもらうという、往年の名作をフルダイブVRゲームとして復活させた新作のβテストが開始された。

 その名作の名は、ファンタジーモンスター。

 略してファンモン。

 そのファンモンのβテスターに選ばれた少女がいた。


 地面に突っ伏してるのがそれである。


「痛たた。あ、痛くないや」


 彼女のプレイヤーネームはチョコ。

 なんとも美味しそうな名前である。

 チョコは強かに打ち付けた鼻をなでながら起き上がる。

 ファンモンにおいてプレイヤーの痛覚はその一切がオフになっているので、盛大に転んでも痛くもかゆくもない。


 ガッ! ビターン。


 だからこのように連続でこけても問題ない。

 また、ファンモンはモンスターに戦ってもらうというその性質上、プレイヤーにはHPの設定が為されていない。

 つまり、不死身。

 破壊不能オブジェクトと同じように、いくらプレイヤーに攻撃を仕掛けても死ぬことはないのだ。

 安心安全。

 いくらでもこけるがいい!


「あーうー」


 ノロノロと立ち上がり、目の前に表示されたボードを見直すチョコ。

 そこには「アバターの設定を確定しますか?」という文字。

 そして、そのボードの横には等身大のチョコのアバターの分身が、鏡写しのように佇んでいた。

 チョコは自分のアバターの姿に違和感などがないかどうか、確認している最中だった。

 鏡写しの分身を眺め、横から見たり後ろを見たり、はてにはジャンプしてみたり回転してみたり。

 そしてビターンしたのである。

 ちょっとテンション上がってしまったのである。

 仕方ないのである。


 しかし、二度のビターンを経て冷静さを取り戻したチョコ。

 改めてゲームの初期設定を進めていく。

 今はいわゆるキャラクターメイクの最中。

 ボードに表示された確定ボタンを押し、アバターの設定を確定させた。

 これでプレイヤーネームチョコ、その容姿が決まった。


 容姿を決定すると、光があふれ出して視界を染める。

 眩しさからチョコが目を閉じ、目を再び開けると、景色がそれまでいた何もないアバター設定ルームから一変していた。


「よく来たな! 新人マスター!」


 まず目に飛び込んできたのはおっさんである。

 腕組みして堂々と佇むおっさんである。

 これ以上ないくらいおっさんらしいおっさんである。


「俺様は貴様ら新人マスターにマスターとしてのレクチャーをする教官のドス様だ! 俺様は偉いからちゃんと敬うように!」

「はい! 教官様!」

「お? いい返事だ! お前はいいマスターになれるぞ!」

「え? そうですか? えへへ」


 ツッコミ不在の空間の恐怖である。

 ドス教官はいわゆるチュートリアルを担当するNPCである。

 彼からこのゲームについての説明を受けることになる。

 ちなみに、このドス教官、ファンモンシリーズ全てで教官を務めている。

 初代ファンモンでは一番最初のチュートリアルでしか登場しないくせに、専用ドットで描かれていたある意味伝説の人物である。

 その後全てのシリーズで何らかの形で登場している、スタッフに愛されたキャラである。


「とは言え、お前はまだモンスターを一匹も従えていないひよっこ以前の状態! いわば卵だ! 卵のお前にふさわしい卵をくれてやる! ありがたく受け取るがいい!」

「ありがとうございます!」


 ゴソゴソとズボンのポケットをあさり、中から卵を取り出すドス教官。

 そして渡されたのは、ダチョウのものよりでかい卵。

 どうやってズボンのポケットの中に入っていたのかは謎だ。

 細かいことにツッコんではいけない。

 これはゲームなのだ。


「それはモンスターが生まれる不思議な卵! そして、新人マスターであるお前には好きなモンスターカードを3枚くれてやる!」


 ドス教官がそう言うと、チョコの目の前にボードが出現し、モンスターカードがずらっと表示される。

 それを眺めながらも、ドス教官の説明は続く。


 モンスターカードとは?

 ファンモンにおいてモンスターを倒すとたまにドロップするカードのことである。

 カードはその倒したモンスターのものが入手できる。

 ゴブリンを倒したらゴブリンのカードといった具合だ。

 カードには様々な使用方法があるが、今一番重要なのは不思議な卵との組み合わせである。


 不思議な卵とは?

 ファンモンにおいてモンスターを従える方法は一つしかない。

 それが、不思議な卵を孵化させること。

 実はファンモンにはテイムという仕様がないのだ。

 プレイヤーであるモンスターマスターは、不思議な卵から生まれたモンスターを育成し、強くしていく。

 

 不思議な卵から生まれるモンスターはランダム。

 孵化する前に一つだけアイテムを与えることができ、そのアイテムによって生まれてくるモンスターの傾向をある程度調整できる。

 が、例えば薬草を与えたとすると、植物系のモンスターが生まれたり、草食系のモンスターが生まれたり、回復スキルを持ったモンスターが生まれたりと、あくまでも傾向をある程度操作できるというだけで、ほぼ運任せになる。

 狙ったモンスターを引き当てるのは非常に難しい。


 そこで、欲しいモンスターを確実に手に入れる方法が、モンスターカードを与えるという手段。

 モンスターカードを不思議な卵に与えると、そのカードのモンスターが確実に生まれる。

 つまり、このキャラクターメイキングの時に欲しいモンスターがいる場合、そのモンスターのカードを取得して不思議な卵に与えればいいというわけだ。


「むむむ! けどどれがいいのかわかんない!」


 それらのドス教官の説明を聞いたチョコは頭を抱えて唸った。

 チョコはファンモンシリーズ未経験で、前情報一切なしの状態でこのゲームを始めている。

 なので、どのモンスターがいいのかわからなかった。

 取得可能なモンスターカードの一覧に、ずらっといろいろなモンスターの名前が並んでいるのも悪い。

 それら一つ一つを確認しているだけで時間が経ってしまう。


「もうランダムでいいや」


 その結果、チョコが選んだのは最後の手段、ランダム。

 ランダムで三枚のカードを選出するという方法だった。


「ポチッとな」


 そして選ばれる三枚のカード。


 ☆1バット

 ☆1テンタクル

 ☆3ソードガルガント


「ほう! ☆3のモンスターカードを引き当てたか! 運がいいな!」


 ☆とは、そのモンスターの等級を表す単位である。

 ☆の数値が大きいほど強いモンスターとなる。

 しかし、モンスターには進化というパワーアップ手段があるので、☆1だからといって使えないというわけではない。

 むしろ、☆1のモンスターを一から育てていくことこそ、ファンモンの正しい楽しみ方と言える。

 初期で入手できる三枚のモンスターカードも☆1のもの限定だし、不思議な卵にモンスターカードを使わなかった場合に生まれてくるモンスターもまた、☆1限定なのだ。


 しかし、初期カード取得をランダムで行った際にだけ、低確率で☆3までのカードが出現する場合がある。

 チョコはその幸運を一発で引き当てたわけだ。

 だが、


「うーん。これ、かわいくない」


 チョコは引いたカードを順番に眺め、そうこぼした。

 バットはまんま蝙蝠。

 テンタクルはイソギンチャクのようなモンスター。

 そして、目玉となる☆3のソードガルガントは全身に刃を生やした厳つい四足歩行のモンスターである。

 全部かわいいとは言い難い。


「この子を選択したほうがいいんですよね?」

「いや! そんなことはないぞ! むしろそれはお勧めしない!」

「え? 何でですか?」


 ☆3のソードガルガントのカードを指さしながらのチョコの質問に、力強く否定の言葉を繰り出すドス教官。

 ☆の数が多いほど強くていいモンスターなのではないかとチョコは不思議に思う。


「もちろんモンスターとしては☆の数が多いほどいい! だがしかし! そのモンスターにマスターのほうが見合っていない! 要は力不足だ!」


 ビシッとチョコを指さしながら宣言するドス教官。

 まあ、当たり前の話である。

 ゲーム開始直後で、マスターとしての経験が一切ないチョコは初心者もいいところ。

 それは過去作をプレイしているプレイヤーでも同じ。

 過去作をやってはいても、この新作では初心者マスターなのだ。


「自分の実力に見合ったモンスターでないと、モンスターは言うことを聞いてくれない! ☆1のモンスターなら新人マスターの言うことでも聞いてくれるが、☆2のモンスターだとそっぽを向かれる! ☆3のモンスターともなれば、すぐ逃げられてしまうかもな!」

「ひええ!」


 モンスターはマスターの元から逃げ出すことがある。

 マスターの力が足りない時や、親愛度が一定値を下回った時などに発生する。

 言うことを聞くからと言って、☆1のモンスターでも粗雑に扱っていれば、親愛度が下がっていき逃げられてしまうこともあるのだ。

 そして、新人マスターに☆3のモンスターは荷が重すぎる。

 ランダムで☆3のカードを引いて喜びそれを選択すると、痛い目を見る。

 運営の仕掛けた罠だ。


「よし! 決めました! カードは使わずに孵化します!」

「ほう! カードの時と言い、ギャンブラーだな!」


 チョコが最終的に選んだのは、カードを使わずに孵化すること。

 カードを使わなくても孵化はできる。

 ただ、生まれてくるモンスターは完全にランダムになるというだけで。

 どんなモンスターが生まれてくるか全くわからないので、ドス教官の言うようにかなりギャンブルになる。


 しかし、手に入れたカードのモンスターが全部かわいくないのだから仕方がない。

 かわいいは正義なのである。


「えっと、外見傾向? かわいさ極振りで」


 卵を孵化する際に設定できるのは、与えるアイテム一種と、外見傾向。

 与えたアイテムによって生まれてくるモンスターの傾向が変わるのは説明した通り。

 今回は何も与えないので、完全にランダムとなる。

 そして、外見傾向というのは、見た目を変化させる機能である。

 いくつかの項目があり、それを操作することによって生まれてくるモンスターの外見をある程度いじることができるのだ。

 これはアイテムと違って生まれてくるモンスターの種類には影響せず、あくまでも決定されたモンスターの外見をいじる機能となる。

 つまり、同じモンスターでも、かっこよさに振っていればかっこいい外見になり、かわいいに振っていればかわいい外見になる。

 同じゴブリンでも渋い見た目のゴブリンが生まれたり、デフォルメされたぶさかわいいゴブリンになったりするわけだ。


 チョコが操作を終えると、不思議な卵に罅が入り、光とともに殻が砕け散り、中から一匹のモンスターが飛び出した。


「おおー! 想像してたのと違うけどかわいい!」


 現れたのはフワフワと浮いているモンスター。

 白い布のような体を持ち、スカートのようにヒラヒラと舞わせている。

 目は黒い丸で、口は黒い逆三角形で、笑みの形。

 幼児向けの絵本に登場しそうな、お化けの姿そのものだった。


 ☆1ゴースト


「よろしくね! あなたの名前は、えっと、シルクで!」


 シルクと名付けられたゴーストは嬉しそうに旋回してみせた。

 こうして、チョコは初めてのモンスターを手に入れ、いよいよゲームをスタートするのだった。

チョコ

性別:♀

なきごえ「かわいい!」

特技:ビターン

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