009.風が吹けば桶屋が…その2
木剣を肩に担いだ息子のランスロットの周りに、まるでこの世が終わってしまうかのような信じられないくらいの魔力が集まっている。
「スーパー・ランスロット・アタック」
息子のランスロットはかけ声とともに木剣を本気で振り下ろした。
はっきりとは見えなかったが、残像から推測するに惚れ惚れする……いや、嫉妬するくらいの剣筋だった。
ごめん、単なる親馬鹿だ。
えっと、その剣筋の先の向こう側の視界が届く範囲には、海が割れて海底が見えているという信じられない景色があった。
つまり、水平線の彼方まで、海が割れたんだ。
俺はただトルネドに木剣でも世界一の武器になり得るんだぜって教えたかっただけだったんだ。
確かに本気で振ってくれと頼んだが、想定外過ぎた。
と言うか、俺の息子のランスロットはかなり余裕がある表情をしている……。
えっと、本気で木剣を振り下ろしたんだよな?
シーターさまの加護を持った初代国王のエピソードで、ただの木剣で岩を切り裂いたというのがある。
ランスロットも、シーターさまの加護があるから、それなりのことが出来ると思っていたんだ。
俺の想定では、初代国王までとはいかなくても、その辺の小さい岩がスパッと斬れる程度のことは出来るだろうと…………。
なんで、海が割れるんだ?
そもそも、海って割れるのか?
いや、割れるんだろう。
今、目の前で海が割れているんだから……。
と言うか、その木剣って、なんの変哲もないただの普通の練習用の木剣だろう?
付与魔法なんか付いてるはずも無かったし、いやいや、攻撃に使えるような付与魔法なんか付いた木剣だったら、売って金にしてるぞ。
そもそも、付与魔法って、付与魔法士が何日も何日も、国宝級なら年単位で細かい作業をして魔法回路を組み込むもんだろう?
ランスロットのヤツ、木剣を受け取って一瞬で付与魔法で魔法回路を組み込んだのか?
シーターさまの加護はなんでもありだな。
「バンよぉ。オレ、坊主に剣を教えてやることになってるんだけど、死ぬのかなぁ」
ああ、ランスロットがケイに、剣術を教えてくれって頼んでいたなー。
従兄弟であり、パブリックスクールから近衛騎士団を経て今に至るまで右腕として俺の横にいてくれるケイに……。
「墓はドコがいい?」
どう考えても死亡フラグじゃないか。
シーターさまの加護を甘く見てたのが原因だろ、他にどう答えればいいんだ?
俺もランスロットに頼まれたら、了解してたがな………。
ランスロットも剣技に関してはケイのが多少上手かったから、ケイに頼んだんだろう。
って、ランスロットは、そのあたりも見抜いたのか?
「そうじゃないだろ! まだ、死んでねぇし。そうじゃなくって、坊主はなんであんなに強いんだ?」
興奮気味のケイ。
「シーターさまの加護があるからじゃないのか?」
これもそうとしか答えられない。
「それは知ってるが、実際の強さ以外の強さだ。ああ、言ってて、訳分かんないな……。そうだ、力でなく技だ。力はシーターさまの加護で強くなっているのは分かる。でも、構え、体重移動、タイミングとかは、シーターさまの加護じゃないだろ」
「そう言った知識も含めて加護じゃないのか? じゃなきゃ、3歳児がこんな事できるか?」
「やっぱり知識もか……。オレたち苦労して上に上がっていったよな……。加護だけで強くなれるなんて、なんか理不尽だよな……」
「そうだな」
そんなやり取りをしてたら、複数のシーサーペントが沖に現れた。
「バン」
真剣な表情でケイが俺の名前を口にした。
長いつきあいだ、言いたいことなんか、すぐに分かる。
「ああ」
俺が使える魔法のひとつを発動させる。
【鑑定】
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【シーサーペント】
縄張りの海を割られたことに、激怒中の巨大ウミヘビ。
海岸の人を見つけて報復のために海岸へ移動開始。
棺桶の準備OK?
あ、全員、食べられちゃうから必要ないかなぁ?
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鑑定魔法は人によって分かることが異なる。
俺の鑑定魔法の特徴は、鑑定したモノの未来が多少分かることだ。
相手が何をしてくるか分かれば、ベストな対処が出来る。
それが出来たから、近衛騎士団の副団長まで上がれたんだ。
「ヤバいぞ。オレらに報復に来るらしい」
本当のことを言えなかった。
他にどう言えと?
あれは、ヤバい。
ただでさえ、海面より上にいるモノを全て敵と判断して攻撃してくる。
この辺の近海は、あいつらシーサーペントが縄張りを主張しているせいで船が出せないんだ。
普通の状態でも、厄介なヤツらなんだ。
それが、激怒状態で襲ってくる。
ランスロットが海を割ったのが原因だが、そもそも俺が頼んだことだ。
さて、この状況どうしようか?
俺が命令しないと誰も動きようがない。
でも、100%の精度を誇る俺の鑑定魔法によって全滅することが確定している。
歯向かうに歯向かえないし、もう諦めたほうがいいのか?
「あなた………」
エレインが俺の表情を読んだのか心配そうな表情を見せた。
マジでどうしたらいいんだ?
「ボクが倒してきますね~。一応、マーリンを盾代わりに連れて行きま~す。マーリンシールド・カムヒア」
散歩に行くような気軽さで、ランスロットが名乗り出た。
と言うか、何言ってんのこの子?
倒す?
俺の鑑定魔法では、全滅って出てんだぞ。
「マーリンは、お腹が痛いので無理ですぅ」
まるで子供のような言い訳だ。
「大丈夫。大丈夫。単なる食べ過ぎだから、軽~く運動しよう」
確かに食べ過ぎていたな…………。
「マーリンシールド装備完了」
マーリンが、ランスロットがよく使う魔法、念動力に捕まった。
あの魔法は誰にも逃げることは出来ないと思う。
「無理ですぅ。無理ですぅ。盾代わりなんて無理ですぅ」
エルフティア王国最強の盾でも、あれは怖いんだろう。
俺もどうしたらいいか分からないくらいだしな。
「何言ってんの? エルフティア王国最強の盾、マーリンでしょ?」
ニコニコしながら、受け流すランスロット…………。
「それでも無理ですぅ。そんな二つ名返上しますぅ。これから、国王や上司の言うことを聞きますから、盾役じゃなく、今すぐにでも、本国に戻らせてくださいよぉ。だから、シーサーペントの盾なんてさせないで下さいよぉ~~~」
言質を取ったので、お義父さまからの、依頼はクリア………。
後は報告するだけだど………出来るのか?
「分かったよー。じゃあ、最強の武器で♪ さぁ、マーリン行ってこーい」
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「お父さま。ボクも行ってきますね」
ランスロットが死地に向かうのを呆然と見送るしかなかった。