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さようなら、愛しき私の騎士。

 先刻の無数の爆発音は、この王城を倒壊させた際のもので間違いないのだろう。あの自爆する魔物が複数、王城に進入し爆発し、その爆発が城内にいる魔物に誘爆した結果がこの有様なのだ。それくらいの事はバネッサにも予想できる。


「……そうだ、まだ誰か生き残っているかも……」


 バネッサはその可能性が低い事を自覚しながらも、一縷の望みにかけて立ち上がり、倒壊した王城に向かおうとした。が、その手を間髪入れずイサミが掴み歩みを止めさせる。


「待て、バネッサ。様子がおかしい」


「そんな事は見ればわかるだろう!? 早く生存者がいないか探さなければ……」


「そうじゃない。見ろ。何か変だ」


 バネッサを引き止めたイサミが指差したのは、門の前で無惨な遺体となっている番兵。切断された首は離れた位置に転がっていた。

 この番兵はバネッサも顔見知りの人物だった。争い事を生業とする職業柄、仲間の死はこれまで何度も経験してきたが、何度味わっても悲痛な感情になってしまう。しかし、今はその感情を押し殺し、冷静に現状を理解しなければ。


 イサミが指摘した妙な点はすぐにわかった。その番兵の殺され方だ。死因と見て間違いないであろう首の断面に目を向ける。


「……刃物、恐らく剣で斬り裂かれている」


「ああ、俺にもそう見える。だがそれはおかしい。町中に出現している魔物にこんな攻撃手段を持っている奴はいないはずだ」


 現在町中に現れている魔物は、バンダースナッチと空を飛ぶ魔物、そして王城を破壊した自爆する球体の魔物。バンダースナッチは大きく発達した爪を武器にしているが、その使われ方は専ら突き刺す形だ。対象の切断ができる形状ではない。

 それはつまり、目の前の番兵を殺害した存在は、今のところ確認できている魔物ではないという事だ。


「自爆する魔物以外にも、新しい魔物が現れているのか?」


「その可能性は否定しないが、そう考えるよりも……王城を破壊し尽くす程の数の自爆する魔物が集中して王城に進入したのは偶然か? 連中にそんな策を講じる知能は見られなかったはずだ」


 続けて語られたイサミの言葉は、それまでの会話の内容とは関係ないように思えるものだった。しかしそれは決して無関係ではない。意図的に狙われた王城。どの魔物の手口とも一致しない番兵の殺害方法。それは即ち、


「魔物を操り手引きしている存在がいる……!」


 町中に不自然に出現し暴れ回っているバンダースナッチ達。それらの魔物をこの町に出現させた存在。そしてその目的は、兵士達を町中の魔物達の対応に当てさせ、王城の守護を手薄にするものだったのだとしたら。全てが周到に仕組まれていた出来事だったのだとしたら。


 バネッサはそのような悪行を企てる存在を、国家の崩壊を、人類の災いを引き起こさんとする存在を知っている。魔物を使役できる存在はこの世界に一種族しかいない。この事態は、間違いなく魔族の陰謀だ。


「……そこに居るのは誰だ?」


 バネッサが真相を知り憤りに震えていた時、唐突に振り返ったイサミが町のほうに声をかけた。町の住民の殆どは既に避難しており、見える範囲には人や魔物は見当たらないはずだが。


「……俺の気配に気付けるか。相当の手練れと見える」


 バネッサがつられて振り返り注視する中、建物の合間から滲み出るように一人の男が現れた。男、というのは声の質から察したが、その風貌は黒いローブにフードで身を隠した、得体の知れない人物だった。

 壮年を思わせる声である事以外、情報が得られない黒づくめ。一般市民である可能性は、巧妙な気配を消す技量を持っていた事から皆無だろう。そして倒壊した王城の近くに居た事から、この出来事に無関係だとは思えない。


「貴様、魔族か?」


「如何にも」


 バネッサの問いに短く答える男。意外にも素直に己の正体を明かした。そしてその答は、先程の予想した真相を裏付けるに値するものだった。


「貴様がッ!!」


 この大惨事の原因は目の前にいるこの男。それを確信したバネッサは即座に剣を抜き男に向かい駆け出した。


「待て、バネッサ!」


 バネッサの行動を止めようとするイサミの言葉を無視し魔族の男に迫る。男はしかし、構えようとも避けようともせず棒立ちのまま。如何なる思惑があるのかは知る由もないが……このまま叩き斬る!


 あと一歩、バネッサの剣の間合いが魔族の男に到達する。その時……直感。そうとしか言いようのない嫌な予感をその男から感じ取った。

 その直感がバネッサの足を一瞬止めた。その時、身動きひとつしていない男のローブの内側から何かが飛び出した。

 人だ。小柄の。男と同じように黒いフードで顔を隠した人物が、両の手に刀身の黒いナイフを携え、バネッサに斬りつけてきたのだ。

 直前で足を止めていたバネッサは危ういところでその奇襲に気付き対応した。


 高速で振るわれる二本のナイフをどうにか剣で払いのけ後退する。尚もナイフを振るい迫る小柄な人物のその攻撃を、躱し、いなしてどうにか対処する。翻るローブの下の体格から察するに、外観は恐らく十代半ばかそれ以下の少女のようだ。この人物も魔族なのだろう。細く浅黒い肌をした腕から次々と放たれる斬撃は恐ろしく早く、攻めに転じる隙が見つからない。

 後退しながらナイフを捌き続けるバネッサ。一瞬、ちくりと手の甲に僅かな痛みが走る。ナイフを掠めてしまったようだが、剣を振るうのに支障を来たす痛みではない。構わず対処を続ける。が、突如魔族の少女が攻めるのを止めて後方に飛び下がった。そしてそれまで少女がいた場所を高速の矢が通過する。バネッサの背後からイサミが援護に放ってくれたらしい。バネッサは少女を追おうとはせず自身も後退し、イサミの元に戻った。


「無茶をするな。怪我はないか?」


「大丈夫、掠めたくらいだ」


 次の矢を番え構えながら尋ねたイサミに応える。あの少女の魔族は強い。恐らくバネッサ一人では勝てないという事実を今の攻防で理解した。考えなしに挑んでどうにかなる相手ではない以上、慎重に行動しなければ。


「愚直な騎士かと思えば、なかなかどうして……それだけに惜しい。手合わせをするまでもなくその命が潰えてしまうとは、な」


 少女とバネッサの攻防を傍観していた壮年の魔族が呟いた。挑発のつもりなのだろうか? 言っている意味は理解しかねるのだが。


「メラベ、悪い癖よ。遊ぼうとしないで。言われてるでしょ?」


 その魔族の男に対して少女が注意するように語りかけた。メラベ、というのは男の魔族の名か。


「そう言うな。年寄りの楽しみを奪うものではない……残る男一人は稀に見る強者。競わずしてどうする?」


「はぁ……勝手にして」


 ローブの下から鞘に収められた細身の若干反った形をした剣を出しながら、メラベと呼ばれた魔族はイサミを睨む。少女の魔族は呆れた様子でそれを容認した。

 ……何なのだこいつらは。まるで私が眼中にないような振る舞いではないか。


「貴様ら、何わけのわからぬ事を……」


 二人の魔族に怒鳴りながら再び剣を構えようとしたバネッサだが、その瞬間、ぐらり、と、景色が歪んだ。




 ……何だ?


 頭が重い。


 足元がおぼつかない。




 自身の異変に気付いた直後、突然喉に違和感を覚えて咳込むバネッサ。いつの間にか荒い息をたてているバネッサの目に映ったのは、真っ赤に染まった自身の手のひらだった。


「バネッサ!?」


 間髪入れずにふらつくバネッサに駆け寄るイサミ。駄目だ。これは、私は、


「来る、な、イサミ……毒、だ……」


 理解した。あの二人が私の事を居ないものとして扱っている理由が。私は既に終わっていたのだ。少女の魔族の持つ二本のナイフ。あのナイフには致死性の毒が塗り込まれていたのだろう。擦り傷だろうとその刃に傷付けられた私は、その毒に身を蝕まれているのだ。その毒が如何なる条件を以て他者に感染するのかわからない以上、イサミを私に近付かせるわけにはいかない。


 そして、自分の体調と魔族達の反応から、察してしまった。


 恐らく私は、もう助からない。


「……イサミ、お前、は、に、逃げろ……」


 朦朧とする意識に喝を入れ、イサミに最善であろう選択を促す。


「何を言っているんだ! お前を置いてなど……」


「わかって、いたんだ……この国はもう……イサミ……お前までこの国に縛られる事はない……たまたま私に、拾われ、付き合わせていた、だけ、なんだ……いくらお前が強かろうと、今のこの国を、救う事は、もう、不可能だ……お前も、わかっているだろう……」


 自分で自分の言っている事が支離滅裂になっている事は理解していた。ただ思いつく言葉を、とにかく少しでも、イサミに伝える。それだけが頭の中にあった。


「お前、は、こんなところで、散ってしまうべきでは、ない……頼む、お願いだ……いや、命令だ……」


 霞む視界の中で、やけに鮮明に映る悲痛な表情を浮かべる青年に……私の、最愛の人に、私の最後の願いを伝える。


「生きてくれ……お前だけでも……」




 ……背に、するり、と、何かが入ってきた。

 入ってきたそれは、私の胸からまたしてもするり、と、静かに飛び出した。


 鈍色の、刃だった。


「っ……!?」


 驚愕に見開かれたイサミの顔が、私の目に焼き付いた。


 私の背から胸を貫いたはずのその反った片刃の剣は、にも関わらず一切血に塗れておらず、美しく光を反射させていた。


「つまらん事を吐かすな、女よ」


 私の背後から吐き捨てるように発せられたのは、壮年の魔族の男の声。その台詞が終わると同時に、胸から突き出していた刃が一瞬にして消えてしまう。間を置いて、私の胸元から止めどなく溢れ噴き出し始める、血。


「ハクメの毒で大人しく命を散らせば良いものを……往ね、此の世から」


 遠く聞こえる背後の男の声を耳にしながら、私は抵抗する事もできないまま地面に吸い寄せられ、言葉を発する事もできず横たわった。


 毒の所為だったであろう酷い頭痛は、いつの間にか遠くに行ってしまった。


 地面を濡らす私の血。その鮮やかな色彩が徐々に失われていった。


 寒いような、暖かいような、酷く気持ちが悪い感覚が全身を駆け抜け、やがてそれも遠ざかって行く。




 ……最後に聞こえたのは、イサミの、慟哭する声、だった、気がする。






 …………ああ……暗い……。








 ……………………イサミ…………。

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