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シオンは、エリスの……。

「ふぁ……」


 シオンは寝袋から抜け出し、欠伸を噛み締めながら周囲を見渡した。他の皆のほとんどは、まだ寝袋に入り熟睡している。


 食事を終えた後、皆はアユミが出した寝袋に包まり寝入ってしまった。夜通しの戦闘で、そのうえ今までにない強敵を相手にした後なのだ。全員疲労は相当溜まっていたはずだ。

 マツリとユートも、ユートが準備していた寝袋で睡眠を取った。今後はこの二人の荷物もアユミに任せる事になるだろう。

 幸い、この場所は魔物の気配は一切ない特殊なフロアだ。誰かが見張りをする必要がないのは僥倖だった。全員が安心して眠りについたのだった。


 シオンも勿論皆と同様すぐに寝入ってしまったが、皆よりも早く目が覚めてしまったらしい。身体の時間感覚によれば、今は外だと夕刻あたりか。皆の睡眠周期が昼夜逆転してしまわないか心配だ。


 先に起きてもする事がないので二度寝しようかと迷っていると、ある事に気付いた。思い思いに寝転がる皆だが、そのうちひとつの寝袋がもぬけの殻になっていた。自分以外にも既に起きている者がいるようだ。この場に居ない人物は……マツリか。


 シオンは感知可能範囲を広げ周囲を探知する。どうやらマツリは、近くの建物の形が残っている数少ない場所に居るようだ。

 眠気も覚めてきた頃合いだ。どうせ他にする事もないので、マツリの居る場所に足を運んでみる事にした。


 向かった先では、マツリは背の低い塀に腰掛け足をぷらぷらさせているだけだった。特別何かをしている様子もなく、暇を持て余しているのが見てわかる。あちらもシオンが近寄ってきている事には気付いているはずだが、特に興味を示す素振りはない。


「もう寝なくていいのか?」


 マツリの近くで塀に背を預けもたれ掛かり、つまらなさそうに黄昏ている少女に声をかける。


「ええ、エリスお姉様に治癒して貰ったおかげで疲労も回復していたもの。みんな程休息が必要だったわけではなかったわ」


 シオンの質問に淡々と返すマツリ。彼女は憑依召喚とやらの反動を回復させる為にエリスの疲労回復魔術を受けていた。それか理由で既に体調は万全のようだ。


「そうか。ま、平気なら何でもいいけど」


 納得して返事を返すシオン。一人だけ先に目が覚めても、他の皆に悪さをしでかしていないあたり、本当にもう敵対する考えはないようだ。無防備に眠り続ける皆の方に目を向けながら、シオンはそんな事を考えた。出会った当初は危険人物でしかないと思っていたあのマツリが、丸くなったものだ。


 …………。


 シオンが返事をしてから数秒。互いに声をかける事がないまま、妙な空気が続いた。何だろう、なんか気まずい。

 わざわざ自分からマツリの側に来たというのに、こんな雰囲気になってしまうのは良くないのではないか? 何か話題を振ろう。いい天気だ……って、ダンジョン内で天気も何もないだろ。ここの天井は岩肌だし。


「あなたは、納得しているの?」


 シオンが話題を探して悩んでいると、マツリのほうから話しかけてきた。正直助かった。


「納得、って、何をだ?」


「私があなた達に着いて行く事よ。あなた、あんなに私の事を危険視していたじゃない」


 マツリの意図を聞き、この少女と会った時の事を思い出した。権能の力を悪用し、帝国兵の士気を異常なまでに上げ、国境砦の大国兵達を洗脳し下僕に蔑め、大国を乗っ取ろうと画策した、悪魔のような少女。それが当時の彼女に対する印象だ。


 だが、


「気にしちゃいないよ。お前はもう世界征服だとか考えてないし、能力を悪用するつもりもないんだろ?」


 マツリはエリスに説得され、己の誤ちを認め、協力を約束した。ならばこれ以上シオンが彼女の事を危惧する理由はない。

 というか、能力だけで言うならば全ての異界人は危険な存在なのだ。一人一人がとてつもない戦闘能力や特殊能力を有しているのだから。ただ単にマツリ以外の皆が悪用するつもりがないだけで、その気になれば全員がこの世界に多大な影響を与えかねない存在である事に変わりはない。やはり使い方の問題なのだ。だから自らの非を認めたマツリも、責めるのはお門違いというやつだ。


「それに、もしお前に何かしたらエリスに怒られるだろうしな」


 マツリは自身を叱り説得したエリスに妙に懐いている。エリスもそんなマツリの事を気に入っているようだ。二人の間に確かな信頼関係が築かれている今、マツリを批難しようものならそれこそエリスが黙ってはいないだろう。

 考えてみれば、エリスとはマツリの扱いについてはずっと意見が合わず平行線だった。マツリを危険人物として扱い、排除を訴え続けたシオンと、改心させられると信じ続け保護を語ったエリス。結局はエリスの望んだ結果に落ち着いたわけだが。まあ、丸く収まったならばそれに越した事はない。


「……あなたって、エリスお姉様とどんな関係なの?」


「は!?」


 理由のひとつとしてエリスの名を出したシオンだったが、そこが引っかかったのか、マツリは今度はそんな事を聞いてきた。


「な、仲間だよ! ただの仲間だ! あいつが何と言おうとそれ以上でも以下でもないからな!」


 普段のエリスのシオンに対する愛情表現というか、積極的なアピールを目にした者には誤解されがちだが、別にエリスとはそういう、恋人だとかみたいな関係ではない。断じて違う。

 シオンはその事を少々ムキになって伝える、が。


「私が聞きたいのは能力的な関係性よ。あなた、エリスお姉様の能力の恩恵を強く受けているみたいじゃない?」


「…………お、おう」


 シオンが口走った返答がマツリの意図とは違う事を言われた。勘違いした弁明をしたシオンは恥ずかしくなりながらも、咳払いをしながら仕切り直す事にした。


「あー、えっと、色々あってあいつからルキュシリア神の寵愛、ってスキルを与えられたんだ。それが理由だよ」


「スキルを? しっかり説明して欲しいわ」


 マツリはその話に興味を持ったらしく、それまでの無気力な応答とは打って変わって食いついてきた。仕方がないのでシオンも順序よく事の顛末を語る事にした。

 シオンが命を落とし、エリスが一度きりの蘇生魔術をシオンに施し、その際に寵愛のスキルを与えられた事。それによって身体能力が上がり、エリスの魔術の影響を強く受ける体質になり、マツリのイーヴィティア神の権能による魅了効果にも耐性を得て、さらには融合気功術なる新たな戦闘方法まで判明して。

 ただしひとつだけ、その寵愛のスキルを与える条件である、深く愛している対象にしか与えられないという点だけは省く事にしたが。シオンの口からそんな恥ずかしい事実は告げたくない。


 しかし、全てはエリスのおかげだ。シオンの今の実力や活躍は、全てエリスが命を救ってくれて、寵愛のスキルを与えてくれたからに他ならない。今のシオンはエリスがいたからこその存在となっている。


「……そんな事が本当に可能なのかしら?」


 シオンの説明を聞き終えたマツリが最初に口にしたのは疑問だった。


「確かに信じられないかもしれないが、全部事実なんだ。神でもない人間が他の人にスキルを与えるなんてって思いもするが、まあ、神の権能なんだし……」


「そこじゃないわ。いえ、そこも信じられないのは確かだけど。死者を蘇らせるなんて本当に可能なのかしら?」


 マツリが猜疑を向ける内容は、死者蘇生の魔術についてだった。


「エリスが言うには、オレは本当に死んでたんだとよ。心臓を貫かれたのも事実だし、普通の治癒魔術じゃあ目覚めなかったって話だし」


 マツリの指摘する出来事は、シオン自身には当然ながらその記憶はないのでエリスの言葉を信じるしかないのだが、自分が死に至ったあの時の感覚は確かに覚えている。もう二度とあんな体験はしたくないが。


 シオンの言葉を聞き、マツリは腰掛けていた塀から降りてシオンに近寄った。何をするつもりかと見ていると、マツリは断りも入れずに突然シオンの胸元に手を当ててきた。


「動いてはいるわね」


「当たり前だろ。アンデッドだとか言うんじゃないだろうな?」


 マツリの行動に少々呆れながらも返事をする。しかし少女は聞いているのかいないのか、胸元に手を当てたまま黙り込んだ。

 どうやらマツリは、シオンの体内を循環する魔力を確認しているようだ。少女の手のひらから、こちらの魔力を探っているらしい魔力の反応が感じられた。


「……ねえ、あなたの魔力、エリスお姉様とほとんど同じように感じるのだけど?」


 そして少女の告げた言葉に驚いた。シオンの体内の魔力が、エリスと同じ?


「そうなのか? ……それも寵愛のスキルの影響かもな」


「まあ、そう考えるのが妥当よね……ひとつ、仮説を立てたのだけど」


 ようやくシオンの胸元から手を離したマツリが、一度言葉を切りシオンに向き直り。


「エリスお姉様があなたに施した魔術は、もしかしたら蘇生魔術ではないかもしれないわ」


 耳を疑う言葉を言い放った。


「は? いやいや、だってオレは現にこうして……」


「正確に言えば、死者蘇生に近しい結果を実現させたと言うべきかしら。ねぇ、あなたは死んだ時、治癒魔術では目覚めなかったと言っていたけれど、どうして目覚めなかったのだと思う? エリスお姉様の魔術なら、命に関わる負傷だろうときっと完全に治療できるはずなのに」


 マツリはすぐには言い放った仮説の理由を語らず質問してきた。負傷は問題なく治せた。なのに生き返らなかった理由……。


「魂が失われていたからじゃないか?」


 シオンは思い浮かんだ回答をすぐに答えた。肉体に問題がなかったのだとしたら、目には見えない法則に異常があったのではないか。


「本来なら非科学的だと一蹴してあげたいところだけど、この世界には精神体の生命体だって存在するものね。ええ、きっとそれが理由なのでしょうね」


 マツリはその返答に渋々ながらも同意した。いやいや、精霊の分霊を使役する召喚魔術の使い手が否定しようとするなよ。


「ならエリスお姉様の施した魔術は、失われた魂を修復した、もしくは呼び戻したという事になるのかしら? 個人的には否定したいわ。どんな理論があればそんな芸当が実現できるのか想像できないし、もっと手っ取り早く目的が実現できる可能性があるもの」


「手っ取り早く?」


 マツリの言葉の真意がわからず首を傾げるシオン。続くマツリの発言を待つ。


「代用すればいいのよ。自分の魔力で」


「…………は?」


 しかし、告げられたマツリの解答が理解できず、聞き返してしまう。


「つまり、あなたの魂は失われたままで、エリスお姉様が自分の魔力で魂の変わりになる概念を作り出して与えたのではないかしら? それこそがルキュシリア神の寵愛のスキルの正体なんじゃないかしら?」


 シオンの反応を見て、わかりやすく説明するマツリ。


「……エリスは死霊魔術ネクロマンシーみたいな術で、オレを操り続けているって言いたいのか?」


「いいえ、それとは別物よ。操る必要はないでしょうね。あなたの脳がしっかりと働いているなら。あなたにはしっかり自我があるでしょう? エリスお姉様はあくまで、あなたに新たな生命の動力源を与えただけ。あなたとエリスお姉様の魔力が瓜二つな理由も、寵愛のスキルがあなたに与えてきた恩恵も、全てそれなら納得できるでしょう?」


 マツリが想像した仮説を裏付ける理由を語る。でも、だが、しかし……その仮説がもし事実であるとしたら。シオンの生命活動がエリスの魔力ありきのものなのだとしたら。






 シオンは、エリスの……傀儡も同然なのではないか?






「……別に気に病む事ではないと思うわ。あなたが生前同様の人格を持って生き返ったという事実は変わらないのだし、エリスお姉様だって自覚はないでしょうし。そもそも、それらしく語っておいて何だけど、今言った仮説が正しい保証なんて全くないもの」


 暗い表情を浮かべるシオンに、慰め、と言うには少しぞんざいな口調で告げるマツリ。考えても仕方ない事なのは確かだ。仮にマツリの仮説が正しいとしても、これから先のシオンの人生だって今までと変わるわけでもない。

 それでも、気持ちの整理がつかないのは仕方ないだろう。そんな事実、知らなければよかった……。


「……ところで、話は変わるけど」


 思い悩むシオンに、突然マツリが話題を変える。


「さっきあなたは私に「能力を悪用する気はないだろ」って言ってたけど……私は世界征服の野望は諦めたのは確かだけど、能力を悪用はしないなんて一言も言ってないわよ?」


「なっ……!?」


 思いもしなかったマツリの、それまでの期待を裏切る発言に顔を上げるシオン。だが、目に止まったのはにやにやとこちらを小馬鹿にした笑みを浮かべている少女の顔だった。


「冗談よ。少しは元気が出たかしら?」


「おまっ……この小悪魔っ!」


 シオンの反応に満足したのか、クスクスと笑い声を漏らしながらシオンから離れ、何人か目覚めて身を起こしている皆の元に歩き出すマツリ。

 不本意ながらも、シオンのそれまで頭の中を巡っていた後ろ暗い考えはどこかに消えてしまったが……慰めるにしても他にやり方があっただろう。




 くそう、やっぱりあいつは嫌いだ。

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