遭遇。
リインドの森。リインドの街の東に位置する、広大な面積を誇る樹海だ。街の人々からは単に「森」や「東の森」と呼ばれている。希少な野草や茸が取れたり、比較的討伐の楽な魔物が住んでいたりと、駆け出し冒険者の望ましい仕事先だ。尚且つ、奥地に行けば行くほど魔物も強いものが生息している為、熟練冒険者もこの森を頻繁に出入りしている。
エリスと出会ったこの森が、二人で正式に冒険者パーティーを組んで初めての冒険の舞台となる。
「ん〜、ここって歩きにくくて難儀ですよね。木の根っこがいっぱい剥き出しになってて。根っこは根っこらしく土の中に埋まってて欲しいです」
エリスが何度目かの足を取られながら愚痴る。言いたい事はわからなくもないが、文句を言っても仕方ないだろう。
「慣れればそんなに苦でもないけどな。ま、これも経験って事だ」
「む〜。何か歩きやすくなるコツとかあったりしません?」
「説明するのは難しいな。やっぱり慣れだよ慣れ」
言いながら、手頃な足場を見つけてはひょいひょい進んでいくシオン。時折立ち止まっては少し距離が開けてしまったエリスを待つ。それを繰り返していくうちに、エリスとの距離が開く事が少なくなってきた。もう歩くのに慣れたのかと感心して様子を見てみると、どうやらエリスはシオンが踏み進んだ足場を選んで歩いているようだった。なるほど、賢い。
「最初からそうするように言っておけば良かったな。オレも発想が足りなかったか」
「いえいえ、気にする事ないです、よ、っと」
少し離れた位置に、ほとんど飛び跳ねているほど大股に足を下ろすエリスに苦笑する。思いの外逞しい。身体能力はともかく、彼女が冒険者に向いているのか実のところ疑っていたシオンだったが、考えを改めるべきなのかもしれない。
「それにしても暗い森ですよね。まだお昼過ぎなのにこの暗さ。夜には来たくないですよね〜」
「嫌でも夜に留まる必要が出てくるかもしれないぞ。野宿なんて冒険者にとって当たり前なんだからな」
「おおう……なかなかハードなお仕事ですね。いえ、予想はしてましたけど」
脅かすようにエリスにそう言ったものの、シオン自身はあまり野宿をした事はない。というのも、一人で野宿となると単身で一日中魔物を警戒しなければならず、まともに休む事ができないので危険過ぎるからだ。複数人のパーティーならば見張りを交代で行えばいいのだが、ソロの冒険者となるとそうはいかない。例え間に合わず依頼等を失敗してしまおうと、シオンは日暮れまでに街に戻る事を今まで義務付けてきた。命あっての物種だ。
「まあ、今日は順調に行けばそんな心配はねえさ。てか、野宿の準備はしてきてないから、魔狼に会えなくても日が落ちるまでには森を出るようにするぜ」
「あ、そうなんですか。ちょっと安心……時間ってわかるものなんです? 時計持ってるんですか?」
「んな高価なもんねぇよ。勘だけどだいたいわかるぜ」
「体内時計ってやつですね。便利ですね〜」
体内時計、そんな呼び方をするのか。それは知らなかったが、冒険者は周囲の情報がなくとも感覚的に大まかな時間を把握できる者は多いと聞く。勿論太陽の位置等を確認できればより確実だが。
「さて、おさらいでもしておくか。魔狼に遭遇した時、お前がすべき事は覚えているな?」
森に入って結構な距離を進んだ。それまで魔物に遭遇しなかったが、そろそろ現れてもおかしくないだろう。そう予想したシオンは、エリスに出発前に言い聞かせた役割を確認した。
「うん。最優先は身の守り。襲われてもおかしくない距離に魔狼がいたらいつでもプロテクションを張れるように。心配がなさそうな時にホーリー・レイで攻撃!」
「ん。後は状況に応じて柔軟に……って言いたいが、お前は初心者だしな。とりあえず困ったらプロテクションだ。オレの事はあんまり気にしなくていいぞ。上手く立ち回ってやるさ」
戦闘時の役割としては、シオンが前線で相手の矛先を誘導し、隙を見てエリスが魔法で攻撃、といった具合か。多少ダメージを受けてしまっても、エリスの治癒魔法があるので安心できる。勿論怪我はしないに越した事はないが。
「いわゆる回避盾ですね!」
「盾なのに攻撃避けるってのも変な話だな。まあ意味は分かるけど」
相手となる魔狼の数にもよるが、慎重を期した安全策でも恐らく勝てるだろう。問題は標的である魔狼を見つけられるかどうか、か。
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「……近いな」
森を彷徨う事小一時間。途中単独のゴブリンに出くわしこそしたが、難なく片付けて歩き続けてきた二人。シオンの感知能力が、魔物の気配を感じ取った。
「えっと、こっちの方角ですか?」
「ああ、よく解ったな……あー、そうか。お前もオレと同じくらい感知能力あったな」
シオンが気付いた気配と同じ方向を指して尋ねるエリス。唯一の取り柄である感知能力までエリスと大差ないのは不公平過ぎやしないか。今更ながらエリスのスペックの高さに理不尽を感じながらも、気配がする方向に向き直る。
「近付いて来る……あっちもオレらに気付いているみたいだな」
「魔狼で間違いなさそう?」
「ああ、速さと数からして間違いないな」
「わ、数まで解るんだ? 何匹かいるって事は解るけど、私じゃ正確には解らないです」
まだ感知能力の精密さはシオンが優っているらしい。少しだけ優越感を覚えるが、感知能力の使い方を覚えていけばエリスもシオンと同等の精密な感知が可能になるだろうという事もすぐに悟る。べ、別に悔しくねーし。
程なくして、前方の木々の合間から予想していた通り魔狼達が姿を見せる。数は六匹。灰色の毛並みをした、魔獣化した狼の群れだ。
「手筈通りにな」
「了解です……というわけで早速先手必勝の『聖光矢』!!」
腰に下げた短剣を抜き構えたシオンの背後から、光り輝く一線が最も近くにいた魔狼に一瞬にして一直線に伸びて行く。
「ギャンッ!?」
閃光はその魔狼を射抜き、向こうの木に当たり消える。貫かれた魔狼は断末魔ひとつ上げたのち地面に倒れる。絶命してしまったようだ。
「お! 一撃ですね! 開幕ブッパは決まると気持ちいいですね〜」
「おま……まあいいか」
言いたい事はあったが、別にエリスは言い付けを破ってはいない。攻撃される心配がない時にホーリー・レイで攻撃をするという当初の方針通りの攻撃だ。出会い頭にやってのけるとは思わなかったが。
そんな事よりも、他の魔狼は突然の仲間の死に驚き困惑している。この隙を突かない手はない。
シオンはすぐさま地を蹴り駆け出し、手前の魔狼に接近する。魔狼達も一瞬遅れてシオンの動きに反応するが、僅かに遅い。逆手に持った短剣を接近した魔狼に振り下ろす。頭を狙ってのものだったが、反射的に身を引かれ狙い通りに当てる事は叶わず、魔狼の目の横を掠めるに止まった。追撃をしたいところだったが、他の魔狼が既にこちらに明確な敵意を向けている。無理に追ってはいい的だ。
案の定、別の魔狼がこちらに飛びかかって来た。それも二匹同時に。予想していた反撃だったので慌てる事はない。後方に下がって魔狼達の着地するであろう場所から離れる。
その時、
「『聖光矢』!」
地面に降りた魔狼に向けて、タイミングを見計らっていたらしいエリスが光の矢を放つ。放たれた閃光に着地したばかりの魔狼は対処できず、飛びかかって来たうちの一匹の身体を穿つ。
「む、あわよくば二匹同時に仕留めちゃったりとか期待したんですけど……って、え、ちょっちょっちょっ!?」
魔狼の群れのうち二匹を倒したエリスに、他の魔狼達が一斉に敵意を向ける。残った四匹全てがエリスに向かって吠えながら駆け出した。驚いた様子のエリスだが、当たり前だろうに。
「『防壁呪文』! 来ないで下さい!」
向かって来た魔狼達とエリスの間に、半透明の光の壁が現れる。障害物の出現に気付いた魔狼達はすぐさま足を止める。しかしそれでは、次の攻撃にすぐには対応できないだろう。
「ギャンッ!?」
止まった魔狼達のうち、最もエリスから離れていた魔狼が悲鳴をあげる。背後からシオンの短剣が背中に突き立てられたのだ。その一撃で命を奪うには至らなかったが、刃は浅くはない傷を魔狼に与えた。すぐに刃を引き抜き距離を取るシオン。この魔狼はもう万全な状態とは言い難い。例え一撃で致命のダメージにならずとも、今はこれで充分。魔狼達の意識が再び自分に傾いた。
「『断罪十字』!」
その瞬間、エリスに最も近かった魔狼が十字架状の光の魔力の塊を叩きつけられた。魔狼は十字に裂かれ、声を上げる事もなく身体を四つに別れさせられ絶命した。エリスが隙を突いてプロテクションを解除し攻撃に移ったのだ。
「うっわ、グロっ! これ威力高すぎますね。あ、『防壁呪文』」
攻撃をしたエリスに再び意識を向ける魔狼達に対して、またもエリスはプロテクションを張りその敵意を阻む。相手からすればもどかしい事この上ないだろう。
それにしても、パニッシュメントを受けた魔狼が肉片と化してしまった。エリスの言った通り、あれでは威力が高すぎる。あの魔狼の毛皮は諦める他ない。体内にあるであろう魔石まで破壊してしまっていないか心配だ。
「エリス、パニッシュメントは禁止な」
「はーい。攻撃はホーリー・レイだけにしますね〜」
残った三匹の魔狼越しに呑気に応えるエリス。魔狼達は……心なしか、敵意が薄れている気がする。というか怯えている。自分達の勝ち目が薄い事を悟ったのだろう。
程なくして、魔狼達は現れた方角に向けて逃げ出してしまった。
「あら、逃げちゃいますけど」
「毛皮二匹分だけじゃあ物足りないんだがな……」
「じゃあ追いかけます?」
「追い付ける自信はないんだよな……」
プロテクションを解除し、逃げた魔狼を見ながら尋ねるエリス。仕方ないが、他の魔物でも探して魔石を稼ぐか。
早々に魔狼に見切りをつけたシオンだが、
「ギャンッ!?」
魔狼の去った方角から、その魔狼のものらしい叫び声が聞こえた。その後も、立て続けに二度、似たような鳴き声が響く。
「何だ?」
逃げ出した魔狼に何かあったのか。その方向に注意を向けると……確かに何かいる。それも、大きい。大体の気配を感じ取った限り、シオンの倍以上はありそうな巨大な魔物が、魔狼達が逃げた先にいる。
そしてその存在は、すぐにシオン達に姿を見せた。
「わ……何ですかこいつ……」
その存在は、魔物……なのか?
体毛が一切ないつるりとした鈍色の筋肉質の肌、二足歩行をしている。巨躯の割に小さめな頭。顔は、目や鼻は見当たらず、中央にぽっかりと穴が空いている。口、なのだろうか?
そして大きな特徴として、右腕が不自然に発達し、その先の手が指一本だけ。その指の先にこれまた異様に発達した、光を吸い込むような漆黒の爪。その太く長い巨大な爪の先から滴る赤い液体は、先程逃げ出した魔狼達のものだろう。
こんなにも異様な魔物、シオンは今までに聞いた事がなかった。
「ボーゥ……ボーゥ……」
奇怪な魔物は、頭に空いた穴から低い音を出しながら二人に近付いて来る。
唐突な襲撃者との、死闘が始まった。




