エリスのステータス。
「ところで、ステータスチェックってどんな事がわかるんですか?」
二階への階段に差し掛かったところでエリスがシオンに質問した。
「ああ、まずは身体能力。筋力とか敏捷性とかな。次に魔術適性。属性魔術ならどんな属性の魔術が得意な体質か。気功魔術や信仰魔術の適性はあるか。それから特殊技能スキル。まあ、スキルを持っている奴って珍しいものなんだけどな」
シオンが鑑定によってわかる能力について説明する。鑑定の魔術には特殊で結構な規模の魔法陣を用意する必要がある。ギルドにはその魔法陣を準備してある「鑑定部屋」が必ず用意してある。そこで鑑定魔術を起動する事で鑑定してもらう。鑑定魔術は気功魔術の一種らしいとの事だが、それについてはシオンは詳しくはないので省略した。
また、鑑定の評価はAからEの古代精霊言語の基本文字を用いた五段階評価で行われる。苦手、不向きな分野はE、多少は期待できる評価がD、と言った具合だ。
「へえ、数字化してはいないんだ。A評価を飛び抜けたS評価もあったりするの?」
「何で飛び抜けてるのに文字順が下がってんだよ。そもそもA評価の能力を持っている奴なんて稀だぜ。A評価ひとつあるだけで冒険者としてはトップランクになれるって言われるくらいにな」
「ふむふむ……ところで、レベルの概念は存在しないの?」
「れべる? 何だそれ?」
「あ、ないならいいです。ところでシオン君はどんな能力をお持ちで?」
「底辺冒険者やってる時点で察しろよ」
シオンの能力値で最も高い評価だったのは感知能力のC評価だ。他の身体能力はD以下、魔術適性もからっきし、スキルもなし。
とはいえ、実は大半の冒険者はこの能力値よりも多少良い部分があったりするという程度で、決してシオンが冒険者に全く向いていないというわけではない。最低のE評価も要するに一般人レベルという意味だしな。唯一の長所が感知能力という、珍しい部類だが役割としては地味にならざるを得ないせいで評価が低いというだけだ。それに、シオンはまだ若く成長の余地がある、はずだ。
「ま、お前は少なくとも信仰魔術の適性があるんだからオレよりもいい評価貰えるだろ」
「あら、エリスさん、信仰魔術が使えるんですかにゃ?」
「あ、はい。なんか怪我とか治せたりバリア出せたりしました」
シオンとエリスの話を聞いていたノーイが、シオンの言葉を拾って聞いてきた。
「それはいいですね。冒険者を志す聖術師は珍しいので重宝されますよ……にゃ。もしかしたら、初めからDランク冒険者として登録できるかもしれませんにゃ」
「Dランク冒険者……冒険者も五段階評価なの?」
「ああ、基本的に新米はEランクからスタートだ。依頼をこなして成果を上げて行ってギルドに実力を認めて貰えたらランクアップ、って感じだな」
冒険者の大半はDランクからCランクだ。それ以上に上がれる者は少ない。Bランク冒険者ともなれば大きなパーティーのリーダーが殆どで各ギルドに数人程度、Aランクに至っては世界に一握りしかいないとさえ言われている。この街には比較的冒険者の活動が盛んであるにも関わらず、Aランク冒険者はいないくらいだしな。
「へー、シオン君のランクは?」
「Dだぜ。つってもやってる事はEランクの頃と大差ないんだけどな」
「ふむふむ、それじゃあもしかしたら、私いきなりシオン君と同じランクからスタートしちゃう事もありえるのね?」
「そうなったからって調子に乗るなよ? 知識も経験も全くないんだから、痛い目見る事になるぜ」
「そこはシオン君を頼りにしてますよ〜」
「あーへいへい……ここだな」
話しているうちに、鑑定部屋に到着した。ノーイが開けたその部屋の中は、床一面に複雑な魔法陣が描かれている。
「こちらの魔法陣の中央に立って下さいにゃ」
「わーお、なんだかワクワクしますね」
ノーイに言われるがまま、エリスは魔法陣へ足を踏み入れる。エリスが中央に立ったところで、ノーイはしゃがみこむと、魔法陣に手を当て魔力を注ぎ始める。
「それほど時間はかかりませんので、そのままじっとしていて下さいにゃ」
「はーい」
エリスの返事の後、魔法陣に光が宿り始める。その光はゆっくりと浮かび上がると、エリスの足元からゆっくりと通過していく。
「すごーい! これあれね、CT検査みたいな! スキャンされりゅう〜」
その様子をエリスは興奮しながら聞いた事のない単語を呟いたりしてはしゃいでいる。落ち着きのない奴め。
やがて魔法陣はエリスの身体全てを通過し、エリスの上空で縮小していく。魔法陣が消えると、今度はエリスの目の前の空間に光る文字列が浮かび上がる。
「はい、鑑定終了ですにゃ。そちらがエリスさんの能力値ですにゃ」
「……よ、読めないのですが……」
「あ、そうでしたにゃ。では私が読んであげますにゃ」
「オレも見ていいか?」
「エリスさんが宜しければ構いませんにゃ」
「もちろんいいですよ。さあ、私のステータスプリーズ!」
エリスからの許可を得て、ノーイと共にエリスの側に寄り、鑑定結果を見る。
「…………」
「…………」
その内容に、シオンもノーイも絶句してしまった。
筋力:D
敏捷性:C
感知能力:C
知力:B
精神力:A
水属性魔術適性:E
地属性魔術適性:E
光属性魔術適性:A
気功魔術適性:C
信仰魔術適性:鑑定不可
神聖魔術適性:A
特殊技能:ルキュシリア神の権能
「たっ、高いです! 何ですか彼女!? こんなステータス初めて見ましたよ!?」
「何なの……何なのお前……」
「おー、そうなんですか? やっぱり異世界召喚モノはチート能力持ちがセオリーですよね。どや!」
驚きのあまり冷静さを失っているシオンとノーイとは対照的に、自然体のまま嬉しそうに胸を張るエリス。こんなんが。こんな奴が。
「す、すいません、ちょっとこれは私だけの判断では……ギルド長に相談してきますので、すいませんがシオンさん、エリスさんに結果を教えてて下さい!」
言うやいなや、ノーイは鑑定結果の文字列に触れ複製し、駆け足で部屋を出て行ってしまった。ノーイの奴、口調が素に戻ってたな。仕方がないので、言われた通りにエリスに鑑定結果を口頭で伝える。
「ほ〜、精神力がA評価……精神力って戦闘とかにどう関わってくるんですか?」
「直接関わってくるのは身体に宿る魔力の絶対量と、魔力回復速度だな。A評価がどれくらい凄いのか聞いた事ないが、簡単な魔術なら撃ち放題かもな。他にも精神に干渉してくるタイプの魔術への耐性とかも関わっているんだったか」
「なるほど。ヒーラーとしては理想の能力値ですね! ところで、さんざん適性があるって言ってた信仰魔術が鑑定不可になっているのですが……」
「それな。てか、その下の神聖魔術なんて初めて聞いたぞ。何なんだそれ?」
そもそも、鑑定不可という表示があるというのも聞いた事がない。適性がないのなら最初から表示されないのが普通だ。エリスは確かに信仰魔術と思われるヒールやプロテクションを使っていたのだが……。
いや、まさかとは思うが、あれはヒール、プロテクションではなかった? シオンはそれらの信仰魔術を実際に目にした事が少なく、聞いた事のあるそれらの知識と照らし合わせてエリスの使った魔術を判断したのだが。
過去に見た信仰魔術を思い出すと、確か聖術師は、祈りを捧げて詠唱を……。
「……そういえばお前、魔術を使った時、祈りも詠唱もしてなかったような気がするんだが」
「うん? えっと……魔法って、そういうのする必要あるの?」
魔法陣や触媒等の下準備なしに魔術を行使する際、その術式を組み立てる為に詠唱は不可欠。但し、高等技術だがより多くの魔力を使用する事でも術式工程を組み立てるのは可能で、それによってある程度詠唱の短縮ができる。発動の際の魔術の名称を唱えるのはどんなに短縮できても必須とのことだが。
しかし、それは確か属性魔術の理論で、信仰魔術には詠唱だけでなく神に力を借り受ける為の祈祷も必要だったはず。その祈る長さは使用する魔術の種類にもよるらしいが、短縮は不可能、と聞いた事がある。
記憶が正しければ、エリスが魔術を使った時、祈祷もせず、必須であるはずの魔術の名称を唱える事もせずに発動させていた。だとするとエリスの魔術は、信仰魔術ではない……?
「……お前が使っていた魔術、信仰魔術じゃなくて、多分この神聖魔術って奴なんだろうな」
シオンはエリスの鑑定結果の詳細の中から、疑問の答であろう魔術適性を指した。本来必要な工程を無視して信仰魔術と同等の魔術を使用できる。何と破格な能力。身体能力の高さのみならず、扱う魔術までも規格外とは。とんでもない人物がパーティーになってしまった。
「よくわかんないけど、なんか凄いってことね。で、スキルの神様がなんたらってのは?」
「それも初めて見るけど……ルキュシリア神様はこの世界を創世した七柱の主神のうちの一柱だ。その権能ってなると……」
確か、ルキュシリア神は聖術師から最も信仰されている、信仰魔術の祖と言われていたっけか。信仰魔術で借り受ける神の奇跡こそ、このルキュシリア神からのものであるとか。となると、神聖魔術を扱えるのがルキュシリア神の権能、なのかもしれない。神聖魔術とは信仰魔術の起源とでも言うべき魔術なのだろう。
「つまり、信仰魔術の上位互換の魔法が使えるって感じかしら。ほほーぅ、それはまたなかなかチートらしいスキルではありませんか」
時折エリスの言うチート、という単語が何なのかはわからないが、とにかくこいつが規格外な存在である事は確かだ。
「お、お待たせしました」
エリスに結果を教えていると、部屋の扉が開きノーイが戻ってきた。ギルド長に何かしら相談しに行っていたんだったか。
「あ、ノーイさん戻ってきましたね」
「急に席を外して申し訳ありません。結果の詳細についてはお聞きしましたか?」
「はい。なんか凄いみたいですね〜」
「凄いどころか! このギルド内でもここまで高いステータスを持った方はいませんよ!ギルド長も驚いていましたもの!」
相変わらず自然体なエリスとは対照的に、興奮の冷め止まぬままノーイが力説する。気持ちはわからなくもないが、もう少し落ち着いてほしいのだが。
「で、ギルド長に確認に行ったのはランクの事でだよな? どうなんだこいつ」
話が進みそうにないので仕方なく切り出す。能力値が高い冒険者はギルドの判断によって最初から高いランクでスタートする事がある。エリスの場合は……聞いた限りではかなり期待できそうだ。
「は、はい。エリスさんはCランクの冒険者として登録させて頂きたいと思います」
「おー! シオン君より高いじゃん!」
「……Bランクもありえると思ったんだが、そんなもんなのか」
先程も言ったが、能力値にA評価があるだけで冒険者としてはトップクラスになれると言われている。エリスにはそれがあるのだから、いきなり最高のAランクはさすがに無理はあると思うが、Bランク冒険者と言われても謙遜ないはずだ。
「もし名の通った冒険者や権力者等からの推薦状があればその可能性もありましたよ? ですが、エリスさんは実戦でどれほど実力を発揮できるのか不明瞭でしたので申し訳ありませんが……」
なるほど、確かにエリスは能力値はともかく、戦闘等は明らかに未経験だった。せっかくの才能もしっかり使えなければ意味がない。経験不足というハンデも軽くどうにかできてしまいそうな能力値だが、こればかりは仕方ないか。
「いえいえ、冒険者になれるだけでもありがたいですよ〜。それに、私がそんなに強いだなんて自分でも実感ありませんし、むしろ思ってたより評価されててラッキー、みたいな?」
「お前がいいんならそれでいいか。それに、しっかり活躍すればすぐにでもBランクになれそうだしな」
勿論、Bランクに上がるには相当な功績を挙げなければならない。だが、エリスが能力値相応の実績を見せさえすればそれも無理はなさそうだ。羨ましい話である……が、パーティーを組む以上、その評価はシオンにも少なからず影響を与えてくれるかもしれない。というか、能力値通りの実力があるならば、例え直接戦闘に向かない聖術師であってもシオンが想定していた以上の難易度の依頼もこなせそうだ。必然と報酬も高くなるに違いない。せいぜいお零れを美味しくいただくとしよう。
「冒険者証明証は作成に一日かかりますので、受け渡しは明日になります。証明証があればご依頼も受けられますので、明日からお仕事できますよ」
「おお! やったねシオン君! 明日早速冒険しましょうよ!」
「手頃なのがあればな。てか、明日はまずお前の装備品とかの買い出しからだ。時間があるかは微妙だぞ」
「オッケ! まずは買い出しですね! エリスちゃんの伝説はここから始まるのだ〜!」
呑気に手を振り上げるエリス。その買い出しの費用はシオンの懐からなのだから、シオンからすれば憂鬱なことこの上ない。将来への投資なのだ。きっとエリスならかかる費用に対するリターンも大きいはずだ。そうに違いない。そう思わなければやっていけない心境だった。
ともかく、晴れてエリスは冒険者となり、シオンのパーティーとなった。