冒険者ギルド。
森を西に向け進み、抜けると前方に舗装された道が見えてくる。街へと続く街道だ。
街道を進み、街の外壁が見える頃には日の光は沈みかかっていた。予想だにしない邂逅こそあったものの、それでも早く到着できたほうだろう。
憲兵に適当に見繕った言い訳をしてエリスと共に門をくぐる。シオンには見慣れた、エリスには初見である街、リインド。
「おおーっ! イッツ・ファンタジー!」
リインドの街を見渡したエリスは、そんな事を口に出した。何も空想劇な物はないと思うが……いや、エリスにとってこの景色はそう言いたくなる光景なのか。
そんな奇天烈な事を口走るエリスを、街行く人々は若干奇異の眼差しを向け去っていく。発言だけでなく、エリスの服装もこのあたりでは見かけない。悪目立ちしているが、エリスはそんな事は気がついていないらしく、夢中になって街並みを見回している。
「んー! イメージ通りの中世ファンタジー世界! ねえねえシオン君! さっきから人間以外のヒトも普通にいるんだけど! もしかしてエルフとかドワーフとか!?」
「あー、この街、ってかこの国は多種族にも寛容だからな。亜人種も普通に生活してるぜ。お前のとこだと珍しいか?」
「珍しいどころか、亜人なんて一切存在しませんでしたから!ホンっト凄い! 私、本当に異世界に来ちゃったのね〜」
何を珍しがっているのかと思えば、なるほど。亜人を見るのも初めてだったのか。
この世界で最も多い人種は人間だが、亜人と呼ばれる人間以外の種族も存在している。エルフ、ドワーフ、ホビット、獣人などなど。
その大半はそれぞれの国内で独自の文化を築いているが、リインドの街、延いてはこの国、アーヴァタウタ大国の国民はそういった亜人に対して昔から差別なく接してきた。
他国でも今となっては珍しくないが、中には未だに亜人種との隔絶が続いている国もあるらしい。種族が違えばその思想や価値観も違ってくるのだから難しい問題だろう。
しかし、亜人が存在しない世界、か。よもや過去に人間によって淘汰されてしまったのではなかろうな? いったいエリスのいた世界はどんな所だったのか。暇な時にでも聞いてみるか。
「ほれ、暗くなる前に冒険者ギルドに行くぜ。依頼の報告ついでにお前の冒険者登録も済ませちまうぞ」
「待ってました!」
歩き出したシオンに機嫌良く着いて行くエリス。シオンの後を追いながらも、周囲を眺めて興奮する事は止まらない。子どもじゃないんだから逸れたりするんじゃないぞ。
人々が賑わう商店街を抜け、目的地の冒険者ギルドが見えてきた。二階建の大きな建物から、同業である冒険者達が出入りしている。その建物にも感嘆の声をあげるエリスを放っておいて先に入るシオン。エリスも慌ててそれに続く。
ギルドの一階は酒場を兼ねた受付となっている。二階は従業員の事務室ばかりなので、冒険者が利用するのは主に一階だ。
入室するとすぐに酒の匂いが鼻についた。まだ日も落ちていないのに既に出来上がっている冒険者パーティーがテーブルの一角を占拠している。これもまた見慣れた光景だ。
冒険者のなかには稼いだ金をその場で宴に使い溶かしてしまう者も多い。なんとも刹那的な生き方をする連中だ。シオンにはそんな余裕はないのだが。
「おおー、ホントにイメージ通りなギルド! やっぱりこういうのがセオリーよね!」
そんなあまり褒められたものでもない光景にまでうんうんと頷くエリス。酔い潰れている連中までもこいつの予想通りだったのだろうか。お前の冒険者に対するイメージはなかなかリアリティがあったんだな。
「おー? ひよっ子ボーイが女連れ込んでるぞ!」
「結構いい女じゃねーか! オジサンにも紹介しろよ!」
受付へ向かうシオンに野次を飛ばす呑んだくれども。シオンは無視して行くがエリスは「どーもどーも」と愛想を振りまいている。あんな奴らにんな事する必要ないぜ。
「お帰りなさい、シオンさん。依頼は完了しましたか?」
受付に来たシオンを迎えたのは、ギルドの従業員の一人、看板娘のノーイ。彼女のトレードマークである頭の上の耳がピコピコと動く。
「ねっ、ネコミミっ!? ホンモノっ!?」
そのノーイを目にし、驚愕するエリス。ああ、亜人を見るのは初めてだから、獣人族も当然初めて会うのか。
「本物ですよ〜? シオンさん、彼女は?」
「ああ、こいつはエリス。冒険者志望だとよ。ちょっと変わった奴だけど……あー、それより依頼品な」
「はい、依頼品とギルドカードの提示をお願いします」
エリスについては後回しにして、事務的なノーイの指示に従い鞄から茸の詰まった袋とギルドカード、そしてゴブリンから抉り取った魔石をカウンターに出す。
「ほいよ。ついでに魔石も換金してくれ」
「へぇ、シオンさんが魔物を倒して来るなんて珍しいですね? 了解しました。報酬金と一緒にお渡ししますね」
「は〜、ネコミミモエ〜」
依頼完了の処理を進め報酬を受け取るシオンの後ろで、悦に浸ったエリスの声がする。モエって何だよ。
「はいはい質問! ノーイさんは語尾に「にゃ」を付けないんですか!?」
「「にゃ」、ですか? どうしてです?」
「そのほうがモエるからです!」
エリスが意味のわからない質問、というか要求をノーイにしてくる。だからモエって何なんだよ。
「えーっと、こんな感じですかにゃ?」
「グッド! パーフェクト! ワンダホー!!」
エリスの要求に応え、猫の鳴き真似を語尾に付けるノーイ。それをあまり発音のよろしくない古代精霊言語で褒め称えるエリス。もう何なんだよこいつ。
「それで、エリスさんは冒険者志望にゃんですよね? すぐに手続きしますかにゃ?」
「ほぁーっ! ホンモノのネコミミ少女! 尊い……これはもう国宝級……あ、はい。お願いします」
うっとりとノーイを見詰め感極まっていたエリスは、ノーイの質問に一気にテンションを落とし丁寧に頷いた。なんかもう、もういいや。
「ではまずこちらの書類に……文字は書けますかにゃ?」
「文字ですか? えっと、ちょっと見せて貰っていいです?」
エリスはノーイがカウンターの引き出しから出した書類を受け取り、目を通す。内容自体はエリスもずっと喋っている西大語だが……。
「……よ、読めないです」
「そうですか。では私が書きますので質問していきますね……あ、いきますにゃ。それで宜しいですかにゃ?」
「はい! 宜しくお願いします!」
どうやらエリスは読み書きはできないようだ。とはいえ、字を習える環境になかった者もこの世界では珍しくない。むしろ荒くれ者の多い冒険者という職業は識字率は低いほうだ。そのような相手をするのは冒険者ギルドの従業員にとって日常だ。
それよりもノーイ、別に無理してエリスの要望に応え続ける必要はないんだぞ。いつまで語尾に「にゃ」を付けているつもりだ。
「お名前はエリス様で登録して宜しいですかにゃ?」
「はい、大丈夫です」
シオンと会った時はエリス・シノミヤと名乗っていたが、名前だけで登録するつもりのようだ。貴族等ではないと言っていたから、家名は省くつもりなのだろう。登録名に偽名を使う者も中にはいるらしいので、それに比べれば問題はないはずだ。
「では、出身地をお伺いしますにゃ」
「えっ……」
続くノーイの質問にエリスは固まってしまった。あー、異界人だもんな。正直に言ってもまともに取り合ってはくれないかもしれない。
「アルヤメ村だぜ」
仕方がないので助け船を出してやる事にした。エリスは驚いてシオンを向き、無言で頷くシオンに合点が行ったらしく頷き返した。
「シオンさんと同じ村の出身ですか?」
「ああ、そのよしみで色々指導する事になったんだよ。いい迷惑だぜ」
「は、はい。そんな感じです」
エリスもシオンの言った「設定」に合わせ頷く。実のところ、個人情報をギルドに教えたがらない冒険者はいないわけではなく、しかもそれでも登録自体はできてしまう。だが代わりにギルドからの評価は一般冒険者に比べ厳しくなるらしく、ランクアップするのに通常以上に手間がかかるのだとか。
エリスはそれでも構わないかもしれないが、どうせパーティーを組むのならそんなデメリットを抱えさせたくない。ここは話を合わせてもらい、登録情報をでっち上げてしまおう。
その後もノーイからの質問を適当に応え、嘘だらけのエリスの個人情報が完成した。
「はい、書類記入はここまでですにゃ。次は二階で能力検査を行いますにゃ。宜しいですかにゃ?」
「能力検査?」
「ああ、お前の身体能力を鑑定してもらうんだ」
「おお! ステータスチェック! そんな事もできるんですね! 是非お願いします!」
冒険者の身体能力を把握しておけば、その人物に対する依頼内容の難易度の指針になる。因みにこれまた拒否する事も可能だが、それもまたギルドからの評価が云々。
「では早速案内しますにゃ。着いてきて下さいにゃ」
ノーイはカウンターから出てエリスに手招きする。さて、こちらは待っている間どうしたものか……。
「……シオン君、着いて来ないんですか?」
「んぁ?」
ノーイの後を着いて行こうとしたエリスだが、その場を離れ逆方向に向おうとしていたシオンに気付いたらしく、不安げに聞いてきた。
「鑑定するのにオレは必要ねーだろ」
「や、でも、その、心細いといいますかー……」
上目遣いで着いて来て欲しいとねだるエリス。全く、子どもじゃないんだから……。
「わかったよ。オレも一応お前の能力を見ておくほうがいいだろうしな」
「えへへ、ありがとシオン君」
無邪気に顔を綻ばせ、改めてノーイの後を追うエリス。シオンもその後ろ姿を追う事にする。