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エリスの魔法。

 ゴブリンは独自の言語や文化を持つ、ある程度知恵のある存在だが、人間に対しては敵対的なため、亜人種ではなく魔物として扱われている。人間と意思疎通を図ろうとするゴブリンも確認された事がなく、人に近い形をしていても他の魔物と同じく人類の敵と見做されている。

 その危険性は扱う武器や群れの数によって変化し、なかには魔術を扱うゴブリンも存在するらしい。


 目の前に現れたゴブリンは、あまり長くもない棍棒を手にしている事から、特別強力なゴブリンではなさそうだ。しかし数は三匹。一対一なら勝てる自信があるが、三匹を同時に相手にするとなると勝てるか怪しい。せめてエリスが戦力として数えられれば話は変わってくるのだが……


「う、嘘!? ホントにモンスター出てきちゃった!? もしかしてゴブリン!? やだキモい!」


 言われた通りにオレの背後に下がっているが、初めて見るのであろう魔物の姿に無邪気にはしゃいでいるその様は、お世辞にも戦う術を持つ者とは言い難い。


「一応聞くけど、お前戦えたりするか?」


「え? む、無理です無理です! そんな乱暴な! 平和的に解決できたりしません?」


「そんな話聞いてくれそうに見えるか?」


「……ちょーやる気まんまんって感じですけど」


 エリスの言う通り、ゴブリン達は棍棒を構えながら、少しずつこちらに近付いてきている。今にも飛び掛かってきそうな雰囲気だ。


「悪いが、鞄持って離れてててくれ」


 ゴブリン達から目を離さずに、背中から降ろした鞄をエリスに渡し、腰に下げた短剣を抜く。


「実はシオン君、凄く強かったりするんですか?」


「……一匹相手なら勝てるんだけどな」


「あらら。逃げたほうがよくないですか?」


「オレ一人ならそうしてたけどな。お前、こういう森の中をあいつらより早く走り回れるか?」


「……自信ないです」


「だろうな。ま、あいつらは自分らが不利だって気付けばすぐに逃げ出すから、うまく行けば追い払えはするさ」


 喋りながら、シオンは短剣を構えゴブリン達との距離を詰める。エリスは受け取った鞄を抱き抱え、こちらを気にしながらも小走りに離れ距離を置く。戦闘には巻き込まれないであろう位置まで行き、木の影に隠れながらこちらの様子を見始める。


 エリスに教えた通り、ゴブリンは劣勢を悟ると一目散に撤退する。強気に襲うのは今みたく少人数の人間を相手にする時のような、自分達よりも弱者だと判断した時くらいのものだ。連中に侮られている点については腹立たしいが、簡単に勝てる実力があるわけではないので奴等の判断は正しいと言うべきか。


 先に仕掛けたのは先頭に立つゴブリンだった。唸り声をあげながら棍棒を振り上げ迫る。勢い良く振り下ろされた棍棒はしかし、シオンを捉える事無く空を切る。大振り過ぎる動きだったが故に簡単に見切る事ができた。

 危なげなく躱したシオンは短剣でゴブリンの首に向けて刺突する。が、相手も反撃される事は予想済みだったらしく、すぐに後退される。短剣はゴブリンの首の皮に僅かに傷をつけるに止まった。だが、無理に下がったようでゴブリンの体勢は安定していない。追撃を試みようとするも、他のゴブリンがその隙を埋めるように迫る。シオンは仕方なく回避を選んだ。

 これが一対一の戦いだったならば、一匹目は仕留められたかもしれなかったのだが。勿体無くは思うが深追いは禁物だ。別に必ず勝たなければならないわけではない。今の攻防で連中が割に合わない相手だと判断し、引いてくれれば御の字だが……。


 先頭のゴブリンは切られた首元を抑え忌々しげに唸りながらも、こちらに棍棒を向けたまま敵意を萎える事無く向けてくる。他の二匹も同様、警戒心を強めこそしたものの引く様子はなさそうだ。


「ぐぶっ、ごっ、ごぼっ!」


「ぐっ、ぐごっ!」


 先頭のゴブリンは、こちらを向いたまま、恐らくはゴブリン同士でしか通じないのであろう言葉で後ろの二匹に何かしら呟いた。二匹も反応し応えるように呟く。明らかに策を編んでいる様子だが、妨害する為に仕掛けるのも無謀だ。瞬殺できる技量がない以上、可能な限り一匹ずつ相手にしたい。


 間も無く、ゴブリン達は動き出した。今度は二匹が同時に迫って来た。片方は首に切り傷を負ったゴブリンだが、傷を抑えることなく突進する。二匹相手、しかし動きはわかりやすい。これなら一匹を挟むように意識して動き、実質的に一対一の状況に持ち込み対応すれば……。

 そこまで思考した所で、三匹目の動きに気付く。三匹目は他の二匹と違い、シオンを避けるように大回りして走り始めた。挟み撃ちにするつもりなのか、と警戒したが、その予想が外れている事をすぐに察した。


「え!? や、ちょっ!? こっち!? 待ってちょっとタンマ!」


 三匹目は、エリスに向かって走っていたのだ。


「なっ、おまっ……っ!?」


 三匹目の行動に気を取られた瞬間、その隙を突いて二匹が襲いかかってきた。最も近付いているゴブリンの振り上げられた棍棒は、既にシオンが回避できる距離ではない。


「っ……くぅっ……」


 咄嗟にシオンは短剣を持っていないほうの左腕で棍棒を受け頭部を庇う。鈍い音とともに激痛が走る。だが、その痛みを気にしている場合ではない。シオンは二匹目のゴブリンの棍棒を避けるとすぐに踵を返し、エリスに向かっているゴブリンを追う。

 まさか後方で静観していたエリスを狙うとは予想外だった。それとも、今のようにシオンが取り乱し隙を見せる現状を狙っていたのか。どちらにしてもこれはまずい。エリスは戦う術を持っていない。このままでは彼女は一方的にゴブリンに嬲られてしまう。


「こっ、来ないでっ!!」


 エリスに向かうゴブリンはもはや彼女との距離はないようなもの。間に合わない。シオンが追い付くまでどうにか抵抗してくれれば……。

 棍棒をめいっぱい振り上げるゴブリンに対して、エリスは両手を向けた。咄嗟の行動だったようだが、あれでは駄目だ。せめて逃げる素振りでもしてくれれば。


 ……彼女の行動が無意味なものだと思った次の瞬間。


「ぎっ!?!?」


 振り下ろされた棍棒は、エリスに達する事なく、その間の空間に弾かれた。いや、エリスとゴブリンの間には、光を放つ半透明の壁が現れていた。エリスの翳した両手からは、出現した壁と同じ薄い光が放たれている。


「な、何これっ……!?」


「『防壁呪文プロテクション』か!?」


 エリスの出した光の壁……恐らくは信仰魔術のひとつ、防壁呪文……プロテクションだ。

 神の加護の力を形にし、外敵からの攻撃を防ぐ盾を作り出す信仰魔術。実際目にしたのは初めてだが、恐らく間違ってはいないはず。エリスのやつ、自分は戦えないと言っていたくせにいざ身の危険となるとあんな魔術を……と呆れかけたが、魔術を使った彼女自身、戸惑っているようだ。


 エリスの事情は知る由もないが、これは絶好の機会だ。プロテクションに阻まれたゴブリンは突然の事態に驚愕し動きを止めている。そしてシオンは足を止める事無くゴブリンを追っている。生じた隙は覆しようがない結末を作り出した。


 ゴブリンが我に返りこちらに目を向けた時にはもう遅い。逆手に持ち替えた短剣はゴブリンの首元に到達している。勢いを乗せた刺突は、ゴブリンの弾力性のある皮膚を貫き致命の一撃を与えた。

 首を貫いた刃を、首の半ばのところで止め手早く引き抜く。刃の抜けた首の傷口から、僅かな血飛沫を出しながら鮮血が滴る。ゴブリンは驚愕の表情を浮かべたまま、棍棒を落とし崩れ落ちた。


「わ……死んじゃったの?」


 その様子を光壁越しに間近で見ていたエリスは、どこか現実味のない声で問う。見ればわかると思うので応える必要はないか。こちらはまだ戦闘の最中だ。エリスから無言で目を離し背後に向き直る。残る二匹のゴブリンはどのような判断を下すのか。


 ゴブリン達はそれまでこちらに近付いてきていたのであろう、シオンとの距離はそれほど離れてはいなかった。しかし、仲間の死に戸惑っている様子だ。それまでの好戦的な態度とは打って変わって逃げ腰になっている事が見て取れる。数の有利を失ったうえに、それまで静観していた獲物の一人が魔術まで扱える事が判明したのだ。自分達の勝算は薄いと感じているのだろう。


 ややあって二匹は、互いに顔を見合わせてから、踵を返し一目散に逃げ出した。仲間を殺され逆上しないか心配だったが、どうやらゴブリン達にとって復讐心よりも己が身の安全のほうが大切らしい。

 こちらとしても、無理に連中を追う理由はない。そもそもシオンは既に怪我をしている。戦闘を続けていたらあまりよろしくない結果になっていた可能性が高い。


「あ、逃げちゃった……」


 ゴブリンの姿が見えなくなってから、エリスが他人事のように呟いた。同時にエリスの目の前で輝いていた光壁も搔き消える。


「助かったな……ってて」


 敵の姿が消え緊張感が解けたのか、それまで気にしていなかった左腕の痛みがこれでもかと訴えてきた。災難ではあるが、シオンの実力でゴブリン三匹を相手にこれだけの怪我で済んだのは不幸中の幸いか。


「シオン君、怪我したの!? 左手? 大丈夫!?」


「ああ、鞄の中に包帯がある。悪いけど取ってくれないか?」


「わかりました! 私が巻いてあげます!」


 エリスは抱いていた鞄を開け包帯を探す。あ、その茸は依頼品なんだから丁寧に扱えよ。

 見つけた包帯を伸ばし、袖を捲ったシオンの赤黒く腫れた左腕に巻こうと近付けた、その時。


「……あれ?」


 左腕に近付けたエリスの両手が、先程防壁呪文を出した時と同じように光り出した。

 その淡い光はシオンの怪我をした左腕を包み、痛みを和らげる。やがて左腕は、痛々しい腫れが消え、痛みも完全に無くなってしまった。


「……治っちゃった?」


「……『治癒呪文ヒール』も使えたのかよ」


 治癒呪文、ヒール。神の奇跡の一端を借り受け、あらゆる外傷を治癒する信仰魔術だ。先程の防壁呪文と言い、どうやらエリスは信仰魔術に長けているようだ。


「お前、『聖術師』なのか」


「聖術師? ……今の、私が治したの?」


 聖術師。信仰魔術を扱える者の通称だ。大半は教会で聖職者として活動しているが、中には冒険者のパーティに参加しその手助けをする者もいる。治癒を初めとしたサポートは冒険者にとってこの上なく有難い存在だ。

 だが、その信仰魔術を使ってみせた当の本人は、わけがわからなそうに首を傾げている。


「どう見たってそうだろ? 初めから聖術師だって言ってくれたらもう少し楽に戦えたってのに……」


「や、私、魔法が使えるなんてたった今初めて知りましたよ?」


「冗談だろ。ヒールもプロテクションも一朝一夕で身につくような魔術じゃないと思うぜ?」


「でもホントのことですし……というか、ん〜、マジなんですね〜」


 エリスは少し考えこんだ後、うんうんと一人で何かに納得したように頷く。説明してくれるとこちらとしては嬉しいのだが。

 そしてエリスはシオンを向き、言い放った。


「えっとですね、シオン君。私、こことは違う世界から来たみたいです」

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