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シオンとエリス。

「女の子……?」


 倒れているのは、シオンと歳の近い少女。紺色のこのあたりでは見慣れない衣装を纏い、特徴的な艶やかな長い黒髪が目を引く、美少女と呼んで差し支えない顔立ちをした少女だ。

 今は動く気配はないが、先程の光は彼女が原因だろうか? 魔物等に襲われたのかと疑ったが、周囲を見る限り争った形跡は見られない。少女が倒れている以外にこの場に異常は見つけられない。あの光がこの少女に関わりがある事は確かだとは思うが、その理由は何なのか。何故この少女はこんな所で倒れているのだろうか。


(……いや、考えるよりまずこいつを起こそう。事情を聞くのが早いだろ)


 思い至ったシオンは少女に駆け寄る。意識がないのは確かだが呼吸はしているようだ。生きている事を確認したシオンは少女の肩を揺らす。


「おい、起きろ。おい」


 呼び掛けながら揺らしていると、少女の表情に変化が生まれた。顔を顰めながら僅かに声を洩らし、


「ん、ぅうん……なんでマヨネーズかけちゃうの……?」


「は? おーい、寝ぼけてないで目ぇ覚ませー」


 しょぼしょぼと目を開き始めた少女は、よくわからない言葉を呟きながら再び寝入ろうとする。痺れを切らしたシオンは少女の頬を軽く叩きながら、多少強引にでも起こしてやろうと試みる。


「ふぁ、痛い……ぁえ? 誰?」


 やっと意識が覚醒したらしい少女は、自分を見下ろしているシオンを見て目を丸くした。


「やっと起きたか。どこか痛い所はないか?」


「あ、えーと、えーと?……いえ、若干イタいコかもしれませんがそのあたりはご容赦を……え? 何ですかここ? 外?」


 シオンの質問に妙な返事をしながら体を起こした少女は周囲を見回し、再度驚きの声を上げる。


「森の中? 何で私こんなところに……はっ! まさか人気のない場所に連れ込んで言うのも憚られる破廉恥な所業を!? エロドージンみたいに!!」


「えろ、何て?……言っておくがオレは何も手ぇ出してないぞ。こんな危ない場所で呑気にお昼寝している誰かさんをたまたま見つけて起こしてやっただけだ」


「あ、そうでしたか。早とちりしてしまって申し訳ありません」


 想像力逞しく勘違いをした少女の発言を訂正してやると、少女は丁寧にぺこりと頭を下げ謝った。何だろう、切り替えが早いというか、テンションの移り変わりが激しいというか……ああ、そういえばさっき自分でイタいコとか言ってたっけか。


「さて、オレはシオン。一応冒険者の端くれだ。お前は?」


「あ、はい、私はシノミヤ……え? ちょっと待って下さい! 今何て言いました!? 冒険者!?」


 促されて自己紹介しようとした少女は、直前のシオンの言葉に過剰に反応した。冒険者に何かしら悪いイメージでもあるのだろうか。実際冒険者をしている者の中には粗暴な輩も多いのだから仕方のない話かもしれないが。

 そこまで予想したが、少女の表情は嫌悪感からくるものには見えず、むしろ羨望や憧憬を連想させる明るいものだった。


「ぼ、冒険者ってあれですよね! モンスターとか倒したりするアレですよね!?」


「あ、あぁ、まあ、だいたいそんなところだな」


 モンスターとは魔物や魔獣を総称して呼ぶ、古代精霊言語混じりの言葉だ。シオン自身はまだ大した魔物を討伐した事がない点については置いておいて、冒険者の主な役割はそれで当たっている。


 どうやら少女は冒険者を英雄視しているタイプのようだ。年端もいかない幼子などは、名のある冒険者の有名な冒険活劇に憧れを抱くものだ。自分にもそんな時代があった、などと年寄りのように過去を振り返るほど昔ではないが。

 と、予想をつけたが、続く少女の言葉でそれはまた違うようだと気付く。


「アッハッハ! いやいや、そんなゲームだかラノベだかみたいな事言われても困りますって〜。あれ? よく見たら衣装も結構凝ってますね! なかなかクオリティの高いコスプレ……」


 突然笑い出したと思えば、少女はシオンの装備に気を取られる。幾つか知らない単語を呟いていたが、どういう訳か、少女はシオンが冒険者であるという事を疑っているようだ。確かに冒険者としては若いほうではあるが、そこまで珍しいというほどでもない。疑われる理由がさっぱりわからないのだが。


「オレの事はともかくだ。お前の名前は?」


「あ、はいはい。私はシノミヤ・エリスです。職業は学生ですね。ジェーケーですよ。宜しくお願いしますね〜」


「シノミヤ・エリス……家名があるって事は貴族か? その歳で学生ってのも珍しいな……ジェーケーって何だ?」


「え? 私って貴族だったのですか?」


「え?」


「え?」


 少女の……シノミヤ、という名前か。変わった名だがそれはともかく。シノミヤの発言を整理していると彼女自身から疑問の声が上がる。普通家名を持っているのは貴族や王族等、階級の高い身分の者のはずだが。


「えーっと、エリス家のシノミヤお嬢様、でいいんだよな?」


「はい? いやいや、シノミヤが苗字でエリスが名前ですよ? あ、エリス・シノミヤって名乗るべきだったのですね? なるほどなるほど〜。で、別に私、そんな偉そうな生まれじゃないですよ? 普通に一般家庭で育ちましたものでして」


「……異国から来たのか?」


 何やら先程から会話の食い違いが多い。衣装も見た事のないものだし、このあたりとはかなり文化の異なった土地から来たのだろうか?


「やだなあ、シオン君、でしたっけ? シオン君も普通にニホンゴ使ってるじゃないですか。あ、でも確かにシオン君ニホンジン離れした顔立ちですね? 流暢に喋るものですから気にしてませんでしたけど、ニホンゴで話してるんですからここがニホンじゃないわけないじゃないですか〜」


「……ニホン、って、何だ?」


「はい?」


 エリスはニホン、という国から来たのだろうか? しかしそんな国は聞いた事がない。無論、この世界は未だ把握できていない地域など数えきれない程あるが、少なくとも一般的に知られている国々の中にニホンという国などない。


「……えっと、あなたが今喋ってる言葉って、ニホンゴですよね?」


「は? 西大語だろ? 何言ってんだ?」


 西大語、正しくは西方大陸共通言語。西方大陸はこの世界の陸地の過半数を占める面積を誇るが故、西大語は世界で最も多く使われている言葉だ。その西大語をニホンゴという呼び方をするのはこれまた聞いた事がないが。


「……さっき、モンスターがどうのって言ってましたけど、マジでモンスターとかいるんですか?」


「そりゃまあな。じゃないと冒険者なんて職いらないだろ?」


 続く質問に、何となくエリスの出自が予想できてきた。もしかしたら彼女は、魔物とは無縁な地域で生きてきたのではないのだろうか。だから冒険者という職業に懐疑的な態度をとったのでは。そんな場所があるなどという話は聞いた事もないが、ならば彼女の挙動にも納得できなくもない。


「お前が住んでたそのニホン、ってところには魔物はいなかったのか。平和そうなところなんだな」


「や、えっと、あの、確かにそうですけど……つかぬことをお聞きしますが、魔法とか使えたりします?」


「魔法? いや、オレには才能がないらしくてな。そのテのはからっきしだ」


 魔法……体内や周囲に満ちている魔力を利用する事で引き起こされる現象の総称だ。その現象を扱う技術を魔術と呼ぶので、正しくは魔術を使えるかどうか、だ。周囲の魔力を用いて自然のエネルギーを扱う魔術を属性魔術、体内の魔力のみで肉体の強化や治癒能力の促進を行う魔術を気功魔術、信仰心を以って神々や精霊等からその力の一端を借り受け行う魔術を信仰魔術、などなど。その種類は多義に渡る。


 そしてその技術を扱うには生まれ持っての才能が必要との事で、オレには残念ながらどれも実用的と言える程の才能はなかった。努力次第で身につけられなくもないが、苦手な技術を学ぶよりは長所を伸ばし活かすべきというのが一般的な冒険者の考え方だ。まあ、長所らしい長所なんてない身からすればその意見も耳が痛いだけなのだが。


 しかし、何故エリスはそんな事を聞いてきたのだろうか?


「……い、いやいや! そんな事言われましても! 信じられるわけないですって! そりゃまあ多少は異世界転生とかできたらいいよねーとか思った事ありますよ? あ、転生じゃなくて召喚ですかね? でもでも! さすがに非現実的過ぎですって! 実物を見せてもらわないと信じようがありませんもの!」


「何の話してんだ?」


 エリスは突然一人で頭を抱え問答を始めてしまった。ずいぶんと混乱している様子だが、これまでの会話に何か気にかかる所でもあったのだろうか。直前の話は、魔術について質問してきたが。


 もしかして、エリスのいた地域では魔物を見た事がない、というだけでなく、魔術も存在しないような場所だったのか? それはさすがに無理があるか。魔術は戦闘用のものだけでなく、人々の日常生活にすらなくてはならない技術だ。それが存在しない暮らしなど、想像する事すらできない。


「何が信じられないんだ? 別にオレは何も非常識な事は……」


 エリスに話しかけようとした矢先、ある事に気付き口を止め、ある方向に感覚を集中させる。


「……エリス、ちょっと下がってろ」


「え? な、何ですか?」


 方角はシオンが来た位置から逆、正面のほう。感じ取った気配の数は、二、いや、三。

 シオンは身体能力の中で、感知能力に最も優れている。それは視覚や聴覚といった肉体的な五感だけでなく、魔力を知覚できる第六感と呼ばれる感覚も含まれ、その魔力感知能力によってこの場所に近付く存在に気付く事ができた。


 思えば、あれだけの強い光。光の理由を聞くのを忘れてしまっていたがそれはともかくとして、原因を確認しようと考える者が自分だけである保証なんてなかった。起こしてすぐに移動すべきだったが、今更の話だ。

 今からこの場を離れようにも、恐らくすぐに追いつかれてしまうだろう。それだけ気配は近くに来てしまっていた。ならば仕方ないが、迎え撃つしかなさそうだ。


「な、何あれ……」


 やがて木々の合間から姿を見せる、三匹の魔物。エリスはその存在に驚愕の声をあげる。話を聞く限り、初めて魔物を目にするのであろう。

 人と同じく二足歩行ではあるが、シオン達よりふた回り程小柄な体格、緑色の肌、醜悪な顔。


 三匹ともが棍棒を片手に持った、ゴブリンと呼ばれる魔物だった。

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