番外編:彼方に捧ぐ鎮魂歌・4。
番外編の4話目です。
1〜3話を未読の方は、1からどうぞ。
ヒュージホロウは見るも悍しい姿をしていた。
見上げる程の巨体は半透明に透けて向こう側の景色が見える。実体のないゴースト系やエレメント系の存在にはよくある特徴。その半透明の身体は幾つもの骸骨を組み合わせてできているような外見だった。いかにも数多くのゴーストが寄せ集まってできていると言わんばかりの見た目だ。
本来ヒュージホロウは討伐するならば全員がCランク以上、尚且つBランクの冒険者がパーティー内に所属している冒険者パーティーでなければ討伐に挑むのは非推奨とされている危険度の魔物だ。その危険性が窺い知れる。一応フィーリアさん達パーティーはその条件を満たしているけど、それでも本来なら積極的に挑もうとはしないだろう。
ちなみにアユミさんも冒険者ランクはCだそうだ。冒険者になって半年足らずでそこまでのランクに昇り詰めるものはそう多くはいないと思う。実力で言うならばAランクは固いし、彼女はこれからさらに伸びるだろう。将来が楽しみだ。
……と、思考が脱線したけど、そんな危険な存在であるヒュージホロウだけど……うん、実はもう決着はついた。
聖なる力を宿している聖剣の一撃は、怨念を原動力にしているゴースト系の存在にとって天敵だ。ヒュージホロウと対峙して、あまり時間もかからずに討伐は終わってしまった。
もしフィーリアさん達のパーティーだけで挑んでいたなら負けはせずともそれなりに苦戦を強いられていただろう。今回は相手が悪かったね、なんて。
「……ゴースト達も散り始めたね」
ヒュージホロウを倒した僕の側に現れたアユミさんが周囲を見渡しながら呟いた。それまで僕に攻撃を仕掛けてきていたゴースト達だったけど、アユミさんの言う通り、僕達に興味を無くしたかのように離れ始めていた。
ヒュージホロウによる統率を失い、思考能力の低いゴーストになり下がったのだろう。それでも本来なら生者を取り込もうと襲ってくる存在ではあるけど、聖剣の加護を持っている僕を相手にはしたくないと本能的に理解しているが故のこの反応だと思う。元々僕に対してゴースト系の魔物はこんな反応を見せることが多かったからね。
「ひとまずの解決はしたけど、結局どうしてここにヒュージホロウやゴースト達が現れたのかはわからないままだね。調査して何かわかれば良いけど……」
僕は周囲を見回しながら呟いた。ヒュージホロウが居たこの場所は、少し開けた森の中ということ以外に目につくような箇所はない。
フィーリアさん達もある程度は調べるだろうけど、恐らく一旦帰還して改めて専門の調査隊を派遣することになるだろう。
そして、あのヒュージホロウとゴーストの群れの存在からするに、行方不明になっていた冒険者達は奴等の餌食にされているだろう。近くに遺体があるかもしれない。あまり時間は経っていないのでまだアンデッド化はしていないと思う。早く見つけて弔ってあげたいな。
「……あのさ、フィーのことどう思ってるの?」
辺りを散見する僕に、アユミさんが少々遠慮しがちに質問をしてきた。ああ、他の誰もいない今で聞いておきたいのか。
「僕とフィーリアさんかい? ……良き友人だと思っているよ」
僕は素直な気持ちを伝える。親しい間柄であると思っているけど、それ以上の関係ではないしそんな感情もない。強いて言えば、
「だから君からフィーリアさんを奪うような真似はしないさ」
この二人の関係性のほうに興味を惹かれるってくらいかな?
「……馬鹿じゃないの?」
僕の正直な返答に辛辣な言葉を浴びせてくるアユミさん。あれー?
「……フィーが誰と付き合おうと、フィーがそれで良いって思っているならボクがとやかく言う筋合いはないし」
そして紡がれた言葉は、意外にもドライな考えだった。いや、逆にフィーリアさんのことを想っての言葉なのかもしれない。
「ただ、ボクにはこの世界で大切なものは、フィーだけだから……」
その後続いた言葉は、彼女の本心の吐露なのだろう。彼女の生い立ちは聞いていないし詮索するつもりもないけど、狭くて重い価値観だ。アユミさんの想いを応援したいと思っていたけど……なるほど、フィーリアさんが彼女を心配してしまう気持ちもわかる。
「……アユミさん、あまり依存し過ぎるのは良くないと思うよ」
余計なお世話かもしれないけど、僕の口から自然と注意する言葉が出ていた。うぅん、間違っていると思ったことには考えるより先に口に出してしまうのは悪癖だと言われたことがあるけど、言ってしまったからには仕方ない。
「……うるさい。ほっといてよ」
案の定、アユミさんの機嫌を損ねる結果になってしまった。どうしたものか……。
「ボクは先に戻っておくよ。フィー達に倒したって報告して……」
彼女は不機嫌なまま僕の傍を去るような台詞を言い出した。けど……
「……え?」
突然、その彼女の言葉が途中で止まってしまう。
「アユミさん? どうかしたの?」
気になって彼女の表情を窺うと、その顔は驚愕に染められていた。
「なんで……」
そして小さく呟いたかと思うと……瞬く間に彼女の姿が消えてしまった。
「え、アユミさん?」
慌てて辺りを見回すも、周囲にアユミさんの姿はない。空間転移で移動してしまったようだ。
……アユミさんは驚愕の表情をする直前、フィーリアさん達の元に先に戻るという旨を僕に伝えようとしていた。もしかしたら、転移の準備をしながら転移先の様子を、フィーリアさん達の現状を確認したのかもしれない。
そして、現状を見て何かに驚き即座に移動した……?
「僕も急ごうか」
フィーリアさん達の身に何かあったのかもしれない。あの人達がゴーストの群れ程度に遅れを取るとは思えないけど、そもそも今のこの森は異常事態が発生している最中だ。ゴーストやヒュージホロウが出現した理由もわかっていない。新たな脅威がフィーリアさん達を襲っていたとしてもおかしくない。
頼む、間に合ってくれ。
僕は可能な限りの全速力で木々の合間を縫って来た道を戻り駆けた。
……そして間もなく、到着した僕の目に飛び込んできた光景は……。
「嘘……フィー、嘘だよね? お願い、起きて……お願い……」
音もなく倒れる三人と、そのうちの一人、フィーリアさんを抱き上げ震える声で呼びかけるアユミさんの姿だった。
「…………」
僕はすぐにトウヤさんとアイシャさんの様子を確認する。目立つ外傷はない。だが、脈も呼吸もない……。既に、息を引き取っていた。恐らくはフィーリアさんも。
「いったい何故……」
彼女達を殺めたのは何なのか、すぐに周囲を見回し探す。しかし、辺りは薄暗い木々が立ち並ぶのみで、何も見当たらない。あんなにも大量に発生していたゴースト達すらもだ。
注意深く気配を探ってみても、僕とアユミさん以外にこの場に生きているものは確認できない。いったいここで何があったのか。
「…………?」
僕は最後に、アユミさんが抱き抱える動かぬフィーリアさんに目を向けた。やはりアユミさんの言葉に反応する様子はなく、他二人と同様……と思ったのだが。
「フィーリアさんだけ怪我を?」
僕の目についたのは、力なく垂れ下がるフィーリアさんの腕を伝い流れる血液だった。他の二人には外傷はなかったのに、彼女だけが負傷しているというのは妙な気がする。何らかの存在との交戦の末だとしても、それならフィーリアさん以上に近接戦を好むトウヤさんが負傷しているほうが幾らか納得できる。別行動をする前も、流血するような怪我はしていなかったはずだ。
僕はアユミさんの邪魔をしないようにフィーリアさんの腕に手を取り確認してみる。怪我をしているのはどうやら手首あたりから……?
「……失礼するよ」
僕はフィーリアさんの怪我が妙であることに気付き、流れ出ている血液を裾で拭い取った。すると現れたのは。
「この怪我……文字になっている」
その怪我は刃物による切り傷のようなのだが、その傷が意味を持った文字を形作っていたのだ。そしてその文字は……
「……『魔族』……『死霊術』……」
僕と同様にその文字に気付いたアユミさんが読み上げた。これは恐らく、フィーリアさん自身が自ら刻み付けた傷なのだ。死の間際に自分達を襲った存在を僕達に伝える為に。
死霊術を操る魔族。その人物が今回の騒動の原因なのだろう。僕とアユミさんが離れたタイミングを見計らって三人を襲ったのだ。この三人がこんな短時間に負けてしまうなんて考えにくいが、それ以外に考えられない。
一体も残らず忽然と姿を消したゴースト達も、その魔族が全て連れて行ったのだろう。死霊術ならばゴーストを操るのも可能だったはずだ。
その魔族の企みはヒュージホロウがいなくなったのである程度は妨害できたのかもしれない。それでも、その代償がこれではあまりにも……。
「……必ず……」
消え入りそうなか細い声で、フィーリアさんの傷ついた腕をてのひらで優しく包みながらアユミさんは、
「必ず……仇は取るから……」
決意の宣言を、物言わぬ亡骸に誓った。
三人の遺体はアユミさんが異空間に回収して町に帰還し、僕とアユミさんの二人だけでことの顛末をギルド職員に報告した。
フィーリアさん達の死はすぐに冒険者達にも伝わり、皆が悲しんでいた。実力のみならず人望もあったフィーリアさんだ。惜しむ者が多いのは当然だっただろう。
その後僕とアユミさんは彼女の提案で、フィーリアさんの故郷へ赴いた。そこでフィーリアさんの実家に三人が亡くなったことを報告し遺体を引き渡したのだ。数日かけての到着だったが、三人の遺体は亡くなった当初のまま、綺麗なものだった。
フィーリアさんの家族は当然悲しんでいたが、僕とアユミさんを責めるような言葉は言わなかった。三人の喪式にも参加し……三人に関して僕達にできることは、終わった。
「……復讐なんて、喜ばれることじゃないよ」
その時になって僕はアユミさんが今から行おうとしていることを咎める言葉を投げかけた。
いくらアユミさんが相当な実力の持ち主だとしても、魔族を相手にするには危険過ぎる。そもそも敵の情報もあまりにも少な過ぎる。魔族を探し出すだけでも難しいというのに、その中のたった一人を見つけ出すなんて。
それに、フィーリアさんがアユミさんにそんなことをして欲しいと望むとは思えない。復讐を成し遂げてもフィーリアさんが帰ってくるわけがない。それくらいのこと、アユミさんだってわかっているはずだ。
「……言ったでしょ」
それでもアユミさんは、僕に目を向けることすらせずに言い放った。
「僕にとってこの世界で大切なのは、フィーだけ……だったんだから」
あの時既に事切れていたフィーリアさん達を目にする直前に僕に語ってくれた、アユミさんの価値観。それを奪った存在を許せと言うのは、無理がある話……なのだろう。
「……はぁ、僕も意見を変えるつもりはないけど」
仕方なく、僕は提案することにした。
「僕は魔族の気配をある程度察知できる。目の前にいる人物が魔族なのかどうかくらいはね。実力も君が知る通りだし、君が苦手なゴースト系の存在には特に強いよ」
「……何が言いたいの?」
「僕も暫く君に同行するよ。今言った通り魔族探しに役に立つし、ただ闇雲に相手を探すよりは幾らかマシなんじゃないかな?」
前置きの後に本題を告げた。このまま彼女を放っておくことはできない。神様由来の能力を持つという自分との共通点を抜きにしても、僕個人の考えとして、だ。
「…………」
気になる彼女の返答は、
「……勝手にすれば?」
許可を頂けた。僕を連れて行くことのメリットが大きいと判断してくれたのだろう。
「そうさせてもらうよ。改めて、宜しくね、アユミさん」
僕は初めて会った時のように、握手を求めて手を差し出した。
「馴れ合うつもりはないから」
けど、初めて会った時のようにこの手を握り返してはくれなかった。やれやれ。
……その後暫く僕は彼女とともに冒険者活動をしながら各地の魔族の情報を集めて奔放することになる。彼女との仲は旅を通して少しずつ近付いていく……なんてことはなく、むしろ日を重ねる毎に彼女からの当たりが強くなる一方だった。何故。
そうして共に過ごして二ヶ月程が経った頃、アユミさんは「探すな」という言伝を残して僕の傍を去ってしまったのだった。僕の実力などのメリット以上に嫌われてしまったらしく、結局最後まで彼女が僕に心を開くことはなかった。何故。
僕達が再会するのは、サーグラ国が滅ぼされそこに巣食う危険な魔物の群れと魔族、そして魔物の王ジャバウォックの討伐戦の時になる。
番外編:彼方に捧ぐ鎮魂歌。
完。
今回の番外編はここまで。
一応アユミは本編開始時点で復讐は成し遂げています。信託の巫女として有名になった大国内に潜伏する魔族集団の掃討戦の時にですね。
それでも魔族への恨みは晴れないままでしたが、吹っ切れてはいます。その時の話を番外編で書き起こすのかは未定ですが、結末として。