番外編:幕の裏で。
今回の番外編の時系列は、154話『これからーー』の後、物語終了直後になります。
元々はこの話もエピローグとして掲載しようと考えていましたが、量が量なので断念していた内容です。エピローグその2と思って頂ければ。
彼の者達は、暇を持て余していた。
神の敵対者として名を轟かせ猛威を振るっていたのも過去の話……若しくは、虚構の話。
人々を堕落させ邪なる道へと引き摺り落とす力も失われていた。世界の理に背く力を発揮することができなくなってしまう程に、この世界は人々が定めた法則に支配されていた。
幻想の存在は、幻想でしかなくなっていた。
故に彼等は長い年月の間、沈黙を続けるしかなかった。その身に備わった人智を超えし力は、未来永劫振るわれる事はないだろう。そう思われていた。
しかし、ある時彼の者達に転機が訪れた。
彼の者達は力を振るう事はできない。実際誰もその力を発揮してはいない。にも関わらず、彼の者達はその身に宿る力が強まっているのを感じたのだ。
その理由は、人々の娯楽にあった。
人々が夢想し生み出した創作物。その題材として彼の者達の名が使われ、多くの人々に認知され、畏怖、好奇、崇拝……信仰されたのだ。
無論、人々にその心算はない。そもそも多くの人々は彼の者達が実在しているとは夢にも思っていない。しかし、数多くの創作物の題材として扱われ空想の中で活躍させた事で、彼の者達ですらも予想だにしていなかった結果を生み出してしまった。
人々はあろうことか、神の敵対者である彼の者達を信仰してしまったのだ。
突如として降って湧いた力。しかしその力はやはり無用な長物だ。なにせどんなにその身に宿る力が強くなろうと、結局はその世界の理に背く力。故に自在に振るう事は決して叶わない。
人々は幻想を羨望し崇拝しながらも、同時にそれ以上に有り得ない存在だと否定している。その認識を覆すのは不可能であるととうの昔に結論づけられている。彼の者達はただただもどかしい思いをするだけだった。
しかしふと、彼の者達のうちのひとつがある思い付きを閃いた。既に定められた理に支配されたこの世界では溢れ出る力を行使する事は不可能。ならば、こことは異なる世界、未だ常識の定まっていない世界に行けばどうか。
彼の者達は一同に集い、その思い付きを実現させる為に動き出した。結果、未だ生命の存在しない異界にて実行することが可能であると判明した。
彼の者達の時空の大移動が始まった。彼の者達の敵である神は無関心だった。元より遥か昔に互いに不干渉となっていた故だ。そもそも神の下にある世界から出て行くとなれば歓迎すべき事態だろう。
人々は世界の変動に気付かない。余りにも非現実的であるが故だ。彼の者達の思惑を拒む者はなかった。
かくして彼の者達は新天地に舞い降りた。彼の者達の代表……かつて神に最も近い存在だったと云われていた者は、「光あれ」、と言い放った。彼の者達の敵である神の真似事を始めた。
理の存在しない世界で彼の者達は力を存分に振るい各々が役割を分担し、新たな生命をその世界に蔓延らせた。
やがてその世界の生命に、知恵を持つ存在……人類が誕生した。
彼の者達は自ら人類にさらなる叡智を授け、かつての世界にはない新たな理を敷いた。それは彼の者達の力を肯定する理だった。
新たな世界で彼の者達はその存在をより強固に確立させ、世界の頂点に君臨した……彼の者達は、神となったのだ。
「ーー其れが、此の世界が誕生した経緯だ」
上下左右、純白に彩られ地平線も定かではない世界。その中にぽつんと置かれた玉座に鎮座し頬杖をしながら語っていたのは、ボク達が連れて来られた世界を創造した神々のリーダー格、シュヘルムヴィアー。その話の内容は、この世界を創造するに至った流れについて。
ボク、水町あゆみはジャバウォックとの決戦が決着して王都に帰還したその日の夜、報告をする為に神々の世界に訪れていた。
ジャバウォックの再封印が成されたと聞いて偉そうに褒めてきたシュヘルムヴィアーだったけど、ここに来たついでにマツリちゃんが暴露したこいつらの正体が本当なのかも聞いてみる事にした。すなわち、神々の正体が実はボク達の元いた世界では悪魔と呼ばれる存在だったという話についてだ。
その返答は肯定だった。半ば確信していたものの本人が惜しげもなく応えるとは思っていなかったので少々面食らってしまった。てっきり誤魔化されると思っていたし。
そしてそのまま会話の流れで、この世界を創造するに至った経緯を語り出したというわけ。当然この世界の住人には伝えられていない真実だけど、ボクに教えても良かったの? 語りたがりなの?
「確かに漫画とかアニメなんかで七つの大罪だとか七つの魔王だとかってよく使われていたっけ。もしかして、ボク達異界人が全員日本人なのもそれが理由?」
「フッ、察しが良いではないか」
シュヘルムヴィアーが語った創作物というのは、ボク達が元いた世界の中でも特に日本が他の国よりも特出していたように思える。まあ、その内容は悪役としてだけでなく、威厳もへったくれもないコミカルなキャラクターとか女の子にされてたりとか本当に色々あるんだけどね。
シュヘルムヴィアー達が日本国内の少年少女から召喚する人を選んだのもそれが理由らしい。変な形で信仰が集まっちゃったってわけね。
別に聞きたかったわけではないけど、思っていたより有意義な話を聞けたかもしれない。
「ククク、我々の正体が悪魔だと知ってどう思う、アユミよ」
ひと段落ついたところで、ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべながらシュヘルムヴィアーが尋ねてくる。
「別にどうとも思わないよ。お前らの性格の悪さなんてとっくの昔に知ってたことだし」
こいつにとっては心外だろうけど、ボクの本心を教えてあげた。むしろ悪魔だと知ってしっくりきたくらいだしね。
「ハッハッハ! やはりお前は面白い!」
返答を聞いて笑い出すシュヘルムヴィアー。今の答えの何が面白かったのやら。
「ジャバウォックは相当恨んでいたみたいだけどね。神を名乗ってても結局悪魔と変わらないって」
ふとジャバウォックの叫びを思い出したので教えてあげた。ジャバウォックの親である魔物と魔族の神は、人類の敵という役割を押し付けられた挙句の果てに、押し付けた本人達の手によって滅ぼされた。恨まれて当然だろう。
しかし、シュヘルムヴィアーは。
「フッ、最初から必定の事柄であったろうに、的外れな奴よな」
ジャバウォックの当然の訴えを鼻で笑った。
「必定って、どういうこと?」
ジャバウォックの親が神々に滅ぼされたのが、最初から決められていたって事?
「人類の敵という役割を課せられた時点で我等と対立するは道理。我等に敵わず滅ぼされるのもな。奴自身それがわかっていて引き受けた役割だったというだけのことよ」
なんの気なしに語られた内容は、ボクには、人類には理解し難いものだった。ジャバウォックの親は、死ぬとわかっていてその役割を引き受けたってこと?
「想定外だったのは、不滅の怪物までも生み出して己の権能を譲渡させた点だ。余程役割に染められていたと見える。おかげでこちらは退屈せんがな」
そんな言葉でシュヘルムヴィアーは説明を締めた。ジャバウォックの存在は予定外だったけど、それすらも愉しんでいる、ねぇ。
「想定外と言えば、ちょっと気になってることがあるんだけど」
そこでふと、思い浮かんだ疑問を投げることにした。以前から何となく頭の隅にあったものだけど、ジャバウォックを封印できて使命を終えた今なら尋ねてもいいと思ったから。
「ジャバウォックの封印が解かれたのって、本当に予定外の出来事なの?」
ボクの抱いていた疑問は、これまでボク達が四苦八苦してきた課せられた使命そのものへのものだ。
「君が言うにはみんなをこの世界に連れて来た時の時空の歪みを利用されて封印が解かれた、って話だけど、本当にそんな事ができるのか疑問なんだよね。ジャバウォックの時空間魔術の技量は君には劣るし、封印が解かれそうになったら君なら気付いて対策できそうなものだし。それよりも君自身が封印を解いたってほうがしっくりくるんだよね」
「……我が自ら奴の封印を解くに足る理由があるのか?」
ボクの指摘に対して、シュヘルムヴィアーはその動機を尋ねる。そんなの、決まってるじゃん。
「そのほうが面白そうだから、でしょ」
そんなに長い付き合いではないけど、もうボクはこいつらの行動理念は把握している。
「ただ連れて来た異世界人に権能の力を与えて好き放題無双させるよりも、敵対する存在も準備して対立させるほうが刺激的だ、って思ったからでしょ。ジャバウォックが生み出す魔物の強さなんかも丁度いい感じに現地人だと相手するのは厳しくてボク達異界人ならどうにかなるって感じだったしさ」
暇を持て余して退屈を紛らわせるためだけに世界ひとつを創造してしまうような連中だ。より面白そうな選択があるなら選ばずにはいられないだろう。例えそれが幾人もの人々の命を犠牲にすることになるとしても。こいつらはそういう奴らだ。
「……フフフフフフ」
ボクの返答を聞いてシュヘルムヴィアーは、
「その問いの答え合わせをするのは野暮というものであろう」
愉しそうに解答を濁した。答は想像に委ねる、ってやつかな。図星だったからはぐらかした、というよりは、曖昧な返答をすることでボクがどんな反応をするのか見てみたいって理由なんだろうね。ホント勘に触るやつ。
「その疑問もイーヴィティアの化身の娘の考えか?」
「や、ボク自身の考えだよ。マツリちゃんなら多分君に問わなくても真実に至ってるだろうね」
「ククク、左様か。やはり面白いなお前は。それでこそ我が化身よ」
尚も愉快そうに笑うシュヘルムヴィアー。まったく、他のみんなが聞いたらブチ切れそうな内容だったってのにこいつは。
肩を竦めてシュヘルムヴィアーに背を向ける。伝える事は伝えたし、もう帰ってもいいだろう。
「じゃ、ボクはそろそろ行くね……あ、お前らの正体が実は悪魔でしたって、この世界の人に言いふらしたらまずかったりする?」
帰る直前に、ちょっとした意地悪心で最後にそんな疑問を聞いてみた。それに対してもシュヘルムヴィアーは変わらずに笑みを称えながら言う。
「お前の自由だ」
「……あっそ」
思っていた通りの返答だった。そもそもこいつらの正体が何であれ、この世界の創造主である事に変わりはない。子は親を選べない、と嘆く親不孝者がいるけれど、この世界の住人には心底同情するね。
これ以上話す事もないし、本当にもう帰ろう。ジャバウォックの討伐は叶ったけど、まだまだボクにはやるべき事が残っているんだし。
欠伸を噛み殺しながら時空間魔術でこの場所と王都のボクの屋敷の部屋とを繋げ、作り出した穴を潜る。じゃあね、性悪な神様。また気が向いたら顔を出すよ。
そうしてボクは、神々の異界を後にした。
「…………」
……アユミ・ミズマチが去った異界で。
「……ククク……クククククク……」
残されたシュヘルムヴィアーは、他に何もない、誰もいない空間で笑っていた。
「素晴らしき想像力だ。そして……良き選択をしてみせた、我等の化身達よ」
世界の創造主である神、シュヘルムヴィアーはひとり嗤う。
「よもや彼奴の正体を見破り滅ぼす手段を理解しながら、再び封印するという選択を取るとは……フフフハハハハハハ……」
そう、全ては戯れ。悪魔の箱庭の中で駒が踊る、檻の中の遊戯。
「此度の戯曲で失くしていたやもしれぬ玩具をわざわざ残してくれようとは……やはり玩具は多いに越したことはないからな」
人も、魔も、異界からの客人も、全てはこの存在……ルシフェルの遊び道具に過ぎない。
「さて、今暫くはお前達の活躍を観て愉しめそうだ。ククク、誠に愉快な舞台よこの世界は」
最悪の悪魔は、披露される戯曲を愉しむ観客に徹する。彼が飽きて捨てるまでは、この舞台は延々と続くだろう。人々の勇姿も、祈りも、嘆きも、葛藤も、怒りも、欲望も、虚無でさえも、彼の愉悦を満たす劇場の一幕でしかないのだ。
今宵もまた、総ての父たる悪魔の嘲笑が響き渡り……
ーー新たな明日が、やってくる。