番外編:帰郷・後編。
番外編の後編になります。前編、中編を読んでいない方はそちらからどうぞ。
「一人? ふうん……まあ、良い機会かしら」
部屋をノックし訪ねてきたのは、異界人の一人、最年少の少女マツリ。部屋に入り、自らの顔を覆い隠していたベールを脱ぎ寛ぐ姿勢を取った。就寝前らしく身につけている服は結構な薄着で、幼いながらも発育の良い胸が強調されて少々目に毒だ。
それは今から一月程前の出来事。シオンとエリスはヴァスキン帝国に立ち寄り、帝都でかつての仲間である異界人、マツリ達と会い、そのまま宮殿に招かれ客人として持て成されていた。
マツリは今や帝国では皇帝と大差ない権力を有しているらしく、彼女の意見に逆らう者はこの帝国に存在しない程だそうだ。
勿論それは能力に寄る面が大きいが、それだけでなく政略面においても彼女はかつて無い程の手腕を発揮しているとの事で、最早帝国は彼女が無くてはならない程にまでなっているとか。他国への侵略行為を中止させながら穏便に国家を運営させられているのもその一環だろう。
さて、そんな彼女に招かれて一夜を過ごす事になったシオンとエリス。部屋は別々にあてがわれたので部屋の中にシオンしかいないのは当然、と言いたいが、実のところ入れ違いでエリスは部屋を後にしているのでマツリがシオン一人しか部屋に居ない事を確認したのも無理からぬ事だ。何かと二人一緒に行動しているのでそんな印象を抱かれても仕方ない。
「で、わざわざこんな夜中に何か用なのか?」
歳下なのにやたらと色っぽいマツリから少々目を背けつつ尋ねるシオン。人の部屋に訪ねて来るならせめてもう少しそれらしい格好で来て欲しいものなのだが。
「ええ、少し貴方と話がしたくて」
人の気を知ってか知らずか、ベッドの上に腰を下ろし寛ぎながら身体を寄せて来るマツリ。思わず目を向けた先には、蠱惑的な谷間が……やっぱり目の毒だ。すぐに視線を逸らすシオン。
「エリスじゃなくて、オレになのか」
誤魔化すように咳払いをしながら確認するシオン。彼女はエリスを慕っていたし、女の子同士のほうが何かと話も弾むものだと思うのだが。
それなのにエリスでなくシオンの部屋に、しかもこんな薄着で訪ねて来られては、その、勘違いしてしまいそうになるではないか。
というかそもそも、彼女だってシオンとエリスの仲くらいは知っているだろうに。そんなことの為に来る訳がないとは思うが。
「フフッ、何想像してるのよ、えっち」
そしてやはりからかうようにシオンを貶すマツリ。思わせぶりな態度をしていたのはそっちだろうに。
「そんな目を向けないでよ。それとも、期待してたの? ……貴方なら、なんて思わなくもないけどね」
恨めしい眼差しをあしらいながら、またしてもそんな冗談を言うマツリ。安心しろ、天地がひっくり返ってもオレがお前に手を出すなんて事はないぞ。そもそもまだ子どもだろお前。
それにしても、今日のこいつはやたら上機嫌だ。久しぶりの対等に話せる相手とのやり取りを愉しんでいる、と言ったところだろうか。帝国内では彼女に逆らう者なんて皆無だからな。それなりに鬱憤も溜まっているのかもしれない。
「……エリスお姉様、少し背が伸びていたわね」
ようやくからかうのもやめて本題に入った、と思ったら、どうやら世間話のようだ。
「そうなのか? ずっと一緒に居るから気づかなかったが」
「貴方と並んでいたらわかりやすいわ。貴方、お姉様に抜かれてるわよ?」
適当に返してみたら、信じたくない事実を突きつけられた。おいマジか。割とショッキングな問題なのだが。
「ユートも多分、そろそろ貴方と同じくらいの背丈になっているわ。人の成長って早いものよね」
そしてさらにもう一つ、彼女と共に行動している黒騎士の中身、異界人の一人のユートについても触れる。あいつもやたら背が低かったが、それでもシオンに追いついてしまっているらしい。えー、マジかよ。
「きっとこうして、少しずつ置いていかれるのでしょうね。私は……そして」
少々ショックを隠しきれずに顔を引きつらせていたシオンに、遠い目をしながら呟くマツリ。その言葉は、
「貴方も」
この話が世間話などではなく、重大な事実を告げているという事を教えていた。
マツリはその身に宿す神の権能、イーヴィティア神の権能の能力によって老いない身体となっている。寿命が存在しないので外的要因がなければ永遠に生きていられるらしい。
しかしそれは、他の人間とは同じ時を過ごす事ができないという事でもある。彼女はエリスと再会した事で、その事実を認識したのだろう。
そして同時に、シオンについても察したのだ。
「覚えているでしょう? 今の貴方は一度死に絶え、エリスお姉様の力で蘇った。でもそれはこの世の理から外れた行い。恐らく今の貴方の肉体は、蘇生された時から成長しない身体になっている……私のように永遠に生きる身体になってしまったのかまではわからないけど……予想だけど恐らくそうではないわね。エリスお姉様が亡くなれば、貴方の肉体も活動を停止すると思う。でも、それまで貴方は私と同じように、皆から取り残された時を生きる事になるでしょう」
ゆっくりと近付き、シオンの胸元に触れるマツリ。事実を口にしながら、その口調は宥めるように優しいものだった。同情だろうか。自分と同じ苦しみを味わうシオンに対しての。
「……貴方の肉体の構造を調べ上げれば、もしかしたらエリスお姉様が亡き後も活動を続けられる方法が見つかるかもしれない。ねえ、調べてみる? 私とトモエあたりで調べてみれば、もしかしたら解析できるかもしれないわ」
続くその言葉は、まるで縋るような……いや、実際に彼女は、シオンに頷いて欲しくて仕方がない様子だった。シオンの現状を救いたいという想いと、自分を取り残す事なく同じ時を歩める存在になって欲しいという願望……その二つの想いが伝わってきた。
だが。
「……エリスが居なくなった世界で生き長らえても、虚しいだけだ」
それでも、シオンの答は決まっていた。マツリの想いに応える事はできない。
元よりエリスに文字通り拾われた命だ。エリスの為にこの命を使い切る覚悟がある。それなのにエリスが居なくなってからも生き長らえても、空虚な生となってしまうだろう。それならば、エリスが与えた在り方に沿って眠りにつく方がいい。
「……私じゃ、駄目なの?」
シオンの服を握りながら、頭をシオンの胸に押しつけ、絞り出すように言葉を吐くマツリ。
「私だって、怖い。これから一人ずつ一人ずつ、歳を取って老いて行って、私の前から居なくなって行く。私だけが取り残される。それでも、一人でも私と同じ時を歩める人が居るなら……ねぇ、昔私が酷いことをしたのを赦していないなら謝るから。貴方が望む事なら何でもするから。権力でどうにかなるなら全て貴方に捧げるわ。それが気に入らないならすぐにでも捨てていいわ。肉欲を求めるならこの身を汚されてもいい。だから……!」
「マツリ」
我を忘れたように、痛々しく言葉を吐くマツリを制し、顔を上げさせる。涙に濡れる小さな少女に心を痛めながらも、シオンは。
「そんな問題じゃないんだ。わかるだろ?」
「…………」
シオンの決意が揺るがない事は、彼女もわかっているだろう。それでも言わずにはいられなかったという事も、シオンには伝わっていた。
赦してほしい、とは言わない。共に歩める可能性を持ちながら、それを善とできないシオンを。
それでも、エリスが居るからシオンが居るんだ。どちらかが欠けては駄目なんだ。例えマツリがその欠けた穴を補えるとしても。
マツリはそのまま暫く、シオンに寄りかかり泣き続けた。だが、それ以降、自分と共に歩んで欲しいと縋る事はなかった。
「……お姉様には、もう言ってあるの?」
落ち着きを取り戻したマツリは、涙を拭って確認をしてきた。
「いや、まだだ」
シオンは自分の体質の事を、未だエリスには打ち明けられないでいた。その事実を知り、悲しむエリスを見たくなかったからだ。
「早く打ち明けるほうがいいわ。後になって余計に辛くなるだけだもの……私から教えましょうか? 憎まれ役なら慣れてるわ」
「いやいい。オレ自身が言わなきゃいけない事だ」
マツリの提案を拒否し、言う決意を告げるシオン。結局その決意も、暫く時間が経ってようやく実行できただけに何とも言えないが。
「そう……はあ、フラれちゃったわね」
シオンの言葉を聞き入れ、立ち上がるマツリ。今になって思えば、このやたら色っぽい薄着もシオンを誘惑する為のものだったのかもしれない。策を巡らすのが得意な奴だからな、こいつは。
「気が変わったらいつでも言って。待ってるから」
「そんな時は来ないけど……ありがとうな」
部屋から出る直前、そのようなやり取りをしてからマツリは出て行った。
それから暫く、ヴァスキン帝国を出てからもシオンは思い悩んでいた。エリスにこの事実を、自分の肉体の変化について打ち明けなければ、と。
葛藤している事は面には出さないように努めていたが、やはりエリスの目を誤魔化す事はできなかったようだ。他でもない彼女自身に促され、ようやくシオンは打ち明ける決心ができた。
そして案の定、彼女を悲しませる結果になった。
「っ……ご、ごめんなさいっ……私の、私の所為でっ……」
「違う、エリス。お前のおかげなんだ」
「でも、でもっ……今まで、そんなに辛い思いをっ……これからだって……私っ……」
「お前に生き返らせて貰っていなかったら、そうして辛い思いをする事すらできずに終わっていたんだ。それに比べれば些細なもんだろ」
「でもっ……そうやって私を赦している考えだって、私の都合良くなるように私が歪めているかもしれないじゃないですか……!」
「だとしたら、こうしてお前が心を痛めるような事を話したりはしないだろ。話すにしても、今まで打ち明けようか悩んでいたのは確かなオレ自身の考えだ」
シオンは、エリスの人形だ。マツリに告げられた事実。それでも良いと、シオンは受け入れた。
シオンのエリスに対する想い、感情も、全てエリス自身が望むものに変えられている可能性がある。
それでも、シオンは生きている。自分は幸せだと断言できる。だからそれで良い。
「だから、泣かないでくれよ。オレだって……お前に会えて良かったって、心の底から思っているんだから」
腕の中で泣きじゃくる愛しい人を撫で、本心を、彼女が言ってくれた言葉を返す。
長く、険しい冒険の日々。その全てをエリスと共に駆け抜けてきたから、今の自分がある。全てはこの命を拾い上げてくれた彼女のおかげだ。
何度でも言える。君に会えて良かった、と。
……エリスが事実を受け入れられるのは、納得できるのは時間がかかるだろう。それでも受け入れて欲しい。そして、理解して欲しい。この想いが、作りものではない事を。
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「シオン、お帰り〜」
「ねえねえ、嫁さん見せて〜」
「ドラゴン倒したってホント〜?」
「何処の泥棒猫……じゃなくて、連れの女の人ってどんな人なのかしら?」
朝。シオン達が寝泊まりしている村長宅に結構な人数の村人が押しかけてきた。多くはシオンよりも歳下の子ども達だ。昨日のうちにシオンが帰郷した事が広まり、そのついでに色んな噂話が飛び交っていたのだろう。
「ああ、ただいま。朝から騒がしいなもう」
尋ねてくる内容は、大半がエリスの事で少しだけシオンの冒険譚についてだ。どいつもこいつも人の色恋沙汰が好き過ぎるだろうに。
「わ、お客さんいっぱいですね。初めまして、シオン君の嫁のエリスです」
そして昨日と変わらぬ自己紹介をするエリス。もう何でもいいや。
そのエリスを見てきゃーきゃー騒ぎ出す村人達。そのままエリスの周りに人だかりができ、シオンをそっちのけに質問責めが始まってしまった。やれやれ。
今のエリスの様子は、一見普段と変わらず平静に見える。昨日の夜に戸惑い泣き崩れていた時の姿は想像できないくらいに。でも、恐らくもう平気というわけではないだろう。それでもこうして笑顔でいられるのはエリスの強さか。
……無理はさせたくないな。せめて村人達との触れ合いが気を紛らわせてくれたら良いのだが。
「いつになく賑やかじゃのう。時にシオンよ、いつまでここに居るのじゃ?」
遠巻きに眺めていた村長が、近付いてきたシオンに尋ねる。
「ん、行商人さんが滞在している間だな。帰りも護衛する契約しているから」
「そうかそうか……いつでも帰って来てええからのぉ。それから手紙くらいはよこさんかい」
「へいへい、今回で身に染みましたよ」
これからはたまには手紙を出そう。これまで程の大きな出来事に巻き込まれるような事はそうそうないとは思うけど、また何かしら伝えるのを忘れてヨツカにどやされるのも嫌だしな。
「良い娘さんと会えたのぉ」
シオンの返事に頷きながら、村人達に質問責めに遭うエリスの様子を眺めて、村長が呟いた。
「……ああ、最高のパートナーだよ」
その言葉に、誰にも聞こえない程小さな声で呟くシオンだった。
番外編:帰郷。
完。




