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番外編:帰郷・中編。

こちらは番外編の中編となります。まだ前編を読んでいない方は前回の話からどうぞ。

明日後編を投稿予定です。

 シオンがヨツカと呼んだその人物は、顔に皺が目立ってきた五十代程の女性。しかし身体は結構な筋肉質で、簑を羽織った健康的な人物だった。


「おう、おかえり。で、嫁さん連れて来たってマジ?」


 返事をしたシオンに対してヨツカは、ニヤニヤと笑みを浮かべながらシオンの背後、室内に目を向ける。その視線の先の探している者と目が合ったようで、


「あ、どーも」


 シオンの後ろからエリスの声が聞こえてきた。


「えー! マジじゃんマジじゃん!」


 ヨツカは年齢に見合わぬテンションで室内に上がり込んでエリスの元へ近寄って行った。その様子に若干呆れながらもシオンもその後を追う。


「初めまして、シオン君のお嫁さんのエリスです」


 そして本日三度目のエリスの自己紹介。もう勝手にしてくれ。


「うっはははは! マジか! マジであいつの? はー、こんなに面白い話はいつ振りだろうね? あ、あたしゃヨツカ。あいつの師匠みたいなもんさ」


 笑い転げながらエリスに自己紹介を返すヨツカ。そこまで面白いかこんにゃろう。


「シオン君のお師匠様ですか?」


 そのヨツカの発言に目を丸くして聞き返すエリス。そういえば話した事はなかったなと改めて思うシオン。


「ヨツカは元冒険者なんだ。旅立つ前に冒険者としての心得とか、戦い方なんかをちょっと教わったんだよ」


 エリスの問いに答えるシオン。ヨツカは歳を理由に引退し、この村で猟をして生活している元冒険者だ。確か引退する前はCランクだったか。

 シオンが村を出て冒険者として生きていくのを決めた折、半年程ヨツカの下でさまざまな知識を習った。戦闘に関してはからっきしだったが、その時の知識は実際冒険者になって役立ったものも多くて助かっていた。


「あ、そういえばシオン君のこと、野草の採取の仕方とか魔物の解体の仕方なんかが上手だってノーイさんが褒めてましたっけ」


 エリスもシオンの細かな技術に心当たりがあったらしくそんな事を思い出したように呟いた。ノーイがそんな事言ってたのか。いつ聞いたんだそんなの。


「ヨツカ、お前さんも食べてけ」


「お、サンキューじっちゃん。で、どうなんだシオン? 冒険者活動はぼちぼちか?」


 村長が新たに装ったお碗を受け取りながらシオンを向くヨツカ。ぼちぼちとは?


「まさか根をあげて逃げ帰ってきたわけじゃないだろ? まあ、お前さんの腕じゃあCランクにも上がれるか怪しいけどな」


「……あー」


 続くヨツカの言葉で質問の意図を察した。確かにヨツカの知っているかつてのシオンの実力では、冒険者を続けて行くのは厳しいだろう。少しは腕を上げたのかと近況を聞きたいらしい。


「え、シオン君、村に全然報告してないんですか?」


「あー、いつかはやろうと思ってはいたんだけど何だかんだ後回しにしてたな」


 エリスが少し呆れた様子でシオンを責める。そもそも故郷の事なんてエリスが言い出すまで頭から抜け落ちていたくらいだからな。それでも大きな事件に巻き込まれていたのだから、落ち着いた頃に近況を報告する手紙くらいは送っておくべきだったと今更後悔するシオン。今回の帰郷は本当に良い機会だったな。


 シオンは語るよりも見せるほうが早いと思い、懐から冒険者証明証を出してヨツカに渡した。引退しているとはいえ彼女は元冒険者なのだからこれである程度は伝わるだろう。


「うん? 冒険者証か。あれ? 色が……」


 受け取ったヨツカは初めに証明証の色が気になったらしい。冒険者証明証の全体の色はランクによって決まっている。Eランクは白、Dランクは灰色といった具合に。

 ヨツカが受け取った冒険者証の色は金色だ。恐らく彼女は今までに一度も目にした事がない冒険者証の色だろう。違和感を覚えて当然だ。

 そうして冒険者証の内容に目を通したヨツカは、すぐに目を丸くした。そして、


「……おいシオン! あたしはお前を詐欺師に育てた覚えはないぞ!」


 その内容が信じられなかったらしく怒鳴り散らした。


「いやいやいやいや! 偽物じゃねぇって! 偽装が困難な事くらい知ってるだろ!」


「いいや騙されないよ! Aランク冒険者なんて世界に一握りの存在だ! お前なんかがなれるようなもんじゃないっての!」


「言いたい事はわかるっつーかオレも同意見だけど! いろいろあったんだって。とりあえずまずは話を聞いてくれ!」


 ヨツカのもっともな意見に同意しながらも宥めようとするシオン。ちなみにエリスと村長はその様子を笑いながら眺めているだけだった。おいこら。

 冒険者証明証の偽装が困難、というのは、証明証には冒険者ギルド独自の魔法技術が織り込まれており、本人の魔力に反応してのみその内容、文字を浮かび上がらせるという工夫がされているのだ。それでもトモエやユートのような高位の魔術師や錬金術師ならば模倣は可能かもしれないが、偽装が発覚すれば重犯と見做され一発で指名手配されてしまう。わざわざそんな詐欺まがいの事に手を出すシオンではない。


 とはいえ、ヨツカが知る実力のシオンがトップクラスの冒険者に成り上がっているとは思えないのも仕方のない事だ。こんな事になるならもっと頻繁に近況報告を村に出しておくべきだったな、と改めて後悔しつつ、シオンはこれまでの経緯をヨツカに語り始めた。


 ヨツカは煮込まれた肉を口にしながらシオンとエリスの説明を聞いてくれた。エリスと出会い特殊なスキルを授かり、異界人達と冒険するうちに高い功績を挙げて……と、村長に語った時とは違い要所だけを掻い摘んでの説明だったが。

 ヨツカもマサヤとは会っているそうで、異世界人に関しては隠す必要もなく納得してくれた。マサヤの実力も把握していたようなので、その点も説得力のひとつとなってくれた様子だった。


「ふうん……信じられないが、まあ納得するしかないか。あのシオンがねぇ。世の中何が起こるかわからないもんだ」


 話を聞き終えたヨツカは茶を啜りながらとりあえず納得してくれた。やれやれ、あのまま冒険者ギルドに突き出されでもしたらどうしようかと思ったぞ。


「でも、実力自体はエリスの力を借りないとそこまででもないのも事実だから威張れるもんじゃないんだけどな」


 最後にシオンは肩を竦めながらそう締めた。一応は単身でも一般冒険者と比較すればそれ以上の実力は身についているとは思うが、周囲の比較対象がエリスを始めとしたとんでも異界人ばかりなのでどこまで行っても謙遜してしまうのは仕方ない事だろう。

 しかし、


「んー? そこは気にしなくてもいいんじゃないかい?」


 意外な事に、ヨツカはシオンの考えを否定した。


「何も腕っぷしだけが強さじゃないんだ。人と人との繋がりも確かな強ささ。実力ばっかり付けても誰にも信用されず仲間を作れないって奴だってザラだろ? 逆に強くもないけど信頼できる大勢の仲間に囲まれる奴だっている。お前はどちらかと言うと後者だろうね。で、そのどっちが良いかなんて優劣付けれないだろ?」


 茶を飲み干した碗を置きながら、ヨツカは言う。


「お前がエリスに気に入られてスキルを授かったのも、強い異界人達と巡り会えたのも、仲間達と確かな功績をあげたのも、全部お前だったからできた事だ。降って湧いた奇跡だろうがそれを掴み取れるかどうかは誰にでもできるわけじゃないんだ。胸を張りな」


「そうですよ、シオン君」


 続いてエリスも、シオンに語り出す。


「今までの冒険は、私達異界人に課せられた使命はシオン君が居たから成し得たんです。他の誰かだったらきっと、私達はジャバウォックさんに勝てていませんでした。それ意外の場面でも、シオン君がいなきゃどうにもならない時が何度もありました。私、シオン君と冒険ができて……初めて会ったのがシオン君だった事、心の底から感謝してるんですよ?」


 いつものふざけた調子は一切なく、真剣な眼差しで語るエリス。贔屓目な意見、というわけでもないのだろう。きっと本心を語ってくれている。


 ……感謝しているのは、こっちのほうだよエリス。

 大切な人が自分の事を肯定してくれる事の、なんと嬉しい事か。彼女の存在に、その言葉にどれだけ救われた事か。


 ただ、それだけに……。




「ヒューヒュー! お熱いねぇお二人さん!」


 そうして二人で見つめ合っていると、茶化すヨツカの声で我に帰った。


「ちがっ、そんなんじゃねーっての」


 思わず否定して怒鳴るシオン。エリスは「でへへへへ〜」と先程とは打って変わって緩んだ顔をしている。真面目な話をしていたのにこいつらは。


「お前さんらがイチャついてるのを見るのもまあ悪くないけど、どうせだし聞かせろよ。中々波乱万丈だったみたいじゃないか」


 またしても茶化しつつ、シオン達のこれまでの冒険の話を聞かせてほしいと促すヨツカ。さっきまで村長に語り聞かせていたが、まあ、これくらいの手間は気にせず聞かせてやる事にしよう。だからそのニヤついた笑みをまずどうにかしやがれ。


 そうして再び冒険譚を語りながら、故郷での夜は更けていった。

 話にひと段落ついた頃には既に真夜中になっており、途中から酒を飲んでいたヨツカも満足した様子でふらふらと村長宅を出て行った。ちゃんと家に帰れるんだろうな?


 さて、シオンとエリスの寝床だが、昔シオンが使わせてもらっていた部屋がまだ使えるとの事でそこで寝泊まりさせて貰う事になった。だが、空いている部屋はそこだけらしく、二人で使えと言われてしまった。


「えへへ〜、シオン君と一緒に寝られますね〜」


「……別にいいけどさ」


 嬉しそうに敷き布団を広げるエリスだが、実のところ二人で同室を使って寝るのは初めての事ではない。旅の途中の宿で空き部屋がひとつしかない時には普通に二人で泊まったりしていた。

 しかしやましい事はしていないぞ。本当だ。でも一度だけ朝になって目が覚めると妙に柔らかい感触が手にあった事が……いや、何でもない。忘れよう。


 しかし村長よ、まさか布団までひとつしかないとは思ってもいなかったぞ。これだと寝る時どうしても密着してしまうではないか。いや、今更それがまずいとは思ってはいないが、あの村長のニヤけた顔。明らかにおちょくっていた。おのれ性悪め。


 やれやれ、と溜め息を吐きながらエリスの側に寄り腰を下ろす。エリスはニコニコと楽しそうにしているが、どういう訳か横になろうとはしていない。何か話す事でもあるのだろうか?


「そろそろ話してくれませんか?」


「…………」


 シオンの顔を覗き込みながら、そんな事をエリスは尋ねてきた。


「最近……帝国から出たあたりからでしたよね? 時々シオン君、浮かない顔してました。何か迷っているような、そんな気がします」


 ……話す事があるのはエリスではなく、シオン自身だった。

 わかっている。いつかは話さなければならない事だという事は。でも……。


「……今じゃなくてもいいです。私に打ち明ける必要がないのでしたらそれでも構いません。でも、シオン君が悩んでいるなら、力になりたいので……それだけでも、教えてくれませんか?」


 ……ほら、お前はこんなにも優しく、オレの考えを尊重しようとする。でも、それに甘えていては駄目だという事もわかっている。


「……話すよ。必要な事だ」


 きっと、今からオレはお前を悲しませてしまう。それがわかっているから、今の今まで、お前に気を使われてしまうまで黙っていた。

 それでも、話しておかなければならない事なんだ。




「……オレの身体は、人のものではなくなっている」




 かつての冒険の最中でマツリに指摘され判明した、自分の体質について。その事実を、ここで打ち明ける事にした。

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