番外編:異界人とハロウィン。
ハロウィンということでハロウィンの短編です。
時系列は二人が出会って間もない頃になります。
今後ももしかしたら今回のように短編をちょくちょく投稿するかもしれません。
「とりっくおあとりーと〜!」
早朝。部屋で寝ていたシオンの目を覚まさせた扉のノックの音に応えるべく立ち上がり、寝ぼけ眼のまま開けた彼を出迎えたのは、けったいな格好をしてそんな掛け声を繰り出すエリスだった。
「…………とりあえずまずはおはような」
欠伸を噛み殺しながらそのような返事をするシオン。いやまあ、自分の部屋に訪ねて来る人物は限られているので彼女が訪ねて来たのであろう事は予想していたが、まさか仮装して来るとは思ってもいなかった。
シオンはエリスを部屋に招き入れながらその格好を眺める。ひと目見た印象は、露出度高すぎるだろ、だ。
胸元と下半身を申し訳程度に纏った下着と大差ない衣装、背中には蝙蝠のような翼が一対あり、頭に付けているカチューシャにも似たような小さな羽が施されている。はっきり言って目のやり場に困る。
「一応聞くが、何の仮装だ?」
「んふふ、淫魔ですよ!」
「おいこら聖職者」
予想通りの返答に頭を抱えるシオン。何故よりにもよってそんなチョイスにしたんだか。
「言っておくが、んな仮装で外を出歩くなよ?」
「わかってますよ〜。別のコスプレも用意してます。このコスプレを見せるのはシオン君にだけですからね」
シオンの注意を一応受け入れるエリス。公共良俗に反している自覚はあるらしい。というか、そもそも着るなそんな衣装。
「そんな事よりシオン君、とりっくおあとりーと〜」
そして改めてお決まりの掛け声を投げてくるエリス。続行するのか。
「へいへい、ハッピーハロウィン」
シオンはため息を吐きながら机の引き出しにしまってあった、可愛らしく飾り付けられた菓子入りの袋を出してエリスに渡した。中身はポピュラーなクッキーだ。
「え、あれ? 準備してあるんですか?」
「まあな。お前の事だから仕掛けてくるとは思ってたし」
どうやらエリスはシオンがお菓子の準備をしてあった事が意外だったらしく呆気にとられながら受け取った。こういう騒ぎ立てるイベント事が好きそうなこいつの行動なんてここ数日で予想できる。
ただまあ、さすがにこの仮装だけは予想できなかったが。
「そんな!? 公的に性的なイタズラができるチャンスだったのに!?」
「何するつもりだったんだお前!」
エリスの残念な叫びに全力でツッコミを入れてしまうシオン。んなイタズラに正当性もクソもあるか! あ! だからサキュバスの仮装だったのかこいつ! バカだろもう!
「むー、貰ってしまったからには仕方ありませんよね……あ、トリックアンドトリートという手も?」
「ないわバカ。いいからもうさっさと着替えてこいよ」
「えー、せっかく着たのにもう終わりですかー? 着替える前にシオン君、ちょっとくらいイタズラしてもいいんですよ?」
あしらおうとするシオンだったが、そんな事を宣いながら少し屈んで胸の谷間を強調してくるエリス。思わずその胸に目が行ってしまったが、慌てて目を逸らして何度目かのため息を吐くシオン。
「そういうのいいから。終わり終わり」
「そんなー。せっかく寒い中決行したのにあんまりですよー」
「寒いなら尚更だろ」
「えへへ、温めて?」
「…………」
「うう、視線が冷たい……わかりました、着替えてきまーす」
尚も冗談を言い続けるエリスに冷ややかな眼差しを送ったところ、ようやく観念したらしくがっかりした様子で部屋を出ていった。
……ああもう、まだドキドキしている。心臓に悪い事しやがって。
その後エリスが着替えた衣装は、とんがり帽子にマントといったハロウィンの衣装としてはよくある魔女の仮装だった。最初からそうしろよ。
ちなみにそういった仮装用の衣装は、衣類店が貸し出してくれるのだそうだ。なんでサキュバスなんかの衣装があるんだよ。
腕に下げてあるバスケットの中には幾つもの小さな可愛らしい袋が詰められている。なんでも街の子ども達に配り歩くつもりらしい。イベントに対してなかなかの熱意だ。
「それにしても、この世界にもハロウィンがあるなんて今でも信じられませんよ。たしか聖夜祭もあるんでしたっけ?」
エリスに連れられてカボチャやお化けをモチーフに飾り付けられた街を歩いている最中、思い出したようにエリスがそんな話題を切り出してきた。
数日前に彼女が近々ハロウィンがあると聞いた時、本当に驚いている様子だった。その理由が今語られたものだ。どうやら彼女が元いた世界にもほとんど同じ内容の行事があったらしい。
その起源についてはシオンもよく覚えていないが、子ども達が魔物の姿に仮装して街を練り歩き家を周り、お菓子をくれないとイタズラするぞ、と脅し文句を言ってお菓子を貰うというのが主な内容だ。
貴族間では仮装パーティーが行われていたりと、平民から上流階級の者にまで幅広く好まれている伝統行事だったりする。王都ではパレードまで催されるらしい。
「偶然にしては出来すぎているよな。もしかしたら、昔どちらかの世界からお前みたいに渡ってきた人がいて伝え広めたのかも。もしくは……」
「もしくは?」
「やっぱりお前が異界人だってのが嘘か、だな」
「まだ疑ってたんですか!?」
二つ目の理由は冗談にせよ、この世界とエリスのいた世界との共通点が存在している事はなかなか興味深い事実だ。機会があれば共通する行事の起源を調べてみても良いかもしれない。もしかしたらエリスが元の世界に帰れる手掛かりが見つかるかもしれないしな。
……後に二人が出会う、神々から神託を拝聴できるという巫女にこの疑問を尋ねてみたところ、二つの世界で共通する行事は神々が広めたものだとの事だった。
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一方その頃、王都では。
「トリックオアトリート!」
「やあ巫女様。今日はいつにも増して可愛らしいね。そうかハロウィンか。もうそんな時期なのか……で、どんなイタズラをしてくれるんだい?」
「トリックオアトリート!」
「トリックを所望する!」
「もう何なのお前ら!!」
親しい間柄の者達に茶目っ気を見せるも、すぐに後悔する事となった神託の巫女の姿があったとか。