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問答。

 蜥蜴を連想させる細い身体、全身を覆う漆黒の鱗、体格に見合わない小さな羽根、額から前方に伸びた歪な二本の角、爛々と輝く眼。

 それは竜に酷似した魔物の王……かつてシオンとエリスの前に二度その姿を現した、バンダースナッチ達の創造主。アユミ達がジャバウォックと名付けた存在。

 今回の騒動の元凶にして、異界人達が神々に課せられた使命である討伐対象。そのジャバウォックが、いつの間にかすぐそこまで接近していたのだ。


 武器を構えるシオンとイサミの反応を見て、皆も二人の視線の先を目で追う。そこでようやく、ジャバウォックの存在に気付き驚きの声をあげた。


「彼奴は……」


「いつの間に!?」


「こんな近くに来ていたなんて……」


「こいつが……」


 異界人達全員が気付いたのを見て、ジャバウォックが動いた。するりと廃墟の合間から身体を出し、鎌首を持ち上げるようにしてこちらを凝視してきた。

 通りに姿を見せた事で、他の討伐隊の冒険者達もようやくその存在に気付き騒めきが起こった。完全に姿を現した今でさえ、希薄過ぎる存在感はやはり異様の一言だ。


「まさか、そっちから来てくれるなんてね。探す手間が省けたよ」


 最初にジャバウォックに話しかけたのはアユミだった。警戒する皆を余所に、ジャバウォックの前に躍り出て不敵に語りかけたのだ。


「でも、普通ラスボスってお城とかダンジョンとかの奥で踏ん反り返っているものじゃないですか? ホント毎回毎回空気が読めないボスですね」


「考えてみれば、魔族達を魔物化する為に動き回っていた可能性だってあったものね。失念してたわ」


 アユミに続いて悪態を吐くエリスとこの場にジャバウォックが居る理由を見出すマツリ。異界人の女の子って肝が座ってるな。


「クスクスクス……どうやら神の使徒は全て揃っていると見える。僥倖、僥倖。クスクスクス……」


 そんなアユミ達を前に、ぎょろぎょろと両の目を動かしながら、子どものような笑い声とともに頷くジャバウォック。外観と笑い声の差がさらに不気味さを強調させる。


「使徒の一、二程度は先の聖戦で死していても可笑しくないと思うて織ったが、貴様等は我が妄想していた以上の強さと見える。たかが人間と侮っていたか。クスクスクス……」


 そうして異界人達がここまで善戦してきた事が予想外だったという事を、こともあろうに愉しげに語るのだった。何を考えているのか全くわからない。


「お話ついでに質問してもいいですか、ジャバウォックさん」


 そうして笑い続けるジャバウォックに、今度はエリスがアユミの側に出て話しかける。よくあんな不気味な魔物に近付けるな。


「……ジャバウォック、とは、我を指して居るのか?」


 そのエリスに対して、ジャバウォックは返事の前に首を傾げて聞き返した。そう言えば、ジャバウォックという名はアユミ達が勝手に名付けて呼んでいた名前なので本人が知らないのも当然か。


「あ、私達が勝手に呼んでいるんでしたっけ? 本名があるんでしたらそちらで呼びますよ?」


 ジャバウォックに聞き返されてその事を思い出したエリスが改めて名を尋ねる。アユミが神々から聞いた限りではこの魔物に名はないらしいが。

 勝手に呼び名を付けられていた魔物の王の反応は、


「クスクス……クスクスクス……ジャバウォック。蛇馬魚狗。左様か。我を混沌たる言語と称するか。善かろう、我は今後己をジャバウォックと名乗ろう」


 どういう訳か上機嫌にその呼び名を受け入れた。その様子を見て何故かトモエが「む……?」と意味深な反応をしていたがともかくとして。


「して、此のジャバウォックに質問とは何だ、ルキュシリアよ」


 早速魔物はジャバウォックを名乗りながらエリスに話の続きを促してきた。何だか調子の狂う奴だ。


「あ、えっと、私達が倒した魔族さん達の中に、魔物化して出てきていない人が一人だけいるんですけど、その方はどうしたのかなって」


 エリスは少々呆気に取られていたようだが気を取り直して疑問を投げかけた。確か、イサミが倒したというかなりの強敵だった魔族だけが姿を見せていないんだったか。


「其の事か。クスクスクス……矢張り無自覚の所業であったかルキュシリアよ」


「はい?」


 エリスの質問に笑いながら答え始めるジャバウォック。


「彼の者の遺骸を保護したのは其方で有ろう。其れが因と成り我が権能が無力化された。よもやこんなにも早く我が権能の対策をされるとは思わなんだ。クスクスクス……」


「保護? ……あ、あー!」


「エリス、何の事だ?」


 ジャバウォックの言葉を信じるならば、恐らくその魔族は魔物化に失敗したらしく、その原因がエリスにあるらしい。エリスもその事を教えられて心当たりがある様子だが、いったい何をしたんだ?


「えっとですね、あの魔族さんが亡くなられた後、安らかに眠ってねって祈りを捧げたんです。多分そのおかげで本当に目覚めなかったんだと思います。やー、凄いですね権能の力って」


 自分が行なっていた行動を皆に説明するエリス。成る程、聖術師が遺体がアンデッド化しないように供養するあれか。その行為がジャバウォックの能力を無効化していたわけだ。

 納得したシオンだが、二人程その事実に憤慨している者がいた。


「おいおいおいおい! それって俺達が倒した魔族もそれしてたら復活してなかったって事だよな!? 何でこっちにはやらなかったんだよ!?」


「戦い損じゃねーか!」


「そ、そんな事言われましても! あの時はそもそも魔族さん達が復活するなんて知らなかったじゃないですか! それにわかっててやった事でもないですし!」


 マサヤとユートがエリスに詰め寄って抗議する。ユートは口調が素になってるし。だがここはエリスの言い分が正論だろうに。気持ちはわからないでもないが。


「クスクスクスクス……愉快な連中よ。憎き神々とは大違いよな」


 怨敵を前にぎゃーぎゃー騒ぐ異界人達を眺め、不気味に笑うジャバウォック。おい、笑われてるぞお前ら。


「ま、まあとにかく、あのやたら強かった魔族さんは出てこないって事ですよね。今からまたあの人と戦うかもって思ってて心配だったんですけど、その点は安心ですね」


 何とか二人を諌めて呟くエリス。その視線はイサミに向けられていた。詳しく聞いてはいないが、イサミが意識を無くしてしまう程の戦闘を繰り広げた相手だ。シオンには想像もつかない程の強敵だったのだろう。

 それ以上に、恐らくその魔族はイサミが憎く思っていた復讐の対象だった。そんな奴を再び相手にするとなると、イサミがどんな行動を取るか予想できない。当の本人は「ふん……」とエリスの視線を無視して鼻を鳴らしているが。


「それで、自らボク達の前に出てきたって事は、もう手駒が尽きたって事でいいのかな?」


 エリスの話が終わり、挑発するようにジャバウォックに尋ねるアユミ。その質問にやはりジャバウォックはクスクスと笑みをこぼしながら答える。


「否。其れは否よニンゲン。此れ迄の聖戦は余興でしか無い。我に忠誠を誓うと宣った母君の眷属供の顔を立てて遣った迄よ。然し、大した戦果も挙げられても居らぬとは期待外れも良い所よな。我が権能の力までも与え給うても此の程度とは。所詮、駒は駒よ」


 ジャバウォックが語るには、魔族達との戦いはただの余興。最初から期待等しておらず、魔族達が全員倒れた為に姿を現したとの事だ。あれ程の激戦を余興と切り捨てるのか。


「……てめぇ、何だよその言い方」


 ジャバウォックの言葉を聞き、怒気を露わにしたのはマサヤだ。


「あいつらがどんな想いで戦ってたか知りもしないで、何言ってやがんだ! てめぇの部下だからって勝手過ぎるだろ!」


 マサヤが激昂している理由は、魔族に同情しての事だった。マサヤと魔族との間に何があったのかシオンにはわからないが、マサヤが魔族達に同情してしまう程の事があったのだろう。


「同意だな」


 そしてマサヤに続いてユートも口出ししてきた。


「貴様の発言は散っていった戦士達の誇りを汚している事に他ならない。今の今まで高みの見物を決め込んでいた貴様が言う筋合いはない」


 マサヤだけでなくユートまでも、ジャバウォックに使い捨ての駒のように扱われた魔族に肩入れしている。確かにいくら敵だったにしても、死してまでそのような扱いをされては酷だ。

 しかしその二人の反応に、ジャバウォックは相変わらずクスクスと不気味な笑い声で返す。


「奇妙な連中よ。彼奴等は其方等の敵で有ったで在ろう。其れが何故肩入れする? クスクスクス……彼奴等を屠ったのは、他でも無い其方等で有ろう?」


「てンめぇ……」


 ジャバウォックの煽るような物言いに、怒りにその身を震わせるマサヤ。それを面白がるようにジャバウォックは続ける。


「クスクスクス……嗚呼、貴様はイルアだな? 覚えて居るぞ、其の沸き立つ忿怒の気迫……クスクスクス、第三の罪過の象徴よ。人の身で在ろうと変わらぬなぁ? クスクスクス……」


 ジャバウォックはマサヤの様子からその身に宿る権能の力を言い当て、懐かしむように語り、笑う。


「其方等は彼奴等の人間性を見て同情したか? 其れは惜しい事をした。我が権能で獣の身に堕とせば自我を無くす。自我を保たせたまま再度其方等に嗾ける事が出来れば、多少は隙を突く事も出来たやもしれぬなぁ? クスクスクス……」


 そして、魔族達の感情までも利用していればと語るジャバウォックに、遂にマサヤが剣を抜いた。止めようか迷うシオンだったが、その前に。


「ハクメはあなたの人形なんかじゃない!」


 もう一人、ジャバウォックの言葉に怒りを覚えていた人物がいた。マツリだ。

 魔物化する前は最後までマツリの事を想い続けていた、マツリの友人とも言える存在だった魔族、ハクメ。死後に魔物の姿にされ、心を無くし襲いかかってきた彼女の事を、そのように仕向けて彼女の意思を侮辱したジャバウォックの言葉に我慢ならなかったようだ。


 マツリの叫びを聞き驚いて動きを止めるマサヤ。シオンがマサヤ達と魔族との間に何があったのか知らないように、マサヤもマツリと魔族との間に起きた出来事を知らない。マツリが怒声を上げたのが予想外だったのだろう。


「おお、イーヴィティアよ。其方が其の様に感情を露わにするとは。しかし其の姿も又美しい……」


 そんなマツリの姿を見て美しさを讃え始めるジャバウォック。アユミが言っていた通り、マツリの持つイーヴィティア神の権能の影響を受けているようだ。


 そこでシオンは思い出した。先程までジャバウォックとの戦いの前にマツリの姿を隠しておき、いざという時にマツリを見せて隙を生じさせる作戦を考えていたのだが、既にマツリの存在を知られている現状、その作戦は不可能かもしれない。どうするべきかトモエあたりと相談する必要があるか。

 そんなシオンの思案を余所にジャバウォックが続ける。


「イーヴィティアよ、其の身に宿して居るのは尖兵か? 神の力を持ちながら末端の力を借りるとは……否、其方は戦う術を持たぬ存在で在ったか。成る程。此れも又人の身で無ければ成し得ぬ所業と云う訳か。クスクスクス……ニンゲンの考える事は矢張り面白い……クスクスクス……」


 ジャバウォックはマツリの憑依召喚を見透かし、精霊をその身に宿らせている理由にも思い至ったらしくまた一人で笑う。そうしてジャバウォックが呟いている間もマツリは忌々しげにジャバウォックを睨み続けていた。


「よくわかったわ。あなたが仲間の命すらも蔑ろにする外道だって。人類に敵対する意識を刻み込まれている魔族達が霞む程の悪よ」


 吐き捨てるようにジャバウォックを貶すマツリ。

 マツリはかつて、世界征服を企てていた時、多くの人々を利用していた。しかし、その時の罪悪感は捨てきれずに抱え込み続けていた。本当の意味で悪になりきれてはいなかった。そんなマツリだからこそ、ジャバウォックの所業がどれ程下劣な行為なのかが誰よりも理解できてしまうのだろう。

 しかしジャバウォックはそれでも尚笑い続ける。


「クスクスクス……可笑しな事を言う。此のジャバウォックに仲間等存在せぬ。我が創造した駒も眷属供も皆我が玩具に過ぎぬ。我が創造せし玩具供は気に入ったか? 其れは僥倖。クスクスクス……」


 変わらずに部下達を駒として見下すジャバウォック。シオンはそれを聞き、ジャバウォックがどのように考えているのかが見えてきた。ジャバウォックはシオン達人間とは全く違う価値観を持っているのだ。

 命を作り出す能力を持っているが故か、他者の命を文字通りの道具としか思っていないのだ。さらには自身が神に等しい存在である為。他の存在は全て自分よりも格下にしか認識できないのだろう。


 あまりにも人間とは異なり過ぎている価値観……その思考回路の、なんと邪悪な事か。


「然し、イーヴィティア迄も戦に興じるとなれば気を付けねば成らぬな」


 ジャバウォックは突然、それまでとは違う話をし始めた。


「其方を傷付ける訳には行かぬからな。他の使徒供は魂を喰うて遣るが……其方は不滅の肉体を有して居るので在ろう? 其の麗しき美貌、永遠に我が手中で愛でて遣ろう。クスクスクスクス……」


「っ……」


 舌舐めずりとともに下卑た笑みをマツリに向けるジャバウォック。マツリは青ざめて数歩下がってしまった。価値観どころか性根まで腐ってやがる。


「もういいです。貴方の事を知れば知るほど怖気がします。絶対にここで、貴方を倒します」


 マツリを庇うようにエリスがジャバウォックの視線からマツリを遮るように立ち宣言する。同時に皆が、異界人だけでなく、やり取りを見守っていた冒険者達も武器を構えた。


 そして先頭に立つアユミが、ジャバウォックを見据えて。


「ま、元々相互理解なんて無理だってわかってたけどね。始めよっか……勝たせてもらうよ、ジャバウォック」


「クスクスクスクス……善かろう。此れよりは真なる聖戦也。貴様等の魂、此のジャバウォックが残らず喰らい尽くしてくれよう」


 開戦の宣言を交わした。



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