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少年のリスタート。

 巨躯の元魔族と女性の元魔族から繰り出される猛攻。マサヤはそれら全てを掻い潜り対抗していた。

 二対一の戦闘が始まった当初は危ういながらもどうにか対処していたが、回避、防御を繰り返すうちに少しずつ的確な対応ができるようになっていた。


 イルア神の権能の力、戦闘面における至高の才能。戦いの中で戦闘技術が著しく向上して行くマサヤにとって、今回の戦争での度重なる戦闘は、本人に自覚はないが非常に好都合な展開だった。

 それまでの自分の技量では対処できない敵を相手にする事で、自身の技量を爆発的に伸ばす。多少の負傷ならば権能の力のおかげで動く事に支障は出ない。現在マサヤは、戦争が始まる以前とは比べ物にならない程成長していた。


 それによってマサヤの心に余裕が生まれる。この調子なら反撃できるのではないか。本当に自分一人でも倒せてしまうのではないか。そんな考えが芽生えつつあった。


 しかし、敵はそこまで簡単に攻略を許してくれる程弱くはない。マサヤの心の緩みは集中力を落とす結果を生み、油断を招く事となってしまった。

 気の緩みから生じた隙を逃さず、女性の元魔族の刃が対処できない位置から繰り出される。


「やべっ……」


 しかし、その刃がマサヤの身体を貫く事はなかった。マサヤと女性の元魔族との間に、半透明の壁が出現していた。


「マサヤさん! お待たせしました!」


 マサヤを救った存在はすぐに判明した。戦闘が繰り広げられている場所から少し離れた位置にエリスが居たのだ。マサヤを守った壁はお馴染みの防壁魔術プロテクションだろう。


「エリス! 悪い、助かった!」


 エリスの登場を知りマサヤは即座に元魔族達から距離を置いた。元魔族達も新手の出現に警戒したらしく、すぐに追いかけはしなかった。戦闘は仕切り直しとなった。


「ユートはどうしたよ?」


「すぐに来れそうになかったので、代わりに私が戦います!」


 巨躯の元魔族に飛ばされたユートは、戦線復帰に時間がかかるらしい、というのがエリスの報告だった。

 それが何を意味するのか、本当のユートの現状をマサヤは察したのかどうかは、それ以上追求しなかったのでわからなかったが。


「無理すんなよ。悪いけどデカい方頼めるか?」


「任せて下さい!」


 短いやり取りで誰がどの相手をするのか決め、それぞれ標的に向かい駆け出した。マサヤが巨躯の元魔族をエリスに頼んだ理由は、やはり女性の元魔族との決着を自分がつけたいからだろう。


 元魔族達も迫り来る敵に狙いを定め、戦闘が再開される。


 マサヤは女性の元魔族と、剣舞と見紛う攻防を繰り広げる。

 エリスは巨躯の元魔族を相手に、豪腕より繰り出される一撃を防壁魔術で防ぎながら、隙を見て攻撃魔術をその巨体に叩き込む。


 エリスの魔法攻撃は、決定打にはなり得ていなかった。巨躯の元魔族の強靭な皮膚は、バンダースナッチの耐久力を凌駕している事が判明した。

 しかしエリスの能力は本来、攻撃手段には乏しい。現在行っている攻撃魔術以上の威力の攻撃を行うとなると、相応の隙が生じてしまう。狙って行うにはリスクが発生するだろう。

 とはいえ、現在の攻撃手段が全くダメージを与えられていないわけではない。無理に強力な攻撃を狙うよりは、少しずつ確実に攻撃を行いダメージを積み重ね、マサヤが女性の元魔族を倒してこちらに参加してくれるのを待つほうが確実だろう。この短い攻防でエリスはそのように判断した。


 ユートが吹き飛ばされて戦況が変わる前、マサヤが女性の元魔族と一対一で戦っていた時はマサヤが優勢だった事はエリスは把握している。現に今も横目で見る限りではマサヤが優勢の様子だ。

 堅実に戦況を進めよう。自分はヒーラーなのだから無理に一発逆転を狙う必要はない。そのように思考しながら攻防を続けるエリス。


 しかし、そこで戦況に新たな変化が訪れた。


 戦場から少し離れた場所、エリスが出てきた位置。つまりはユートが吹き飛ばされて突っ込んで行った廃墟から、そのユートが、黒騎士が姿を見せたのだ。


「ユートさん!?」


「お、何だ。もう戦えるのか」


 その姿を見てマサヤは安心した様子だが、先程のユートの様子を見てきたエリスは驚愕した。すぐに戦意を取り戻せる程の心境ではなかったと思っていたからだ。


「ユートさん! 無茶はしないで下さい!」


 エリスは即座にユートに注意を呼びかける。しかし当の黒騎士は聞こえているのかいないのか、無反応のまま手に持つ武器を構える。


「…………」


 無言を貫く黒騎士の変形武器は、ゴーレム兵と同じ形をした大槌となっていた。変形するバリエーションの中にあの大槌の形状も含まれていたのだろう。恐らくあれがゴーレム兵の武器のオリジナルか。


 しかし、それを確認したエリスは違和感を覚えた。

 黒騎士が巨躯の元魔族と戦っていた時に用いていた武器の形状は、チェーンソーの形をしていたはずだ。硬質な肌を削り切る目的だったのだろうと予想できたが、何故今はそのチェーンソーを用いていないのか。


 とはいえエリスは近接戦闘に関する知識はあまりない。もしかしたらユートは、チェーンソーよりも大槌のほうが戦いやすいと判断したのかもしれない。口出しする事ではないだろう。


 そしてその大槌を構えた黒騎士が、巨躯の元魔族に向けて突進を始めた。エリスはすぐに身を引き元魔族の相手をユートに任せようと思ったが、やはりまだ気掛かりに思い、すぐにサポートができる距離に留まる事にした。


 巨躯の元魔族も黒騎士の突進に気付き身体を向けて身構える。しかし黒騎士は構わずに突撃を続ける。

 その様子にエリスは、まさかユートが自棄になってしまってはいないだろうかと勘ぐった。ここはやはりサポートをして、場合によっては強引にでも撤退させなければ。


 黒騎士が遂に巨躯の元魔族に攻撃が届く距離にまで接近する。しかしそれは相手にも同じ事だ。黒騎士はそれでも尚、突進の勢いのままに大槌を振るう。元魔族も、黒騎士の頭上に巨斧を振り下ろす。これでは元魔族の攻撃が直撃してしまうではないか。


「『防壁魔術プロテクション』!」


 エリスは咄嗟に黒騎士の頭上に防壁魔術を展開した。元魔族の巨斧は危ういところでその防壁に阻まれる。黒騎士の攻撃は阻害してはいないので、大槌の一撃がそのまま元魔族の胴体に直撃した。

 しかし、その一撃は元魔族に大したダメージを与えられていなかった。巨躯の元魔族は構わず巨斧と一体化している右腕に力を込め、防壁を突破せんと仕掛ける。


「ユートさん! 戻って下さい!」


 エリスはすぐにユートに呼びかけた。やはり今のユートは戦える精神状態ではないと判断した。しかし、黒騎士はどういう訳かその声にも全く反応を示さない。

 こうなったら力づくにでも……強行に出ようとしたエリスだが、行動に出るよりも早く。


 巨躯の元魔族の全身の筋肉が、またしても膨張した。

 同時に、エリスの防壁魔術が限界を迎え、一瞬ひび割れが走り、あっという間に破壊されてしまった。

 そして巨躯の元魔族の右腕の巨斧が、破壊した勢いのまま黒騎士の頭部に直撃した。


「ユートさっ……」


 エリスが呼びかけた時にはもう遅かった。元魔族の斧は黒騎士の頭部を真っ二つに粉砕し、胴体にまで深々とめり込んだ。その勢いは腹部にまで到達してようやく止まる。


 あの位置は、間違いなくユートが乗り込んでいる場所にまで達している。つまり、中に居るユートは……。


「そんな……」


「おい、嘘だろ……」


 その光景を目の当たりにして放心してしまうエリス。マサヤも女性の元魔族と戦いながら見て動揺を隠せずにいる。


 まさか、こんなにも呆気なく、仲間の一人が、死……






 ーー次の瞬間、信じられない事が起こった。


 身体を真っ二つに割かれている黒騎士の両腕が動き出し、巨躯の元魔族の右腕を掴んだのだ。


「え……?」


 状況が理解できないでいるエリス。ユートは黒騎士の内部で死んでしまったのではないのか?


 そして、さらに。


「終わりだ」


 声が降ってきた。エリスが咄嗟に声が聞こえてきた方向に……上に目を向けると、全て理解した。


 巨躯の元魔族の肩に、いつの間にかユートが乗っていたのだ。

 黒騎士に乗り込んでいない、本来の姿で。


 ユートは最初から、黒騎士から抜け出していたのだ。

 遠距離から黒騎士を操り戦わせていたのだ。そして黒騎士を囮にし、自ら元魔族の首元に飛び込んだのだ。


 エリスよりも小柄な少年は、その手に見覚えのある鎖が刃の部分に取り付けられた剣を、チェーンソーを握り、その刃を元魔族の首に当てていた。

 しかしそのチェーンソーは、黒騎士が扱っていた時よりもかなり小さい。

 そして、ユートの右半身が、黒騎士と似た鎧に覆われている。


 この姿は……。




「ーー変形大剣、『裏』三式」






 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★






「ねえユート、あなたのその変形大剣、もっと変形のバリエーションを増やせるの?」


「我の事は黒騎士と呼べ。一応は可能だが、組み込める術式の容量には限界がある」


「ふぅん、なら今の倍の数は無理そうかしら?」


「そんなに多くの種類の武器が思い浮かんだのか? 流石にその数は無理があるな」


「そうよね。うーん、でも形状が似ているとしたら、近しい術式になるから転用できてあまり容量がかからないかも」


「似た形状? どういう事だ?」


「あのね、その変形大剣って、全て黒騎士に合わせたサイズのパターンしかないでしょう? それらを全てあなた自身の体格に合わせた大きさにできるようにしておくべきだと思うの。余った質量は、そうねぇ、鎧にでもすればどうかしら?」


「……俺の体格に? そんな事をする必要があるのか?」


「あるわよ。戦闘で何が起こるかなんてわからないじゃないの。例えばもし黒騎士がすぐに修復できない状態にまで破壊されたらどうするの? 他にも、黒騎士とあなた自身が別々に動くべき状況があるかもしれないわ」


「成る程……我が真の姿を晒すなどという事態は何としても避けたいところだが……」


「あらゆる状況を想定しておくべきよ。戦術のパターンも増えるし。勿論普段から使う必要はないけど。切り札……と言うよりは奥の手かしら? どう? 今ある形状の全てを小型にして、余った質量は共通の鎧にして。それなら術式の容量もそこまで大きくは取らないんじゃないかしら?」


「ふむ、確かに……よかろう、試してみる価値はあるな」






 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★






 それはマツリの考案したユートの変形大剣の奥の手。裏式と命名された形状。黒騎士ではなくユート自身が扱う為に編み出されたものだった。

 囮となっていた黒騎士が持っていた大槌は、他のゴーレム兵と同じ周辺の鉱物から作成された即席の武器だったようだ。

 全ての変形パターンに小型の形状と鎧になる術式が組み込まれ、ユートが扱う時にのみその形状となる、変形大剣の裏の姿だ。


 勿論ユートが変形武器を使用したところで黒騎士が戦った際の実力には遠く及ばない。

 一応は気功術の心得はあるし身体能力も決して低くはないので一介の戦士並に戦えはするが、やはり丹精込めて作成されたゴーレムである黒騎士には能力は及ばないし、近接戦闘の技術もゴーレムの操作技術である為に自ら戦う場合とは勝手が違う。故に普段はユート自身が戦うのは非常に非効率なのだ。


 それでもこの形態を採用したのは、やはりマツリに教えられたあらゆる事態を想定してのことだ。戦略の幅も広がったのも事実だが、それを踏まえても裏形態に変形させてユート自身が近接戦闘を行う機会は稀だろう、というのがユートとマツリ両人の共通認識だった。


 しかし今、ユートはその裏形態を用いて自ら戦場に立っていた。しかもその思惑は、『あえて』だ。


 普通に戦場に復帰するだけならば、今まで通り黒騎士に乗り込んだまま戦っても何ら問題はなかった。

 無論その場合は今のような無謀な戦い方はさせずに堅実に攻めていただろう。そして黒騎士で戦っても勝算はあった。


 それでもあえて分離して自ら赴いたのは、成功した奇襲の作戦も視野に入れていたが、それ以上に大きな理由は、自身の決意を表明する為だった。


 黒騎士を通して、本当の戦場、死闘から距離がある場所から敵を倒すのではなく、自らの手で敵を倒す。それを実現させる事で、自身が本当の意味でこの世界で戦い続けるという決意を固める為だった。


 その為の奥の手。その為の裏形態。




 ーーユートの鎧に覆われた右手が握る、黒騎士が扱っていた時よりもふた回り以上も小型のチェーンソーが、起動を開始した。


 刀身に設置されている鎖に取り付けられた連なる刃が滑り回転を始め、その勢いは一気に加速する。

 ユートはその刃を、巨躯の元魔族の首に力一杯押し付けた。


「らぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 気合いを込めた掛け声が駆動音と削られる音に混じる。元魔族の頑強な皮膚に、高速で回転する無数の刃が何度も何度も当てられ、削られ砕かれ刃が押し進められて行く。


「グ、ガ、ァァァァア!!」


 堪らず元魔族は黒騎士に抑えつけられていない方の左腕をユートに伸ばす。掴み引き離そうとしての事だ。しかし、


「『防壁魔術プロテクション』!」


 その左腕をエリスの防壁魔術が阻んだ。ユートの身体を守るように展開された半透明の障壁が邪魔になり掴む事ができない。


「ガアアアアッ! グオォォォッ!!」


 元魔族は雄叫びをあげながら身体を出鱈目に揺するが、ユートは負けじと踏ん張りながら着実に刃を押し付け続ける。


 ……吹き出す鮮血に染まりながら、尚も刃を進め。


 遂に、ユートのチェーンソーが振り切られた。


 ぼとり、と、地に堕ちる元魔族の首。




「はぁ、はぁ、はぁ……」


 元魔族の身体は未だ直立したまま。その巨躯から降りて地に立ち、荒い息を整えながら。






「俺の……マキセ・ユートの勝ちだ」






 確かに、自らの名を名乗り宣言した。

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