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現実。

 巨躯の元魔族が斧と化した右手を振り上げ、雄叫びをあげながら我に迫る。しかし奴が我に到達するよりも早く、我の術式が発動した。

 此奴等の接近に気付いた時から既に準備を進めていた術式だ。故に戦闘の開始と同時に発動させる事ができた。その術式の内容は無論錬金魔術……新たなゴーレムの精製だ。


 奴と我の間の地面から出現した、土と岩から形作られたゴーレム兵。手にする武器はいつも通りの大槌。次々と現れた我が傀儡が巨躯の元魔族の行く手を阻む。

 ただゴーレム兵を戦闘に用いるならば既に作成されているゴーレム兵を使っても良かったが、周囲のバンダースナッチからの襲撃から討伐隊を守る分の数を減らすのも悪いと思ったのが新たに作り出した主な理由だ。我々の側のゴーレム兵は既に分断された当初の半数程にまで数を減らしているからな。

 それに奇襲性もあり戦術としては申し分ない一手であるはずだ。これで奴が怯めばその隙に我自身が手痛い一撃を与えてやろう。

 我の体内の残存魔力はまだある程度は残っている。流石に再度千体のゴーレムを作り出せる程ではないが、それでも戦闘に支障はない。身体能力で最も高い能力値が精神力だからな。魔力総量はエリスにも引けを取らん。


 さて、ゴーレム兵に進行を邪魔された元魔族は……すぐさま標的をそのうちの一体に定め斧を振り下ろした。その一撃を受けたゴーレム兵は真っ二つに割かれ砕かれてしまう。

 あのゴーレム兵は大地の力を宿した上質な傀儡であるはずが、まさかたったの一撃で倒されてしまうとは。その硬度はあのバンダースナッチの攻撃にもかなりの時間を耐えられる程の耐久力であるはずだというのに。

 奴の攻撃力は相当なものらしい。もし我自身、黒騎士があの一撃を直撃を受けては堪らんな。


 しかし、作り出されし我が傀儡はそれだけではない。他の数体のゴーレム兵が大槌を元魔族に向けて振り下ろす。脆い魔物ならば一撃で潰せる威力はある攻撃だ。

 だがしかし、案の定奴に対しては大したダメージにはならなかった。鈍色に変色し隆起した全身の筋肉は、バンダースナッチを彷彿とさせるかなりの硬度を有しているようだ。

 我はゴーレムの内の一体と感覚を共有し、その硬度を体感していた。故にその強度を把握する事ができた。直接相見えるよりも先に奴の実力を差し測っているのだ。成る程、これ程まで頑強な相手ならば、ここは三式か。


 元魔族は斧を横薙ぎに払い、一体のゴーレムの胴体にその刃をめり込ませながらもう一体のゴーレムまでも巻き込んで吹き飛ばした。巻き込まれた方はまだ損傷は酷くない。再び立ち上がらせてすぐに向かわせる。


 他のゴーレム兵は再度大槌で奴に攻撃を加える。例え大したダメージにはならないにせよ、無視できる攻撃ではないだろうからな。

 予想通り元魔族は鬱陶しそうに次のゴーレム兵に標準を定めた様子だ。フッ、我が術中にあるとも知らずに悶えおって。


 そうやってゴーレム兵に元魔族の相手をさせながら、我は悠々と次の手の準備をする。手に持つ大剣に魔力を込め、刻印されている術式のひとつを起動させる。

 大剣は形状を変え、刀身にあたる部分に鎖と無数の細かな刃が備えられた形になる。我が変形大剣の型がひとつ、三式……魔動鋸チェーンソーだ。

 かつて我はこの型で、超硬質な魔物、バンダースナッチを亡き者とした。頑丈な相手に対して最も効力を発揮する形状と言えよう。


 さらに我は、黒騎士の内部で新たな術式の作成を開始する。今度はゴーレムの精製とは異なる術式だ。

 本来術師が術式の作成を行っていると、魔力の流れを認識できる感知能力を有する者は即座に看破できる。大抵の魔物はそれが可能で、術師が戦場において敵の標的になりやすくリスキーとされる主な理由だ。

 しかし我の身体を覆い隠す最高傑作のゴーレム、黒騎士はその魔力の流れを外部に知覚させないブラインドの役割を果たす。我が如何なる魔術の準備を進めていようとも、周囲の者の目にはただ武器を構えているだけにしか映らないという訳だ。


 そうしている間にも、元魔族とゴーレム達との攻防は続く。ゴーレム達の大槌の一撃を全て受け止めながら、元魔族は一体一体、着実に右手の斧でゴーレム兵を砕いて行く。

 ひとつ、またひとつ。命がないが故に死を恐れず特攻するゴーレム達が容赦なく砕かれる。最早奴の進行を阻めるだけの数ではなくなっても尚、その攻防は続けられた。

 そして、最後の一体までも戦斧の餌食となり、元魔族は満を持して我に目を向けた。


 ……フッ、貴様にとってはようやく我と死会えると言ったところだろうが、残念だったな。もう勝負はついている。


「ーー大地よ、奴を捕えよ。『地裂束縛アースバインド』」


 我の呟きとともに、足元に魔法陣が展開される。ゴーレム達の時間稼ぎは成功しているのだ。

 従者を使役できるタイプの術師はこれが最大の強みと言えよう。主戦力となり得るしもべに敵の足止めを任せながら、次に仕掛ける術の準備を行う。相手が足止めを攻略できずパターンに入れば一方的な戦闘となるのだ。

 ようやくその事に気付いたらしい元魔族が我に突撃しようと一歩を踏み出したその瞬間、我が発動した魔術がその突撃を妨害した。地面の形状を変化させる地属性の錬金魔術だ。


 元魔族の身体が、がくん、と下がる。奴の足元にあった地面が窪み、消え失せている。そう、落とし穴だ。

 奴が重力に引かれその穴に落ちると同時に、作り出された落とし穴が即座に埋まって行く。さらにそれだけに留まらず、足掻く元魔族の両腕を形状を変化する岩で捕え束縛しながらだ。


 やがて元魔族は、胸から下を全て地中に埋められ、両腕も地面と一体化している大岩に捕えられた、完全に拘束された状態に成り果てた。


「オ、ァア、ォォオアァ……」


 唯一許された声を発するという行為で、元魔族は無念の叫びを轟かせる。フッ、呆気ないものよ。


「我の事を卑劣だと思うか? 否、これこそが貴様が望んだ我の全力の力なのだ。我が全力が、より強くなり蘇った貴様の実力を遥かに上回っていたというだけのこと……」


 我は血走った眼で見上げる元魔族に向けて語りながら、ゆっくりとその元に歩み寄る。


 実のところ、我は生前の此奴に剣技では敵わなかったので再び剣術で此奴に挑みたいという欲求もあったが、今の奴に生前の戦闘技術が残っているかどうかは怪しいと判断し、確実に勝利できる手を選んだ。剣士としてでなく、術者として戦うという選択だ。

 このスタイルが本来の我の取るべき戦闘スタイルであり、生前の此奴が我の本気を引き出させなかった事を嘆いていたのを記憶しているが故の判断だ。悪く思うなよ。此奴にそのような思考回路が残されているのかは甚だ疑問だが。


 ドルルルルル……我が変形大剣の三式に魔力が込められ、備え付けられた鎖が高速で回転を始める。後は奴の首をこの三式で断ち切るだけで終わる。


 しかし、本当に呆気ない幕切れだ。もし奴に冷静さが残っていたならば、我の思惑にも気付けていただろうに。蘇り生前以上の肉体を得たが、その代償故に敗北したとは、虚しい男よ。かつての貴様ならばもう少しまともな決闘となっていたであろうに。


 感慨にふけりながら、我の歩みは元魔族の目の前に到達する。此奴の前に対峙するは戦士に非ず、処刑人だ。これから始まるは、一方的な断罪也。


「終わりだ、獣に成り下がった哀れな男よ。せめて貴様のかつての誇りは、我が胸に刻んでやろう」


 我はかつての戦士に向けて最後の言葉を贈り、ゆっくりと魔動鋸を掲げた。さらばだ、獣に堕ちた戦士よ。






 ーー瞬間、奴の体内の魔力が膨れ上がった。


 その魔力は、奴の全身に一瞬にして廻り、その肉体に目に見える変化を齎した。


 ただでさえ生前以上に膨張していた全身の筋肉が、さらに瞬時に膨れ上がったのだ。


 そしてその変化は、此奴を束縛する地面や岩にまで及んだ。その膨張に耐えきれず、此奴の半身を埋める地面と両腕を固めている大岩に亀裂が走ったのだ。


 我が魔動鋸を振り下ろすよりも、反応するよりも速く、両腕を束縛する岩が砕けた。


 そして、岩を砕いた勢いをそのままに、我のーー黒騎士の胴体に横殴りに戦斧が直撃する。




 ーー見誤っていたのは、我のほうだったかッ!?




「ユートさん!?」


「なっ、ユート!?」


 元魔族の恐ろしい腕力で殴りつけられ、衝撃とともに吹き飛ばされる我の耳に、戦況を見守っていたエリスと、もう片方の元魔族と戦闘を繰り広げていたマサヤの驚愕に染まった声が届き……黒騎士の身体は、廃墟にまで飛ばされ突っ込んでようやく勢いが止まった。


 何という事だ。この黒騎士が……俺が、油断なんて。

 奴が強い事なんてわかりきっていたじゃないか。奥の手を隠し持っていても不思議じゃなかった。だと言うのに、完全に自分が格上だと決めつけて……失態だ。


 だが、失態はこれで最後だ。もう油断はしなーー。


 黒騎士を操作し、瓦礫を退かしながら立ち上がろうとした俺はある事に気付いた。光だ。

 黒騎士の内部に、光が射し込んできているのだ。

 普段、黒騎士の内部は外からは完全に遮断されている。視界なら黒騎士と感覚を共有する事で外の景色を確認できるので内部は暗闇に閉ざされていても問題なかったからだ。そのはずが、その内部に光が漏れてきているのだ。

 その光は、横一文字の形に、俺の真横から射し込んでいた。


 破損したのか!? 斧だ! 斧の刃が直撃していたんだ! すぐに修復を……。


 そこで、俺はさらなる異変に気付いた。

 左手に、何か、液体が滴っているのを感じたのだ。

 同時に気付く。左腕の感覚がおかしい。

 その異変に気付くのと同時に……左腕の二の腕あたりから激痛が感じられた。


 痛い。痛い。何だ? 何故? 斧。そうだ。あの攻撃の時、黒騎士の胴体を直撃した斧はどの深さまで到達していた? 決まっている。この痛みが答えだ。まさか、そんな、まさか。




 ーーユートはこの瞬間、自分がどんな世界に居るのかを、本当の意味で理解した。

 今までユートは、自分は黒騎士の中から、決して傷つかない安全な場所を通してでしかこの世界を見ていなかったのだと。

 黒騎士を演じ、己の強さに酔い、死闘とは名ばかりの遊戯ゲームに興じ……本当の意味でこの世界と向き合ってはいなかった事を思い知った。


 そう、この世界はゲームではない。傷つけば痛いし、命に関わる怪我をすれば死ぬ。そして自分を死に追いやろうとする存在が蔓延る、元居た世界とは比較にならない程危険な世界である事を、痛みを以ってして初めて文字通り痛感したのだ。


「あ……あ……」


 今まで見向きもしなかった現実を突きつけられたユートの心中に渦巻くのは、ただひたすらに思考を塗り潰す恐怖。






「ーーーー」


 ユートの悲痛な叫びは、


「ーーォオオオオァァァァア!!!!」


 元魔族の雄叫びにかき消された。

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