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マリオネット。

「いくらエリスお姉様の治癒能力があっても、頭部を破壊されても問題なく再生できるわけがないわ。治癒魔術は死者には働かないもの。人間が脳を破壊されて生きていられるはずがない。あの時あなたは間違いなく絶命していた」


 シオンの反論を遮って語られたマツリの言葉に、シオンは耳を疑った。何処を、破壊された、って?


 信じられずに思わずフラムさんに目を向けた。フラムさんもその時のシオンの状況を見ていたらしいのだから、マツリの言葉が真実なのか知っているはずだからだ。

 そのシオンの反応に対して、フラムさんは神妙な面持ちで頷いた。マツリの発言を肯定したのだ。


 つまり、あの時シオンは本当に頭部をあの棘に貫かれていた?

 にも関わらず、問題なくエリスの魔力によって修復されている……? いくらエリスの力とは言っても、そんな事が可能なのか?


 ……だが、シオンには心当たりがあった。死に至る程の身体の損傷の修復。それは今回が初めてではない。


「まあ、私は一応納得したけどね。前に言ったわよね。あなたは過去に一度命を落とした時に、エリスお姉様が魂を魔力で代用して復活させていると仮定した話。その仮定に信憑性が増したというだけの話だもの」


 言葉を無くしたシオンに、構わず自論を続けるマツリ。それは丁度シオンも思い至っていた、かつてシオンとエリスとの間に起きた出来事を彼女に教えた時に語られた、エリスの蘇生魔術の理屈についての事だ。


 シオンはエリスに蘇生された時に魂は失われたまま、エリスの魔力を代用として生かされているのではないかという仮定。今回の蘇生と呼べる程の肉体の損傷の修復も、既に魂までも魔力によって代用できる状態であるならば、理に適っているのではないか。


「フフッ、むしろこちらとしては喜ばしい事かもしれないわ。あなたの戦略的価値を見直す必要がある……あなたはエリスお姉様が修復できる限り、どんなに肉体を破壊されても復活できる高性能なゴーレム兵よ。ユートが作成するそれとは比較にならない程の、ね」


 そしてマツリは面白がるようにシオンの利便性を説明した。しかしその内容は一人の人間に対するものではなく、戦う為の道具としての価値だった。

 かつてマツリがシオンに対して下した評価が、確固たるものとなったように感じた。それは即ち、エリスの戦闘端末という扱いだ。




 自分は、エリスの道具。


 ゴーレムと同じ、本当の命を持たない存在。




 ……シオンは、人間ではない。






「あいたっ!?」


 突きつけられた事実が受け入れられず茫然としていたシオンだったが、突然のマツリの声で我に返った。見てみると、マツリは屈みながら後頭部を抑えていた。その背後には十字槍を持ち直しているフラムさんの姿が。

 ……えっと、フラムさんに叩かれたのか?


「何するのよいきなり!?」


「こちらの台詞です。貴女には人の心がないのですか……シオンさん、あまり思い詰めないで下さい」


 涙目で抗議するマツリを非難しながら、フラムさんはシオンを励まし始めた。


「貴方の身に何があったのかは聞きません。ですが、貴方は今、確かに自分の意思で此処に居ます。他の何者でもない、貴方の意思があります。それがある限り、貴方は間違いなく人間です。どうか、自分を見失わないで下さい」


 フラムさんが力強く励まし、シオンの存在を肯定してくれた。シオンにはゴーレムと違い、明確な意思がある。今シオンが思い悩み、思案している事こそが、シオンが人間である事を証明している。フラムさんに教えられ、その事を自覚する事で幾らかシオンは落ち着きを取り戻す事ができた。


「それだって生きていた頃の模倣をしているだけの可能性だって……や、待ってもう言わないから殴らないで」


 それでも何か語ろうとするマツリだったが、無言で十字槍を掲げるフラムさんを見て逃げ腰になって謝罪を始めた。強いなフラムさん。


「……てか、フラムさん、マツリの顔を見てるのに平気なんすか?」


 そんな二人の様子を眺めていて気付いたのだが、今のマツリは顔を隠してはいない。その為特殊なスキルを持たない人物に対してはイーヴィティア神の権能の能力が働きマツリを無条件に慕ってしまうはずなのだ。にも関わらず、何故フラムさんはこんなにもマツリに対して攻勢に出られるんだ?


「ああ、平気という訳ではありません。確かに以前から聞いていた通り、顔を見てからは彼女には抗い難い魅力を感じてしまっているのも事実です。ですが、それはそれ。間違った事を正す為でしたら自分の感情を抑制してでも行うべきです」


「ちょっと自制心が強すぎるんじゃないかしら? あなた、聖人か何か? 普段から禁欲的な生活でもしているの? 理論上は確かに可能だけどとても信じられないわよそんなの」


「……マジで強いなフラムさん」


 どうやらフラムさんは、スキルなどの恩恵は一切なく、自制心のみで真正面からマツリのイーヴィティア神の権能に抗えているらしい。マツリの能力が本物である事を知っているだけに信じられないが、本当にできてしまっているのだから驚きだ。


「それに……貴女の為人ひととなりを見定めると宣言しましたからね。結論をその能力に左右されたくはないでしょう?」


「……ええ、そうね。確かにそれだけの自制心があるなら……あなたになら全て任せられるわ」


 続くフラムさんの言葉は、討伐に出発する前の、リインドの街でのマツリとのやりとりの事だろう。この戦いを終えた後、マツリの罪についての処遇をフラムさんに一任していた。もしかしたらフラムさんがマツリの能力に抗えているのは、その責任感も理由のひとつなのかもしれない。


「……ありがとうございます、フラムさん」


 シオンは話を戻して、フラムさんに感謝の言葉を述べた。勿論、シオンの体質に関する考え方についてに対してだ。


「いえ、どういたしまして。あまり思い詰めないで下さいね」


「もう大丈夫っす。それに、確かにマツリの言う通り、考え方によっては悪くないかもしれないっすから」


「……え?」


 シオンは自分の体質を改めて考え直し、マツリの言う戦略的価値を見出した。どんな怪我を負っても命の心配はないのなら、他の者にはできないような無茶も通る機会があるかもしれない。

 それに、エリスの扱う疲労回復の魔術に関しても、確か複数回の使用ができない理由は肉体的負担に関する問題だったが、シオンの体質ならばその負担も無視できるのではないか? 他にもあらゆる面で今までの常識を覆す恩恵があるかも……。


「え、えっと、シオン?」


 そうして自身の体質を考察するシオンだったが、そんなシオンにマツリがおずおずと話しかけてきた。


「あの、私が言うのも何だけど、無謀な真似はしないでよね? あなたの身に何かあったら……そう、お姉様! エリスお姉様が心配するでしょ? ただでさえ普段からあなたの事を気にかけているんだから……」


 何を言うのかと思えば、意外にもシオンを気遣う言葉をかけてきた。エリスを理由に取り繕っているが、明らかに今思いついた言い訳らしく、マツリ自身がシオンを心配しているという事はシオンにも伝わってきた。

 思ってもみなかったマツリの発言に目を丸くしたシオンとフラムさんは、一度互いに目を合わせ、


「……ぷっ」


「ふふふっ」


 思わず吹き出してしまった。


「な、何よ!? 何で笑うのよ!?」


「いや、お前にもそんな気遣いができるんだなって……」


「成る程、普段は悪ぶってるだけなのですね」


「はぁ!? 何よそれ! 聞き捨てならないわ! 訂正なさい!」


「どっちに対してだよ」


「二人ともよ!」


 憤慨するマツリを尻目に、シオンとフラムさんは隊列を整えているアユミ達の元へと歩き出した。納得できていない様子のマツリも仕方なしにそれに続く。


 隊が整い次第、進軍が再開される。戦況は待ってはくれない。思い悩んでいる暇などないのだ。

 ならば今は、少しでも戦闘において利点となる事柄を見出し進むしかない。自分の存在意義を悩むのは後回しだ。




 ……例え自分という存在が、エリスの都合の良いようにしか動かない操り人形でしかないとしても。

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