決着。
打ち下ろされ解き放たれた光の魔力の塊は、極大な柱となって少女の魔物の身体全身を呑み込み、轟音と目映い閃光とともに大地に叩きつけられ揺るがした。
それはまさしく、神の手により振り下ろされし鉄槌の如く、だ。
それは魔物の断末魔すらも残さず……やがてその光の柱が集束した後に残されていたのは、地面に空いた大穴のみ。攻撃を受けた魔物は血肉どころか、骨すら微塵に砕かれ消滅していた。恐ろしい威力の魔術だ。
光属性魔術最上級攻撃呪文。直前にマツリが呟いていた言葉が本当ならばその桁外れの威力も納得だ。魔術方面により秀でているはずのトモエですらそんな魔術は使っていなかったと思うが。これも精霊をその身に憑依している恩恵なのだろう。
ともかく、これで本当にマツリと縁が深かった魔族の少女との因縁もようやく決着がついたというわけだ。本人が望んだ形とは言えないかもしれないが。
「お疲れ様、だな。それから……」
宙に浮く彼女の元に歩み寄り、見上げながら労いの言葉をかけるシオン。だが、続く言葉は見下ろして来るマツリから目を逸らしながら、
「その、他の人が近くに居る時はすぐに降りてくるほうがいいぞ」
「え? …………っ!?!?」
シオンの言わんとしている事を理解したマツリが顔を真っ赤にしながら慌てて股を抑えた。
今マツリが身に纏っているヴァルキリーの光の鎧は、下半身の部分はスカートのような形をしている。しかも丈は短めの。つまり何が言いたいのかと言うと。
近くで下から見上げると、見えてしまうのだ。何もはいてない彼女の……
「えっち! 変態! サイテー! ユートより酷いわ!!」
「悪かったって。好きで見たわけじゃ……でもあいつより酷いってのは納得いかねー!」
不可抗力とはいえ見てしまったシオンに罵詈雑言を浴びせるマツリ。渋々謝るものの、あのデバガメと一緒にはされたくない。くそう、一応親切心から教えてやったのに。
「はぁ、もう……でも、まだよ」
未だ頬は少し赤いが、気持ちを切り替えたらしいマツリ。その視線は、シオンの後方。今も戦闘を繰り広げているクートさん達の方角に注がれていた。
「加勢してくるわ。さっさと終わらせるわよ」
シオンにそう言い残し姿を消すマツリ。高速でクートさん達の戦場に向かって行ったようだ。
何処に行ったのか探してみるとすぐに見つけた。とんでもない数の攻撃魔法を打ち続けながら自らの周囲に防壁を展開している魔物の、上空。そこに煌めく翼を広げたマツリの姿があった。
マツリが掲げた剣の先には、先程少女の魔物に対して放った最上級攻撃呪文とおそらく同じだと思われる光の球体が出現していた。新たにその術式を構築したにしては早すぎる。
過去にトモエが驚愕していた、術式の転用とかいう技術による再行使なのだろう。
クートさん達との攻防を続けている上半身のみの魔物の真上から、膨れ上がった光の魔力の鉄槌が振り下ろされる。
「『神罰の鉄槌』!!」
そしてその光の柱は、魔物に対して不意打ち気味に迫るも、魔物も即座に攻撃に気付き上方に魔力の障壁を展開した。だが、
「ぐっ!?」
その障壁はすぐに砕かれそうになり、魔物は慌てた様子で障壁をより強固なものに強化し始めた。それによってどうにかマツリからの攻撃と均衡する事に成功する。
あの威力の攻撃を受け止められるとは、クートさん達と互角に渡り合っていただけありとんでもない魔物だ。
だが、
「隙あり、ですね!」
「フッ、このチャンス、逃す手はない!」
魔物が全力でマツリからの攻撃を受け止める障壁を作り出すのと同時に、周囲への攻撃や上方以外の方向の障壁が止んでいたのだ。それを見て好機とばかりにクートさんとトモエが仕掛ける。
「聖剣よ、我が眼前に立ち塞がりし邪鬼を滅せ!」
「『威力増幅呪文』……『断罪十字』!!」
手に持つ聖剣に魔力を込め、『輝剣』の異名に由来する輝く光を剣に宿らせ魔物に接近するクートさん。
複数種類の魔術を組み合わせ、強力な攻撃魔術の術式を完成させて放つトモエ。
二人の攻撃が、側面から魔物を襲う。
魔物が展開している障壁は今、マツリの攻撃を受け止める為に上方に向けて全力で作成されている。それはつまり、他の方角からの攻撃に対しては対応できないという事だ。
「ギッ……」
二人の攻撃をその身に受け、苦悶の声を漏らす魔物。同時に、展開していた障壁が揺らいだ。
マツリの放つ最上級攻撃魔術を受け止め続けていた障壁は、それを最後に一気に破壊された。夥しい量の光の奔流が魔物の全身を包み込む。
「ガッ、アァァァァア!! クート! クートォォォォオ!!!!」
魔物の最後の断末魔は、やはりクートさんに向けられた怨嗟の叫びだった。そのまま魔物は光の鉄槌に呑み込まれ、地面に叩きつけられ崩壊して行く。
光の柱が収縮し消えた頃には、少女の魔物と同様、魔物の姿は影も形も残っていなかった。ようやく、魔物化した魔族達を完全に消滅させられた。
「はー、凄いねマツリちゃん。また想像を超える強さだったよ」
最初に声を出したのは……いつの間にかシオンの隣に立っていたアユミだった。思わず驚いて飛び退いてしまうシオン。びっくりさせるなよ。
「あ、アユミ、戻ってたのか」
「ん、まあね。こっちも丁度決着がついたみたいだね。結構被害が出ちゃってるみたいだけど……」
アユミが周囲を見回しながら呟いた。アユミの言う通り、少女の魔物にかなりの数の冒険者達が殺されてしまった。恐らく分断された当初からさらに半数近くにまで減ってしまっているだろう。
「ずいぶん手こずっていたのね。あなたがもう少し早く戻って来てくれていたら良かったのだけど」
翼をはためかせながらシオンとアユミの側に舞い降りたマツリがアユミに話しかけてきた。今回は先程の失態から学んでスカート状の鎧を片手で抑え、見えないように隠しながら。
「実はボクも結構手酷くやられちゃってね。エリスちゃんに治癒して貰いに行ってたの。情報交換も兼ねてね」
それに対して直前までの自身の行動を伝えるアユミ。彼女までもそこまで苦戦していたのは予想外だ。どんな相手であろうと問答無用で勝ててしまうような能力だと思っていただけに。
「ともかく無事で何よりだ。さて皆の者、隊を整えて再び進軍としようではないか」
三人の元に歩み寄ってトモエが次の行動を促す。アユミもそれに頷いて二人で討伐隊へと指示を送り始めた。
「いやはや、本当に凄いねマツリさん。僕も君達神の権能持ちには引けを取らないくらいの強さを自負していたつもりだったけど、君には敵いそうにないよ」
トモエに続いて近づいて来たクートさんがマツリを絶賛する。彼の言葉が本当なのだとしたら、マツリはトップクラスの冒険者を超える実力の持ち主であるという事になる。彼の謙遜かもしれないが。
「その状態は……精霊を自らの身体に宿らせているんだよね? どれくらい持つのかな?」
「持続性自体は結構あるわ。終わった後の反動がキツいだけで。少なくとも向こう側の隊と合流できるまでは戦えるはずよ」
憑依召喚を維持できる時間について尋ねたクートさんの質問に対するマツリの返答に、シオンも内心驚いた。どんだけ万能なんだ憑依召喚。
流石はマツリが「召喚魔術の到達点」と豪語していただけの事はあるという訳か。マツリ本人としては反動以上に服の有無が大問題なのだろうが。
クートさんはマツリの返答を聞いて満足したらしく、アユミ達討伐隊の元へと向かって行った。
さて、そんなやりとりをしているシオン達だったが、その三人の元にクートさんと入れ替わりに近付いて来る人物がいた。フラムさんだ。
戦闘中の彼女は魔物に毒を与えられてしまった冒険者の治癒に奔放していたが、彼女はその冒険者達を救う事ができたのだろうか?
「フラムさんもお疲れ様っす。あの毒の治癒はできたんすか?」
「お疲れ様です……三人が限度で、それ以外の方は間に合いませんでした。力及ばず……もしこの場に居たのが私でなくてエリスさんでしたら多少は違う結果になっていたかもしれませんのに……」
シオンから話しかけたものの、フラムさんの反応は芳しくなかった。シオン自身、ここにエリスが居たらと思ってしまう時があったが、それでもここに居る皆ができる事を全力で取り組んでいる。フラムさんに非があるわけではない。励ます言葉を頭の中で選ぶシオンだったが、その前にフラムさんから違う話題を投げられた。
「それはそうと、シオンさんは大丈夫なのですか? 先程の……」
「え? ……ああ、棘に突き刺された時っすか? 見ての通りっすよ。エリスから受け取っていた魔力が勝手に傷を治してくれたんす。正直これがないとあんな無謀な真似はできないっすよ」
フラムさんがシオンの身を案じている理由は、戦闘の最中にシオンが受けた魔物からの不意打ちの怪我の事だろう。
幾つかの棘が胴体をも貫いていたので、普通に考えれば致命傷だったはずなのだ。少なくとも戦闘続行は不可能な怪我だった事は確かだ。にも関わらず平気で動いているシオンの姿を見ては混乱してしまうのも無理からぬ事かもしれない。
「エリスさんの……ですが、あの時の攻撃は……」
「ああ、そうだったわ。私もその事についてあなたに言いたい事があったのよ」
シオンの返答を聞き口ごもってしまうフラムさんだったが、側で聞いていたマツリが会話に参加してきた。
「シオン、あなたは気付いていないみたいだけど、あの時のあなたの肉体の再生は明らかに異常だったわ」
そしてその時のシオンの様子を指摘してくるマツリ。異常、と言われてもシオンには何の事だか見当がつかない。
「異常、って、さっき言った通り凄いのはエリスの魔力であって……」
反論しようとしたシオンだが、それを遮るように突きつけられたマツリの発言に、言葉を無くしてしまった。
「あの時あなたは、頭部を貫かれていたわ……あなたは、間違いなく死んでいたわ」