戦場は踊る。
「お……おのれ、おのれ輝剣のクート……!!」
血溜まりの中で忌々しげに呻き声を上げる魔族の男、モーリョ。彼は先程、単身でバンダースナッチの群れを相手に大立ち回りを演じていた討伐隊の一人、クートに挑み、敗北したのだ。
モーリョ含む魔族二人と、強力な騎士の魔物4枚という、かなりの戦力を投与して挑んだにもかかわらず、だ。それだけの戦力を割くに値する相手だと判断したが、それでも尚輝剣のクートには及ばなかった。
モーリョ以外に立ち向かった者は既に息絶えている。モーリョだけがまだ生きている理由は、クートが彼にとどめを刺す手間よりも問題が発生している討伐隊の元に帰還する事を優先したからだ。
モーリョは生きてこそいるが、腹を裂かれ辛うじて上半身と下半身が繋がっている程度という重症だ。魔族特有の生命力が命を繋ぎとめてこそいるが、戦闘の続行は不可能。それどころか、このままでは事切れるのも時間の問題だ。故に放っておいても問題ないと判断されたのだろう。
……屈辱だ!!
「おのれ……おのれクート! これで終わったと思うなよ……絶対に生き延びて……この手で貴様を殺してやる……!!」
Aランク冒険者である輝剣のクートは、過去にも幾度となく魔族達と交戦し、数多くの同胞を屠ってきた、言わば宿敵と呼べる存在なのだ。
たかが人族の下等生物の分際で、たまたま聖剣等という武器を手に入れた程度の事で、ここまで魔族をコケにされる等と。今回こそはその雪辱を晴らすはずだったというのに……!!
そもそも、ハクメがこちらの指示に従わずいきなり討伐隊に攻め込みに行ったのが間違いだったのだ。単純な戦力の増加だけでなく、ハクメならば輝剣のクートであろうと一撃を与えられたならそれだけで死に追いやる事ができたというのに。どうしてこうも上手く行かないのだ!
モーリョの怨嗟の念は止まる事を知らずに続けられる。しかし、仮に彼が思案した通りにハクメがクート討伐に参加していたとしても、クートの持つ聖剣が齎す所持者へのあらゆる事象からの耐性を上昇させる効果によって、ハクメの用いる猛毒も彼には効果はなかったのだが、そんな事はモーリョに知る由はない。この結末に変化はなかっただろう。
クートへの恨みを募らせるものの、身動きひとつ取れないモーリョ。そんな彼の側に、一切の気配もなく近づいて来る存在があった。
「ほお……我が駒をこうも容易く屠るとは……些か彼奴等を甘く見ていたやも知れぬ」
その存在が惨状を見回してぼそぼそと呟いた声で、ようやくモーリョも御方の接近に気付いた。
「お、御方……申し訳ございません……」
魔族が支えるべき主君。魔を創造せし神の最後の忘れ形見。魔の神の力を受け継いだ唯一にして至高の存在。その御方がわざわざその手自ら御造りになられた強力な魔物を携えておきながら、この失態を目の当たりにさせてしまうとは。
モーリョは起き上がる事ができないながらも、せめてもの謝罪を、と口にした。
「貴様等に期待していなかった……と、言う程ではなかったが、此処まで一方的に敗しようとも思わなんだ。此度の神の使徒は我の想像を超えていると見える」
しかしモーリョの謝罪の言葉を軽く流し思案する御方。魔族達は、最初からあてにしてはいなかった。御方自ら告げられた事実がモーリョの心に突き刺さる。その上、モーリョ達は御方が敵と見做している神の使徒、神の権能を持つ者達と戦ったわけでもないのだ。これでは死んでも死に切れない。
御方より告げられた事実に、やるせない気持ちで涙を流すモーリョ。そんな彼の耳元に、御方が首を近付けてきた。
「……其方は、満足しては居らぬのだな?」
紡がれる、悪魔の囁き。
「……当然に御座います。この身体が再び動くならば、何を置いても奴等の命を奪いたい所存……!!」
その囁きに、ありったけの感情を込めて応えるモーリョ。
「左様か。なれば其方は、其の身を獣に変えてでも其の言葉に付き従う覚悟は有りや?」
続く御方の囁きに、御方が自分に何をしようとしているのかを察した。
……望むところ。これ以上にない僥倖!
「無論に御座います。奴等を皆殺しにできるならば!」
「ーー良くぞ言った。成れば其方は、我が権能の力を授かるに足る獣よ。さあ、とくと吼えるが善い」
モーリョの返答を聞き入れた御方の祝福の言葉とともに、頭部に激痛が走る。
「お……ご……が、あ……」
痛みが頭から首に、肩に、全身に巡り、自分の中のナニカが形を変えていく。
やがてモーリョの姿は変貌を遂げた。頭部は頭蓋が割れ膨張した脳が剥き出しになり、腹から下は背骨が垂れ下がるだけの上半身のみの悍ましい姿。
溢れ出す魔力を使い浮遊を始めたその異形は、血走った眼でぎょろぎょろと周囲を見回し、雄叫びをあげる。
「ヲヲヲヲヲ! コロス! コロシテヤルゾキケンノクートォォォォオ!!」
見るも無惨な異形の魔物へと姿を変えたモーリョだった魔族は、真っ直ぐに討伐隊がいるであろう方向へと進み始める。
魔族としての誇りも、今後の生も全てを投げ打って力を手に入れた獣が解き放たれた。
「ふむ……まずまずの出来よ。さて……他にも眷属の遺骸が在るな?」
空中を漂い離れ行くモーリョだった魔物を見送り、御方と呼ばれた異形の竜は、近くに横たわるもう一人の魔族の遺体に目を向けた。
クートに倒されたミュコシという名の魔族。そして、遠く離れた位置で倒れている、ハクメの遺体にも御方は気付いていた。
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「んな話、聞けるわけねーだろ!」
迫り来る六体の騎士の魔物を前に、突如イサミが構える皆の前に出て、ある提案をした。しかしそれは耳を疑うものだった。
「お前一人に任せられっか!」
マサヤがその提案に文句を言う。当然だろう。明らかに今まで相手をしてきたバンダースナッチよりも強力な魔物を、それも六体も現れたというのに、イサミは自分一人でこの魔物達の相手をすると言い出したのだ。
「無謀だ等と言うつもりはないが、仮に貴様一人で此奴等全て倒したとして、貴様の疲労は相当なものになるはずだ。今後の進軍に支障が出てしまう。気持ちはわからんでもないが、そのような提案に頷くわけにはいかんな」
感情に任せて否定するマサヤとは異なり、ユートは正論で問題点を指摘し否定した。イサミ単独で本当に勝てるかどうか以上に、現時点で主戦力である者の中のうちの一人だけに負担をかけさせる段階ではない。戦略的な面でも許容できる提案ではなかった。
しかしイサミは、否定する皆に対してさらに続ける。
「攻めて来る敵がこいつらだけとは限らない」
イサミの新たな指摘に、皆が思わず押し黙る。
「多方向から新たな戦力で攻めて来ている可能性もある。こいつらに気を取られてこちら側の戦力を集中させた時に、戦力の薄い箇所から攻められたら大きな被害が出る。俺達四人全員が連中の相手をするのはまずい」
皆はイサミが自分の元仲間である騎士の魔物を前にして冷静な判断力を失ってしまっているのではないかと疑っていたが、当の本人は誰よりも冷静だった。敵側の思惑を予測した上でその対処が可能な動きを皆にさせようとしていたのだ。
「でしたら、私もここに残ります。マサヤさんとユートさんで他の方角から新しい敵が来ないか見張っていて下さい」
頷いたエリスは二人にその対処を促した。聖術師であるエリスが残るなら、イサミ単独で目の前の六体の魔物を相手にしても滅多な事は起こらないだろう。妥協点としては良いところか。
二人はそれぞれ、「無理すんじゃねーぞ」「我の事は黒騎士と呼べ」と返事をし、渋々ながらも討伐隊に戻って行った。
「手出しは無用だ」
「場合によります」
武器を構えながら注意するイサミに、エリスもまた引かずに返答する。もしイサミが危機に陥ったならば、すぐにでも補助をするつもりだろう。
……手を借りるわけにはいかない。俺の手で葬ってやらなければならない。
イサミは決意を胸に、かつての仲間である騎士達に剣を向ける。
仲間達の……バネッサの、騎士としての誇りを取り戻す為に。
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「たっくよー、大丈夫なのかよあいつ。本当に他の敵が攻めて来るのかもわかんねーだろ」
進軍を止めている討伐隊に戻り、未だ不満を残している様子のマサヤが我に愚痴をこぼしてきた。というか、馴れ馴れしいぞ貴様。我が心を許しているのはマツリだけだ。
「奴が語った可能性を捨てきれぬ以上、我等は備えておくしかあるまい」
淡々と返事を返す我に、一際大きな溜め息をつくマサヤ。気持ちはわからんでもないがな。そろそろバンダースナッチ以外の相手もしたい頃合いだというのは我も同じだ。
と、そのような雑談をしていると早速変化が訪れた。我が傀儡たるゴーレム兵が倒されたのを知覚したのだ。場所は騎士の魔物が出現した方角とは異なる地点の、二箇所でだ。
「来たようだ。あちらとあちらのゴーレム兵が破壊された。バンダースナッチ以外の敵だろう」
我はその事をマサヤに伝える。するとマサヤは「よっし!」と掛け声とともに両頬をぱしん、と叩き気合いを入れた。
「じゃあ俺はあっちの奴を相手するぜ! もう片方は任せた!」
そして言うやいなや、返事も待たずに指し示した方角に駆け出した。やれやれ、何かをしていないと落ち着けない性な奴め。
我も新手が現れた方角へと足を向ける。先んじてその場所に居るゴーレムの視界を共有し敵の姿を確認してみると……漆黒のフードにローブを身に纏った、黒尽くめの人型。どうやら敵は魔族のようだ。
ついでにマサヤが向かった場所の新手も確認したが、そちらも魔族らしい。但し、我の向かう先に居る魔族とは違い女性の魔族のようだ。フン、くじ運の良い奴め。
駆け足で進み辿り着いたその場所で、其奴はバンダースナッチの群れに混じって我が傀儡を叩き潰しているところだった。中々やるではないか。褒めてやりたいところだがこれ以上我が傀儡の数を減らされても困る。我はゴーレム兵達に指示を送りその魔族の男から離れさせた。
「…………」
無骨な巨斧を携えた、我、黒騎士に迫る程の巨躯。黒尽くめの大男の魔族は、無言で我に顔を向けた。
フッ、成る程、此奴は言葉でなく武で語る無骨者か。面白い、我好みな相手だ。
我もまた多くは語らず、背負う大剣を手に構える。呼応するように大男の魔族も巨斧を構えた。
ーー互いに求め合うように、両者が駆け出し詰め寄り、一気に接近し肉薄する。
ぶつかり合う、大剣と巨斧。
響く轟音、空気を揺らす衝撃、交差する殺意と殺意。
ーーさあ、死合おうか!!




