悲痛な再会。そして、凶刃。
「……何か来たな」
先に気付いたのはイサミだった。
我々討伐隊はエリスの提案で、次元の壁を隔てて分断された我が君含む仲間達と合流すべく、バンダースナッチの群れを蹴散らしながら隊全体で移動していた。
エリスのその提案は戦略面を鑑みての発言よりもシオンと離れ離れにされたままが嫌だという感情的な理由である事は直前まである種の暴走状態だった彼女の行動からみて明らかだが、それ以外に良い手もないので反対意見は特になく行動を開始した。我にとっても一刻も早くマツリと合流したいので断る理由もない。
連中からの攻撃を防ぐ盾の役割を与えられた我が秘術によって生み出されし傀儡達の被害も少しずつ発生しているが、まだまだ想定内の消耗だ。
気がかりとしては、向こう側のゴーレム兵の状況を認識できないという点か。無論我が傀儡は我の指示がなくとも作成時にインプットされた命令、即ち討伐隊以外の存在の排除という目的を最低限遂行する事ができるうえ、あちらには前もってもしもの時の為ににゴーレム兵への指示の仕方を教えてあるトモエがいるので問題はないと思いたいが。この壁が空間のみならず魔術による情報伝達までも遮断できるのは予想外だった。
そして何より、我が君マツリと分断された事だ。おのれシオンめ、誰の許可を得て我が君を抱こう等と! 次に会ったらただでは済まさんぞ!
そんな現状だが、どうやら変化が生じたらしい。現在の討伐隊の中で最も感知能力に優れているイサミが矢を射る手を止めぬままその事を報告した。
「バンダースナッチ以外の魔物ですか?」
「ああ、魔族ではない。あの方角から近付いて来る。数は六体だ」
「へっ、ちょうど同じ奴相手に飽き飽きしてたところだぜ!」
聞き返したエリスに詳細を語るイサミ。威勢良く吠える狂犬マサヤは放っておくか。
我も感知能力にはそこそこ自信があったが、イサミやシオンのように複数の相手の細かな違いまでも読み取る事はできない。ふん、しかし所詮は長所のひとつ程度という話よ。我には我にしかできない芸当が数多くある。だから勝ったと思うなよシオンめ!
感知能力では劣るが、我が秘術を持ってすれば単純な感知能力では知り得ない情報を得る事など容易い。我は早速イサミが指し示した方向のあたりに居る我が傀儡の視界を観る事にした。
切り替わった視界では……成る程、確かに今までの魔物とは異なる存在が近づいて来ているのか確認できる。
だが、しかし、こいつらは……。
「アンデッドのようだ。イサミ、お前が着ていた鎧と同じものを身に付けている」
「……何?」
ゴーレム兵を通して目にした敵の外見は、伝えた通り出会ったばかりの頃のイサミの鎧姿と酷似していた。つまりあのアンデッド達は、ここ、サーグラ国の騎士の成れの果てという事だ。
我の報告を聞いたイサミは、普段は滅多に崩さない仏頂面を驚愕の色に染めた。そしてすぐに、その騎士の魔物の方角に向かって駆け出した。
「ちょっ、イサミさん!?」
「なんか胸糞悪い展開になってきやがったな」
イサミを追って走り出すエリスとマサヤ。我も当然それに続く。マサヤが呟いた通り、これから起こるであろう展開は間違いなく気分の悪くなるものだろう。そんな確信めいた予感が過った。
立ち止まっているイサミに追いついた時、丁度件の騎士の魔物達が我が傀儡達を倒している所だった。バンダースナッチを相手にしても十分に耐え得る我が傀儡をこうも容易く葬るとは、やはり相応の強さはあるらしい。
騎士の魔物達は、ただのアンデッド系の魔物というわけではなさそうだ。
肉体はあまり腐蝕が進んではおらず、青白くこそあるが普通のアンデッド系の魔物よりは生者に近い肌色をしている。が、その肌の至るところが鈍色に隆起し発達している。まるで中途半端にバンダースナッチに変身してしまっているかのような印象だ。
その騎士の魔物の先頭に立つのは、女性の姿をしていた。虚ろな表情で剣を構える。その剣を持つ手は、胸元から肩、腕にかけて広範囲にバンダースナッチ化、とでも言うべきか、異形の発達を遂げていた。
なんと無残な姿か。殺されて国を潰された挙げ句、遺体すら安らかなる眠りにつくのを許されず異形の姿に変えられ利用される……あまりにも悍ましい、罪深き所業。
そしてそのような仕打ちを受けているのが、イサミの元の仲間である騎士達……。これほどまでに酷い仕打ちがあるか?
「あの、イサミさん……」
その光景を目の当たりにして立ち尽くすイサミに、恐る恐る声をかけるエリス。しかしイサミはその呼び声に反応する素振りはなく、代わりに、
「……バネッサ……」
恐らくは、目の前の変わり果てたかつての仲間の名を口にした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「全く……わざわざ御方から承った転移の技法と魔物を、無策に等しい使い方をするなんて」
戦場となっている場所から距離を置いた位置にある、廃墟と化した建造物に身を隠している三人の魔族。声を荒げているのは、その三人の中で唯一の女性の魔族、クロク。憤慨している理由は、老獪な魔族の提案の通りに手持ち全ての強力な魔物を戦場に送り出した事だ。
「お前も見たであろう、連中の中には類い稀な感知能力を有する者が居る。下手に策を講じるだけ無意味よ。我々が近付くだけで連中は察するだろうよ」
年老いた魔族、メラベの言い分は尤もだ。戦いが始まる前に魔族達が様子見をしていた時、こちらの動向を把握しているかのように精確で強烈な威力の矢を放ってきた者が居た。恐らく話に聞く神々の権能を持つ者だろう。本当に厄介な連中を相手にしてしまったものだ。
とはいえ、それでもせっかく魔族達が崇める御方より頂いた、魔物を召喚できる転移の術式を無駄にする選択を取る事もないだろうに。クロクは深い溜め息をついた。
バンダースナッチを凌駕する強力な騎士の魔物は全部で十二体。六人いた魔族はそれぞれ二体ずつその騎士の魔物を召喚できるように御方から転移の術式を与えられていた。奇襲にはもってこいの技術だったのだが、メラベからの強い提案で無下に終わったのだ。それは、六体の騎士の魔物全てを何の捻りもなく戦場に出す事。絶対により良い活用法があっただろうに。本当に勿体ない。
「そんな顔をするな。それよりも、連中に近付くならば今が好機であろう」
憂鬱げなクロクを励ましながら、メラベはゆっくりと廃墟から出て歩き始めた。
「好機って、どういう事?」
「騎士の魔物六体を相手にするともなれば、実力のある者は全員その対応に迫られるだろう。その間に側面より我々が攻めて有象無象を駆逐し戦力を減らす。真っ当な作戦であろう?」
出陣する理由を説明するメラベ。確かに理には叶っている。強力な敵から倒せるならばそれに越した事はないが、敵そのものの数を減らす事も重要な事だ。全ての騎士の魔物を投入したのだから、それに見合う成果は得たいところだ。
しかし、
「言いたい事はわかったけど、本当に貴方は今言った通りに雑魚の駆逐に回るつもりなの?」
「何故俺がそんなつまらん事をせねばならん。それはお前達の役目だ」
案の定、戦闘狂のメラベは自ら語った作戦とは裏腹に、騎士の魔物の対応を迫られている実力者を相手にするつもりらしい。
こいつ、最初から実力者と殺りあいたいが為だけにこんな作戦を提案しやがったな。もうさっさとくたばれ老いぼれ。いやまてやっぱり実力者全員を倒してからくたばれ。
あまりにも自分勝手なメラベの後ろ姿を見送りながら頭を抱えるクロク。そんな彼女の側に居たもう一人の魔族、カカサもメラベに続いて動き出した。
「あんたは反対しないの?」
「…………」
「まあいいわ。もうなるようになれよ」
クロクの問いかけに無言で返すカカサ。魔族の中でも最も巨漢な大男だが、クロクは彼の声を聞いた事は一度もなかった。どんな時も無口のまま、与えられた仕事を淡々とこなす実力派、それがカカサだ。予想通り反論ひとつ口にせずメラベの策に従う彼にまたひとつ溜め息を零すクロク。
「はぁ、何でこんな連中と行動する事になっちゃったんだか……ハクメの弱音のほうが百倍マシよ」
愚痴を零しながらもクロクは、自身が愛用する武器、二刀のショーテルを両手に携え、騎士の魔物達が向かった位置とは異なる方角から討伐隊に奇襲を仕掛けるべく後に続いた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
決着は一瞬だった。二組の冒険者パーティーそれぞれが騎士の魔物一体ずつと交戦している中、空間転移によって瞬時にそのうち一体の魔物の側に出現したアユミは、得意の空間の層を作り出す時空間魔術で騎士の首を身体から切り離した。首を失いふらつき倒れる騎士の魔物を横目に、もう片方の騎士の魔物も同じように一瞬にして殺してみせた。
「はいお終い。みんなはまたバンダースナッチの処理を宜しくね。あの魔族は精霊達にどうにかして貰うからさ」
そして二体の騎士の魔物が崩れ落ちる中、突然の展開について行けず唖然とする冒険者達に悠々と指示を下すアユミ。うん、まあ、やっぱりこいつは飛び抜けてチートだ。
「おお……流石は神託の巫女様だ」
「これが『無刃』……本当に意味がわからないな」
「味方である限りは頼もしい事このうえない」
アユミの声で我に返った冒険者達はそれぞれ、一瞬にして強力な魔物を倒してみせたアユミを口々に称えながら言われた通りに戦場に戻って行った。
思わぬ事態が発生したが、アユミのおかげでこれ以上の被害は出ずにどうにかなりそうだ。
…………そう思った次の瞬間、違和感に気づいた。
何だ? 何か変だ。何がだ? 何が妙なんだ?
唐突に感じた違和感の正体を、持ち得る感知能力の全てを導入して探るシオン。この奇妙な違和感の正体は何なんだ? 早く見つけ出さなければ、大変な事になってしまう気がする……!
そうして周囲を探る中、遂にその違和感の正体を突き止めた。
ーーハクメだ!!
マツリが召喚したヴァルキリーと争っていたはずの魔族の少女の気配が、いつの間にか揺らいで察知しにくくなっている。ハクメはまだその場に居るにも関わらず、だ。その理由も直感的に察した。恐らく前にイサミがシオンとの模擬戦の時に披露して見せた、自身の気配を消す技術に近い事を行なっているのだ。
だが、何の為に? 今更隠密能力を発揮したところで、恐らく目の前のヴァルキリーにはすぐに対処されるに決まっている。一対一の戦闘の際に用いる技術としては、イサミのそれには遠く及ばない。せいぜいハクメ自身に気を取られていない相手にしか通じないはずだ。
ーーそれはつまり、ハクメに注目していない人物に奇襲を仕掛けようとしているからなのではないか?
ハクメの突然の行動とその真意を理解した瞬間、シオンはハクメと殆ど同時に駆け出していた。二人の行く先に居るのはーーアユミだ。
声をかけるのでは間に合わない。瞬時に発動させた融合気功術を用いて全速力で駈け出さなければ追いつかない。対してハクメは、目の前に対峙していたヴァルキリーから逃れる事に成功していた。恐らくヴァルキリーもアユミの登場に気を取られていたのだろう。その隙を突いての行動だ。
ハクメは、アユミの危険性を瞬時に理解し、優先して排除すべきだと判断したのだ。
危機の接近に気付かないアユミに迫るハクメの致死の刃。その間に間一髪のところで割って入る事に成功したシオン。猛毒が仕込まれた短剣を、漆黒の曲刀、雨鴉で弾いた。
……ハクメの持つ短剣のうちの、一本を。
シオンの乱入に驚きながらも、ハクメは即座に反撃を受けない距離まで後退した。急な事態に驚くアユミの声が背後から聞こえてくる。シオンが睨む先で魔族の少女ハクメは、
「……あはっ」
愉悦の笑みを、シオンに向けていた。
その理由も、シオンは気付いていた。
シオンの手首に、一筋の赤い線が走っていたのだ。
ーーシオンはハクメの致死性の猛毒が仕込まれた短剣の一太刀を、受けてしまっていた。




