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分かたれた二人。

「『断罪十字パニッシュメント』!!」


「エリスちゃん、だから駄目だって! その壁はどうやっても壊せないんだってば!」


 ボク達討伐隊に倒れてきた長大なワームの身体から出現した、空間を断絶する層の壁。ボクが頻繁に多用する時空間魔術と同じ仕組みであるが故、それがどれ程強力なものなのか理解できた。ジャバウォックめ、そう来たか。


 隊が分断されたのと同時に、周囲の廃墟から発生した時空間魔術の気配。案の定、数多くのバンダースナッチが出現してボク達に迫ってきた。

 隊は今、混乱の冷めやまぬ状況。そのうえメンバーがどのように分断されたのかも把握できていない現状だ。皆はユート君の操るゴーレムを盾にしてどうにか応戦しているけど、戦況はあまりよろしくない。


 そんな最中、危惧していた事態が発生してしまった。エリスちゃんだ。


「だって、シオン君はあっち側に居るんですよ!? 無理でもこじ開けます!」


「無理なものは無理なんだってば! お願いだから落ち着いて!」


 皆がバンダースナッチの対応に四苦八苦している中、エリスちゃんだけはそれに背を向け、ワームの巨体をよじ登って層の壁に攻撃を始めたのだ。その理由は今叫んだ通り、シオン君と離れ離れになってしまったから。


「シオン君は私のサポートが届かない場所に行っちゃ駄目なんです! 融合気功術だって使うに使えないじゃないですか! シオン君にもしもの事があったら……」


 エリスちゃんを落ち着かせようと説得を試みるも、彼女は壁への攻撃を止めようとしない。焦りと怒りを露わにしたその表情は見るに堪えないくらいに痛々しい。

 彼女の言う事も理解はできる。シオン君がボク達異界人に迫る実力が発揮できる融合気功術という技術は、持続性はあまり良くないうえに終了後は肉体的疲労から行動不能に陥ってしまう。しかしその疲労もエリスちゃんなら即座に回復させてあげられる。回数に限度があるらしいけど、敵軍を前に大きな隙を見せる事がなくなるのは確かなのでシオン君にとってエリスちゃんは欠かせない存在なのだ。

 そのシオン君が、エリスちゃんのサポートを受けられない場所に分断されてしまった。これはそのまま、シオン君が実力を発揮できる機会が失われた事を意味している。ここに来て人員の戦力減退は明らかな痛手だ。


 でも、今のエリスちゃんが心配している事はそんなものではないのは明らかだ。


 エリスちゃんはシオン君の事を深く愛していて、それ故に依存している。戦略的な面を度外視し、感情に任せてシオン君が自分の手に触れられない所に行ってしまった事に憤っている。この状況は以前から危惧していた、二人の共依存関係の欠点。それが今露わになってしまっている。

 エリスちゃんは普段はおちゃらけてこそいるけれども、判断力や洞察力は人一倍高いはずなのだ。それらが今完全に失われてしまっている。冷静な判断なんて皆無だ。愛は人をここまで狂わせてしまうんだね。ハハハ、笑えない。


「ああもうっ、先に謝っておくよ! ごめん!」


 ボクは仕方なく強引にエリスちゃんを落ち着かせる手段に出る事にした。肩を掴んで無理矢理ボクに顔を向けさせ、その頬にちょっと強めにビンタを叩きつけた。あ、予想以上にいい音鳴った。ホントごめん。


「痛っ……何するんですか!?」


「いい? 黙って聞いて。エリスちゃんが今やるべき事は何かよく考えて」


 怒りの矛先をボクに向けるエリスちゃんを黙らせて語る。


「シオン君がエリスちゃんのサポートを受けられない状況にあるのは、シオン君自身もよくわかっているはずだよ。あっち側にだって結構な戦力が行っているんだし、無茶な真似はしないはず。シオン君ならそれくらいの判断はできるはずでしょ? そんなにシオン君の事が信じられない?」


「でも! それでももしもの事があったら……」


「そんな事言い出したらキリがないでしょ。とにかく、今ボク達がやるべき事は、戦いながらこの壁の端に移動してできるだけ早く向こう側と合流する事。エリスちゃんは貴重な聖術師なんだから、その君がそんな調子じゃ困るんだよ。わかってる?」


 反論するエリスちゃんの言葉を遮り、彼女の現状のまずさを畳み掛けるように語って諭す。こちら側にいる討伐隊の中に居る聖術師は見た限りではエリスちゃんだけだ。彼女以外の唯一の聖術師であるフラムさんは向こう側に居るみたい。エリスちゃんはこちら側の立て直しの要なのだから、こんな所で我を忘れられては困る。お願いだからもっと冷静になってよホント。


「少しでも早くシオン君と合流するには、今は落ち着いて現状の打破を目指すしかないの。あっちとの意思疎通ならボクが転移して行けばどうにかなるから、まずは目的を遂行しよう。ね?」


 ボクの時空間魔術による空間転移なら、空間を断絶されていようと問題なく向こう側と行き来できる。情報の伝達はボクの役目になるだろう。連携の面では問題ない。シオン君の無事も確認してエリスちゃんに伝えられるし、滅多な事は起きない、と思う。


 ボクの必死の説得を聞き届けたエリスちゃんは、一度目を瞑り深呼吸をして、自分で自分の両頬をぱん、ぱんと叩いた。


「……わかりました。ごめんなさい、アユミさん。もう大丈夫です」


 そうして向き直ったエリスちゃんは……未だ不安は残っている様子だけど、ようやくボクの言葉を受け入れられたらしく頷いた。良かった。ひとまずは安心かな?


「ん。早速で悪いんだけど、エリスちゃんも戦場に向かってくれる? 極力サポートに徹して、傷ついた味方の治癒を優先してね」


 落ち着きを取り戻したエリスちゃんに指示を出す。彼女がやる気になれば戦況はこちら側の有利で安定してくれるに違いない。

 なんて言うか、エリスちゃんは能力面だけじゃなく、人柄って言うのかな? 人として強いって感じがする。エリスちゃんがいれば何とかなるって思わせてくれるような何かがある。彼女と過ごした期間はそれほど長くはないけど、彼女に対してはそんな印象を抱いている。安心感というか、そんな信頼が持てるというか……多分、物語の主人公っていうのは彼女みたいな人がなるんじゃないかな、なんて思ったりね。


「あの、アユミさん、ひとつお願いしていいですか?」


 そんなエリスちゃんが、戦場に赴く直前に振り返ってボクに頼み事をしてきた。何かな?


「アユミさんは連絡をする時以外は、シオン君の側に居てくれませんか? アユミさんが着いていてくれたら少しは安心できますので」


「……おっけ。それくらいなら任せてよ」


 それでもやっぱりシオン君に対しては過保護な点は目に余るかもしれないかなぁ。まあ、彼女の憂いを晴らす為にもここは了承しておくけど。


「ありがとうございます! それじゃあ、行ってきます!」


 ボクが頷いたのを確認し、ようやくエリスちゃんは戦場に向かう。まあ、多分エリスちゃんはもう大丈夫だよね。


 さて、向こう側に転移する前に、どんな風に戦力が分断されたのかを確認しなくちゃ。ボクはゴーレム兵を盾にして立ち回る戦場の討伐隊を見回した。


 こっち側に残っている異界人は、エリスちゃん、マサヤ君、イサミ君、ユート君の四人、ね。ボクがあっち側に行けばちょうど異界人組は半々に分かれる事になるのかな?

 というか、あっち側の異界人はトモエとマツリちゃんか。術師タイプが偏っちゃってるね。あんまり良い分断じゃないかな。あ、でもクートの奴はあっち側みたいだしある程度は補えるかな?

 クート以外の冒険者は、実力がどれ程のものなのかボク自身把握できていないから人数で戦力の偏りを確認しようかな? 冒険者の人数は、あっち側のほうに六割くらい偏っているみたい。エリスちゃん以外の唯一の聖術師であるフラムさんがあっち側に行っている点は幸いだね。逆に言えばフラムさんはできる限り守り抜かなきゃいけないけど。


 さて、確認も済んだし早速あっち側に移動しますか。頑張ってね、みんな。








 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★








「召喚……『ヴァルキリー』!」


 廃墟の合間から次々と出現し、不気味な鳴き声とともに迫り来るバンダースナッチ。分断される直前にマツリが考察していた通り、討伐隊が弱体化した瞬間に奴等が戦場に投与された。こんな事態、予想しろというのが無理な話だ。

 それでも討伐隊はトモエの指示の元、迅速に対応してくれた。予定していた通りにユートのゴーレム兵が前線でバンダースナッチの相手をし、隙を見て討伐隊が攻撃するという指針だ。戦力が半減している今、無茶な攻め方はできないので少しでも状況を安定させる事に努めなければ。


 そんな中でも活躍しているのは、トモエとクートさん、そしてマツリが召喚したサラマンダーだ。それぞれが着実にバンダースナッチを各個撃破してくれている。特にクートさんはバンダースナッチの大群の中に身を投じ、次々と切り捨てて駆け抜けている。近接戦はマサヤ並みだな、あれは。流石はトップクラスの冒険者だ。


 そして今、マツリの召喚魔術によって新たな戦力が呼び出された。何匹かのバンダースナッチはマツリの詠唱を目敏く察知して迫ろうとしていたが、ゴーレム兵とサラマンダーが悉くその行く手を阻み続けた事で妨害される事もなく、術式は問題なく完成した。

 目映い輝きに包まれながら、一対の洸翼を広げ、美しい鎧を身に纏った精霊が……戦乙女ヴァルキリーが姿を現した。


「召喚に応じ、馳せ参じたわ、私のマツリ……随分な混戦ね」


「ええ、早速だけど、あなたの力を貸して、レシオン」


「お安い御用よ。役割は貴女の防衛? それとも殲滅?」


「防衛を優先して。いつでも私の側に来れる範囲内で敵の殲滅を」


「了承したわ」


 召喚されたヴァルキリーはマツリの命令を聞き入れ、戦場に羽ばたいた。あのヴァルキリーも異界人に匹敵する強力な実力を有する存在だ。これで戦況はより安定してくれるはずだ。敵側から新たな戦力が投与されなければの話だが。

 問題を挙げるとするならば、二体の精霊を使役するマツリか。召喚した精霊の維持も馬鹿にならないという話だったはずだが。


「精霊はどれくらいの時間維持できるんだ? 無理はしないでくれよ」


「フフッ、まさかあなたから心配されるなんて思ってもいなかったわ」


 戦場を舞うヴァルキリーを眺めながら尋ねたシオンの質問に含み笑いを漏らすマツリ。心配は心配でも、戦力面での話だからな? 複数の精霊を使役したせいで長時間の維持ができなくなってしまった、なんて事態になったら今の状況だとまずいんだし。そこんところ勘違いすんなよ?


「二体までならそこそこ維持できるわ。上質な魔石も頂いている事だしね。緊急時に対応する為の余力を考慮しても、一時間以上は保てるわね」


 シオンの反応を楽しんでから、マツリはようやくどれだけ精霊を維持できるか答えてくれた。この性格の悪さはどうにかならないかなこいつ。

 さて、シオンは詠唱をしていたマツリの護衛が目的で彼女の側から離れないようにしていたが、それももう必要ない。自分も戦闘に参加するべきだろう。武器を構え直し歩き出そうとしたシオンだが、


「待って。まさかあなた、前線に出るつもり?」


「ん? 当然だろ。お前の護衛ならヴァルキリーに任せられるしな」


「馬鹿ねあなた。今の状況だとあなたは後衛から動いちゃ駄目よ」


 戦場に向かおうとしたシオンを引き止めるマツリ。何を言っているのだ。シオンには遠距離からの攻撃手段なんてないし、味方のサポートができる魔術もない。前線に出なければ何もできないではないか。


「ここにはエリスお姉様がいないのよ? 今のあなたは融合気功術は実質使用不可。エリスお姉様のサポートがないあなたなんて戦力として数えられないわ」


 そして引き止めた理由を語るマツリだが、おもっくそ辛辣だなおい? 融合気功術がなくても今前線で戦っている冒険者達と同じくらいには活躍できるぞ?


「それよりもあなたは周囲の気配を探る事を優先しなさい。あなたの感知能力の精度は替えが効かない貴重なものなんだから。新しい敵が現れたらすぐに私達に報告して。それが今あなたができる最大の役割よ」


 続けて語られた理由は、シオンの感知能力を期待してのものだった。索敵に役割を果たせという事らしい。確かに実際シオンが戦場で戦うよりもそちらの役割で活躍するほうが重要かもしれない。あまり働けている気がしなくて後ろめたい気はするが。


「……わかったよ。でもなんか、お前から評価されてるのを聞くのってなんか変な感じだな」


「お互い様でしょ。私は事実しか言わないわ」


 互いに憎まれ口を叩きながらも、シオンはマツリの側から動かない事にした。まさか戦闘の場でこいつと組む事になるなんて思ってもいなかったな。

 他のこの場に居る唯一の異界人であるトモエは今も魔術による攻撃を行いつつ冒険者達に指示を出している。異界人の半数以上は壁を隔てた向こう側か。討伐隊の全体の数はこちら側に偏ってこそいるが、戦力面ではあちら側のほうが上かもしれない。クートさんが居るだけマシだが。


 さて、討伐隊側の戦力を確認したシオンは、マツリの提案通りに周囲の気配を探る事にした。敵はバンダースナッチとゾンビの群れ。その数はゴーレム兵には及ばないものの、それでも相当な量だ。

 戦場で感じる気配は今のところそれら以外には知覚できない……と思っていたが、その直後、早速異物の気配を感じ取った。


 ゾンビとバンダースナッチの群れの合間を縫うように進む存在がいる。数は一人だ。かなりの速度で迫ってきており、気付けばもう近くにまで接近されていた。


 この気配は、魔族だ。


 やがてその気配はゴーレム兵達までもすり抜け、討伐隊の前衛の目の前に現れた。


「な、何者だ!?」


「気をつけろ! そいつ魔族だ!」


 突如として出現した、ローブにフードを纏った小柄の人物を前に混乱する冒険者達にシオンが注意を促した。冒険者達はそれぞれ武器を構えその魔族に向ける。


「……あら? 待って。もしかしてあなた……」


 緊迫する状況の中、その人物の存在に気付いたマツリがその人物に歩み寄った。おい、お前は典型的な術者型なんだからあんまり敵に近付いちゃダメだろ。

 マツリの接近に魔族も気付いたらしく、すぐに反応した。自ら自身の顔を隠していたフードを脱ぎ去り、素顔を皆の前に晒した。

 浅黒い肌をした、少女の魔族だった。外見だけならば、シオンよりも歳下に見える。魔族の肉体的成長がどのようなものなのかはわからないので断言はできないが。


 そして、その少女の魔族は、


「良かった、私の担当の場所に来てくれて……久しぶりだね、マツリ」


 マツリに対して、好意的な笑みを向けて語り出した。

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