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進撃……。

「チッ、避けられたか」


「今、イサミさん何を狙って射ったんですか?」


「あの外壁の上から魔族達がこっちを見てたんだよ。何か仕掛けようとしてたから射ったみたいだ」


 皆がサーグラ国の目の前で臨戦態勢に入る中、突然外壁の上方に向かって矢を放ったイサミの行動が気になり尋ねたエリスに、感知能力によって一部始終を知覚していたシオンが代わりに答えた。その魔族のうちの一人の魔力が急に高まったので、何かをされる前にイサミが先手を射ったというわけだ。


「にしても、いいなぁ弓矢。オレにも遠距離攻撃の手段があれば感知能力ももっと活かせそうだし」


 自分と同じタイプの能力を持っているが故に、イサミの攻撃手段の有用性を理解できたシオン。遠い距離に居る敵の存在を認識できても、今のような速効性のある対応はシオンにはできない。今度機会があれば弓矢の扱い方を習ってみようか?


「一朝一夕で身につく技術ではないぞ。俺は元いた世界でも弓を嗜んでいたからな」


 そんなシオンに返ってきたイサミからの返答は意外なものだった。エリス達が元いた世界では、戦闘等といった物騒な事は滅多に起こらないものだと思っていただけに、その技術をその世界で修得していたとは。何? 実はイサミってエリス達の居た世界とも違う世界から来たの?


「あー、弓道やってたんですね?」


「まあな」


「戦う必要がない世界なのに、そんなの会得してたのか?」


「あはは、そういう習い事とかは一応あったんですよ。競技としてと言いますか。他にも剣道とかジュウドウとか……まあ、娯楽の一つですよ」


 シオンの質問に簡単に答えるエリス。戦闘技術を娯楽として、ねぇ。まあ、この世界にも戦士どうしを戦わせ競わせる様を見て楽しむ闘技場がある国も存在するのだし、それと似たようなものか。


「はいはーい、バンダースナッチ達が仕掛けて来なさそうだからこっちから行くよー。みんな準備はいい?」


 雑談を始めてしまったシオン達を窘めるようにアユミが声を上げて注意した。いけないいけない、気を引き締めなければ。

 アユミの言った通り、バンダースナッチ達はどういう訳か仕掛けて来ない。門の付近で数多くのバンダースナッチがこちらを凝視し吼えているが、ただそれだけだ。サーグラ国から出る事ができないのだろうか?


「改めて説明するね。まずはトモエが大魔術をブッパして、続けてマツリちゃん、ユート君、エリスちゃんがそれぞれ魔術を発動。その後は全員突撃。オッケー?」


 そんなバンダースナッチ達の様子を尻目に、アユミは異界人パーティーで前もって考えていた戦闘開始の流れを、クートさんを始めとした冒険者達に簡単に説明した。ユートの奴が「我の事は黒騎士と呼べ」といつもの的外れな返答をしていたが。うるさいぞユート。


「トモエの魔術の後に続く準備はもうできてるんだよね?」


「ええ、トモエが大魔術を使った後ならその属性の周囲のマナを利用して連鎖召喚できるわ」


「マツリ嬢の魔法技術が魔術の神の権能を持つ俺を遥かに上回っていて辛い」


 アユミの確認に対するマツリの言葉にトモエが一人項垂れる。そんな事今更だろうが。魔術の知識がないシオンにはどう凄いのかさっぱりわからないが。

 エリスは無詠唱で魔術を発動できるので確認する必要はない。ユートは、実は既に魔術を組み上げ終えており、いつでも発動可能なのだそうだ。黒騎士ゴーレムの魔力の流れを隠匿する能力はシオンのみならずイサミまで驚いていた。こんなんでも本当に有能なんだよなこいつ。こんなんだけど。


「でもアユミさん、さすがに大魔術を発動するとなると、その構築の最中にバンダースナッチが襲いかかってくるんじゃないかな? そんな事を目の前でされて黙っている連中とは思えないのだけど」


 アユミが語った作戦に意を唱えたのはクートさんだった。他の冒険者達も同意するように頷いている。確かに、より強力な魔術を発動しようとすると相応の時間がかかるうえ、膨大な魔力の流れが発生する。それを知覚されて妨害される可能性があまりにも高い為、本来戦場で大魔術を発動するのは非常にリスクが高いのだ。

 普通ならば襲い来る魔物に対して前衛担当等が足止めして魔術発動までの時間稼ぎをし、大魔術が完成すれば一掃する、というのがセオリーだ。実際シオン達もヴァリブトル地下迷宮ではそのパターンで何度も魔物の群れを攻略してきた。


「まずは僕達はトモエ君の魔術発動までの時間稼ぎが仕事になるのかな? 相手が相手だし、結構骨が折れる役回りになりそうだけど」


 そのセオリー通りの動きの足止め役を、クートさんが買って出た。とんでもない数のバンダースナッチの足止めなんて不可能なのではないかと思えるが、何でもないように言ってのけるあたりはやはり雲の上の実力者だ。


 だが、その必要はない。


「いらないよそんなの。準備ができてるならさっさと始めちゃおっか」


 クートさんの提案を却下し、ぱちん、と指を鳴らすアユミ。その瞬間、トモエの周囲に、ヴァリブトル地下迷宮最深部でのマツリとの決戦の際に使った切り札、六つの純魔結晶が出現した。アユミの転移魔術によって転送されてきたのだ。

 純魔結晶が現れたのを見て、冒険者達のうちの魔術師タイプの者達が悲鳴に近い驚愕の声をあげた。ああ、そういえばとんでもない代物なんだっけか、あれ。


「……アユミさん、君、たまに馬鹿だって言われたりしない?」


「失礼な。持ち得る手段の全てを注ぎ込んで問題に挑むのは当然でしょ? ただボクは他の人よりもちょっとだけその手段が豊富だったってだけ」


 その価値を知っているらしいクートさんまでも呆れた表情で呟いた。言いたい事はわかる、というが同意見だ。国宝級の道具を六つも持ち出すなんて馬鹿げているとしか思えない。


「さて、始めるぞ諸君! マツリ嬢の要望では、複合魔術ではなく単体属性の魔術が理想的だったな?」


「ええ、周囲のマナの属性はできるだけ純粋なほうがいいわ」


「了承した。では……『紅蓮炎柱クリムゾン・ピラー』!!」


 一度マツリに確認をしてから、トモエは早速純魔結晶を利用しての大魔術を発動させた。紅色の純魔結晶が発光し、トモエの膨大な量の魔力を食らって即座に術式を完成させる。

 放たれた炎弾は高速でバンダースナッチが集う門に向かって飛び、そのうちの一体に着弾した。途端、その炎弾は急速に拡大し、数十のバンダースナッチを巻き込んで燃え広がり立ち登り、門までをも焼き落とす柱と化した。この位置までは結構な距離があるにも関わらず、ここにまでその熱気が伝わって来る程の熱量だ。


 今の一撃で結構な数のバンダースナッチを倒せた。が、異界人パーティーはこれだけでは終わらない。


「連鎖召喚・『サラマンダー』!!」


「従者錬成・『ハイゴーレム』!!」


「『領域拡大魔術エクスパンディングスコープ』!!」


 トモエの魔術攻撃が終わると同時に、マツリが、ユートが、エリスが即座に新たな魔術を発動した。


 周囲に充満していた、熱気を含んだ魔力がマツリが空中に魔力によって描いた魔法陣に収束して行く。その魔法陣はすぐに起動し、熱を喰らいながらそれ以上の熱気を周囲に振り撒く、火の属性の上級精霊、燃え上がる蜥蜴の姿をしたサラマンダーが現れた。


 ユートが地面に当てた手のひらから拡がった魔法陣から、莫大な量の魔力が大地に伝わる。やがて其処彼処から、地中の土や鉱物が形を成し、黒騎士と瓜二つの姿をしたゴーレムが作り出され次々と地上に現れる。最早数えるのも馬鹿らしい数のそれらは、ユートの言葉を信じるならば、千体。


 そしてそれら千のゴーレムを含む皆の足元に、エリスが使用した魔術の光が拡がり包み込む。この領域は、エリスの補助魔術の範囲だ。


「『防護魔術プロテクトアーマー』! 『武装強化魔術エンチャントウェポン』!」


 続くエリスの高性能な補助魔術が、領域内にいる全ての者達の身体を駆け巡る。

 確か、以前国境砦奪還戦で同じ事をした時は、百人前後の人数にかけていたが、今回は全てのゴーレムも対象にしているので、軽く十倍以上の人数に同時に補助を行なっている事になる。いやはや、何度も思うが本当にとんでもない所業だな。


「準備完了! さあみんな! 突撃するよ! 真正面から正々堂々、殴りこみに行こうじゃないの!」


 呆気にとられている冒険者達に喝を入れるアユミ。同時にマツリとユートがそれぞれの配下に指示を出し、サラマンダーが先頭となり進撃が始まった。突撃って、こいつらだけでどうとでもなるんじゃないかなーって思ったのは絶対にシオンだけではないはずだ。


「さすがは神の使徒達だ。頼もしい限りだね」


 その様子を見て満足そうに頷いているのはクートさんだ。他の冒険者達程驚いていないのは肝が座っているというか、きっとこの人の中の基準もぶっ飛んでいるからなんだろうな。

 と、そんなクートさんを見てある事に気付いたシオン。クートさんは他の皆と違い、エリスの補助魔術を受けていない。特有の魔法の発光がなく、事実感知能力で探ってみたところ、補助魔術の魔力が一切感じられなかった。彼もしっかりエリスの魔術の範囲に入っていたはずなのだが。


「クートさん、何で補助を受けてないんすか?」


「ん? ああ、僕は他人の魔術はどんな効果であれ弾いてしまう体質になっているんだ。戦闘の時は便利な事が多いけど、たまにこういう時には損をしてしまうね」


 シオンの質問に快く応えてくれたクートさん。珍しい体質だ。それももしかしたら聖剣の影響なのかもしれない。


 何はともあれ、戦闘は始まってしまった。シオンも前進するゴーレム達に続かなければ……と、駆け出そうとした時、突如として違和感を覚えた。

 もうすぐ倒壊した門に到達するサラマンダーとゴーレム達。しかしその付近に、魔術の反応を感じ取ったのだ。


「っ!? サラマンダー! 下がって!!」


「時空間魔術!? まさかっ……」


 シオンと同じく何かしらを感じ取ったらしく、反応したマツリとアユミ。この二人が知覚したという事は……




 そして、辺りに響く、忘れようのない悍ましい声。






「蛆よ、征け」






 声の後、一瞬、地面が揺れた。

 マツリの指示に即座に従い、戻るサラマンダー。そのサラマンダーが居た付近の地面が突如としてひび割れ隆起し、巨大な何かが生えてくる。

 その場所に居た数体のゴーレムはその衝撃で四方に吹き飛ばされる。幸いにもそれらのゴーレムはまだ動けそうだが、それによって進撃が止まってしまった。


「な……」


「で、でかい……」


「これは……」


 その存在を目にした冒険者達が息を呑む。それはあまりにも圧倒的な存在感を以って、この場を一瞬にして支配してしまった。


地虫ワーム、か……?」


 その魔物は地虫ワームと呼ばれる、地中に潜む大型の蚯蚓のような魔物に酷似していた。しかし、シオンが聞いた事のあるその魔物よりも、目の前に現れたその存在は明らかに大きい。

 太さだけでユートの黒騎士の背丈以上の直径はある事は確かで、長さは、地面から完全に全身を出していないので全容は明らかでないが、聳え立つその胴は倒壊する前の門の高さを遥かに超えていた。


 何より特徴的なのが、バンダースナッチと酷似した、鈍色の体色。


 この魔物もまた、間違いなくジャバウォックの手によって産み出された存在なのだろう。




「ーーーーーー」






 皆が息を呑んでその存在を見上げる中、その魔物は、






「ーーバァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!!」






 空気を振動させる程の大音量で、天に向かって吠えた。

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