訪問者。
シオン達を乗せた馬車隊の一行は、アーヴァタウタ大国の国境を超え、サーグラ国の領土内にある村に到着していた。城下町が崩壊しているサーグラ国に領土と呼べるものがあるのかはさておいて。
その村はサーグラ国城下町に近い位置にある村で、馬車ならば一日以内には到着できる距離にあるとの話だ。目的地は目前と言えるだろう。
一行はここで一晩過ごし、明日には城下町に向かう予定だ。ただし、移動手段は徒歩でだ。戦場となるであろう場所の近くに馬車を置いて、馬車に攻撃されては困る。馬車とその運転手はこの村で待機して貰う事になっている。
さて、一日滞在するこの村だが、村人はほとんど残っていなかった。目と鼻の先に魔物が大量に居座っているともなると、逃げ出したくなるのも仕方ない事だろう。避難した村人が今何処に居るのかまではシオンはわからないが。
そんな状況だが、幸いにも宿屋には主人が残っており、問題なく対応してくれた。とはいえ相当な人数になっているので、一部屋に数人で泊まる事になったが。それでも足りないので何人かは広間や廊下で雑魚寝する事になった程。まあ、安心して寝られる場所であるだけましだろう。
集結した冒険者の人数は本当に百人近い数になっていた。だいたいがパーティーでの参加だが、その全てのパーティーに一人以上はBランク冒険者が居る。中にはシオンも聞いた事がある程有名な人物もいた。戦力としてはかなりのものだろう。「これだけ集まれば、国ひとつくらい簡単に落とせるな」と、その冒険者の誰かが呟いていたが大袈裟な話ではないだろう。それだけの戦力が集まってくれた。
シオン達にはありがたい事に一部屋あてがわれた。異界人パーティーの男性組の五人で一部屋だが。しかし部屋のベッドはひとつしかなく、そこに寝る一人以外は床で寝る事になる。ベッドで安眠するのは誰にするかをどうやって決めようかという話になり、
「よし、ジャンケンだな」
シオンは聞いた事のない単語でのマサヤの提案に、シオン以外の者が頷いた。待て待て、ジャンケンって何だ? お前達が元いた世界の単語だろ? わかるように教えてくれ。
「む、そうか、シオン氏は知らぬか。すまんすまん。三種類の手の形を作って皆で同時に出し合う遊びでな……」
「これがグーで、これがチョキ、んでこれがパーな。グーはチョキに強くて、チョキはパーに強くて、パーはグーに強いんだ」
「初めてジャンケンをする者は必ずグーを出さなければならないぞ」
「おい、変な嘘を教えるな」
それぞれが簡単にその遊びのルールをシオンに教えてくれた。成る程、三竦みになっている手の形を出し合って勝敗を決めるのか。それから嘘を教えようとしたユートは負けでいいだろ。駄目か?
「覚えたか? んじゃ、始めるか。じゃーんけーん……」
そしてマサヤの合図に合わせて皆で出し合う。何度かアイコとかいう引き分けが続き、やがて勝者が出た。シオンとユートだった。
「おお、ビギナーズラック」
「残ったのはオレとユートか」
「我の事は黒騎士と呼べ」
「へいへい。てか、そのゴーレムの中って結構快適なんだろ? お前は別にベッドじゃなくても良くないか?」
「より安眠ができる機会を貴様なんぞに譲ると思うてか!」
「んだとこら。てか、お前がベッドで寝たらゴーレムの分部屋が狭くなるだろ」
「その程度の問題はどうとでもなろうが。良いから我にベッドを譲るがいい!」
「いいから早くジャンケンで決めろ」
何故か言い争いを始めてしまったシオンとユートを諭すイサミ。はいすいません。
結局ジャンケンによってベッドで寝る権利を得たのはシオンだった。やったぜ。ざまぁみろユートめ。
早速快適なベッドに上がるシオン。しかしその時、突然イサミが立ち上がり、部屋の壁に目を向けた。どうしたんだ急に?
「誰かがこの村に来た。人間ではあるが……」
イサミが呟いた内容によると、このほとんどの村人が退去し過疎化している村に誰かが訪れたとの事らしい。自前の感知能力でそれを知覚したのか。見ているのは部屋の壁ではなく、その方角にその人物が居るという事だろう。
シオンもその方向に意識を集中してその気配を感じ取る。確かにイサミの言う通り、こちらに向かって来ている者が一人いる。種族も普通の人間だ。
普通に考えると、怪しい。村人の殆どが退去したこの村に用があるとは思えない。火事場泥棒の可能性もあるだろうが、討伐隊の一行が訪れた今のタイミングに来たとなると、何かしら関係のある用事があっての事である可能性もある。それが良し悪しかはともかく。
「確かに誰か向かって来ているな」
「ふむ、馬車等でもなく一人で、か。妙な人物であるが……」
「俺達に何か用でもあんのかね?」
「会ってみなければ解らぬだろう」
皆がその訪問者について語りあう中、イサミが部屋の出入り口の扉に足を運んだ。シオンとトモエも立ち上がりそれに続く。他の二人は部屋で待つつもりらしい。
「アユミにも声をかけておこうぜ。一応あいつが責任者だし」
シオンの提案に二人も同意して、訪問者に会いに行く前にまずは異界人組の女子部屋に向かう事にした。
女子組は三人で部屋を利用している。もうあと一人か二人くらい入れても良さそうな広さだが、アユミとマツリは他人に素顔を見せるわけにはいかないので仕方ないだろう。
さて、部屋の扉にノックをして、出てきたエリスに事情を説明するとアユミは訝しげな表情を見せながらも頷き、ベールを被り出てきてくれた。ついでにエリスとマツリも一緒だ。
「決戦の直前に厄介事が起こっては困るでしょう。いざとなったら私の能力を使うわ」
宿屋の廊下を歩く途中でマツリがそのように宣言した。口出ししようとするシオンだが、アユミとトモエがすぐにそれに同意したので何も言わない事にした。多用して欲しくないが、状況が状況だけに仕方ないか。訪問者の目的はわからないが、マツリの言うような厄介事を持ち込まれない事を祈るばかりだ。
そうして進む中、他の冒険者達も何人か出てきて同行する者がいた。巫女様の行動に好奇心でついて来ている者が殆どだったが、中には何者かの接近に気付いている者もいた。
「私に任せて頂いて宜しいのに」
「いえ、巫女様の身に危険が及ぶかもしれません。同行させて下さい」
生真面目なフラムさんはそのように言って同行してきた。結構な人数になってしまったな。
そして宿屋から出た丁度その時、接近してきていた訪問者がこちらに気付き、手を振りながら歩み寄って来た。外観は、年若い青年の冒険者、といったところか。軽装に腰に剣を下げており、細身だが精悍な顔付きをしている。さて、何の用でこの村に来たのやら……。
「……げ」
歩み寄って来るその人物を見て、あまり歓迎していなさそうな声がアユミから漏れ出た。恐らくは知り合いなのだろう。しかし巫女様よ、今お前の周囲にはお前の素性を知らない者が結構いるのだから、そんな声を出してはいかんだろうに。ほら、フラムさんがちょっと怪訝な顔をしているぞ。
「良かった、間に合ったみたいだね。君達がサーグラ国の魔物の討伐隊だね? 飛び入りですまないけど、僕も参加させてくれないかな?」
近付いて来た青年の冒険者はそのように語った。討伐隊については既に知っているらしい。どこかでその話を聞き及んで追いかけて来たというわけか。
……追いかけて来た? 馬車等を使わずに一人で?
青年の発言から彼の目的を考察したシオンだったが、彼がこの村に来るまでの過程に疑問を覚えた。この村に最も近い村か町は、討伐隊が直前に訪れていた町で、馬車で一日以上はかかる距離にあるはずなのだ。仮にその村から追いかけて来たとして、単身で馬車と同等の移動速度で来たという事になるのだが。
「討伐隊の話を何処で聞いたんだ? ここにはどうやって来た?」
シオンは青年に近寄りながら、浮かび上がった疑問を尋ねた。一見、嘘を吐いているようには見えないが……。
「昨日、バシウの町でね。発った後だと聞かされて、急いでここまで走って来たんだよ」
青年は何でもないかのようににこやかに応えた。が、言っている意味がわからない。
バシウの町、というのは確かに討伐隊が滞在していた町だが、彼は自らの足で馬車と同等の速度で走って来たと語っている。そんな人間離れした所業ができるなどと……いや、マサヤあたりならできそうだが、そんな事ができる人物がそんなに多くいるとは思えない。シオン達を騙そうとしているのではないかと、疑いを強くしたが、
「貴方ならそれくらいの事は可能でしょう」
前に踏み出しながら呟いたのはアユミ……神託の巫女様だった。そういえば知っている人物らしい反応をしていたな。だが、そんな事が可能な人物って、この青年は何者なんだ?
「わざわざ駆け付けて頂き、感謝します。貴方を歓迎しましょう……『輝剣』のクート様」
青年に歩み寄った巫女様は、彼を歓迎しながら、彼の名を口にした。
輝剣の、クート……!!
「輝剣……こいつが……」
「嘘、本物!?」
「こいつはとんでもない奴が出てきたな」
巫女様から発せられた青年の名を聞き、ついて来ていた冒険者達が騒ぎ出した。無理もない。輝剣のクートという人物はそれだけの知名度を誇る有名な冒険者なのだ。
「クートさん、ですか。シオン君、有名人なんですか?」
唯一この中でその名を知らない様子であるエリスがシオンに尋ねてきた。冒険者と言えど異界人であるエリスが知らないのも無理はないか。
因みに、ついて来ている異界人の中で彼の事を知らないのはエリスだけらしく、トモエやイサミ、マツリも驚いた様子で納得していた。この三人はこの世界の情報には強い節があったからな。
「輝剣のクートと言えば、Aランク冒険者の中でも一、二を争う実力者だって話だ。普段は世界中を放浪して回っているらしいが、とんでもない功績を幾つも残しているんだ」
シオンがエリスに簡単に彼についての噂話を教える。輝剣という異名は彼が持つ剣が由来で、神の加護が与えられた聖剣を武器にしていると言われている。戦闘の際にはその剣が美しく輝くのだとか。そしてその実力で今までに何度も世界の危機を救ってきたのだそうだ。
何処までが真実なのかまではシオンにもわからないが、少なくともそのような噂が流れる程度には強いという事だろう。
「へぇ、本当に凄い人なんですね。流浪の勇者サマって感じ? 巫女様ともお知り合いみたいですし、巫女様が言うのでしたら本人なんですよね」
話を聞いて納得するエリス。彼とアユミ、いや、巫女様か。巫女様とがどのようにして知り合ったのかはわからないが、そこは有名人同士、何らかの形で顔合わせをした事があるのだろう。巫女様がそんな嘘を吐く理由もないのだし。
さて、そんなとんでもない人物であるクートさんだが、何故か巫女様を見詰めて難しい顔をしている。どうしたんだいったい?
「お初にお目にかかります。私はアーヴァタウタ大国にて神託の巫女と呼ばれている者です。以後お見知り置きを、クート様」
そんな様子のクートさんに対して、巫女様は自己紹介をしながら恭しく礼をした。それを見てシオンはクートさんの表情に合点がいった。
クートさんと顔見知りなのは、巫女様ではなくアユミなのだ。余計にどのように二人が出会ったのか疑問に思うが、初見の人物からいきなり自分の名を言い当てられたなら、そりゃあ変に思って当然だ。
とはいえ、何故自分の事を知っているのかというクートさんの疑問については、神託の巫女だからという強引な理由でどうにかなるかもしれない。そんな神託があったなどという事を信じてくれるかどうかだが。
と、シオンは納得したが、クートさんの次の言葉でその予想が間違っていた事を悟った。
「巫女様? ……何故そんな格好をしているんですか、アユミさん」
クートさんは、ベールで顔を隠したアユミの正体を見破ったのだ。てか、おい、ちょっと待て。今この場で巫女様の正体を暴くのはまずいって!
「なっ……何の事で御座いますか?」
「もしかして身分を偽っているのかい? 僕は良くないと思うよアユミさん。集まってくれた冒険者さん達にも悪いじゃないか。君程の人物ならそんな事しなくたって……」
「待った待った! 何を言っているんすかこの人は! この方は正真正銘神託の巫女様だぞ!?」
「そうですよもう! 正体はともかく巫女様である事は本当なんですよ!」
「フォロー下手すぎるぞエリス!?」
咄嗟に割って入って巫女様の手助けをしようとしたシオンとエリスだが、ああ、もうこれ駄目だ。現に後ろに控えていた冒険者達が口々に巫女様の正体を確信したらしい事を言っている。
「アユミ……確かAランク冒険者の?」
「『無刃』のアユミが、神託の巫女様?」
「何か俺達、やばい事聞いちまったんじゃねぇか?」
ざわざわと騒ぐ冒険者達に頭を抱える巫女様。戸惑った様子のフラムさんがそんな巫女様に近付き、確認するように尋ねてくる。
「あの、巫女様、今のは……」
「…………ああっ、もうっ!!」
混乱に耐えかねたらしい巫女様が、自らのベールをひっ掴み、取り外して地面に叩きつけた。あ、キレた。
「お前さ、何でそう毎回毎回空気読めないかな!? どうしてくれるのこれ!?」
素顔を晒したアユミが勢いに任せてクートさんを弾糾する。騒いでいた冒険者達は、巫女様の変貌に呆気にとられている。
「どうって、僕は何事にも誠実に向き合うべきだと思っただけで……」
「何でボクがわざわざ素顔を隠していたのか、ちょっと考えたら察せるよね? 気付いても言う事じゃないって事くらいわからないかな!? ボクは神託の巫女として動いてんの! 今まで築いてきた巫女様としての信頼がたった今瓦解したんですけど!? どうしてくれるの!?」
「そんな事を僕に言われても……やっぱり素顔を隠して誰かと接するなんて良くないと僕は思うな。本当の信頼関係というのは……」
「やっぱり何にもわかってない!! だから嫌いなんだよお前!! そういうとこだぞ!? もうホント勘弁してよマジで!!」
アユミの弾糾に何処かズレた返しばかりをするクートさんに、アユミは最早泣き言になっている叫びをあげた。
言い争いを続ける、二人のAランク冒険者。その二人を、目の前の出来事が理解できずに茫然と見守る冒険者達。どう収拾つけるんだ、これ?