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神託の巫女、神々に謁見する。

 転移してきた先の光景は、白一色。自分の姿以外には何も存在しない、光に満ちた虚無の世界だった。

 ここが神々が住まう異界、神域。精神体の存在である神々しか存在しない世界であるが故、物理的な物は一切存在しない。


 初めてこの世界に来た時は気が狂いそうになってしまったけど、今となっては馴れたものだ。ボクは見えない足場を踏みしめ、早速声をあげる。


「シュヘルムヴィアー、いるー?」


 ボクの呼びかける声が響いた数秒後、目の前の空間に変化が生じた。白以外に何もないはずだったその場所が突如として滲み、ボク以外の物質が現れた。


 荘厳な玉座に踏ん反り返る、見るからに偉そうな態度を取る、恐ろしい程の美貌を携えた青年。ボクと対話する時に形取るいつものそその姿。この男こそこの世界を創造せし原初の七柱の神が一柱、主神、シュヘルムヴィアー神だ。


「久しいなアユミ、我が分身よ。前にこの世界に訪れたのはお前の世界の時間で数えて三百七十二万三千六百二十七秒振りか。これ程まで長期に渡って我に顔見せしなかったのも何時振りか? 土産話はさぞ愉快なものであろうな?」


「何でわざわざ秒で言ったの? どうでもいいけどさ」


 相変わらずの意味のわからなさだけど、ともかくこれがシュヘルムヴィアー神。玉座の肘立てで頬杖をつきながら胡散臭い笑みを浮かべてみせた。

 因みに背丈は普通の人間と大差がない。本来は精神体の存在なのでその姿に意味はあまりないのだろうけど、ボクと対話しやすい姿を取っているらしい事を以前語っていた。


「グリア神を呼んでくれない? 聞きたい事があるからさ」


 シュヘルムヴィアー神の要求は無視して早速本題に入る。他の神々に会うにはまずシュヘルムヴィアーにこうして頼まないといけない。ボクが直接会いたい神様の元に出向けたらいいんだけど、この神域はボクの理解の範疇を超えている物理法則で成り立っているから、ボクの認識にまでその法則を落とし込んでくれるシュヘルムヴィアー神を介さなければまともに行動できない。ホント不便な世界だよね。


「グリアか、よかろう。今度はグリアに説教をするのか? 以前のイーヴィティアへの恐喝ぶりはまことに愉快であった」


「今回はそういうのじゃないから。いいからさっさと呼びなよ」


「もう呼んである。ほれ」


 どうでもいい雑談を始めたシュヘルムヴィアー神を急かしたら、彼はすぐにボクの隣を指差した。その指された場所に目を向けると、ちょうどその空間に新たな存在が姿を現したところだった。

 漆黒の甲冑を身に纏った大男。ユート君を思い出す姿をしたこの神が、豊穣と狩猟の神、グリア神だ。

 見た目は豊穣とか狩猟なんかを連想できないし、そもそも別に戦ったりするはずもないのに何で武装してんのさとか突っ込みどころが多いけど、とにかく彼がグリア神。いちいち神様連中の姿を気にしているとキリがない。

 因みにその鎧のセンスはユート君よりも酷い。どういうわけか中央の胸元に蠅のマークがあるし。神様なのに蠅ってどうなのさ?


「我を呼んだか、アユミ。供物は持参しておるのだろうな?」


「ごめん、また今度。緊急の用事なの。次の機会には美味しいお土産用意するからさ」


 そして威厳溢れる雰囲気を醸し出しながら毎回会う度にこうして現世の食べ物のお土産を催促してくる。この食いしん坊ちゃんめ。豊穣の神だからかな?


 でも、普段通りのグリア神の様子から察するに、その分身であるイサミ君の身の安全については何となく予想はできた。さすがに自分の権能を持つイサミ君が死んでいたとしたらこんなに呑気にしていられないはずだし。

 や、こいつら神様の考える事はボク達人間の常識で判断してはいけないから油断はできないけど。何でもないかのように「うん、死んじゃったよ」なんて言い出す可能性だってあるのだから。


「質問なんだけど、グリア神の権能を与えられた異界人はまだ生きてる?」


 意を決して供物が貰えずがっかりしているグリア神に尋ねてみた。だからそんな威厳たっぷりな見た目で子どもみたいな反応しないでよ。


「それは久しい質問よな。今も我が分身は問題なく生きているはずだが?」


 ボクの質問に当然のように答えたグリア神。良かった。最悪の事態に陥っているわけではなさそうだ。不幸中の幸いってやつだね。今現在何処に居るのかまではもちろんこの神様連中は知らないだろうからまたボクが探さないといけないんだろうけど。


「妙な事を聞く。グリア神の分身の所在は既に把握していたのであろう? 今更何故生死の確認などをしに来たのだ?」


 ボクとグリア神の応答を横から聞いていたシュヘルムヴィアー神が疑問に思った事を口にした。この神様達は現世を見下ろす習慣がないらしく、今起こっている大事件もやっぱり把握していなかった。それで良いのか創造神。


 仕方なくボクは目の前の二柱に現状を伝えた。友好国が魔物の手によって滅ぼされた事。ジャバウォックが関わっている可能性が高い事。その国にはグリア神の権能を持つイサミ君が居た事。


「成る程、我が権能の所持者がその国の崩壊の際に命を落としている可能性を考慮し我に問い質しに来たというわけか」


「まあ、イサミちゃんだったわよね? お気の毒ね。きっとその国に愛着も湧いていたでしょうに」


「卑劣也、悪しき神の化身めが! アユミよ、我が許そう! 其方の手で鉄槌を下すのだ!」


「想像を絶する醜さですわ。美しくありません。やはり相互理解は不可能と判断すべきですわね」


 で、ボクが説明している間に何故か呼んでもいないのに他の神々まで出揃って口々にジャバウォックに悪態をついていた。これも毎度の事だから今更気にしないけど。いつも思うけど、お前ら暇なの?


「しかし妙じゃのぉ。ジャバウォックの手口にしてはしたたかだとは思わぬか?」


 そんな中、ボクの説明に疑問を抱いた様子で呟いたのは、眼鏡をかけた老人の姿をした神様、知識と探究の神、アーリティア神。自分の長い髭を撫でながら尋ねてきた。


「強か、って言われても、そもそもボクはジャバウォックがどんな奴なのか見た事もないんですけど」


「ふぉっふぉっふぉっ、それもそうか。ともかく、儂らが知るジャバウォックにしては、異様に計画的な犯行じゃと思うのじゃ。儂の知る彼奴なら、国ひとつを潰そうと考えたならば、町中に忍び込んで部下を放つ等というような手段はせず、ひたすら大量の部下を作り出して物量で攻めようとするのではないかのぉ? もっとも、それだけの数の部下を創造する為にはそれこそ国ひとつの贄を要するじゃろうから、本末転倒じゃがの?」


「え、贄? 何の話?」


 アーリティア神の発言の中に、ボクの知らない情報があった。ちょっと、ここに来てボクにまだ伝えてなかった事があるの?


「言っていなかったか? ジャバウォックが魔物を創造する際に用いる材料は、他の生物の魂だ。特に人間の魂は理想的な質であろうな」


「聞いてないんですけどそんな事!」


 シュヘルムヴィアー神の説明を聞いて思わず憤慨してしまう。そんな大事な事は最初に教えて欲しかったんですけどー?


「サーグラ国を滅ぼした理由は、多くの人々の魂を得て魔物を大量に生み出す為でしょう。ああ、可愛い私の子達が醜い魔物に変えられてしまうなんて……」


 疑問に思っていたジャバウォックの行動の理由をボクに教え、よよよと泣き出すルキュシリア神。教えてくれた事はありがたいけど、うざいから他所でやれ。


「国ひとつ分の人間の魂を得たとなると、質も量も今までの比ではない程の魔物が生み出されるじゃろうのぉ。あまりのんびりしてはいられぬぞ、アユミよ」


「後出しで重要な情報出しといてそれはないんじゃないの!?」


 ボクの悲痛な叫びを、ふぉっふぉっふぉ、と、如何にも老人らしい笑い声で流すアーリティア神。笑い事じゃないんですけど?


「とはいえ、それだけの数の魂を魔物に変化させるにはそれなりの時間を要するじゃろう。そしてそれらの大量の魂を移動させるには手間がかかる。故にジャバウォックはその崩壊した国に居座り魔物の生産を行なっていると推測できるのぉ。廃墟と化した国内に彼奴の部下が多く残っておったのが何よりの証拠じゃ」


 続いてアーリティア神は、この上ない有力情報を教えてくれた。つまり、ジャバウォックはサーグラ国に暫く留まっているってわけね。


「ふむ、念願のジャバウォックの所在が掴めたというわけか……して、アユミよ。次なる一手は如何にする心算だ? 確か、グリアの分身どころか、イーヴィティアとエセティアの分身すらも味方にできてはおらんのであろう?」


 シュヘルムヴィアー神の試すような発言に、イーヴィティア神がびくりと肩を震わせた。以前イーヴィティア神の権能を持つマツリちゃんが敵対国であるヴァスキン帝国に所属してしまった事が判明した時にボクが徹底的に虐め抜いた事を思い出したからかな? 仮面を被った顔をわざとらしく逸らしている。


「それなら解決済み。イーヴィティア神とエセティア神の権能持ちはもう味方に引き込めたよ」


「え!? 本当ですの!?」


 イーヴィティア神の反応を無視してシュヘルムヴィアー神の質問に答えたら、心の底から驚いた様子でイーヴィティア神が振り返り聞き返してきた。


「ほ、ほら見なさいアユミ様。貴女の仰っていたような問題にはなりませんでしたでしょう? やはりワタクシの目に狂いはありませんでしたわ!」


 そして途端に調子に乗って語り出すイーヴィティア神。こんちくしょう。


「問題だった事には変わりませんでしたけどねー? あのさ、何あの怪物? 元々の能力が権能持ちに匹敵するなんて聞いてないんですけど?」


 ちょっと腹が立ったので一言二言、イーヴィティア神を責める事にした。


「え、えっと、それは、その、ほら、ワタクシの権能は身体能力の上昇は一切ない能力でしょう? 少しでもアユミ様のお役に立てる人材を選んで差し上げようかと……」


「役立つどころか、こっちは殺されかけたんだからね? 洒落になってない強さだったんだよ? 一歩間違えたら権能持ち同士で共倒れになってジャバウォックどころの話じゃなかったんだからね? わかってる?」


「あ、あうぅ……勘弁して下さいまし。そのような事態になるなんてワタクシも測り知らない所ですわ」


 ボクに次々と責められて弱々しく項垂れるイーヴィティア神。少しは反省して欲しいねまったく。


「まあまあアユミよ、それくらいにしてやれ。もう過ぎた事であろう? 味方となったならばその強大な力も頼りになるであろう」


「ん、まあね。ところで、ジャバウォックらしくない手口だとかさっき言ってたけど、そこら辺については何か理由があるの?」


 シュヘルムヴィアー神に宥められて、イーヴィティア神を責めるのはここまでにして話を戻す事にした。あからさまに胸を撫で下ろしているイーヴィティア神にはまたいつか責める機会を作ってあげる事にしよう。


「その点じゃがのぉ、儂はジャバウォックに協力者が居るのではないかと推測するのじゃが、如何かな?」


 ボクの質問に答えたのはやはりアーリティア神。魔物の創造主の化身、ジャバウォックに協力者。そんな事をするような輩と言えば。


「……魔族が既にジャバウォックに接触している?」


 ヴァリブトル地下迷宮で出くわしたり、マツリちゃんを利用しようとしていた魔族達。考えてみれば、あんなにも魔族達が活発に動いていたのに理由がある可能性がある。その理由こそがジャバウォックの存在だとしたら。


「事は想像以上に厄介になっているやもしれんぞ? 狡猾な魔族がジャバウォックの能力をより効率良く扱わせ、人類を侵略せんとしているのだとすれば……」


「……真面目に、急いで手を打たないとね」


 アーリティア神の説明を聞き、ボクは踵を返して現世へと繋がる時空の穴を開け作り出す。聞きたい事は一通り聞けたのだからもうここには用はない。


「アユミよ、聞きそびれていたがエセティアの分身も味方につけられたのであったな? 其奴は如何な人物なのだ?」


「続きはまたいつかね。時間が惜しいもん」


 帰ろうとするボクを呼び止め話を続けようとするシュヘルムヴィアーを無視して神域を後にした。あいつらが満足するまで話し込んでたら時間がいくらあっても足りないし。


 ボクは元いたアーヴァタウタ大国王城の客間に戻ってきて、心配そうに見守る皆に神々から聞いてきた事柄を語り始めた。


 意見を交換して、イサミ君を早く見つけ出して……やるべき事は山積みだ。

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