♯5 道行き合う時に
春が過ぎ行くのは早い。
もう三月ともなれば、寒い日は数えるほどしかなくなる。寒さに耐えた桜は、三月末には開花をし、春の暖かさを賛美するかのように咲き誇る。
駅から延びる、この桜のトンネルを抜けた先に、オレが通う学校がある。
桜が舞い散る道が、これからの新生活に最初の彩りを添えた気がする。
不安と希望が入り混じった表情をし、同じ制服を着た学生たちが、ぎごちなく歩く姿は、この時期のどこの場所でも、変わらない光景なのではないだろうか。
例外なくオレも、そんな表情を浮かべ、この道を歩いている。
「アカツキ〜アカツキ〜ほらほらー桜がこんなにキレイですよ〜」
横を歩く金髪男が、オレの腕に抱きつきながらはしゃいでいた。
「すまないがセイ、いまオープニングの途中だから、オレの視界……いや、この世界に入ってこないでくれ」
「それはすまなかった……アカツキ! そこにボクの席はあります!?」
セイが必死に挙手をしている。
「ないな……エンドロールのNGシーンまでないな」
「存在がNGってことか! NGってことなのか!?」
「そうだ。だからしゃべらないでいいぞ」腕に絡み付いているセイを突き放す。
「おいユイ、もう手を下げていいぞ……」ユイが顔を赤らめながら、必死に挙手を続けている。
「恥ずかしいなら、手をあげるなよ……まぁ、幼なじみ役で出してやるよ」
すると「やった!」と、ユイが小さくガッツポーズをした。
「いいなーいいなーユイだけいいな……」セイが不満そうに、いじけている。
「しょうがない〜犬でいいなら、出してやるよ」
セイも「やった!」と、小さくガッツポーズしている。
人ですらなくていいのか……
――道を進むにつれ、周りに歩く人も増えてきた。
「なんか人が多いな……」
「そうだね……みんな緊張で、学校の側ともなると、歩く速さが鈍ってしまうのかもしれないね」
セイが言うとおり、オレも足どりが重い。この重さも、今日から段々と軽くなっていくだろうか……
「うーん、それにしても多いですね〜」セイが背伸びをして、道の先をみている。
「ん……人があそこに、たまっているようだよ」
セイが指を差した先に、学生たちが輪を作って固まっていた。
「なんだろ……け、喧嘩かな」ユイが不安そうに、制服の袖を掴んできた。
おいおい、新生活の始まりなんだから、平和的なスタートを願いたいものだぞ……
「とりあえず……見てこい犬!」
「はいよろこんで〜う〜ワン! っていつからボクが犬になったんですか!」
金髪が抗議してきた。
「セイ君〜さっき、ちゃんと配役を決めたろ?」
「あ……くっ! ちゃんとご褒美をくれよ! ワンワン!」
金髪犬が、集団に向かって吠えながら走っていった。
その奇怪な金髪犬が来たことで、見事に輪を作っていた人たちが避けていく。
――しばらくして金髪犬が帰ってきた。
「ワンワン! うーワン!」金髪犬が四つんばいなって、吠えている。
「おい……何はなくとも、人間としての尊厳は保とうぜ」
「キミがやらせたんじゃないですか!」
「よしよしーどうどう〜」セイの顎を撫でた。
「はぁはぁ! っておい! ……これ、いいな!」
新たにセイが、何かに目覚めたようだ。
「そんなことより…報告しろよ」
「そうだったね……えーっと……美人が二人いたよ」
「……で? それだけか? 犬のお使いか?」
「アカツキよ、よく聞け……ボクはキミにしか興味がないから、女性とかよくわからないが……世間でいう美人ってヤツが二人いたよ」
「そして……彼女たちは争っていた……そう、つまりそう言うことだ」
一部、あえて聞き逃した部分もあるが、つまり美人が二人争っている……その野次馬が、あの集団の正体とういうことだろうか。女性が二人だけで、あんなに人だかりができるんだから、相当な修羅場か、相当な美人か……どちらにせよ見ものだろう。
「――見に行ってみるかな」
「暁君やめなよ……美人……いや、喧嘩だよ! ケンカ!」ユイが物凄く止めてくる。
「そうだよ! 女は止めろ! ボクがいるじゃないですか!」
とりあえず、セイを蹴飛ばしてから、輪を作っている集団へと歩きだした。