♯3 隣り合う日に
――ここさえ抜ければ! ……頼むもう少しだけ保ってくれ、オレの両足よ!
オレは扉を開けて、光り溢れたその場所へと飛び出した。
「で、出れた! ああ、こんなにも太陽って温かいモノだったんだね……」オレは喜びのあまり声を上げて、全身で天を仰いだ。
「あ、あかつき君?」
家の玄関前で叫んでいたオレを、心配そうに少女が声をかけてきた。
「あ、おはようさまでした、結」我に若干かえった。
「お、おはよう……大丈夫?」
「平気〜平気〜まだ地上に足はついてるから!」親指を立てて結にポーズを決める。
「そ、そう」結との距離が僅かに遠退いた気がした。
「あ、昨日ね、おかず作り過ぎたから、あかつき君の家に持っていったんだけど……」
「もしかして留守だった? 灯りもついてなくて……」
多分、オレの明かりの消えかけてた頃の話だ。
「うーんと……昨日はちょっと早く……寝た? たしかに寝たとおもう」まさか原色カラフルフーズを食べたとは、いくら結でも信じてはくれないだろう。仮に信じてもらえても、逆に心配をかけさせてしまう……いや、むしろしてほしい、このオレの危機的状況を全世界に発信したいほどだ。
「具合でも悪かった?」心配そうに結が額に手を当ててきた。
「い、いや……へいき」おもわぬ結の行動に、胸の鼓動が早くなる。
「手じゃわかんないな」結が手を額からどけて、前髪を耳にかけて自分の額を、オレの額へ当ててきた。額に当たった瞬間、耳にかけた髪がゆるりと零れ落ちる。
息がかかりそうな距離まで、結の顔が近付いてきたので、おもわず口での呼吸を止める。鼻から息をするために吸い込んだ空気に、結からの甘い香りがのってくる。大人の女性が香和す甘美な香りとはちがう、やさしい特有の香りだ。目が合い視線を逸らしたその先に、長い髪を左右に分けて束ねている、赤いリボンが風にゆらりと揺れている。
その香りに、さらに鼓動は早くなり、自分でもわかるくらい顔が熱り初めてきた。
「なんか熱はないけど……顔真っ赤よ?」結が額を離し、ジッとこちらをみつめる。
「ほ、ほんと平気だから」そう言って後ろを向く。
そこには葵さんが立っていて、手を振ってきた。
オレも手を振り返した。
「い、いつからそこに!」葵さんにおもわず裏声をあげてしまった。
「そうね……太陽って温かい……あたりから」
「それ、もう最初からじゃないですか!」
「で、その子が……泥棒猫のゆい――」
「あーあーああーーー最近、お魚がよく猫にとられるんですよね!」
サラッとすごい事を言い放ったので、言葉を必死にかき消した。
「あれ……私、お魚盗みましたっけ……それはすいません」そう言って頭を下げる結。
全部聞こえてたのか!
「いや、その、あれだ、こちら葵さんです」困りに困って、普通に葵さんを紹介した。
「どうも、妻の葵です〜」微笑みを浮かべ、深々と葵さんが頭を下げた。
「サラッと言っちゃったよ!」心の叫びが表に出てしまった。
結が「つ……ま?」と首をかしげる。
「ゆい! ほら、葵さんの部屋の掃除を手伝ってくれたじゃない、その葵さんだよ!」
「……ああ、ご親戚の」結が思い出したそうにうなづいた。
結は、葵さんとオレとの間に入り「初めまして、わたし結っていいます。おば様からお話は聞いてたんですが、挨拶が遅れまして、すいませんでした」笑顔で葵さんへ頭を下げる。
「これは、ご丁寧にどうも」再度、葵さんが頭を下げた。
これ以上は危険だな……
「じゃあ葵さん、僕たち学校がありますのでこれで」まだ頭を下げたままだった、結の手を掴み、全力疾走で駅へと走った。
――息を切らせ駅前まで走ってきた。
「はあはあ……ここまでくれば大丈夫……結、大丈夫か?」結も息を切らせ肩で呼吸をしている。
葵さんから結への、牽制球無しのド直球の言葉に、朝からこんなに冷や冷やするとはおもわなかった。いや、なんでオレはそもそも、こんなにも必死なのだろうか……
自問自答をしていると、結が申し訳なさそうに話かけてきた。
「あのね……あかつき君」
「ああ……ごめんな結〜朝からバタバタしちゃって」溜息をつきながら、結に謝る。
「それはいいんだけど……」結が何かモジモジとしている。
「どうした? 走りすぎてどこか苦しいのか?」
「そ、そうじゃなく……て、手をね……」そう言って恥ずかしそうに結が見てる先には、がっちりと繋がれたオレと結の手がある。周囲の通勤や通学をしてる人たちもチラチラと、そんなオレたちに視線を送ってきた。
「うわっ! ごめん!」慌てて手を放した。
「う、うん……」結が顔を真っ赤にして、胸元で自分の手を抑えている。
朝からホントなにやってるんだオレは……いま非常に自分のこの状況が恥ずかしくなってきた。
「――朝から見せ付けてくれますね」背後から男の声がした。
後ろには、微笑みを浮かべた碧眼の少年が立っていた。その端正な顔立ちは、声を聞かねば美麗な女性としても十分な域にあり、声を聞いた後であってもどこか中性的な妖しさを放っている。その顔を包むように金色の前髪右から左に流れ、後ろ髪は無造作にではあるが、真っ直ぐと肩まで流れるように伸びている。
「ぼくにも、それくらい積極的にしてきてくれればいいのに」妖しい笑顔を少年が浮かべた。
「聖くん、高校生活の初日から金髪にするとは、世の中への不満がそんなに溜まっていたのか……言ってくれれば、こんなことにならなかったのに」オレはセイの肩に手を置いて慰めた。
「違いますよ! これ地毛ですよ! 地毛!」セイが慌てて否定してきた。
「わかったわかった、何も言うな」オレはセイの肩を軽く叩いた。
「結〜いこうか〜」
「うん!」
「ち、ちょっとアカツキ! まってください! 話は終わって……」
五月蝿い金髪少年を置いて、結と改札へ向かった。