♯2 添い合う日に
うう……
何故、オレは自分の部屋で頭を抱えているのだろうか――
朝までの浮かれ気分から、急転直下の人生の岐路に立たされてしまった。
葵さんの「恋せよ暁!」この言葉から、オレの夢に見た高校生活が、何か途轍もなく、重圧・抑圧に溢れたモノになるとは……
オレを悩ませている、葵さんとの我が身を賭けたゲーム……と言ったら格好はつくが、蓋を開ければ、葵さん以上に好きな相手を見つけろという、なんとも主催者の揺ぎ無い自信とオレの不甲斐無さが無ければ、とてもじゃないが葵さんの勝ちにはならないだろう……
お気づきのとおり、葵さんの自信は不動であり、こんなゲームを断れなかった、オレの不甲斐無さも鉄板である。
よって、こうして葵さんの勝ちが決まったのであった。オレだけならまだしも、他人をも巻き込み行わなければならないので、これはこれで平和な結果である。
しかし、こんな不戦勝は気に食わないと、葵さんがなにやら善からぬ作戦を立てたと、大声で息巻いていた。企ては、見えないように聞こえないように、是非知らないどこかでしてほしいものである。何かしているという恐怖心ほど、怖いものはないのである……
――「恋せよ暁!」葵さんの言葉が、頭の中で響き渡る。
「そうだ! 逃げよう!」逃げることは明日の可能性への第一歩である。
部屋のドアノブに手をかけた瞬間、そのドアノブが逃げていった。
「暁〜ごはんできたわよ〜〜」ドアを葵さんが開けてきた。
「……その荷物は何?」オレが持っていたバッグを見て、葵さんが微笑む
「これは……ええっと……ダンベルです」バッグを上下に動かした。
「いや〜〜最近、身体がなまってなまって!」激しくバッグを上下に動す。
「そう、てっきり逃げる気かとおもっちゃったわ」葵さんの目が鋭く光った。
「さあ〜ダンベルは置いて、ごはんにしましょう」
葵さんはドアをゆっくり閉める。
――に、逃げれない
この現実を受け入れるに、いましばらくの時間が必要であろう。
「あの……あの……」
食卓に並んだ色鮮やかな料理たちに、言葉と魂を失いそうになった。
「あのね! あのね! 葵さん! この魚なんかこっち見てるんですけど!」
「あっ! なんかいま動いた! 動きましたよ葵さん!」
「東京の水ってすごいわね〜なに作っても鮮やかな三原色になっちゃうのよね〜」笑顔で葵さんが魚を取り分けてくれる。
「ち、ちょっと! 東京はそんなところじゃないですよ! なんか色々と誤解生んじゃいますよ!」目の前の置かれた小皿から、生命の危機を知らせる電波をキャッチした。
「見た目は……うわ……アレだけど、多分……美味しいわよ!」
「いま、うわって言いましたよね? いいましたよね!」
「男は黙って出された物は食べないと……ね?」葵さんは微笑みを崩さなかった。
「で、でも、こんなの――」そう言いかけた時、葵さんが涙を浮かべた。
――ええ〜……ここでその手できますか……
「ああ! なんかとても美味しそうに見えてきました!」とても感情を込められない。
「いっただきま〜〜〜す!」恐らくこの世で最後の言葉であろう。
――う?……う!!!!
「お、美味しい……」この世のモノではないような見た目だったが、味は現世に留まり、まさかの美味である。
「すごく美味しいじゃないですか!」お世辞無しにそれは美味かった。それを証拠に取り分けてもらった小皿の魚を平らげて、目の前の大皿の料理も次々と口へと運んだ。
「うまい! 美味い! ウマイ!」止まらない美味さだった。
「そ、そう? それは、よ、よかったわ!」葵さんも、あまりの勢いに驚いてるようだった。
「ん? 暁? アナタ、なんか泡吹いてない?」
葵さんの表情がかわった時、目の前が真っ暗になった。
――ん……ここは……
薄暗い部屋で目を覚ます。
――ここは、オレの部屋か……ん?
ずっしりとした重みが伝わってきた。オレのベッドの側に葵さんが腕をついて寝ている。
――そうか、葵さんがここまで。
無理して食べた物が当たるとは、なんともベタなオチとはなったが……ひさしぶりに一人じゃない食卓だった。
窓から月明かりが差し込んできて、葵さんの横顔を照らす。その明かりで浮き上がった顔からは、先ほどまでの自信に満ちた強い印象ではなく、弱々しい少女の印象を感じる。それは普段の大人びた可憐な雰囲気に、時折見せる幼さの残った無邪気な微笑みからも滲み出ていたのを思い出す。
そんな女性が「嫁ぐ」ために、この家にきた……そんなめちゃくちゃな日だったが、なぜかウキウキしてきた自分がいる。
――それに
ここまで担いで、看病してくれる女性だ、悪い人ではないだろう……元凶はこの人なんだけど……とりあえずは退屈『できない』日々が続きそうな気がした。
「明日からも、よろしく葵さん」
目蓋をゆっくり閉じた。
――次の朝
「昨日は失敗しちゃったけど、朝食でリベンジ! さあ食べて!」葵さんが満面の笑みで迎えた。
オレは席には着かず、笑顔でこたえた。
「……葵さん、いってきます!」頭を下げて、家を出た。
この日からオレが専従で食事当番のなったのは言うまでもなかった。