第八話 『お片付けと今後』
何とか日曜日中に投稿出来た……
「これでもう、全てかしら?」
一か所に集められた鉄骨の残骸を見ながら、美鈴は言葉を出す。今の美鈴の服装は、戦闘前のワンピースに麦藁帽子のスタイルに戻っている。 先ほどとは違い、その長い金髪を余すことなく晒している。といっても、どこかで着替えた訳ではない。どうやらあの空間、様々なことが出来るらしく、美鈴が自身を黒い空間で包んだかと思えば、次の瞬間には服装が戻っていた。
鉄骨の残骸を運んだのはレイだ。あの戦闘の後、美鈴はレイに鉄骨を集めるように言ったのだ。反論しようとは思わない。
まだ先ほどのことがうまく読み込めてないが、美鈴がレイを助けたという事実は変わらない。お粗末な例の頭でも、それ程度のことは分かる。さすがに命の恩人に肉体労働をさせるほど、レイの精神は図太くない。
その結果、せっせこ集めたのが現状だ。ずいぶん鉄骨は多いようで、そこら中に散乱していた。一か所に集めた今では、二人の身長を超えるほど大きくなっている。これほどは激しい戦いだったのかと、レイは少し冷や汗をかきながら、あまりの重量に傷んだ腕をぐるぐると回す。
「ああ、これですべてだ。しっかし、これをどうするんだ? 集めて『これがゴミです』なんて言って回収してもらうのか?」
集めたのはいいが、これをすぐ回収できるとは思わないし、これ以上何かしろと言われてもう腕が動かない。さすがにこれ以上腕を使うのはごめんだとレイは思う。
だが、解決策はあるらしい。美鈴曰く、先ほどの空間は物質を吸収できるらしい。
「へぇ……便利な空間だな。さっきもいきなり服装が変わったし」
「そうでも無いわよ。確かに応用次第でいろんなこと出来るけど、その代りとっても体力を使うの。さっきたくさん使ったから、もう肩が重くて重くて……」
「うう……」と、身が入らないように声を漏らす美鈴。そう便利なものでもなさそうだ。どれほど体力を消耗するかはわからないが、レイはすぐバテる自信がある。
先ほどの声も、これから空間で鉄骨を吸収することに対しての憂鬱もあるのだろう。そのことに少し申し訳なさを感じていると、美鈴は手を目の前に出し、さっさと鉄骨を回収した。
だが案の定、体力を消耗しすぎたようで、「あぅ……」という情けない声を漏らし、その場にへたり込んでしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫。まだまだ余裕だから……」
へたりながらガッツポーズを決める美鈴。だが、立ち上がろうとした足はがくがくと震えており、明らかに疲労しているのが目に見えている。その様子にレイは焦り、何か解決策はないかと考える。しかし、考えたところでさほどいい案は思いつかない。
「み、水……」
「水? 水か? 水が飲みたいんだな?」
「……(コクコク)」
どうやら、今の美鈴の状態は水分不足もあるらしい。あれだけ動いたのだから、いくら精神が強くても体が言う事を聞かない。そういう感じなのだろう。先ほど、鉄骨が刺さった影響で、どこかへ吹き飛んだ水筒は回収しておいた。所々凹んでいるが、幸いにも中身は無事なようだ。
水筒を美鈴に差し出すと、とてつもない早さで蓋を開け、中身を一気に呷り始める。
十数秒後、中身を全部飲んだらしい美鈴は、水筒の口から口を離すと、ぷはぁという声を漏らす。
水で湿った唇を腕で拭い、ようやっと少し回復したらしい。だが、まだ体の怠さは抜けないようで、水筒を持っていない方の手で肩をもみながら、顔を顰めている。
「うん、うん。少しは良くなった。よくなった……と思う」
「……それは本当に大丈夫か? とても不安なんだが」
「大丈夫。きっと大丈夫だから」
とても大丈夫そうに見えないが、何度やったところでオウム返しになるだけだ。レイは諦めにも似た感情を覚え、いよいよ重要なことを切り出した。
「……で、さ。お前は能力者でいいんだよな?」
「お前じゃ、ない。私には針城美鈴という立派な名前があるんだから……針城、もしくは美鈴ちゃんと呼んで?」
「わかった……針城」
「……加古川君。あなたヘタレでしょ」
「うぇ!?」
突然そんな言葉を吐かれ、レイは思わずたじろいでしまう。ヘタレと言われても、何がヘタレなのか理解できない。どう呼んでほしいか聞かれただけだから、用意された回答の中から選んだだけなのだが……いったい何が悪かったというのだろう。
「ま、いいわ。能力者かどうか、だったかしら? その答えはイエスよ。まごうことなき異能力者。あなたもそうでしょ?」
美鈴曰く、『便利な空間を操る能力』だと言う。その一言で片付けられる能力では無いらしいが、安易に能力について話したく無いとのこと。テストで隣の席の奴に答えを見せるようなもの、らしい。なるほど、先ほどの戦いのように、何かしら戦闘があるのだから、情報がバレる可能性は減らしておきたい、と言うのは当たり前のことだ。
それ即ち、レイがまだ信頼できるような人間では無いことの証明。天然そうに見える目の前の女の子が、しっかり情報だけは守っていたことに安堵するべきか、あ
「……いや、分からないんだ」
「? 分からない?」
美鈴は頭の上に?マークを浮かべながら再度レイに問いかける。
だが、レイにとって、所謂能力という物が発動したのは今回が初。なのに自分が能力者という自信はない。唯、確実に致命傷だった腹が再生したことから、特別な何かが働いたのは確かである。
「能力が発動? したのは今回が初で、今まで傷が治ったことなんてなかったんだ。それに、あんな長回復、正直信じられない」
「……つまり、つい最近能力に覚醒したという事……? やはりあのあいつの手が……」
「? なんか言ったか?」
何か、はぐらかされた気がする。だが、自身の能力について再度考え、混乱していたせいか、美鈴の言葉は聞こえなかった。
「……いいえ。なんでもないわ。それよりも、能力が発動したのは初めて。という事なら、あなたの能力は再生系かもね。超回復……とか」
「超回復、ねえ……」
現状、それが一番正しいと言わざる負えない。腹がすぐ塞がったのも、レイの能力が再生系だからだろう。そんなことをレイは自分の腹を見つめながら考える。むしろ、それ以外に能力があると言うなら、先ほどの戦闘で何か起こってもおかしくないはずだ。レイの意志によって発動する能力と言う可能性もある。そう考えれば、再生系以外考えられない。
しかし、レイは何か違和感を感じていた。明確にこれとは言えないが、なにか別のものを。
─────そう、敢えて言うなら、回復は副産物とでも呼ぼうか。何かの力の副産物。そういう感じだ。だが、それはレイの勝手な憶測であり、はっきりしないどころか、何の脈絡もない。考えて見たところで無駄骨だろう。
もう一度、レイの体を傷つければ、何か分かるかもしれないが、そんな根性がレイにないのは言うまでもない。
と、そこでレイは、何気なく頬を触り、思わず「痛っ」と言う声を漏らしてしまう。その原因は、先ほどレイの頬を鉄骨が掠った際できた傷だ。
触ってみれば、まだ血が乾ききっておらず、血の粘りとした感触が手に伝わってくる。時間が経ち、傷口さえ塞がってはいるが、跡が残っているのだ。
だが、レイの能力が超回復だというなら、これぐらいの傷はすぐ回復するはず。しかし結果は生傷。何か、特殊な条件でもあるのだろうか?
「……加古川くん」
「ん?」
「一つ提案なんだけど、あなたの能力について、私と研究する気は無い?」
「研、究……?」
「ええ、研究。あなたの能力を研究して、再生系なのか、それとも別の何かなのか解明しませんかって言う、提案。その結果によって、私は能力についてさらに知ることが出来る。あなたは自分の能力を把握し、生き残ることが出来る。どう? ギブアンドテイクよ?」
「生き……残る?」
「? 当然じゃない。そんな摩訶不思議な力を持っておいて、平和に生活できるとでも?」
美鈴の言葉に、レイは自然に恐怖を浮かべる。確かに、よく見る『物語』のような能力が存在しているのだ。一般人に見つかり、解剖されるかもしれないし、先ほどの様に、同じ能力者に襲撃され、死ぬ可能性もあるだろう。今のままでは、あっさり死んでいくのがオチだ。突然首をかっ切られるかも知れないし、今回は運がよかったものの、今度こそ肋骨が心臓に刺さって死ぬだろうか。
その事実を自覚した時、レイは内心ハッと笑った。結局は、美鈴に協力するしかないのだ。仕組まれたと言えばそれまでだが、結果的に得があるのは確か。それだけ分かれば、後は決まっている。
「……分かった。協力するよ。ギブアンドテイクは忘れないでくれよ?」
「ん、了解したわ」
レイはただ死にたくないだけ、それだけだ。敵に自分から向かっていく勇気はないし、鉄骨が腹に刺さるようなめにはもう遭いたくない。危険から逃れるために力をつけるのだ。そんなことを考えると、不思議に笑みが浮かんでくる。振り切ったのか、それとも理由はないのか。
「……んで、俺は具体的にどうすればいい?」
「あら、さっきよりずいぶん積極的ね?」
「まあ、そりゃ積極的にもなるさ……死にたくないしな」
「ははは、加古川君は弱虫だねぇ」
その答えは、美鈴にとって満足のいく回答だったのか、ただただ美鈴は微笑むだけ。そんな顔をにレイは毒気を抜かれ、頭をポリポリと掻く。雰囲気─────まあ、元からなかったが、決意を決めるシーンぐらいしっかりさせてほしい。何か台無しにされた気分である。そして、この場を終わらせるように、美鈴はその眼光を細めて、
「これからよろしくね?」
「……ああ」
再度意思を確認するような言葉に、レイは簡素に答えを返す。
能力の正体が分かるかは不明だが、少しでも生き残る可能性があるなら、それに掛けてみよう。それに、少し面白そうな気もしてきた。
──────今のレイの状態は、言ってしまえば危険である。本来異常であるはず超回復を、すんなり受け入れているのも、これが原因だ。
極度の混乱状態の中で、美鈴と言う熟練者を見つけ、これでもう安心だと、思い込んでいる
詐欺と同じで、弱みに付け込んでいる状況だ。美鈴に悪意はない。本人は善意であり、ギブアンドテイクと言っている通りだ。
(これが……最善策だ)
レイはまだ、この偶然の産物が起こす悲劇を知らない。この時の自身の判断を、呪うことになるなんて。
なお、レイ達が去った後に、騒ぎを聞きつけた近隣住民が何が起きたのか探りに来たのだが、そこには痕跡はなく、|何らか(鉄骨)によってできた穴ぼこだけがあった。
この穴ぼこは、なんで空いたか分からないという理由で、少しの間近所で騒がれることになったのだが、それはまた別のお話。
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集めたごみ袋を係の人間に渡し、無事『タコ焼き無料券』を貰い、レイは帰り路に着いた。
前夜によってやらされた雑用だったが、結果的に美鈴と出会い、能力について知ることが出来た。そう考えれば、やってよかったとも言える。
だが、自身が集めたごみで手に入れたこの無料券を、前夜に渡すとなると少し腹が立ってくる。それでも、すでに自分で『渡す』と言っている以上、もう無駄な足掻きという事は分かっている。
現在の時刻は六時。太陽が彼方へ沈み、町が赤く彩られる頃だ。
「明日の祭り、午後四時に集合……」
なんてことを考えながらも、先ほど美鈴と交わした約束を、再度呟く。
レイの能力について研究することになった手前、また会うことは必然なわけだが、生憎レイは携帯など持っていない。連絡先を教えるのも手だが、口頭で教えるのも気が引ける。という事で、祭りで会うことになった。そこでいろいろ教え合いましょうという魂胆である。
祭りの日は基本的に、皆が遅く帰ることが多い。
それは中学生のみならず、小学生もだ。つまりは、遅く帰っても疑われないのである。度が超える程遅くなれば別だが、居ても五時間だろう。まあ、愛子はレイのことなど気にしないので、言う必要はないともいえる。
そのことを美鈴に話したら、可哀そうな子を見るような眼で見られたのは、言うまでもない。
集合後は、少し祭りを回ったりした後、美鈴の家で研究するらしい。家に行くという言葉に、レイが少しむず痒くなった。
祭りを回る理由は簡単。『楽しみたいから』だそうだ。出会った時から思っていたが、美鈴はしっかりしてそうに見えて天然である。ところどころ抜けているし、言動に子供じみたところが垣間見える。まあ、そこが美鈴のいいところなのだろう。その容姿も相まって、友達は多そうだ。レイとは違って。
とそこまで考えて、ふと思った。『あれ? 楓の時の二の舞になるんじゃね?』と。
楓も美形、美鈴も美形。地域の人間が多く参加する祭りでは、当然美鈴のクラスメイトなども参加するだろう。そんな美鈴が男子に人気じゃないわけがない。楓関係で味わったレイの感覚がそう言っている。
ちなみに、レイと美鈴が同じ学校でないことは分かっている。これは、美鈴がいたら学校で騒がれているだろうからだ。『桜ノ坂中学』で、楓と同等の人間がいるという話を聞いたことがない。あったらすでに楓が話しているだろう。
つまりは、楓の時と同じように、レイが恨まれる可能性がある、という事だ。
「えっ、えぇ……」
一気にモチベーションが下がったと言わんばかりに、そんな声を漏らすレイ。だが、同じく経験から考えるに、もう手遅れなはずだ。
しょうがないと割り切って、とぼとぼと家へ向かっていく。
哀感漂うレイの背中を、夕陽は静かに照らしていた。
六月十二日、レイの心理表現を追加しました。




