第七話 『やせいの のうりょくしゃが あらわれた!』
遅れた……週一投稿になりそうです。
二人に真っすぐ向かってくる鉄骨の大群に対し、レイはまるで隕石が迫ってくるような錯覚を覚えた。
「───────ッ!」
レイの体を舐めるように迫ってくる死の気配。当たったら絶対に死ぬという、嫌な確信がレイにはあった。
あまりに突然な状況に、ただ茫然と受け入れるしかない。生きようとする精神に対し、肉体が動こうとしない。それは恐怖からなのか、果たして諦めからなのか。
「──────加古川君ッ!」
レイの方へ、美鈴が近寄ってくる。なぜ、近寄ってきたのかはわからないが、ちらりと見えた美鈴の目には、諦めはない。むしろ、レイのことを助けようとしているようだ。
普段なら、なぜ助けるだとか、勝てるわけがないとか、そんな疑問が浮かんでくるのだが、生憎こんな状況だ。レイの頭に浮かび、できる行動は一つ。
「──────逃げろッ!」
必死に、その声だけが口から出た。その声に驚いたように美鈴は体をピクリと震わせた。何とか美鈴が近寄り、巻き添えをくらうことだけは免れたが、もはや関係のないこと。
そのまま、鉄骨は空中を這うようにして、レイの腹へと激突した。
「ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅ!」
バキッ!─────いや、そんな音では表せないような音共に、レイの腹へ衝撃が走り、数十メートル吹き飛ばされた。地面を体が擦り、鮮明な痛みと傷が出来ていくのが分かる。それは体験がした『イタイ』ことのないほど激しく『アツイ』て、頭が狂いそうに『クルシイ』なる。
なんでこんな『モウイヤダ』ことになったのか認識できず、徐々に呼『ハラが』吸『イタイ』できなく『クルシイ』なって『ナンデ』『クルシイ』『クルシイ』クルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイ──────
「ハッ、グ、ヒハッぐがぁぁぁぁ!!」
もはや正常の思考が出来なくなり、レイはただ悶える事しかできず、腹を抱えながらまるで体を押し付けるように地面へ転がる。目の前がチカチカと点滅するようで、周りの音も聞こえず、何が起こったかすらわからない状態だ。
幸いというべきか、鉄骨は正確に腹に突き刺さり、脇腹の骨を折るまでにとどまったようだ。これがもう少し上だったら心臓が破裂していたところだろう。
その上、レイは意識を失わなかった。ナイフで刺されていたのなら別だったかもしれないが、今回は鉄骨による打撃。内出血や骨がバラバラになっているかもしれないが、それでも、意識を失うことはない。
正常な思考が出来なくなったレイだが、それでもこの事実だけは理解できた。それは『痛みはまだ続く』という事。その事実にレイの精神は狂気へと誘われる。
痛みによって強引に生かされていたレイの精神は、とうとう限界を迎え──────
「─────まさか、あなたも能力者だったなんてね……もう直ってるわよ? 再生系の能力かしら?」
「……ぁ?」
不意に声がし、そちらへ体を向けると、そこには美鈴がいた。いつの間に移動してきたのか。いや、視覚さえも分からなかったのだから、近づいているのに気づかなくても不思議ではないだろう。
そして気づく。自分が体を向けたことに。
「え……? なぁ!?」
その事実に驚き、急いで腹を探ると、傷が消えていた。今思えば、徐々に再生していたのかもしれない。幻覚痛という奴だろう。それか、肉体が再生しているという不思議─────いや、不可解な現象を痛みと勘違いしたのだろう。目の前に目を向ければ、そこにはレイの血がべっとりと着いた鉄骨が横たわっている。
「……のう、りょく?」
「ええ、そうよ。異能力というやつね」
美鈴は、無表情のままレイにそう告げた。先ほどの優し気な笑みはなく、別人ではないかと思ってしまう程、表情が冷酷になっている。
まだ困惑が残りながらも、レイは立ち上がり、体を動かしてみる。やはり問題なく動かせるようで、痛みや傷跡も残っていない。しかし、腹に鉄骨があったという鈍い感触は残っているようで、少し気持ち悪い。
「─────来るッ!」
「ッ!?」
腹の様子に違和感を感じているレイの隣で、美鈴は上空へ顔を上げながら、声を張り上げる。レイもつられるように上空を見てみると、そこには再度飛来する鉄骨があった。先ほどより本数が多い。何本か数える暇などないが、最低でも五本はあるだろう。
再度訪れる濃密な『死』に対し、レイの呼吸は再度乱れる。一本だけならまだどうにかなるかもしれない。いや、一本でも十分危険だが。それが数えられないほど多いとなると、もはや考えることがバカバカしくなってくる。
レイはその鉄骨に対し、もはや抗う術はないとでも言うように、顔を手で覆い、目を反射的にギュッと瞑る。
その鉄骨が何なのか、いったい何が起きているのか、何もわからない。ただ分かるのは異常だという事。自分が生きていられるような状況ではないという事。その事実を受け入れ、ただ鉄骨が飛来するのに備える。もっとも、どうしたところで無駄だ。
そして、再度レイへと鉄骨が降り注ぐかというところで、それは起きた。
ザッ
「──────死ぬのは、まだ早いんじゃない?」
突然、声が響き、突風が巻き起こる。
目を開けられないほどの風圧だ。その風圧に、思わず尻餅をついてしまう。
ようやく風が止み、目をゴシゴシと擦りながら開けると、レイは驚愕した。
そこには、服装が変わっている美鈴の姿があったのだから。髪は束ねられ、動きやすそうな服で──────そう、例えるなら、侍という言葉が似合う、絢爛な格好だった。美鈴の左手には、何故か剣の鍔らしきものが握られている。
だが、レイが驚いたのはそれだけではない。それ以外にも、美鈴の周囲に黒い丸型の『空間』のようなものが存在している。否、性格には球体という表現は正しくない。なんとなく球体に見えるだけであって、本来その形は不定形だ。『空間』に絵の具で丸を描いた形、という表現が一番正しいだろう。
直後、美鈴の目の前、そしてレイの目の前にも『空間』が展開した。
「……飲み込め」
美鈴がその一言を呟くと、さらに『空間』は大きくなる。展開していた空間と空間が繋がり、元の大きさの何倍もの空間が出来上がった。いまや、二人を丸ごと覆い隠す程の大きさだ。
そして、数本の鉄骨がその『空間』と接触した瞬間、ドボンッという音を立てて、次々に『空間』に吸い込まれていく。というよりは、まるでどこか別のとこに消えたという感じだ。
その様子を見届けると、美鈴は、右手を目の前に翳す。するとどうだろう。繋がっている空間同士が分裂し、今度は影のような動きで、美鈴が持つ鍔へと収束していく。
次の瞬間、黒い空間は鍔から上へまっすぐ伸び、黒い刃のような形をして形成していく。数秒後、そこには大きな刀が一振り、存在している。
今度は不定形ではない。しっかりと存在しており、刀の一部となっている。
美鈴はその刀を構える。素人のレイでもわかるほどの、洗練されている動き。『技術』と称されるだけの何かがあった。
「……そろそろ、出てきたらどうかしら?」
体勢を立て直したレイとは変わり、美鈴は目の前に向かって問いかける。まるで、どこかに人が隠れているような言い方だ。しかし、視界の中には誰も映っていない。一体美鈴には何が見えているというのか。
そんな時だ。
「─────ああ、いいね。これが『戦闘』なんだね。思ったよりは怖いけど、それも主人公らしくていいなぁ……」
どこからともなく声が響く。その声はひどく楽し気で、少し不気味さを感じるような声色。
次の瞬間には、二人がいる数メートル先に、一人の少年が立っていた。その右手には、鉄くぎが数本握られている。全身が白い服装で、真っ白い。ただ、一つ違うとすれば、美鈴同様、日本人らしからぬ髪色、赤色という点だろう。
「戦闘というには、あまりにお粗末よ。今までのは一方的な攻撃じゃない」
「……けど、俺は姿を現した。これで対等だ」
美鈴の挑発も、少年はどこ吹く風だ。それどころか、手に持った釘を別の手で持ち、それを鉄骨に変えて飛ばしてきた。
先ほどよりも距離が近く、鉄骨の大きさも相まって、出した瞬間にぶつかりそうだ。だが、驚くレイに対し、美鈴は冷静に刀を構え、その鉄骨に対し横なぎに払った。
次の瞬間、まるでバターの様に鉄骨が切れ、機械で切断したように真っ二つとなる。鉄骨は、二人の背後に乾いた音を立てて落ちた。斬鉄剣もびっくりの切れ味だ。あれは切った、という感じではあるが、美鈴が今握っている刀は、まるで切ったという感じがない。
その様子に、少年はカラカラと乾いた笑みを浮かべながら、言い放つ。
「はじめよう」
「出来れば、穏便にね?」
─────最初に仕掛けたのは美鈴だ。黒い刀を左手に持ち、真っすぐ少年へと突っ込んでいく。
それに対し少年は、手の釘を鉄骨に変換して、それを片手で担いだと思うと、近づいてくる美鈴に対して鉄骨を振りかざす。信じられないほどの腕力だ。鉄骨を射出するまでは分かる─────いや、それでも異常だが、こうも軽々と振う力は、その腕のどこから湧いてくるというのだろう。
だが、それは悪手だ。先ほどの時と同じく、美鈴は剣をまっすぐ振り下ろす。次の瞬間には、刀の直線状にあった鉄骨が切れている。
そのまま少年ごと切り裂くかと思えたが、少年は持っている鉄骨を放棄し、後退しながら鉄骨を飛ばしてくる。
鉄骨の射出速度は、もはや先ほどの比ではなかった。さすがに切るのは無理と判断したのか、鉄骨と鉄骨の間をすり抜けていくことで、美鈴は回避する。
鉄骨は、二人の背後にいるレイの頬を掠め、その速度も相まって地面へ突き刺さる。
危機一発としか言いようがない。数ミリずれていたら、脳がやられていた。一瞬、美鈴が狙ってやったとも思ったが、それほどの神業ができるとは思えない。さらに、今度の傷は治らなかった。何が違うのかはわからないが、傷がピリピリと痛むので、手で覆う。
一瞬、レイに逃げようという思考が浮かんだが、なぜか目の前の攻防が見離せなかった。
「……その剣、厄介だね」
「剣じゃなくて、刀よ。間違えないで?」
「そうかい。それはごめんよ!」
他愛無い会話をしながら、少年は両手に鉄骨を持ち、軽々と美鈴へ振り始める。それは、もはや刀で切ればいいという次元ではない。美鈴は逃げに徹していた。
超重量級の鉄骨が生み出され、川を乱舞している。
どうやら鉄くぎを鉄骨にしているようで、少年はそのポッケから鉄くぎを無数に取り出したかと思えば、次の瞬間には無数の鉄骨、という展開だ。その鉄骨が銃弾をも凌ぐという速さで飛んでくるのだから、レイは戦慄を隠せない。
だが、そんな鉄骨の嵐の中でも、美鈴は冷静そのもののようで、刀一本で舞うその体には、焦りさえも感じていないようだ。
鉄骨を切り、躱し、また切る。いつかし、そんな攻防の横には、鉄骨の残骸の山が出来上がっている。にも関わらず、二人の動きは全く鈍らない。美鈴はむしろ、その山の鉄骨を防御に使う程だ。
「ずいぶん、『能力』を使い慣れてるわね」
「ああ。今日だけでもう数人殺したよ。この『能力』は素晴らしいね。まるで化け物にでもなったような気分だ」
「化け物、ね。その言い方はあながち間違ってないんじゃない?」
次の瞬間、美鈴の動きが変わる。その鉄骨の山へ手をかざしたかと思うと、刀の黒い刃のが少し縮み、先ほどの空間へ戻ったのだ。その空間は、鉄骨の山を覆う程の大きさになり、鉄骨を地面ごとのみ込んだ。
かと思えば、手を少年の方へ翳す。その動きに連動するように、空間も少年へと向いた。
「おや? 何か違う事でもするのかい?」
「ええ。面白いもん見せてあげる。死んだらごめんなさいね?」
ぱちりとウィンク。その動きに何か嫌な予感がしたのだろうか。少年はとっさに空中へ。だが、それはもう手遅れだ。前に翳した空間が、一瞬小さくなったかと思うと、次の瞬間には爆発するかの如く巨大になった。だが、その空間は今までとは違い、白。
先ほどの真っ黒とは対照的な、何物も寄せ付けないような真白だ。その白い空間から、今度は無数の鉄骨が射出された。その形はまるで、先ほど黒い空間が切った部分のよう。
まず一本。傷一つついてない鉄骨だ。だが、二本目からは、まるで切られたような断面が見え、少し細くなっている。無数の鉄骨は、真っすぐ少年の方へ。
空中へ逃げた少年は、最初の数本は回避するものの、次々と襲い掛かる鉄骨には敵わないようで、その体に鉄骨が突き刺さっていく。細くなったことで、打撃というよりは槍のような攻撃に変わったのだ。
やがて、視界が美鈴の射出した鉄骨で埋め尽くされ、そこら中から埃などが舞い、目の前が見えなくなる。埃が晴れたころには、全身から血が垂れ、ところどころに鉄骨が刺さっている少年の姿がある。
「カ八ッ! ……確かに、これは死にそうだ。痛い、痛いよ。穏便じゃないのは君の方だ」
「ええ。だって殺す気で放ったもの。けど、死ななかったからよかったじゃない。命があるだけ儲けものよ」
「……ああ。確かにそうだ。俺は君たちを襲った。それはどーしようもない事実だ。─────今回で、俺は弱いことが分かった。次会う時までは強くなっておこう。『主人公』は強くなるものだしね……」
「……できれば、二度と姿を現さないでほしいわね」
心底いやそうな顔をする美鈴。どうやら、もう少年に戦闘の意志はないようで、その口から紡がれた言葉は諦め。少年はその鉄骨を体から抜いたと思うと、おもむろに動き出し、信じられない身体能力でその場から去った。
訪れる静寂。残ったのは美鈴とレイ。そして鉄骨だけだ。戦闘現場となった川は、今や荒れ狂い、草なども抜け落ちて大変なことになっている。その状況を見て、美鈴は「うわぁ……」とつぶやくと、鍔を懐にしまう。次の瞬間、美鈴の体が空間に包まれたかと思うと、服装がワンピースに代わり、その頭には麦わら帽子をかぶっている。麦藁帽子を押さえながら、美鈴はレイの方へ顔を向けた。
「……後片づけ、手伝ってくれる?」
「あ、ああ。いいよ……けど」
「さっきの事なら後で言うわよ。いろいろ含めて、ね?」
美鈴は怪しげに微笑んだ。その笑みに、レイが寒気を感じたのは、言うまでもない。
七話にして能力者初登場。そして初戦闘。
ここまでのタイトル詐欺も、最近珍しいと思う今日この頃。テスト期間なので来週の投稿は難しそうです。
誤字脱字報告、感想、評価待ってます。
六月六日:空間の描写を一部変更しました。




