第六話 『タコ焼きの引力』
ちょっと、今回の話は普段より誤字が多いかもしれません(元から多い)。
結局、レイが全力疾走した結果、掃除の集合場所に着いたのは開始の数分前だった。
自分の知る限り、最短のルートを駆け抜けた結果である。ただ、最短を考慮しすぎたせいか、無茶な道なども通ってきたおかげで、服が所々汚れてしまった。結局、愛子に怒られる運命は変わらないようで、レイはため息をつく。
今思えば、多少遅れてもいいから正規ルートを通るべきだったかもしれない。レイの性格的に、遅れてきたら絶対に嫌なので、それも仕方がないのかもしれない。
どちらをとっても不幸だったわけだ。全ては忘れていた前夜が悪い。これぐらいは言っても許されるだろう。
「いやぁ……何とか間に合ったが、すっかり汚くなったな……」
安堵の声とともに、後悔の声も漏らす。レイの予想通り、案の定汗もかいた。タオルを持ってきているため、汗をかいたまま掃除することはないが、それでも服などが汗で張り付き、少し気持ち悪い。
せめてその不快感を紛らわすように、肩に掛けている水筒を一気に呷った。
「ぷはぁ……別に生き返りはしないな……」
喉がひんやりと冷えるのを感じながら、そんな声を漏らす。暑い中家で飲むような水なら、生き返るのかもしれないが、ここは外。しかも昼時の炎天下である。
そんな中水筒の中身を一気に呷っても、ただ冷たいという感情しか伝わってこない。その言葉を使うには正しい場所と時間があるのだろう。むしろ氷を入れすぎたせいで、少し喉が冷えすぎているぐらいである。下手したら咳が出る始末だ。
まあ、美味いのは確かな為、これ以上不満を言うのは筋違いというものだろう。
「うわぁ……たくさんいるなぁ。わざわざご苦労なこったねぇ……」
ともあれ、水を飲んだおかげで調子を取り戻したレイは周りを見渡す。
たくさんの話し声が聞こえる中、聞こえるのは多くの小中学生の姿だ。
誰もが友人と楽しく話しながら、今か今かと開始を待っている。掃除でも、友人とやれば楽しいということだろうか。
掃除が好きという可能性もあるだろうが、大半はたこ焼き目当てだろう。あとは暇な人間だけだ。
だが生憎、レイにその感情は理解できない。一緒に来るような友人もいなければ、現地で会って挨拶するような知人もいない。単なる雑用であるという事実が悲しいところだ。いや、むしろ雑用とも呼べないかもしれない。
「はいっ! みなさん前を向いてください!」
タオルで顔を拭いたり、水筒を呷ったりして待機していると、目の前の方から声が聞こえた。
どうやらようやく開始時刻らしい。
その声で話していた者達の声が止み、声をあげた人物へと注目する。レイも同様にそちらを向いた。
声をあげた人物はそれなりに歳をとっている老人である。リーダー的な人物なようで、他の役員などの先頭に立ち率いている。といっても、その人物はこの地域でもずっとリーダーとしてやってきた人物だ。名前こそ覚えていないが、街の人間に知っているか聞けば、小学生は皆知っていると答えるはずだ。
老人は、皆が静かになり注目したのを見ると、頷き、話し始めた。
「今日はお集まりいただきありがとうございます。本日は良い掃除日和で───」
そこから始まるのは、簡単な開始の挨拶。そしてルールとまではいかないものの、簡単な説明だ。
範囲は川の周囲。ただし川には入らないこと。
拾うゴミの種類などは正しく分別し、しっかりとした掃除にすること。
など、基本的には説明しなくてもわかるようなことである。
そのためか、誰もがその説明を暇そうに聞き流していた。レイも同様だ。そんな説明など、小学校低学年でとうに聞いている。だが、一応は規則なのだろう。老人も皆が飽きていることに気がつきつつも、説明を続けている。
まるでつまらない校長先生の話を淡々と聞いているような気分である。
「───以上です。では、始めてください!」
ようやく長ったらしい説明が終わり、参加者達は動き出す。レイも同様だ。
手荷物の中からレジ袋を取り出す。いろいろと支障はあったが、これは紙に書いてあったので、持ってきて正解だったと言える。
そしてレイは、とある場所に歩き出した。
それは川の端、奥まったところにあり、岩などの障害もあって普通ならば近寄らない。そんなところをレイは目指す。
早々と集団や学生たちの集まりから抜け、一人走り出した。
理由は簡単。周りに気づかれないためだ。先ほども言ったが、レイの学校の生徒達も大勢来ている。いわば、レイのことをクソッタレ野郎と呼ぶ人間が、大勢いるのと変わりない。
ただでさえストレスが溜まっているのに、これ以上イライラしたくないというレイの考えだ。それに万が一楓なんかと会ったらえらい羽目に遭う。学校の生徒達はレイと楓が喧嘩したことを知らないのだ。
そのため、今まで楓によって直接的な暴力などはなかったが、それが崩れた今、レイはイジメの対象となるだろう。
まあどちらにしろ、休日が明ければバレることに代わりはないのだが、それでも足掻きたくなるものだ。勉強を諦めず足掻けというツッコミはなしである。
それに、川の端というのはゴミが多い。最初の方に多くゴミを集められれば、後半のんびりできるだろうという作戦だ。せこいとしか言いようがない。。
「それにしても、足場悪すぎだろ……」
川の端を目指して歩きながら、そんな声を漏らす。
真ん中の方なら、人が歩くという事でそれなりに放っているのだが、こう端の方となると草は伸び、岩などもごろごろ転がっており、非常に歩きづらい。一歩間違えば転んでしまいそうだ。
そんな不安を抱えつつ歩いていると、遠目に何かが見えてきた。
「……? 動物?」
目を細めながらそれを見つめる。今のレイの場所からぎりぎり目視できるかというところに、何かがあるのだ。それはなにやら黄色い色をしているようで、ぴょこぴょこと動いている。まるで得体のしれないものが動いているような感覚で、少し不気味だ。
レイは訝し気に思いつつも、その黄色がある方へと進んでいく。
不気味ではあるが、また興味もあった。唯ごみを拾うのも面白くないし、何かあるなら暇つぶしぐらいにはなるかな、という考えだ。
どんどん近づいてみると、それはレイの腹程の位置にあることに気が付く。遠目であるという事と、周りの草でわからなかったが、それなりに高いところにある。
それは果たして動物なのか、それとも動く機械か何かなのか。ほぼ前者だろう。ここまで来て単なる物ですなんて展開はご免である。
一応、生物という事を警戒して、静かに歩いていく。できるだけその生物を驚かさないように、バレないように進んでいく。しかし、
パキッ
(……!)
「ひっ!」
なにやら、テンプレの予感。
目の前から、何かの声が聞こえる。レイは注意しすぎたせいか、逆にそれが仇となり、捨ててあるペットボトルを踏んでしまった。木の枝ではない。物音がしないところならまだしも、こんな川で木の枝なんて踏んでもわからない。草の音の方が大きいぐらいだ。
普段なら、ポットボトルなど踏む前に気づくが、生い茂る草のせいで見えなかったようだ。
どうやらやはり生物────というか、人間だったようだ。姿を見る限り、レイとさほど年の変わらない。長い金髪を押さえつけるように麦藁帽子をかぶっている。先ほどの黄色は帽子と金髪だったらしい。だが、その金髪という印象とは裏腹に、その瞳はまるで宝石のように黒く、ひどく儚げだ。しかしそのギャップが、逆にその少女の美しさを引き立たせていた。
身長は百六十センチほど。白いワンピースを纏った姿は、まさに夏と言った感じだ。
「……貴方は、誰?」
きょとんと、首を傾げ、目を白黒させながらレイに問いかける少女。その瞳は不安と困惑で揺れている。いきなり背後に人が現れたら驚くのも無理はないだろう。その上、現れたのは男ときた。静かに少女に近づいている姿は、端から見れば犯罪にしか見えない。
対して、レイはその少女に見惚れていた。何らかの動物だと思っていたのが、少女だという事にも驚いたのだが、その幻想的な容貌に驚いている。特に、金髪に見惚れている。日本人とは思えないような髪。しかし、一目で染めているような代物ではないと分かる。
いまだその髪に驚きつつ、少女の問いに答える。
「えっと、加古川レイという名前だ」
まだ少し困惑しているせいか、少し突っかかりながらもしっかり返事をする。何者かという問いに舐めのことを含まれているかどうかは不明だが、今回はそれが正解だったらしく、少女は顔を綻ばせた。
「そう、加古川君。私は針城 美鈴。よろしくね?」
「はぁ、よろしく」
ふわふわと、つかみどころのない人だ。まるでレイの心を弄ぶかのようにくすくすと笑っている。だが、レイもだんだんと調子を取り戻してきたようで、話し方も大分安定してきた。
「なんで、こんなところにいたんだ?」
「なんでと言われれば、それはゴミが多いから、という答えになるわね」
どうやら、少女もレイと同じ考えらしく、この川の端に来たとのこと。レイが「俺も同じだ」というと、美鈴は驚いたような表情をし、くすくすと笑った。
女の子の笑顔に耐性のないレイにとって、その笑顔は致命的なようで、少しかわいいと思いながら、目を逸らしてしまう。
その反応に美鈴は気づかないようで、レイにある提案をした。
「……そうだ、もしよかったら、一緒に掃除をしない? 一人より二人でやった方が捗ると思うのだけれど」
「え? そ、それは別にいいけど、その服装で掃除できるのか?」
提案は嬉しいのだが、美鈴の服装はワンピース。とても掃除できるような服でないことは確かだ。虫がそんなに多くないとしても、いないわけではない。足がむき出しになっている今の状態では、掃除は難しいのではないだろうか、そう思っての指摘だ。
「出来るわよ? 虫除けスプレーがあるから」
「え? いや、いくら虫除けがあっても……」
「虫除けがあるから大丈夫」
「いやいやでも「大丈夫」」
どれだけ虫除けを信頼しているんだ!? と、思わず驚いてしまうレイ。いくら虫除けでも、完全に防ぐことはできないだろう。しかし、美鈴の足を見てみても、虫刺されどころか、汚れ一つないのが現状なので、否定できないところがもやもやする。
まあ、美鈴がそこまで言うのなら、これ以上レイに否定する気はない。そう思い、肯定の言葉を口にしようとしたところで、美鈴は驚愕に顔を染める。そして、レイに向かって叫んだ。
「────加古川君ッ!」
「えっ……?」
美鈴の声を聞き、レイは不意に後ろを見る。ふらりと後ろを見たレイの目に映ったのは、
(……!?)
─────レイと美鈴へ飛んでくる、無数の鉄骨だった。




