第四話 『現実への帰還』
GWが終わったので、これからは不定期更新になると思います。最低でも週に2話はあげます。
レイ達の家から小学校は、徒歩約十分の場所にある。
楓が遅れたせいで、登校時間まであと5分弱という、かなり追い詰められた状況だった。このままのペースでいけば残り7分で着くはずではあるが、それでは間に合わない。
そういう訳で、ただいま二人は絶賛爆走中である。ランドセルに中に入っている教科書が実に重く走り辛い。
さすがに5分前という状況のせいか、周りを走る小学生はいない。それぐらい追い詰められている状況という訳だ。その事実に内心焦りを隠せない。遅れたりしたら罪悪感が大変なことになる。
ようやく住宅街を通り抜け、遠目に学校が見えてきた。
感覚的には、今までと同じ速度で走れば間に合うといったところだが、もうレイの体力が限界だ。基本的にインドア派のレイに持久力を期待されても困る。
対して楓は疲れてはいるものの、まだ余力が残っているらしく、とうとうレイを抜かしてしまった。
「遅いよレイ! 遅刻する気!」
「そんな、こと、言われても」
息も絶え絶えになりながら、楓の呼びかけに答える。しかし、息が切れているせいか掠れたような声になってしまい、届いているかどうかも怪しい。
レイとしては、楓の体力を分けてほしいぐらいだなんて考えていると、
ドンッ!
「きゃっ」
「おっと! 大丈夫!?」
楓が角を曲がるとき、まるでテンプレのような出来事────『遅刻遅刻からのドンッ』に遭遇した。ぶつかったのはレイ達と同じぐらいの男子だった。
その少年は楓が倒れる前に手を掴み、転ぶのを阻止した。
レイも急いで駆け寄り、楓の安否を確認する。
「楓、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫。その人が支えてくれたから」
楓が指差したのは、楓が転倒を止めた少年だ。短い髪にきりっとした目。一目見て気の強いと分かるような見た目である。ランドセルを背負っていることから小学生だと分かる。
楓は頭を下げ、相手に感謝の言葉と謝罪の言葉を口にした。
「ああ! 無事で何よりだ。俺の名前は文也 大吾! よろしくな」
「よろしく。俺の名前は加古川 レイ」
「私は花岬 楓。よろしくね」
三人は互いに自己紹介をした。
文也大吾と名乗った少年は、どうやらレイ達の通う小学校の転校生らしい。親が死んで、親戚の家で暮らすために転校してきたらしい。
だが、そのことに関して大吾は特に悲しんではいないらしく「確かに悲しいけど、何時までもそんなことしてたら父ちゃんや母ちゃんが悲しんじまう。俺は笑顔の方がいいって、言ってたんだ!」と笑顔で笑っていた。
その話を聞いて二人は少し涙ぐんでしまう。ここまで親のことを思える子供も珍しいのではないだろうか。レイも両親が死んだら悲しむだろうが、ここまですぐ前向きになれるかわからない。
「あ、そうだ。学校の登校時間って何時なの? 俺今日寝坊しちゃったから、間に合うか分かんなくてさぁ」
「「えっ?」」
確かにそうだ。レイと楓は学校に遅刻するから走っていたはず。ぶつかったことで忘れていたが、今の時間は……
(やばっ────)
─────キーンコーンカーンコーン
どうやら、間に合わなかったらしい。
結局、三人が教室に着いたのはチャイムが鳴ってから7分後だった。せっかく息切れになるまで走ったのに、これでは無駄骨だ。二人と大吾は同じクラス、5ー3だ。
大吾は転校生であり、初日という事で遅刻を見逃されたが、二人はそうもいかない。「通学路で迷っていた大吾君を道案内していたんです!」という言い訳(実際案内はした)も虚しく、先生からのお叱りを受ける羽目になった。
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五時間目の社会が終わり、ようやく放課後となった。大吾の件があったせいか、余計に長く感じられた気もする。まあ、せっかく新しい友達が出来たのだ。そのことは水に流そうと、レイは心の中で思った。
「レイー! 一緒ん帰ろうぜー!」
「ん?」
大吾が手を振ってそう呼びかける。大吾の席はレイと少し離れていて、放課後の中ガヤガヤしている中で届くような距離ではないはずだ。だが、大吾は声がデカいというより、元気がいい。そのため音が反射している教室内でもよく響くのだろう。
だが生憎レイはそこまで響かない。決して小さいわけではないのだが、かといって大きいわけでもない。席が離れている中で十分に届くかと言われれば、それははだはだ怪しいところだろう。
仕方なくランドセルを持ち、大吾の席の近くまで寄る。
「ああ。いいよ。けど楓も一緒になるよ?」
「わかった。問題ない!」
レイは何時も楓と登下校している。家が近く、同年代なのだから、当然と言えば当然だ。大吾には失礼だが、レイにとって最優先は楓だ。大吾が楓に嫌な印象などを抱いているのなら、一緒に帰る訳にはいかないのだが、その心配は杞憂だったらしい。
楓も誘い、教室を出ようとする。しかしそこでふと思いだした。
(あ、そうだ。本の返却日今日じゃん)
レイはランドセルから図書室で借りた小説を取り出す。と言ってもかなりラノベに近い奴だ。この本は結構人気で、普通の本より返却日が短いという諸事情がある。
それはともかく、気づいたというのに返さないわけにはいかない。二人に「先いってて」と伝える。だが二人は校門で待つらしい。そんな二人に感謝しつつ、レイは図書室へと向かう。
図書室は一階の端。レイの教室も三階の端。階段を下るだけですぐついてしまう。
関係ない話だが、レイはこの図書室の扉を開けるとき、妙に緊張してしまう。図書室の扉が無駄にでかいせいか、それとも雰囲気が静かな成果は分からない。
やや緊張しながら扉を開ければ、鼻に広がるのは紙の匂い。一度開けてしまえばこっちのものだ。速やかに返却カウンターへ向かう。
「あ、彼方」
「ん? ああ、レイじゃあないか。クククッ。あいも変わらずアホな顔してるねえ~」
「うるせぇ!」
割とハードな毒舌を躊躇いもなく吐く人物は、明日花 彼方。男っぽい口調ではあるが女である。その口調とは裏腹に、ポニーテールにした長い黒髪に先ほどの毒舌には似合わない優しげな目が特徴であり、クククッと笑うことに定評のあるアニメオタクである。実際今も、図書委員という立場を利用して本を読み漁っている。
この学校で唯一レイと気が合う生徒だ。やはり小学五年生ではあまりラノベは読まないらしい。オタクという生き物は、どこか風当たりが強い傾向にあるらしく、その毒舌と相まって周りから避けられているという曰く付きだ。
「クククッ。で? 今日はどうしたっていうのさ? 本の返却かい?」
「ああそうだよ。聞かなくてもわかっているくせに」
レイも悪態をつきながら本を出す。彼方に吐かれた毒舌の数は計り知れないほど多い。覚えている中では三年生から吐かれていた気もする。
「ほら。終わったぜ」
「ありがとう。ったく、少しは可愛げもあったらよかったんだけどな」
「可愛げ? クククッ、そんなもん僕に求めるんじゃあないよ」
「この性格こそが僕のトレードマークなんだから」と笑みを浮かべる彼方。そのトレードマークもレイにとっては迷惑極まりないだけである。その口から浴びせられた口撃の数は計り知れるものではない。顔は悪くなんのだから、もう少し気を使えばいいのに、といつもレイは思っている。
返却が終わり、もうここにレイが止まる理由はない。彼方に一言だけ断りを入れ、図書室から出た。
帰り道、レイは楓と協力して、大吾に通学路を覚えてもらうことにした。こっちにきてから日にちが立っていないようで、だからこそ初日に迷ったのだ。あらかじめ覚えておけと思ったが、大吾がこちらにきたのはほんの数日前だという。それなら仕方ないかと大目に見ることにした。なぜ上から目線なのかは謎だ。
どうやら大吾は理解力があるようで、一回教えただけでも覚えてしまった。レイ達としてはそっちの方が手間が省けて助かるのだが、大吾のことなので、それはそれで心配である。
「あ、そうだレイ。今日は図書館で勉強しようと思っているけど、来る?」
用事が済んだら、次にやることは大概遊びである。だが、楓は遊びではなく図書館に行くらしい。本人曰く勉強が好きだそうで、休日や水曜日は毎回図書館に行って勉強するぐらいだ。
レイは少し悩むそぶりを見せ、「ああ。行くよ」と言おうとしたところで、それ起きた。
────選べ。
(……え?)
─────自分で選べ。
(な、何を言って……)
まるで頭の中に直接響くかのような無機質な声。その声はレイの疑問など無視し、さらに囁き続ける。
─────選択しろ。前に進むか。立ち止まるか。
(選択? なんなんだよ。それは)
──────もう一度問う。自ら前に進むことを選ぶか、それともその場に立ち止まって歩みを止めるか。進むというのなら、その少女の問いに頷け───『勉強することを選択せよ』
(勉強することを選ぶ……?)
その不可解な質問に、レイの頭に疑問が浮かぶ。正直何を言っているのかわからない。この一瞬で人生が決まる訳じゃああるまい。だが、楓の問いに答えることに前に進めるというのなら、進んでやろうじゃあないか。
その声に答えるように、レイはYESの返事を──────
────出来なかった。
(あれ? お、おかしいな。勉強するぐらいなんてことないのに……いや、確かに最近楓の方が成績いいけど、そんな勉強したくないわけじゃ、『届かない』訳じゃ……)
いくら頭で考えようとも、事実は変わらない。
レイは、自ら前に勉強しないことを選んだのだ。
楓の問いに答えないことを、今自分で選んだのだ。
─────そうか。それがお前の答えか……
「ち、違う! そうじゃない!」
「? レイ?」
レイはとっさに叫んんでしまった。もはや楓の声など聞こえない。
この声は、何か、やばい!
──────所詮お前はその程度よ! だがこのままではダメだと、変わりたいのだと思うのなら! 授けよう!これがお前の能力!
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
レイの視界が黒くなり、背後から謎の巨大な黒い手が出現し、物凄いスピードでレイの頭を鷲掴みにした。
音が聞こえたかという僅かな差。
もはや抗う術はない。その巨大な手はレイの頭をいとも簡単に砕いて──────
「やめろぉ。くるなぁあああぁああぁぁああぁ!────────
──────────ぁぁあああああああぁああぁああああッ!」
ガバッ!
特大の叫びとともに、ベッドから飛び起きる。
その額には汗がとめどなく溢れており、髪の荒れっぷりが酷い。
何が起きたのかと、周りを見渡す。確かレイは楓達と帰る途中、巨大な手に襲われて───
「夢、か?」
───どうやら、レイは所謂『夢オチ』を体験したらしい。もう一度ベッドへ倒れこんだ。
つくづく夢でよかったとレイは思う。巨大な手に襲われるのなんて、今考えれば夢にしか思えない。楓や愛子の言葉があったせいか、悪夢を見たのだろう。
「なんだ……まさか夢だとはなぁ……」
しかし、夢にしてはリアルな夢だった。レイの脳裏には数年前の大吾や楓の姿をハッキリと覚えている。まるで夢というよりは、過去の出来事をそのまま見ているかのような感じだ。
夢であったことに安堵し、若干お落ち着きを取り戻す。せめてこの荒れた髪をどうにかしようと洗面所へ向かう。生憎今日は休日で、時間に追われることもない。友達などいないレイにとってはただのネット観覧日だ。
───部屋を出て行く頃には、脳内に響いた『能力』という言葉の存在を、レイはすっかり忘れていた。




