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クソッタレ野郎の決定権  作者: 織重 春夏秋
第二章 学校特有の感情
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二十七話    『睨みつけ決めつけ』

何の特別もなく何の理由もなく一人称っぽくしてみました。最初だけ。

 花岬 楓と知り合い、話し合い、登校していたこの道を、通学路を、学校へと続く道を、どんな気持ちで歩んでいたかと言われれば、まあ、どんな気持ちでもなかっただろう。


 何も感じていなかった。


 通学を、楓と一緒に歩くことに何も感じる事は無かった。感じることなんてできなかった。感じたいとも────感じたいとも、思わなかった。感じることが特別だなんて思って居なかったし、今でも感じてはいない。まあ、いなくなった楓のことを思えば、それなりに感じておけばよかったと後悔はするのだけれど。


 朝起きてパン食って、楓起こしてついでに前夜起こして、二人で学校に向こう。日常の一部────日常素物になっていたその行動を、その意味を考えたことすらなかった。どんな意味があるのか、どんな意味がないのか、それすらも。


 実際のところ、誰か登校することに意味なんてないのだろう。大事なのは登校する事実なのであって、誰と登校するかは重要じゃない。考えるべき問題ではない。

 ならばこう言い換えよう。俺は、楓と一緒に学校に行く意味を、引いては学校に通うこと自体すらの意味も、考えたことがなかった。


 いや、あった。楓に勝てなくなって勉強に躓いたころ、何度かあった。だがそれは当然答えの出ないものだ。何人何十人何百人何千人何万人が考えたことに回答が出来るのならば、今頃俺は全国の学生の英雄である。もしくは、その逆か。


 ただまあそれは、この世に存在する中学生の全員が考えゆる事であって、必ずしも俺だけではない。というより、俺はむしろ考えた回数が少ない方だろう。


 行く意味が分からないから、考える。

 意味がないと分かったら学校に行く。

 なんで意味がないのか分からなくなったからまた考え、分からないから学校に行く。


 学校とはそういうものであって、意味がない物であって、意味を見出す物であるのだから。しかし行ってしまえば、学校に行く意味を考えること自体が愚かなのだ。愚かしく、慎ましい。

 義務教育である以上行かなければならない、学習しなければならない。つまるところ、それは言い換えれば社会で生きていく上で身につけておかなければならない最低限教育という事だ。


 だからこそ不思議である。

 なぜ楓は中学校なんて通っていたのか。あの天才は、鬼才は、秀才は、なぜそんな小さな枠で収まっていたのか────今考えてみると、自信過剰ではないが、まあやはり俺が原因なのだろう。俺の何かが、楓という完璧超人を中学レベルに留まらせていたのだ。

 

 そう考えると誇らしくなってくる。誇ることでもないのだが、何だが誇らしい。『クソッタレ野郎』は、楓を止まらせるという実績を、成果を誇っていたのだ。超人を解き放たないという、善か悪かぎりぎりの、微妙な結果を。

 しかし、俺が変わったことを後悔しているわけではない。というのは、母さんにも言ったはずだ。魔王を殺す。やれるかどうかではなく、やる────物語なんかではよく聞くセリフだが、まさか現実で言う日が来るとは思わなかった。


 もうそこまでいくと、請う考えが浮かんでくるのだ。『俺自身が飛び給した方がよかったのでは』ないかと。自慢になってしまうが、自慢ではない。俺は頭がいいと思って居る。人間としては愚かでも、理解力や学力ではピカイチだと。

 楓に及ばないにしても、学年一番、過去に神童と呼ばれるだけの学力はあった。


 小学生の時に高校の教科書を読んでみたことがあるが、十分の四は理解できたはずだ。確か……2次関数と展開公式? だった。今では殆ど覚えていないが、ある程度解説を見て問題を解けたはずだ。楓は、解説を見るまでもなく解いていたが。


 それだけではない。大人が手こずる問題でも出来ていたし、教師が『これ絶対解けないな。今回は満天取らせねえ!』と自信満々だった問題も難なく解けていた。楓は逆に、問題のより良い出題方法や問題を考え教師に提出していた。


 忘れ物をしたことはなかったし、小学校では楓と一緒に学級委員、そして副学年代表を務めたりもした。楓は代表だった。

 校長や担任から『加古川君は本当にすごい! 自分の子供にも見習わせたいぐらいだよ! 花岬さん? ああ、あれは私が評価できるレベルの生徒ではない。次元が違う』と、言わせたこともある。


 ……あれ、楓最強じゃね? 俺のやっていることも一般的に見れば十分すごいことのはずだ。かつて居た友人たちも俺を見て羨ましがっていたし、英検や漢検だって二級を取っている……あ、楓一級だ。

 考えなくても分かる。楓はすごすぎるのだ。最早すごいを通り越して恐ろしい。恐ろしい恐ろしい。それしか言えなくなるほどに、ハイスペックな『完璧超人』。


 因みにだが、そんな完璧超人の形見、椛は、今消えている。というより、俺の精神? だかに収納されているらしい。

 取り出したい、と思えば椛が手元に現れるらしい。


 そんな便利なナイフを持っておいて、本当に、何で死んだのか不思議に思えてくる。俺をかばったとしても、自分も助かる術を持っていてもおかしくないだろうに……いや、今更何かを言うつもりもないのだけれど。

 少し前に椛にこう尋ねられたことがある。『レイが楓のことを良く会話に出すのは、いまだ後悔しているからではないか?』と。


 いまさらそれを掘り返すのかと言いたくなるが、まあ、何回も話題に出しているのは事実である。未練たらたらではあるが、それだけだ。未練は有れど、後悔はない。何が違うのかと言われれば気のありようとしか言いようが無いし、違わないと言われればそれまで。


 それでいい。甘いことを言えば、時間が解決してくれるだろう。いつか成長と共にこの未熟な心を立派にしてくれるはず。

 ────完璧な人間だって、最初から完璧ではないのだから。


 加古川レイ。過去を振り切り、己の眼が右赤左黒ヘテロクロミア(またの名をオッドアイ)に変貌してから初めての登校日である。 


~~~~~~~~~~~~~~~~


 校門を通り抜け、そのまま真っすぐ向かうへと向かう。何回も何百回もその行動を繰り返しているはずなのに、やはり今回ばかりは新鮮な感覚だった。世界が変わると言えば大袈裟だが、ある意味それが一番正しい。


 『桜ノ坂中学』は、校舎の目の前に校庭がない。というのも、立地ののせいか何なのか、この学校の校庭は校舎の左側に存在しているのだ。では校舎の目の前に何があるのかと言われれば、それは特別塔である。理科室、家庭科室などからなる第二校舎だ。


 では、正門から入る時、校舎まで行くのに校庭を通るのかと言われれば少し違う。校舎までの道はコンクリートなのだ。つまり、正門から入ればまず目に入るのは左側の校庭。

 レイが一番最初に見たのも、校庭という事。


 そこには、サッカー部が朝練を行っていた。スパルタで有名なサッカー部のキャプテンは、もちろん文也大吾。当然校内一位の実力を誇っており、世界でも通用するレベルだという事は、この学校全学生の共通知識だ。


「ん? ……何やってんだあいつ」


 レイがその朝練を何気なく見つめていれば、どうやら今はキック練習を行っているらしい。大吾がゴールから少し離れたところにボールを置き、今にも走り出そうと構えを取っていた。

 そのままボールを蹴れば……尋常じゃない速度が繰り出される。一瞬衝撃でボールが細くなるような錯覚を受け、次の瞬間ゴールをボゴッ! という音共に数Ⅿずらした。


 レイがそんな声を漏らしてしまったのは、強化された目の良さ故に、大吾の表情が読み取れてしまったからだ。朝練にどれほど本気になっているかは分からないが、目は細められ、歯を苦縛ってその一撃を放っていた。


 心なしか、他の生徒の顔も曇っている。人の感情は空気を悪くするというが、学校全体が暗くなっているような印象すら見受けられる。


 ────多分、楓の事だろう。

 

 心なしか、予想はついていた。

 家族でなくとも、楓の存在はこの学校にとって重要だった。知名度を引き上げ、部活を全国まで導き、居るだけで学校内の雰囲気を引き締める。


 誰からも愛され、本人は裏表のない性格をし、人の為に動き、『完璧』という字が具現化した、と評されるほどハイスペックにして完全無欠(この場合、レイの『欠点があってこそ完璧』という意味での完璧)。 そんな人物が────学校一の恥さらしの為に死んだ。


 楓はその完璧ぶりから、テレビなどの取材を受けることもある。何者・・かによって殺されたというニュースも流れていたし、学校に所属している者なら嫌でも楓が死んだという情報は入ってくる。

 さらに言うならば、この学校において『加古川レイ』という名前はあまり認知されていないが、『クソッタレ野郎』は『完璧超人』と対を成す人物として有名だ。足を引っ張っている、という情報も。


 詰まる所、楓がレイを庇って死んだという現状は、この学校の雰囲気を極限まで下げているのだ。大吾がなぜそんな表情をしているのかは分からないが、大方『俺では楓の代わりに成れない』、『何で楓は死んだんだ』、などだろう。小学校から友人であるレイだからわかることだ。


 レイがそんな状況を見て何も感じないのかと言われれば、感じまくっている、というのは最早言わなくても分かる事実だ。

 ────だけれど、レイは謝ろうとは思わない。いくら罵倒されようが、いくら殴られようが、謝らない。『楓が死んだのは俺のせいです』とは、絶対に謝らない。


 それは、楓の死に対する罵倒だ。楓の望んだことに対する最大の侮辱である。『死んだ意味を、生きることで肯定する』。それがレイが決めた誓いなのだから。


「おっ……っ!?」


 そうやって考えに耽っていれば─────目の前にボールが現れた。いや、飛んできたのだ。誤射か、故意か。それは分からないが、レイが取ったのは弾くという選択だ。咄嗟に手に椛を召喚し、ボールを切り裂いた。拳で弾いてもいいが、それでは痛みを伴うし、本能的な行動だ。制御できない。


 パンッ!


『何だ行き成───』


 乾いた音共にボールが破裂し、空中を破片がひらひらと舞う。レイはその隙に、刹那で椛を仕舞った。言葉の途中で仕舞ってしまった為、後で謝罪が必要だろうが、まあそれは良い。それよりも、弾こうとして切り裂いてしまったことだ。

 

「『クソッタレ君』! 大丈夫か? って、その眼」

「あ……大吾」


 其れも束の間、何も考える隙を与えない様に大吾がこちらに寄ってくる。その額には冷汗と運動汗のどちらもかいているように見えた。さすがにボールが誰かにぶつかりそうになったら、肝が冷えるという事だろう。


 レイの眼に一瞬疑問を持ったようだが、目線を逸らした事で、触れてほしくないことだと理解したようだ。


「ああ、大丈夫だ。それより、俺のバッグのどこかが引っ掛かったみたいだな。壊れちまった」

「えっ……? 引っかかった? いやでも……そうだな。いや大丈夫だ。事故ならしょうがない」


 レイの言葉に少し疑問を感じたようだが、まさか『一瞬でナイフを取り出して一瞬で切り裂き一瞬で仕舞った』などという事実を信じられるわけがない。少し考えた末、大吾は何かに納得した。とりあえず、レイの疑惑は晴れたようだ。刃物を持ってきているだなんて警察になんか通報されたら、人生も魔王を殺すという願いも無に変える─────まあ、最悪全員殺すが。


「それよりも……登校、してきたんだな。お前が無事で良かったけど、楓のことは本当に残念だよ」


 大吾はその顔をひどく歪めながら、唇を噛み千切りそうなほど強く噛んでいる。レイが無事で良かったこと、そして楓のことが残念。こちらも本心だろう。だが、大吾の中にはそんな言葉では表せない程強大な感情の奔流があるはずだ。レイと同じく、誰よりも楓と接し、誰よりも楓を理解しているはずだから。スペックがレイより似ている分、もしかしたら余計に。


「……ああ。本当に……残念だ」


 レイだって、今回ぐらいは大吾としっかり話したい。というより、少し泣きそうだ。レイ、大吾、そして楓。この三人で遊んだりした時間は何よりも多く、そして濃いものだった。嫌な思い出も、大切なものだと気づけるとはよく言ったものである。


 その言葉を聞き、大吾は自分の拳を握りしめた。音はしていないがぎりぎりと音がなりそうなほど強く握りしめていた。今にも叫びたいはずだ。

 ─────レイはそこで首を振り、表情を元に戻し、三人のことを考えるのを辞めた。自分が弱くては楓に対して申し訳が立たない。


 ちなみに、楓の死に関しては、『殺人事件』となっている。第一発見者はレイ。犯人は心臓部分を丸ごと抉り取る凶器で楓を殺し、痕跡を一切残さず逃げた、という事になっている。


 そんなこんなをしていると、サッカー部の中から一人が歩いてきた。下を向きながら不機嫌そうにしているところを見ると、さっきボールを蹴ったのはその部員なのかもしれない。

 大吾は近づいてきたことに気づくと、その部員を自分の横に並ばせた。


「そういえば、済まなかったな。『クソッタレ君』。ほら、お前も謝れ」

「いや、まあいいんだけどな」

「ッ……」


 大吾がその部員に対して謝る様に急かすが、レイは遠慮した。別に謝ってほしいわけでもないし、怒ってもいない……だが、ボールを蹴った部員から帰ってきたのは舌打ちだった。


 小さい舌打ち。


 だが、いくら小さかろうと、この場での舌打ちは、大吾にも、レイにも聞こえた。


「ばっ! お前、一体何を!」

「だって……つは……いを……」


 ぼそぼそと何かを呟くサッカー部員。

 といっても、それはレイの強化された聴力だからこそ、聞こえた声だ。普通の人間は何かを言っているのは理解できるだろうが、何を呟いているかは聞こえないだろう。それほど、本当に小さい呟き。


 ───これも、楓の事


 最早何もいう事はない。楓のことだ。そうなるとこちらへボールが飛んできたのも納得できた。この部員はほかの生徒と同じ様に、楓に憧れていたか、尊敬していたのだろう。そしてその人物が死に、落ち込んでいるところ、暢気そうに自分たちを見つめている『クソッタレ野郎』、詰りは楓の死の原因が通りかかり、怒りが怒髪天を超えたのだ。


 が、そのまま怒号を発さないところを見ると、後悔はしているのだろう。レイがボールを顔にでも受けていれば相手の怒りは収まったかもしれないが、受け止めて、天津さえボールは破裂した。極めつけに近づいてみれば、その口から出てきたのは自分を眼中に思ってもいないような言葉。心中穏やかではないだろう。


 確かに、謝りはしない。だが、そういうやつを無下には出来ない────そういう言い方だと、何か偉そうに聞こえるが、まあ、楓のことを慕っていた人間に対して知らんぷりはしない。

 といっても、そういう人間に対して、レイが出来る事は無いのだ。


「いいから、とりあえず謝「いや、いいよ大吾」……『クソッタレ君』」


 慌てて謝らせようとしている大吾を、レイはその声を遮って辞めさせた。無理に謝らせる必要もなければ、レイを罵ることを辞めさせる必要もない。

 楓の死はレイのせいだ。それを『やめろ』とか、『そのことを言うな』何て言う資格もないし、そんな気はない。


 レイはそういう罵倒を覚悟した上で学校に登校してきたのだから。何も考えず久しぶりであるにもかかわらず登校する気はないし、それはこの学校が好きだった楓に対する侮辱につながる。少なくとも、レイはそう考えている。


 だからこそ、レイはこれから下駄箱、教室に向かう時。誰から罵倒されようとも、殴られようとも、堂々とする。それが、楓の死により自由に生きると決めた、礼儀だ。何度覚悟を決めようとも、何度人に認められようとも、この学校に未練を残したままでは、レイは楓の死を乗り越えたと言えない─────この学校からは逃げられない。


 レイはこちらを睨んでくるサッカー部員とため息を付く大吾の横を通り抜け、昇降口の方へ向かっていく。

 ────その時、こちらを睨んでくるサッカー部員の表情が、自棄に気になった。


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