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クソッタレ野郎の決定権  作者: 織重 春夏秋
第一章  悲しみの序章
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第二十三話   『加古川レイ』

よ、ようやくここまでこぎつけた。

 最初に楓に出会ったのは、幼稚園の年少の頃だった。レイは小さい頃から賢く、親から教わらずとも箸を見よう見まねで使いこなしていた。当時は同世代が手こずっていた鋏の使い方なども、楽々使いこなしていたと聞く。


 何時かの時、のりや紙を使って好きなものを作る時間があった。いや、正確には何を作るか指定されていたのかもしれないが、そんな小さい頃のことは覚えていない。そしてちょうどその日は、授業参観の日でもあった。

 レイは当然の如くのりや鋏、使いたい道具などの準備をてきぱきと終らせ、暇を持て余していた。そんな時だ。視界に動かず、困り顔の少女を見つけたのは。


 何を思ったのだろう。レイは小さい頃から人に突っかかる性格ではなかった。むしろ周りの人間がどうしてこんな簡単なことが出来ないのだろうと、疑問に思って、手伝うのなんか御免だと高を括っていたぐらい。幼稚園児なのにそんな思考ができるのは、ある意味で才能だろう。


 しかし、その回ばかりは、不思議と体が動いた。立ち上がり、レイを止める先生の声を振り切り、困っている少女の道具を手に取った。そのままてきぱきと道具などの準備をし、自分の席へと戻っていった。なぜかその場面だけ、鮮明に記憶に戻っている。

 そして、少女はしばらくぽかんとしていたが、レイの用意してくれた道具などを見て、にヘラっと笑った。


 最初は少女──────楓は、レイの妹分のような感じだった。何をするにもレイの背後をついてきて、遊ぼうと誘ってくる。大人から持て囃されていたレイとは違い、どこにでもいるような普通の少女だった。レイは邪険にはしないものの、そこまで好意的ではなかっただろう。大概は無視をし、返事をするときは最低限。あまり笑わなかったはずだ。


 だというのに、楓は付きまとい続けた。

 いつだろうか。普通にレイと楓が会話するようになったのは。確か、小学一年生ぐらいの頃だったはず。二人はテストで常に満点を取っていて、大人たちから持て囃されていた。楓を認める……なんて言い方だと上から目線だが、レイはそのころから楓を認め始めたのだ。対等に接し、どこかに行くときには楓を誘い、いつも二人(+α)で行動する。天才が二人でいる状況は、教師にとっても大人にとっても喜ばしい物だろう。


 それでも、レイは楓より優れていた。算数のテストでも、何のテストでも。精神的表現や読解が主な国語に関しても、レイは年齢の割に模範的な回答。楓は年齢通りの回答といったように、そのころはレイが優れているという評価がされていた。


 しかし、中学年……三年生のころだろうか。何かのテストで、二人の点数が並び、次に数点抜かされた。総合点では勝っていたものの、なんとも言えない衝撃を受けたのを覚えている。

 だが、それでも総合点。つまりはまだまだ勝っているという事実がレイを支えていた。


 ──────いつしか追いつけなくなった。


 年齢が進むごとにレイと楓の差は開いていく。最初は一科目だった差が、二科目三科目と増えていき、最終的には、国語で抜かされた。否、同点だった。だが、皮肉なことに、同じに抜かされたのだ。正解は正解でも、楓の方が上、という結果にて。


 それでもレイは否定し続けた。

 自分の方が勝っていると。点数では負けているけど人間としては勝っていると。スポーツでは勝っていると。人気では勝っていると──────けど、現代にて人を評価しているのが点数だと気づき、絶望した。


 認めていなかった精神も、何時しか楓の方が上だと認め始めていた。心のどこかで勝っていると思い続け、けど自然に楓の方が上だと思っている自分がいることに気づき、認めた。

 すべてにおいて負けていた。劣化版と言われ、罵られたこともあった。だけど、最後には劣化版にも至れず、クソッタレ野郎と罵られることになった。


 最初は努力をしていた。

 楓に追い付こうと、何時間でも勉強した。スポーツも、気に入られようと、なんでも誰でも助けた。やれることはやった。楓を追い抜こうと、なんでもやった。それが本来の目的とずれていることにも気づかずに。


 ─────それでも、本来の目的から外れ、どんなことも望んで行ったとしても、普通のことを当たり前にやっている楓には、敵わなかった。

 そのうち気づいた。自分は『凡人』で楓は『超人』なのだと。自分など手が届かない『完璧超人』なのだと。


 いつしか努力を辞めた。敵わないと気づき、何もしなくなっていった。次に人付き合いを辞めた。楓に届かないのなら友人など要らないとばかりに不愛想になった。次に向上心を捨てた。楓に届かない、追い越せないのなら意味がないと見切りをつけ、何もしなくなった。


 手元には何も残らなかった。自分を諦め、進歩を諦めたレイには、文字通り何も残らなかった。

 ─────で、あれば、その楓と違え、『能力』をその身に宿し、人数は少ないものの、また違った体験をした今、銅であるかと言われれば……さらに酷くなった。その回答に尽きるだろう。


 楓が死に、環境が変わり、日常が変わる。過去を悔やみながらずるずると生活し、何時しか自由に生活を────なんて、虫の良すぎる話だ。我儘と言い換えてもいい。我儘を、レイは望んでいる。それしか、望むことが出来ない。


 だけれども、そんな我儘は我儘に過ぎない。実現するはずもなく、実行できるはずもない。

 だけれども、もしもレイが生きることを望んだら。

 だけれども、もしもレイが、努力できたとしたら。

 だけれども、もしもレイが前向きに生きれたとしたら。

 もしそれを、『私』が見れたとしたら。


 ─────それはきっと、私にとって一番うれしいことだよ……レイッ!


 涙は、いつも残酷だ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ─────黒い剣が迫ってくる瞬間、レイは世界が遅くなったように感じていた。色褪せる、なんてことはないにせよ、動画をスローで再生しているかのようである。だが、それを押し飛ばすほど、脳内は葛藤で埋まっていた。


 ─────どうしたらいいどうしたらいいどうしたらいいどうしたらいい


 生きるべきか死ぬべきか。

 その選択が決まった時、きっとこのスローは止まるのだろう。人間の生存本能、心が否定していても、本能が生き残る道を探そうとしているのだ。


 けれど、その問いは出るのだろうか。

 決めるのはレイであるけれども、まったく答えが浮かばなかった。生きるべきか死ぬべきか。諦めるべきか、前に進むべきか。


 進んだところで、今の精神状態では意味もないように見える。希望もなく夢もなく、生きているのか死んでいるのかすらわからない状態など、もってのほかだ。

 『生きて』─────彼女の最後の言葉が、脳内で、彼女の声で反響していく。最後、と断言できるのは何故だろう。口頭で、しかもそうである可能性の方が引くというのに。何故だか、楓なら、それを言うだろうなという確信がどこかにあった。


 だけれども、それを真に受けると思ったら大間違いだ。生きてと言われたぐらいで生きれるようなら、それこそ今までのレイがすべて否定される。彼女には生きる意味を否定された。これ以上否定されるのはこりごりだ。


(……め……ぅ)


 けれども、レイが死ぬという事は、楓を否定するという事だ。

 かつて自分がされたことを────皮肉にも似た形で返す。運命のような何かを感じざる負えないのだけれども。


(……や……よぅ)


 しかし、だ。レイが楓を否定するからと言って、死ぬのだからどうでもいいだろう。死後の世界が存在していようとも、今のレイには関係ない。死んだレイには関係ない。生きる意味を見つけたからと言って────


(やめよう)


 ─────けれども、それでも。そんな脆弱な考えはどこかへ吹き飛んでいた。分からない。どうしていいか分からない────いや、もうそんな考えもやめよう。自分に嘘をつくのはやめよう。思い出せ。彼女は、いつも正直だったはずだ。


 彼女のことを、自分と同じだと思った。だからこそ理解できる、そう思った。彼女は自分と同じ、きっと同じ考えを持っているはずだと。明確な『これ』というわけではないが、彼女は同じだと。どこか心の中で信じ切っていた。


 あの日喧嘩別れした時、心のどこかでそれを切り捨てていた。同時に、楓という少女を誤解していた。彼女は『完璧超人』だ。だけど─────レイにとって、彼女は不完全だ。それを理解できる人間だったはずなのに。彼女勉強を『たいしたことない』と言い切った瞬間に、レイの中で、完璧超人は作られた。


 誰もが完璧であるはずがないのに。

 誰もが不完全であるはずなのに。そしてそれは、レイが一番知っているはずなのに。彼女を否定することは、自分を否定することなのに。


 言葉にしなきゃわからないと、口をそろえて誰もが言う。一言、その言葉を吐くのがどれだけ難しいか知らずに。それは、レイも同じだ。楓が、その言葉を出すのにどれだけの勇気がいるのかも知らずに、彼女を突っぱねた。


 そして、彼女は言わなければよかったと自分を責める。彼女は────そういう人間だ。『完璧超人』というレッテルを張られ、それを背負ってきた。落ち込んだレイの分も頑張ろうと、体を壊すこともなく、数年間頑張ってきた。そして、それをまじかで見てきたのはレイであるはずなのに。それなのに、レイは自分勝手だった。


 加古川レイは選べない。他に選択肢が無くて、余裕が無くて、一つの行動しかとれない。取れなくしたのはレイ自身だ。

 『レイのそういうところが好きだよ』。『レイも勉強すればいいのに』。彼女はいつも、そういっていた。『クソッタレ野郎』と呼ばれている自分を、なお変わらず受け入れてくれた。


 その言葉を、彼女の在り方を。『不完全』で『完璧』な彼女を、レイはもう、否定できない。否定してしまえば、レイはレイでなくなる。否定、したくない。してはならない。本能、心、精神────言葉では表せない。全身がそう訴えている。言うなれば、魂。


 レイが理解できなかったもの。レイが理解したくなかったもの。楓に追い抜かれ、無視域の内にレイが諦めていたことだ。

 今はもう、彼女の在り方を、死に様を否定できない。知ってしまったから。そんな行動にも意味があると。彼女の存在が、自分を救ってくれたと。意味がない行動に、意味を与えてくれたから。


 何時か、加古川レイを救う人間が現れるかもしれない。

 加古川レイの内に踏み込み、救う人間が現れるかもしれない。ただそれは、楓であるべきだ。楓であるはずだ────レイ自身が、そう思っているのだから。


 大切なのは自覚だ。

 過去を受け入れる自覚、楓の死を自分のせいだとなお受け入れ、生きていく自覚。楓が『不完全』であることへの自覚。


 人の死を自分のせいだと受け入れ、尚生きていく。それはそれで傲慢なことだけど────生憎レイは『クソッタレ野郎』だ。その汚名に恥じることはない。むしろ、それは楓が望んだことだろう。汚名にも恥じず、生きていく。そんな在り方を楓はレイに望んでいる。


 大切に思うからこそ、傷つけたと思うんだ。大切だからこそ、忘れることが出来ないんだ。


 今なんだ。


 生きようとするなら、彼女を、肯定するなら。


 考えて、もがいて、悩め。理想や理念や屁理屈に真っ向から向き合え。そうでなくては、楓の幼馴染ではない。そうでなくては、『クソッタレ野郎(加古川レイ)』ではない。そうでなくては、『(加古川レイ)』ではない。


 きっと、これは楓の望んだことだ。彼女は完璧ではない。故に、レイが生きることを決めた瞬間、近くはいないけれど。もしかしたら、これは計算されたことなのかもしれない。喧嘩し、楓が似ぬことで初めて───加古川レイは前を向ける。もしかしたら、そこまで考えているのかもしれない。


 そんなバカな、と一瞬思う。けれど、そんなこともこなしてしまうやつだという事を、レイが一番知っている。不完全であり、完全。それが彼女の生きざまであり、あり方であり、死に方であった。言葉なんか、いらない。完全に理解したいなんて、傲慢で、偽善的で、独占的だ。


 答えは見つからない。何のために生きるのか、それはまだ分からない。けど、言葉はいらない。

 其れへの道標は、彼女の生き方が、自分の生き方が、彼女のすべてが、教えてくれる。探しに行くんだ。生きて、もがいて。彼女を肯定する。


 否定され続けた彼女の性格を、殺された彼女の自由を肯定する。

 そう───

 もう決めた─────


「決定権」


 『決めさせた』のは彼女だ。『決めつけた』のは目の前の男だ。『決めるべきは』自分だ。もう、迷わない。彼女がいる限り。彼女が記憶に残り続ける限り。俺が、『クソッタレ野郎()』である限り。


 決定権は、俺の中にある。


 レイは息を吸い、スローの世界で、掠れた声で叫んだ。


「────────楓の死んだ意味、楓が生きた意味を。俺が、俺が生きることで肯定する! それが俺の──────







────『クソッタレ野郎の決定権』だッ!!」


 瞬間、スローだった世界は元通りになり、レイの体から赤黒いオーラが放出される。それは、途方もない輝きだ。赤黒く、そして美しい。今までとは一線を画す輝き方。

 同時に、レイの周囲がオーラにとって圧倒される。まるで突風が吹いたかのような衝撃に襲われ、ウィンディスは後退した。


「ッ!? はぁ!? 何を」


 そこまで言って、ウィンディスはその顔に驚愕を浮かべた。

 無理もないだろう─────レイの顔が、先ほどとは全く異なるものだったのだから。赤いオーラはさることながら、その眼が違っていた。右目が赤。左目が黒。その二つが共存しあうかのごとく、燦燦と輝いている。それだけではない。髪の色が、黒かった。普通の黒ではない。輝きがなく、まるで漆黒という言葉が似合うかのような、廃れた黒。だけど、それすらも美しい。

 だが、一番違う点と言えば、レイの表情だろう。先ほどまで死にそうだった顔色や表情は一変し、自信に満ちている。覇気、そういえばいいのだろうか。誰も寄せ付けないオーラのようなものを発し、その顔には微笑を浮かべている。


「決めた。おい、ナイフ」

『……一体、どうしたんだ?』


 レイが立ち上がり、ナイフに声をかける。だが、帰ってくるのはウィンディス同様に、混乱した声だった。それも仕方ないだろう。今まで死ぬ寸前だった少年が、まるで────そう、魔王の様に、自身に満ち溢れているなど、信じられない。


 レイはまた「決めたんだよ」と言葉を継ぐと、ナイフを手に取った。それだけでレイの意図は伝わったようだ。


『……何が起きたかは、この際言わない。やるんだな?』

「ああ。やる」


 レイの意思に同意するように、ナイフは満足そうに声を漏らす。それを確信に、レイはナイフを手に納めた。

 それは、あまりにも馴染みすぎていた。まるで最初からレイだけに誂えたような感覚。まさか、そんなおとぎ話のような現象に遭遇すると思っていなかったレイは、少し驚く。場違いな感想を抱くほど、手になじんだという事だ。


『……託そう。楓の意思を。私の名は……そうだな、『椛』と呼んでくれ』


 レイが手に取った瞬間、心情を知らないナイフがそう告げてくる。が、どうやら名前がなかったらしく、『椛』というのは今決めた名前のようだ。

 内心『別に聞いてねえけど』と思いつつも、やはりナイフではちょっと言いずらいので、少し助かった。


「わかった。椛─────やるぞ」

『了解した。我が新しい主よ。主が望むときに切り、主が望む相手を切るやいばとなろう』


 中二病的なくだらない言葉を言い合い、レイはそのナイフを構える。ナイフを使うのは初めてだ。だけどなぜか、これはすぐ使えそうな気がした。素手でやるより強いだろうという不思議な確信も。

 それを受け、ウィンディスは再度黒い剣を構える。


「俺を、やるのか? 加古川レイ……いや、『決定権』」


 訝し気に、ウィンディスがそう尋ねてくる。その顔は、まるで『俺を殺せるわけがねえ』と思っているかのようだ。

 その言葉は、的を得ているようで得ていない。確かにレイはウィンディスを殺す。迷いなく、生きるために。だけど、それは過程でしかない。レイの目的は先にある。


 ─────それを口にしようとしたとき、ナイフを握るレイの手を、何かが掴んだような気がした。


「いや? 『()』がやるのは─────魔王(私を殺したやつ)だよ」


 レイと楓が重なり、レイはウィンディスに肉薄する。

 この瞬間。違えた道は再び重なった─────『クソッタレ野郎』は止まらない。『決定権』を使い、魔王を殺すその日まで。


正直また改変はいるかも知れまへん。

なんか最後終わりそうな感じしてますけど、終わりませんからね? ようやくここまで書けました。とうとうレイ君は自覚してくれたので、これからは書きやすくなります。いやほんともう、今までのレイ君は書いてて楽しくはあるんですけど、ちょっとややこしくて……今の方が二倍は書きやすい気がする。あ、だからと言って更新ペースが速くなるわけではありません。


 とゆーわけで、これからレイ君の物語は幕を開けます。どうぞ、よろしくお願いします。

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