第二十話 『渦巻く感情、溢れ出る命』
漸く二十話です。
なんだか長く感じます。もっと早く更新できるよう、実力を上げたいんですがねえ……
初めて能力者を単独で下した。自身の力を使い、レイたった一人で勝負に勝った……
だから、なんだというのだろう?
嬉しくも、悲しくも、虚しくもない。達成感や満足感、自身が相手を倒したという喜びすら、感じなかった。考えてみれば当然だ。レイは別に、自身の実力を試したかったわけでも、ましてや戦闘をしてみたかったわけでもない。ただ、襲い掛かってきたから返り討ちにしただけ。
普通なら、それで終わりなのだろう。そこで終わりにして、また別の行動をとるはずだ。
だが、レイは違った。倒したことに違和感を覚えてくとも、自身が倒したことには思うところがあった。人を殴ったのは二回目。前回は、自身がやったという罪悪感に逃げ道があった。
しかし今回は違う。すべてレイが判断し、レイが実行したことだ。
どちらかと言えば、殴った事実よりも、相手をぼこぼこにしたことに対しての後悔、という方が正しいだろう。人を殴ったこともなく、ましてや気絶させたことなどない。
やってしまった、これで俺も犯罪者だ、なんて、能力などの異常を完全には受け入れられていない現状が、レイにはあった。割り切ることなどできない。これが異世界に転生しただとか、魔物が攻めてきた、宇宙人襲来なんてことなら、自身の能力などにも割り切りが付いたかもしれない。
だけど、変わったのは自身と日常だけ。周りの普通系はあまりにも平凡なものだ。まるで自身だけがこの世界ではないどこかに取り残された感覚、一般人でも、能力者でもない中途半端な空間に魂を置いているかのよう。
何度も言うように、レイの精神は脆い、脆すぎる。
一見平常を保っているように見えても、一度壊れれば再生することなどない虚弱の精神だ。そんなレイが人を殴って平気でいられるはずがなかった。
その上、少し前にちょうど心が狼狽したばかりなのだ。度重なる罪悪感の重圧は、想像できないほどの重さを持ってレイにのしかかる。これ以上はどうなるか分かったもんじゃない。
考えれば考える程悪い方に行くのがお約束のようで、戦闘中目の前に集中できていたレイの脳内は再び楓のことで埋め尽くされる。
死に顔、死体、いったい何度この光景を見れば解放されるのだろうか。きっと、解放されない。脳内にこびりついて一生離れないほど、深いトラウマとして刻まれたのだから。
かといって、前に進む、諦める。そんな考えが浮かばないのはもはや同然のこと。
いっそのごと諦めて死ぬ覚悟が出来たらどんなに楽だったか。自身の意思表示? そんなものはない。自殺する覚悟? そんなものはない。虚勢の衣が剥がれ落ちたレイの心はさらに蝕まれていく。
───────いっそ死ぬか?けど怖い。やだ、やだやだやだ。死にたくない。だったら生きるか? どうして生きなくちゃいけないんだ。楓が死んで何もできなくなった俺にどうしろって言うんだ。そもそも何で前を向いて生きていくなんてそんなことをしなければならないんだ。いやいだ、いやだ、だったら能力者に殺されてみるか? 路地裏とかいればきっと……いやだぁ、痛いのは嫌だ。死ぬなんて痛いことは嫌だよ、なんで俺がこんな目に合わなくちゃいけない。俺が何をした、魔王が悪いんだ。殺した魔王が、楓が悪いんだ。簡単に死にやがって。どうして俺を置いていくんだよ、俺も殺してくれればよかったのに。挙句の果てに人の体を化け物みたいにしやがって、何で目が赤いんだよ、化け物かよ、そもそも壁を蹴ってあんな飛ぶなんて人間じゃない、俺が知っている生き物はあんな動きはしないじゃあ俺は何なんだよ。化け物か? そうとしか言いようがない。だからと言ってどうする? そもそもあんな再生したら死ねるのか? もう嫌だ俺はあんんな鉄骨が腹に刺さってバキバキに折れて再生してナイフが体に刺さって再生してなんて行動は嫌だ。どうせこのまま生きていたら今度は眼球をえぐり取られたりするんだろうな嫌だな死ぬかなだからあんな目に合うのはごめんだってじゃあどうすればいい分からない分からない生きるにしたって希望もないしそもそも生きる意味が見つからない楓が帰ってきたらどうなんだろうか他に人文のやりたいことは無いし死ねば天国化地獄化に行って楓と再会できるのかなそれとも首を吊れば楽に死ねるかなこいつのナイフを首元に刺せば楽に死ねるかな嫌やっぱり痛いのはやだ死んだとしてもその前に痛みが襲ってくるなんて嫌だじゃあどうすればいいのかなアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。
─────生きるしかないじゃないか……
後悔しながら、楓の死という出来事を一生記憶に残しながら、死ぬこともせず、目的もなく、生きているのかも死んでいるのかもわからない状態で、レイは生きるしかない。
勇気もなく、目的もなく、死ぬ気もない。そんなレイにできることは……下されたのは、そんな生き方だけだ。それしか選べないのではなく、レイはそれを選んだ。ここで違った選択をしていれば何か変わったのだろうか?
──────それは、誰にもわからないことだ。
だが、単純に生きると一言で言ったって、目的が無ければ人間はすぐ腐る。そして普通は死へ向かう。しかしレイはその中でも異常というべきか、痛いのは嫌、死ぬのは怖いと言ってどこまでも逃げ続けようとするだろう。そしてまた今回のような考えに陥って、また執着に生きようとするのだ。
それは、もはや経験としか言いようがなかった。絶望した経験……言ってしまえば一度諦めたレイの感情が、そうなるだろうという警笛を鳴らしている。実際そうだろう。
なんとなく理解できてしまう自身の心を恨みつつも、ハッキリとそれを自覚する。が、それを自覚したうえで治そうと行動しないのだから、口を挟む権利はないだろう。
血は通っている。肉体も動いている。筋肉が動いている。心臓が鼓動している。脳は考えている。
だというのに、感情は死んでいた。
レイはその体をゆらりと起き上がらせると、足を路地裏の外へと歩き出す。
そこから先は、酷かった。
レイが向かったのはどこでもないどこか。当てもなく彷徨い続ければ結果はひどいことになる。通常肉体が栄養を求めたり水分を求めるはずだが、なぜか今のレイにはそれがなかった。おそらく、否、状況から見るに能力のせいであることは間違いない。『体の機能を著しく上昇させる能力』は、本当に様々な効果があるのだろう。肉体の耐久値、というよりは、より消耗に耐えられるのだと、レイは予測する。
それは良いのだ。いっそのごとすべて投げ出して勝手に死ねるのならどんなに楽だっただろう。勝手に野垂れ死ぬのなら、それが一番いいのかもしれない。
問題は別の所にあるのだ。下手したら栄養や水分がない状況よりもひどい問題。それは、
「また、かよ…………………!」
悪態をつくように心の底から叫ぶ。全身から汗が噴き出して、肉体が縮こまるのを感じた。披露しているせいか体全身がどくどくと心臓のように脈動しているような感覚を覚える。
レイは行く先々で、能力者と遭遇していたのだ。あの時より経過した時間は、凡そ三日。何人と出会ったかは、五人を超えたところで数えるのをやめた。
そうしてみると種類は千差万別で、衝撃を操る能力者、水の中に潜む能力者、物体を重くする能力者、紙を鋭くする能力者……特徴的だったのはこの辺で、それ以外は記憶にない。
お前は何処の不幸のなんたらブレイカーさんだと突っ込みたくなるような状況である。
しかしそれに匹敵するのではないかという程の不幸だ。『一寸先は死』とはこのことである。詩織は能力者の数は不確定だと言っていたが、今のレイなら断言することが出来る。
現在地は建物の屋上。学校の屋上程度の大きさだ。
「ぜってえ多いだろ!」
レイが能力に関して手に入れている数少ない情報だというのに、それが大外れという為体。だが、その代りに一つ情報を手にすることが出来た。
『能力者の見分け方』
詩織によってはぐらかされた、レイがいま最も欲しかった情報である。その見分け方は簡単だった。情報さえ知ってしまえばだれでもできるもの。それこそ一般人にだって認知できるほどありふれたもの。それを知った時、思わずレイはなんで今まで気づかなかった? と、頭に疑問を浮かべたほどだ。もしかしたら感情操作などが行われているのかもしれないが……能力で疑い始めたらきりがないので、ここでやめておく。
──────髪の色、或いは目の色
其れで能力者は見分けることが出来る。
なるほど、一度理解してしまえばどれだけ単純な事か。美鈴は金、詩織は青。染めているとしか思えない髪色をしていた。今まで出会った能力者も例外なく常軌を逸した髪色だ。もっとも、髪を染めている人もいるので、一概に髪色が違うからと言って決めつけることは出来ない。
もしかしたら、本当に感情操作や情報操作が行われているのかもしれない。
さすがにレイはそれに気づかないほど自頭は悪くないし、誰だって異常な髪色に疑問を抱くはず……もしや、能力者の見分け方が髪色という事実を知らないものには、疑問を抱かないよう能力的な何かが起こっているのかもしれない。
もっとも、いま重要なのは見分け方ではなくどうやったらこの状況から逃げきれるかである。
相手の能力や居場所が分からない状況。逃げ切るにせよどうしたらいいか考えるしかないのだ。不用意に動き出せばそれこそ殺されてしまう可能性がある。
現在判明している情報は、相手が空中から飛来し、レイの頬を思いっきりブッ叩いたという事だけだ。情報量以前に判断材料が少なすぎる。
故にレイは、この五回の不幸で獲得した能力の『使い方』を実行する。レイの能力は『身体能力の向上』。いろいろ他にも特典がある一括りにはできないようだが、大まかな説明はそれでいいだろう。
レイは自身の荒い呼吸をいったん止めると、耳を澄ませて音を消した。
聴覚が強化されたことによる索敵である。数キロ先……なんてことは出来ないにせよ、周囲数十メートルなら容易に聞き取ることが出来るようだ。
いまだ自身がそんなことをできるという事実に混乱しているが、出来ているものは有効活用する。そでもしないと死ぬのだから、恐ろしいものだとレイは思う。
風の音が聞こえる─────
人々の話し声が聞こえる─────
風切り声が聞こえ─────ここッ!
反射的に体が動いた。咄嗟のことだったが、確実にここだという確信が持てる。己の感覚のまま横っ飛びに回避する。さすがにこれを撃退するほどの力をレイは所持していない。対処できるかもしれないが、骨が折れるだろう。物理的ではなく、大変という意味で。
直後、背後で大きな爆発音。レイはすぐに回避したが、その衝撃のせいで少し飛ばされてしまった。ごろごろと転がり、数回転したところで体勢を立て直す。
顔をガバッと上げれば、元々レイがいた場所が少し凹んでいた。煙を巻き上げ、まるで人間が起こしたようには見えない。もっと兵器のような何かに見える。
衝撃で舞った煙が晴れ、そこには優等生っぽい、眼鏡をかけた少年がいた─────髪色は当然、灰色。黒と似ている髪色ではあるものの、通常では見ない髪色だ。
少年は膝を曲げた状態からレイを一瞥すると、眼鏡の位置を直し肉薄してきた……凡そ、人間では考えられない速度で。
「っ!?」
焦点速度が間に合わないほどの速さ。レイは反応できなかった。少年の突撃を腹で受け、そのまま背後の壁に衝突する。酸素がすべて吐き出され、苦痛に顔を歪ませる。
続いて入るのは少年の連撃。そのままレイの腹に拳を入れようとしてきた。
顔を顰めつつ、横っ飛びに回避。距離を取ろうとした。だが、
「ふんっ」
レイが横に避けようとした瞬間、否。確かに横に向かったのだ。だが、脇腹を何かが掠めるような感覚と共に、横に転がってしまった。掠める、というよりも、なにか物体が押し付けられた、という表現が正しいかもしれない。
摩訶不思議な現象に驚きつつも、レイはバク転で体勢を立て直す。膝立。
それを追うように少年の蹴りが迫る。レイは少年の足を掴み、後ろへ引っ張ろうとした。が、ダメ。
次の瞬間、レイの手と少年の足の間に、不可視の何かが入り込んだような感覚を覚える。まるで何かと何かが反発しあっているかのよう。レイは思わず手を放してしまった。
さらに、これまた目を疑うような光景。離れた途端、少年の体が後ろへ吹き飛んだ。体勢を崩さず、地面を擦りながら着地する。
「……思ったより強くない。さっきのは俺の見間違いだったか?」
響いてくるのは、眼鏡をかけた少年のバリトンボイス。
しかし美しい声とは裏腹に、その表情は不満げ。思わずレイも苦笑い。
「生憎と、俺は弱い、さ! 能力の、使い、方もまだまだ全然、知らない!」
「そうか、それで弱いとはいえ多数の能力者を相手にできるとは思えないが?」
毒を吐きつつ、少年はレイの拳を最低限の動きで回避する。
攻撃しているのはレイのはずなのに、まるで誘導されているかのような感覚、さらに言葉はとぎれとぎれ。今まで一度も攻撃が届いていない。衝撃の能力者も厄介ではあったが、これはそれ以上だ。
相手はまだまだ奥の手、そしてレイの腕を弾いたさっきの技も残っている。防戦、いや、太刀打ちできない状態だ。技術がある。おそらくは、詩織や美鈴といったような熟練者だろう。
全然余裕そうで、相手の攻撃方法も最小限。
足で蹴り、拳を突き出す。やや回避行動は大袈裟にとっているように見えるが、まだまだ余裕と余力があるのは確かだ。
おそらく、それは能力がうまく使えているから。
レイの方も、体力が残っていないわけではない。だが、先ほどの連戦、そして攻撃が通じない精神的ダメージがじわじわと追い詰めていた。
また、レイの攻撃方法は確実に脳筋である。相手の攻撃方法には華があるが、こちらは一回一回の攻撃を当てなければどうしようもできない。傷は回復するかもしれないが、疲労困憊になってなお、回復するとは思えなかった。傷は治れど、体力は回復しない、回復系での定石だ。
「力の出し方が下手糞だな。能力はこれでもかという程馴染んでいるのに……」
激しい(レイにとっては)攻防の中、少年はレイの技術に声を漏らす。それは決していい評価ではなく、むしろアンバランスな状態に不満を漏らしたようだった。
見透かされている……は、言いすぎにしても、レイの状態は、ある程度経験があればわかるようなちぐはぐさなのだろうか。
「俺能力について、何も知らないんでな。自分の力についても分からないことが多い」
「つまりお前はこの間能力者になったばかりか……『部外者』だな」
最後に出た意味不明な言葉に首を傾げつつ、迫るヤクザキックを横っ飛びで回避する。
「部外者……? いや、何を言っているか分からないんだが……」
「それを教える道理は……ない……!」
拳を振るうレイを少年は軽くいなし、お返しとばかりに肩を掴もうとしてくる。
それを、逆に腕をつかむことで防ごうとする。が、ダメ。一瞬のうちに、何かが手の間に入り込んだような錯覚を覚え、弾かれてしまう。
すぐさま離脱し、背後へと後退した。
先ほどから同じような戦法で防がれてばかりだ。こちらから干渉しようとした瞬間に弾かれ、攻撃、触れる事すら不可能になっている。
刹那、少年の体が急に小さくなる。否、その場で膝を曲げたのだ。
────既視感を感じる。これは……そう。先ほど少年がレイを襲撃し、直後に披露した……焦点速度が間に合わないほどの突撃───────!
ゴウッ!
「避けれるとは思うなよッ!」
「っっっだらぁッ!」
一度見ていたせいか、はたまた予測出来たせいか、レイは運よく回避することに成功した。少年の突撃に対して、体ごと横に放り投げるという荒業で。
瞬間、吹き荒れる風。少年の通過する速度によって風が起こされたのだ。屋上の端のあたりまで少年は吹っ飛び、フェンスを掴んで強引に制止する。こちらも見事な荒業だ。
だが少年はそれだけでは終わらない。
フェンスを掴んだ体勢から、逆にフェンスを手で押すような形で、再度突っ込んでくる。しかも、今度は能力による突撃ではない。焦点速度が間に合わない、なんてこともなければ、十分対応できる。
「無駄だ! 俺の『能力』に死角はない!」
「なッ!」
対応できる、なんて考えが命取りだった。
レイが回避行動を取ろうとし、足を動かそうとした瞬間……足が動かない。ぴったりと、足と地面が固定されているようだ。右足の靴の裏、その部分だけが接着剤でも付けたかのように固定されている。
そうしている間にも、少年は近づいてきた。
彼はレイが動かないのをいいことに、空中で跳躍して蹴りを入れようとしてきた。当然レイは動けない。故に、上半身だけを動かして回避しようとする。
─────────どうやらそれすらも計算の内らしい。
上半身を動かした瞬間、足がふわっと軽くなった。そのまま、体勢を崩してしまう。
「くそっ、なんで!」
「そういう能力さ。眼で見れば操作できる」
足から崩れ落ち、普通ならそのまま転がる体勢。
だが、レイの顔の目の前には少年の足がある。後ろ回し蹴り。今の体勢では確実にやられてしまう。と言っても、レイに回避行動を取る暇はない。一切の間違いなく、足がレイの顔に吸い込まれていく。
べキッ……
「あ”が”ぁ”!」
「『極操作』!」
直撃。レイは蹴りによって顎を蹴り飛ばされ、無様に転がる……はずだった。それだけではない。少年が言葉を呟いた瞬間、レイが後方に吹き飛んだ。まるで、『レイと少年の足の間に、物体が差し込まれたように』。
錐もみしながら、能力を受けたレイの体は吹き飛んでいく。
その先にあるのは屋上に一つだけあるドア。そこに直撃し、レイは体のどこかが切れたような感覚を覚える。同時に、体の中にある酸素がすべて吐き出された。
「ごふぁ! ひぃ……ぐぅ」
──────大丈夫、治る。治る。
痛みに震える腹を押さえながら、レイは内心そう思い続ける。
これまでも治ってきた。重傷を負っても、すぐ直ってきた。
─────なお、治……え……
痛みに悶えようとも、回復は……しなかった。
戦闘難しい、これ何回も呟いている気がします。
前回今回次回とも戦闘です。もっといい表現が出来るよう頑張ります!




