第九話 『祭り会場の一幕』
投稿時間が遅すぎる……もっと早くしないと。
川掃除にて、レイが異能の世界に片足を突っ込んだ日の翌日、つまりは祭り当日の朝、現在レイはカップ麺を啜っていた。
前夜との会話の通り、レイは朝カップ麺は重いと思っている。しかも、加古川家は全員パン派(前夜除く)だ。朝食はいつも愛子が作っているのだが、今朝は前夜や愛子、父親までも用事で朝早くに出ているのである。レイの父親の名前は───まあ、今はそんなことはどうでもいい。
厳密には、レイはパン派ではない。朝は何でもいいとさえ思っている。なぜ朝パンを食べるのかと言われれば、愛子が出してくるからだ。愛子がパンならパンだし、白米なら白米をレイは食べるだろう。
つまりは、レイは朝自分のを作るのが面倒なので、全て愛子に任せているのだ。それぐらい、なんでもいいと思っている証だろう。すべてを任せるダメ人間の素質があるようにも見える。
そんなレイが、なぜ拒否していたかカップ麺を食べているのかと言うと、手軽なものがそれしかないからだ。どうやら愛子は買い出しに行っているようで、ろくなものがなかった。あったとしても、時間がかかる物や手間のかかる物だけ。
それでもようやく見つかったのが、カップ麺だったというわけだ。しかも前夜特製の。
前夜が自ら生み出したカップ麺であり、宝物と呼べる品だ。それを発見したときは、食したら怒り狂うだろうかとも思ったのだが、何やらカップ麺が入っていた段ボールには書き置きらしきものが。
その内容は完全にレイを馬鹿にするもので、『食いしん坊のおにーちゃんは食べないでね☆』という、人をイライラさせるためだけに、作られたような文章である。
それを見たレイが瞬時にお湯を沸かしたのは言うまでも無い。まるで疾風の如く湯を沸かし、こうして啜っているわけである。普通3分のところを1分半に短縮したせいか、ところどころ固かったりするが、問題ない。逆に味はなんでこんなに美味いのかと、疑うレベルのカップ麺だ。
プルルルル、プルルルル。
「? こんな時間に一体……」
ただひたすら麺を啜っているレイの耳に、無機質な電話の音が流れ込んでくる。
現在朝8時半。こんな時間に電話をかけてくるレイの知り合いはいない、それ以前に知り合い自体が少ない。となると、レイ以外の誰かか、何かの勧誘だろう。
急いで箸を置き、受話器を取った。
「……もしもし」
『────おはよう『クソッタレk』』
ガチャ!
その声を聞き、正確には『ガチャ』とも『グチャ』とも取れないような音を立てて、受話器を思いっきり押し付ける。何故ならば、レイはその声を知っていると共に、その相手が非常に厄介な相手だからだ。
出来ることなら関わりたくない。なんであの日、道案内なんてしたのかと、そして友人になったのかと、あの日の自分を疑いたくなる。
レイから見ても悪いやつではないし、多少煩いが常識人だろう。でも関わりたくない。相手はレイにこう思わせるだけの煩さとめんどくささを兼ね備えているのだ。
ああ、これは悪い冗談。今のは忘れて祭りの準備でもするかな。なんてレイが思っていると、再びあの音が耳に響いた。
プルルルル、プルルルル、ガチャッ。
『────いきなり切るなんてひどいな!? 『クソッタレ君』はそんなにオレのこと嫌いなの!?』
「俺はお前のテンションと性格が嫌いだよ……大吾」
その人物の大声とテンションに、レイは若干嫌そうな顔をする。だが、電話であるためその表情が相手に伝わらないのがもどかしい。ついついもう一度切ってしまおうかと思ったが、それはやめておいた。
レイの言葉を受け、電話越しにケラケラと笑う声が聞こえる。だが、その声色は前夜とは違い、嘲笑うようではなく、純粋に楽しいと思っているような声色だ。
そう、今レイが会話している人物は、レイたちが小学五年生の時に引っ越してきた少年。文也大吾だ。
大吾は、あの後レイと楓と遊ぶようになり、当然のように同じ中学となった。小学校の頃はよく一緒に遊ぶことも多く、クラス内でもレイと楓と大吾のグループができていたぐらいだ。
だが、中学に上がってからはレイがクソッタレ野郎と呼ばれ、蔑まれたり、楓は生徒会。そして、大吾はサッカー部のエースなど、それぞれ事情があり、三人で遊ぶことはなくなった。レイがクソッタレ野郎と呼ばれていなかったら遊んでいたかもしれないが、今となっては後の祭りだ。
大吾は運動神経が良く、特にサッカーを得意としていた。
当然、とでも言うように、大吾が入ってからサッカー部は全国に行くようになった。大吾のテンションに影響され、部活内のやる気がモチベーションが上がった、とでも言えばいいのか。
しかし、それに反して学力はなかった。運動バカというやつだろう。もっとも、大吾はレイと違って運動があるため、プロサッカー選手にでもなるのだろうが。
『まあまあ、俺自身を嫌いになってないならいいよ。『クソッタレ君』は、性格とか好きになってもいいんだぜ!?』
「う、五月蝿えなぁ……お前、もう少し声おさえらんねえの?」
『無理!』
「だと思ったよ……」
電話越しから再度訪れる大吾の大声に、レイは思わず耳を抑えながら抗議する。だが、電話越しに聞こえるのはハッキリとした否定の声と笑い声のみ。
レイはその返答に諦めの声を漏らす。もう何回も繰り返しているやりとりだ。二人限定の挨拶と言っても過言ではない。
「んで、なんで電話してきたんだ?」
『ああ、忘れてた。レイ、今日の祭り、当然行くだろー? 一緒に回ろうぜ!!』
「一緒に?」
『おう!』
その大声を聞き、レイは少し考えるように顎に手を当てる。
レイは美鈴と合流することになっている。そんなことは考えなくてもすぐ浮かぶのだが、せっかく大吾が誘ってきたのだから、どうにかできないかと考えたのだ。
レイは別に、大吾を好きでもなければ嫌いでもない。だが、祭りという日も相まって、たまには一緒に回ってもと思ったのだ。
だが、今一度美鈴との合流時間を考えると、一、二時間程度しかない
大吾がほかの生徒を誘っている可能性もある。レイの蔑称が『クソッタレ野郎』なのは、大吾も当然知っているため、他の生徒を誘う可能性はないと思うかもしれない。
だが、大吾は意外なことに、そのことを気にも留めていないのだ。この手の性格ならば、正義感を発揮して真っ先に辞めさせそうだが、大吾は違う。
むしろ、『そう呼ばれているのはレイの自業自得だから、何とかするのはレイだよ』と、言い切るほどである。
「……悪い。俺他のやつと回ることになっているから。そいつ人見知りでさ、知らない奴がいると……」
『う、ぐぬぬ……ならばしょうがない! レイ、もし祭り会場で会えたらなんかしよう! じゃあな!』
「え、あ、ちょま」
ピー、ピー、ピー。
一定の時間で流れる無機質な音と共に、部屋は一時の静寂に包まれる。
レイははぁと、溜息をつく。用件だけ伝えたら切るなんて、どれだけあたふたしているのかと思うほどだ。大吾はいつもそうで、思考した瞬間に体が動き、頭で考えていないんじゃなかろうか。まるで鮪のような人間である。
しかし、先ほどの大声を云々の話と同様に、その突拍子も無い行動について抗議したことがある。
が、結果は一言、『無理!』。ただそれだけで終わらされたのは言うまでも無い。悲しきかな、大吾に変える気はないようだ。
今思えば、大吾と一緒に回ることがなくなったのは幸運と言えるかもしれ無ない。まだ不明だが、楓が参加するかもしれないのだ。
そのことをふと思い、レイは少し冷や汗をかいた。大吾はレイと楓が喧嘩したことを知らないので、下手したら『探しにいこう!』とか言いだす可能性がある。その可能性が避けられただけでも儲けものだろう。
未だ無機質な音が止まない受話器を電話機に収め、再度カップ麺を啜るべく椅子に座った。そして、先ほどまで自分が啜っていたカップ麺を見つめ、苦虫を噛み潰したように『ウゲェ……』と鈍い声を漏らす。
何故ならば、そのカップ麺はすでに伸びきっており、その上冷めていたからだ。無理もない。レイと大吾が会話していたのはさほど長くない時間だが、それでもカップ麺である以上それは宿命というものだ。
いくら前夜特性であっても、その壁は越えられない。
その上、油が多いタイプだったようで、油分が固まりスープの表面に浮上してきている。こうなっては麺以外の問題だ。箸を突っ込めば油で出来た膜が掬えそうである。
そのまま突っ込んでいる箸をぐるぐると回し、油を元の状態に戻す。温度や麺が伸びている状態は解決できないが、これで少しは食べやすくなるはずである。
電子レンジでチンなどもっての他だ。もっと小さい頃に前夜が一度やってみたことがある。結果は爆発。黒い煙を上げながら電子レンジが分裂した。前夜が死にそうなほど説教されていたのは言うまでもない。さすがに、同じことを繰り返す度胸など、レイにはないのだ。
「とりあえず、片付けよう」
目の前のカップ麺にいやいや手を伸ばす。
大吾や楓と会わなければいいな、なんて考えながら。
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「ハロハロー! 君が加古川レイ君だね?」
あの後レイは特にやることもなく、ずっとネットを鑑賞し、時間になったので祭り会場に来た。
会場の入り口とされている場所にて、歩いてきたレイを迎えたのは、目立ちそうな青色の目、青髪の長髪を短く結び、同じく水色の浴衣を着た少女だった。
身長はレイとより低いが、さほど気にする程度ではない。手には水風船を持っており、常に動かしている。
しかし、唐突に話しかけられたところで、レイは目の前の人物と会ったことがない。第一、最近金髪や赤髪の日本人とあったばかりなのだ。青色なんて特徴的な髪色をしていたら、覚えるどころか頭からこびりついて離れないだろう。
向こうの口調から察するに、相手もレイとは面識がないようだ。加古川君? と尋ねてきたのも、それが理由だろう。
「そう、だけど……」
少女の疑問に対し、レイは当たり障りない肯定の言葉を返しながら、パーカーのポッケに入れていた左手を出して、なんとなく頭を掻く。
現在のレイの恰好は、黒いパーカーに、青いジーンズという、特筆すべきところなどないシンプルなスタイルだ。すれ違っても数秒後には忘れそうである。
目の前の少女は対照的で、その浴衣と髪色のせいか、周りからちらちらとみられている。レイも例外ではない。
少女もそれには気づいているようだが、気にしないとでも言うように、ただうっすら笑みを浮かべるのみ。
「よかったよかった、安心したよ。君が加古川君でなかったら、間違った恥ずかしさのあまりに君を殴っているところだった」
「殴る!? 激しいとかそういうレベルじゃなく、いきなりすぎるし、そもそもお前誰だよ!? 俺のログには何もありませんってか!」
理不尽、とでも言わんばかりに叫ぶレイ。祭りはにぎわっているので、多少大声を出してもかき消される。
初対面の相手に『お前』なんて言い方はしないのだが、今回は別である。いきなり殴るなんて言われたらレイ以外でもそうなるだろう。
「あはは、面白いね君! なに、私はただの学生。針城美鈴と盟友の誓いを交わせしもの! 時雨 詩織!」
ババン! と言う効果音が発生しそうな雰囲気で、詩織と名乗った少女は手を開き、前に突き出した状態のまま、ドヤ顔でそう言った。
「どうぞよろしく!」
「アッハイ」
純粋にウザいと思うような中二病に対し、レイは軽くスルー。まるでコントのような会話である。いや、単純に詩織がギャグ属性だけかもしれない。といっても、レイは笑わすのではなく、笑われるギャグ属性だ。
目の前の少女は美鈴の盟友? らしい。それならレイのことを知っていても不思議ではない。おそらくは、レイが祭り会場に来るのを待っていたのだろう。一瞬嘘をついている可能性も考えたが、そんな嘘を吐いても意味はないだろう。
それなら美鈴は何処にいるのかと、レイは辺りを見渡すが、視界にその姿は映らない。祭り時に金髪と言うのは少なくはあるが、見かけないという事はない。実際数人発見できるが、こちらを見向きもしないことから、明らかに美鈴でないことは分かる。
詩織は、レイの視線を追い、その目が美鈴を探していることを理解したのか、手をポンッと打って、レイに説明し始めた。
「美鈴なら、今は神社で暇そうにしてるよ? 私が君を連れてくることになってるらしいから」
「神社? なんでまたそんなところに?」
「あの子、方向音痴なんだよ。それこそ、家や学校じゃないとすぐ迷う程の。連れてくることも考えたけど、多分途中ではぐれるだろうね」
「……大分頭が残念なんだな」
どの口が言う! というツッコミが聞こえそうではあるが、レイは頭が残念ではない。行動が残念なのだ。
その言葉に対し、詩織はうんうんと頷く。どうやら自称盟友公認らしい。あまりに素直な肯定に対し、若干美鈴が哀れに見えてきた。
「まあ、これ以上ここで話しててもなんだし、歩きながら話そう」
「……」
そう言って、詩織はレイの返答を待たず、神社の方へ歩き出す。その後を、レイは急いでついて行く。ただし、背後を、だ。
これはレイの癖のようなもので、常に人の背後を取りたがるのだ。道を通る時も、必ず誰かを先に行かせる、という、意味不明な癖である。
この癖だが、今回は少し相手が悪い。同性ならいいが、相手は異性。しかも祭り時となると、背後を取っているレイを怪しむ輩も出るかもしれない。もっとも、この癖自体をレイは認識しておらず、ほぼほぼ無意識である。まあ、今回ばかりは、まだ目の前の人物が、本当に美鈴の友人か分からないため、得策かもしれないが。
「ん? ……君、まだ私の事信じてないでしょ」
と、歩き出したところで、唐突に詩織が止まり、振り返って言い放った。その目は細められており、青色の目が、まるで宝石のように輝いている気さえ感じる。
その眼光に、レイは思わずたじろいでしまった。心を読まれた、という表現は大袈裟だとしても、レイが詩織に抱いている感情を見透かされ、少し混乱している。
「まあ確かに? 知らない人からいきなり『あなたの知り合いの友人です』なんて言われて、ホイホイついて行く人はいないわね」
その言葉に、レイは心の中で『グフッ』と、鈍い声を上げる。完全に信じようとしていた。無意識の癖がなければ、確かに何かあっても気づかない。せめて、苦し紛れの言い訳を言う。
「ま、まあな……ちょっと」
「わかったわ。じゃ、せめて『能力者』ってことを証明して上げる」
「!? 能力者、なのか?」
「……当たり前じゃない。でなければ、『能力者』なんて案内しないわよ……」
詩織は、やれやれといった感じで肩をすくめる。言われてみれば、その通りだ。連続して発覚する失態に対し、レイは再度心の中で『グフッ』と、何かが刺さった感覚がした。
「見てなさい」
そう呟くと、レイに背後を向け、無言になって手を上げ始めた。唐突に上げられた手に対し、若干周りの視線が集まるが、そんなことを気にしていたら負けだ。第一、本人が微動だにしていないのだから、別に気にしなくて良いのだろう。
レイの体感時間で二、三分経ったところで、詩織は、ポツリ、ポツリと、言葉を発し始める。
「……八メートル先の男、右足から前のめりに転び、両手をつく。見てみて」
その言葉を訝し気に思いつつも、レイは言われた通り前を見る。すると、どうだろう。その言葉の通り、前を歩いていた男が、右足から前のめりに転び、両手をついたのだ。一言一句間違うことなく、言葉の通りに。
詩織の言った言葉通りになり、レイは驚きの目を向ける。その眼に宿るのは、様々な感情だ。その視線に『反応』するように、詩織は言葉を発した。
「──────これが、私の能力、物事に対して『反応』する力よ」
詩織の青い眼が、淡く光ったように感じた。




