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Seven  作者: 如月ちえ
4/7

7月7日

 壁時計の長針が十一時を過ぎた頃。お客は試験勉強をしている大学生の女の子が一人。あの子は、あと三十分経てば帰る。読みかけの推理小説を開いたとき、チリンチリン、と音が聞こえた。


「空いてますか?」

「あ、どうぞ、いらっしゃいませ」


 小説を慌てて閉じた。入ってきた男性は、半袖のポロシャツ、下はスーツを着て、ブランドもののバッグを持っている。その人はカウンターに座った。


「まだ大丈夫なのって、どれですか?」


 律儀な感じ。大手町勤めか?


「なんでも大丈夫ですよ」

「じゃあ、ブレンドコーヒーのホットで」

「かしこまりました」


 うちにはお客さんが少ないときに来るほうがおすすめ。じっくり豆を挽いて落として、そのまま出せるから。忙しいとどうしても作り置きをしてしまう。


「お待たせしました、ブレンドコーヒーです」

「ありがとうございます」


 その人からは、ほんのり日本酒の匂いがした。でも、汗はかいていないし、髪も適度な長さ、……性格に難がなければ相当モテるだろう。


 一口飲んだあと、その人が口を開いた。


「何時までですか、ここ」

「二時までです。深夜二時」

「そうなんですね……また来ようかな」


 一体なぜ、ここ吉祥寺で、花金の夜にコーヒーを飲みに来たのだろう。



 女子大生は十五分前に帰った。スーツの人は、ぐっすり寝てしまっている。ちょっと片付けをしてから、起こそうと思っていた。

 携帯電話のベルが鳴り響く。私の着信音ではない。


「ん……」


 スーツの人が目を覚ました。顔をテーブルにつけたまま電話している。


「なに」


 うおー、声低い。男性の寝起きの声を久々に聞いたかも。


「あ?」


 こわい。ここに来た意味なんて聞けたもんじゃないな。


 スーツの人は何か言い合いをして、電話を終えたようだった。


「ねえお姉さん」

「はい?」

「お酒ないの、ここ」


 聞かれたときにだけ出すアルコールメニューをそっとテーブルの上に置く。


「ここで一番強いのちょうだい」


 私は半ば諦めで焼酎ロックを出した。


 スーツの人はそれをグッと飲み切って、またテーブルに伏せた。


「ごめんねぇ、お姉さん」

「大丈夫ですよ」


 私は片付けを終わらせて、推理小説を開いた。さっき急いで閉じたせいで、どこまで読んだかわからなくなってしまった。最悪。


「酔っぱらいの戯言、聞いてくれる?」

「……はい」


 ここはスナックじゃねえんだよと若干思いながら、仕方なく話を聞いてやることにした。


「その前に、一ついいですか?」

「なに?」

「終電は、大丈夫ですか?」

「ん、タクシーで帰るから大丈夫」

「そうですか」

「じゃあしゃべっていい?」

「はい」

「聞き流してもらっていいから」

「いえ、ちゃんと聞きますよ」


 タクシーで帰るなんて、やっぱりお金もちなのかなあ。


「俺ね、会社の後輩に恋してるみたいで」

「ほう」

「でもさ、一回りくらい違うんだ」

「はい」

「お姉さんは、どうなの。年の差とか気にするの」

「うーん、それくらいなら気にしないですかね」

「そっかあ」


 仕事ができて、イケメンの部類に入る人でも、恋愛に悩むんだ。


「俺、ちょっと焦っててさあ……やっぱ結婚とか考えちゃうじゃん」

「お客さんはおいくつですか?」

「今年三十五」

「それは考えますね」


 会話が途切れて、またスーツの人は話を始めた。


「その後輩にね、ストーカーみたいなことしちゃったの」

「ストーカー?」

「うん。俺、飲みすぎて、気が付いたら後輩の家にいてさ」

「え?」

「あ、いや別にそういうのはない、けど」


 背広がピンと伸びる。


「関係は、ないけど、運悪くお母さまと会っちゃって」

「後輩さんの?」

「そう、そうなの。一人暮らしの娘の家に出入りする男なんて、もう恋人しかいないじゃん」


 気まずそうに上目づかいを振りまいた。後輩さん、もう惚れてるんじゃないかなあ。


「まあ、普通はそうですよね」

「お母さまに、娘をよろしくお願いしますなんて言われちゃって」

「それは……」

「俺の脳フル回転。否定したら怪しい関係だし、肯定したら松多に悪いしさあ」


 爪先をガリ、といじっている。


「で、なんて答えたんですか」

「こちらこそよろしくお願いします、としか言えなかったよ……」

「ああ……」

「どうしても松多に謝りたくて、でもあいつ俺のこと避けてて」


「ちゃんと話さなきゃいけないって思ったから、駅前まで行っちゃったんだよなあ……ちょお後悔してる」


「お話は、できたんですか?」

「うん、まあ」

「で、今はどうなんですか?」

「うーん……一緒に飲みには行ったりするけど、その話は一切してない」

「そうなんですね」

「お姉さんなら、どんな気持ちになる?」


「たぶん、ですけど」

「うん」

「後輩の、松多さんでしたっけ。お客さんのこと、嫌いじゃないと思いますよ」

「どうして」

「私なら。まず、本当に嫌いな人は家に上げません。たとえ上司でも、社長でも。タクシーにも二人で乗らないかも」

「お姉さんかたいの」

「いえ、本当に嫌いな人なら、の話です。この時点で、お客さんは嫌われていないと思います」

「確かに」

「それに、嫌いな人と飲みに行かないと思いますよ。それって、勘違いされてもいいってことですからね」

「うん、誰かに見られる可能性もあるしね」

「私が思うに、好き避けじゃないかなあって思うんです」

「すきさけ?」

「はい。好き避け。好きだから、避けちゃうんです。小学生の、素直になれない男の子、みたいな」

「ああ」

「好きだからこそ、冷たくしちゃう」

「でも、あいつがそんな器用なことできるとは思えない」

「器用じゃないから、そうなるんですよ。そう考えると、どんどん可愛く思えてきませんか?」


 お客さんの目線が右へ、左へ、きょろきょろする。


「確かに」


 そういって、口角が上がっていた。


「お客さんは、後輩さんが自分のことを好きでいてくれる自信はあるんですか?」

「正直、ないよ」

「じゃあ、今度ここに連れてきてみてくださいよ」

「どうして」

「後輩さん、紹介してくださいよ。見てみたい」


「でも、悪いよ」

「私、いやな女に見えますか?」

「うーん……つーかちょっとこわい」


 優しくされたことがないのかなあ。騙されてきたのかなあ。


「私、こう見えても彼氏いますし」

「それはわかるよ」

「最近までお客さんと一緒でした」

「……なにが」

「性別です」

「え、全然見えない」

「かなり早い段階で周りが動いてくれたので」

「そーなんだあ」

「はい」

「へええ」


 あまりカミングアウトはしないようにしているけれど、人間不信に陥っていたときに培った、人を見る目は我ながら侮れないと思う。


「お姉さんは、素敵な人たちに囲まれて生きてきたんだね」

「そうですかね」

「うん、俺男子校出身だけど、もうオカマちゃんにしか見えない人いるもん」

 

「大事にされてるんだよ」


 お客さんもね、と心の中で返事をする。


「お姉さん、いつならいるの」

「土日は必ずいますよ」

「夜も?」

「夜は基本的に平日です。あんまりお客さんがいないほうがいいですか」

「うん、できれば」

「じゃあ、今月の夜のシフトの日だけ渡します」


 レジ横にあるメモ帳を一枚ちぎって、休憩室に貼られたシフト表から日にちを書いていく。


「どうぞ」

「ありがと」

「また気が向いたら来てください」

「ううん、必ず来るよ。松多連れて」

「お待ちしております」


 カップを洗って、ちょうど午前二時。私は帰り支度をして、裏口を出た。自転車のサドルについた雨粒をサッと拭いて、店の玄関まで自転車を押す。そういえば、今日は七夕だった。相変わらず天の川は見えないけれど、お兄さんと後輩の松多さんが結ばれればいいなあと、こっそり夜空に願った。

そして、Sevenのネオンサインが消えていることを確認して、自転車に乗った。


 アパートに入ると、わたしのパートナーが先に家についていた。リビングにあるソファで寝ている。そっと髪を撫でた。

 シャワーを浴びて、彼にブランケットを掛けて、缶ビールのプルタブを開けた。……うん、しあわせ。

 柿ピーを口に放り込みながら、深夜番組を見ていると、彼が起きた。


「おはよう」

「おはよ。なにくってんの」

「柿ピー」

「めしは?」

「食べてないよ」

「またかよ」

「祥さんは何か食べたの」

「ん……空気」

「じゃあ私も空気」

「柿ピー食ってんじゃん」

「ふふ」


 私は冷蔵庫から二つビールを取り出して、棚から柿ピーを一袋取った。そして、それを彼に渡す。


「ありがとう」

「いいえ」

「今日のお客さんがね、恋する乙女でさ」

「うん」

「かわいいよね。恋の仕方がわからなくて、自分に自信がなくて、お酒に走っちゃうのって」

「確かに。一人で悩むより話すだろうし」

「うん、部屋で一人で飲んでても解決しないからね」


 通販番組が終わり、朝のニュースが始まる頃、私たちは眠りにつく。


最終更新日 17/04/16

更新遅れてごめんなさい、そしてこのお話はまだ途中です・・・次回まで続きます。

なかなか二人が動いてくれず、私自身もパソコンを弄ぶ時間が作れず・・・言い訳です。

まだ画像を作っていないので、次回更新に間に合えば、画像もつくりますね。


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