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Seven  作者: 如月ちえ
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2/7

7歳差の男と女

「俺より髪ないじゃん」

「みんなボブで嫌だったから」

「お前らしいな」


 そういって、おじさんは、わたしの頭をくしゃくしゃした。


「おじさんわぁ、スマートだからイケメンですっ!」

「今日酔ってんな」

「おじさんだって酔ってるでしょー」

「ばか、今日は一滴も飲んでねえから」


 そう言っておじさんは振り返ったけれど、夜道に照らされる外灯のせいで、おじさんの顔は逆光してしまって、表情は見えなかった。


「見てらんねえな」


 おじさんは、わたしの右手をスッと掴んだ。


「おじさん、手小さいね」

「身長ないからな。てか、お前女の割にはでけえな」

「そうなの、指が長いの」


 グッ、と指を絡められて。


「おじさん、だめだよお、好きな人にしかこういうことしちゃだめだよー」

「嫌いじゃないから、いいだろ」


 繋がれた手は、おじさんのポッケに入った。


「嫌いじゃないだろ?」

「うっさい」


 おじさん、なんて呼んでいるが、わたしより七つ歳上なだけ。ただ、仕草とか大声で笑うところとかがおっさんくさいのだ。まあ、そんなところが好きなのだけれど。

 わたしは女だ。だけど、酒が入るとどうしても身体の内側が熱くなってくる。加えて、枯れかけのすすきが強く揺れる季節。人肌恋しくなる女性は少なくないはず。


「ねえおじさん」

「んー?」

「うち来ないー?」


 おじさんからの返事はなかった。


「お前さあ」


 彼の指が、痛いほど水かきの名残りにくい込んでくる。そして数歩歩くと、楔はそっと外れた。


「ごめんなさい」


 駅までの道を、おじさんはどんどん進んでしまう。あー、捨てられたな、これはお酒のせいに出来ないな、記憶がないという言い訳は効かぬものか。


「ねーおじさん待ってよ」

「ん」


 ぶっきらぼうに差し出された手を見て、不思議になった。どうしておじさんはこんなわたしに付き合ってくれるのか。わたしは手を取らず、言葉をぶつけた。


「あたしのこと、どう思ってんの」

「どうって」

「いもうと?コンパニオン?」


 あー、これって、おじさんが嫌いなタイプの女の子だ。おじさんがため息を一つついたとき、心の距離がスッと離れていくのがわかった。


「とりあえずお前の家連れてけ」

「は?」

「早く」


おじさんに急かされるまま、その手を握った。


「どこで降りんの?」

「八王子」

「おっけ、行こう」


 わたしは定期を、おじさんはペンギンを改札に通し、ホームに出た。

 あぁ、おじさん電子マネー使えるんだ。わたしは、おじさんをバカにしすぎていたのかもしれない。

 ちょうど来た通勤快速に乗ろうとすると、おじさんはわたしを止めた。


「一本遅らせよう」

「なんで?」

「いいから」


 もう、おじさんのことがわからない。高尾行きの快速に乗って、八王子で降りた。わたしより、ほんの少し後ろを歩いてくるおじさん。北口にそのまま向かって、駅を出た。


「さび」

「寒いね、コンビニ寄っていい?」

「何もねえの」

「うん」


 おじさんは、わたしの部屋に泊まるつもりなのだろうか。話をしたいだけ?ねえ、目的は一体なに?

 酔いが醒めて来た。これは、おじさんを終電までに帰さなければ。


「ねえ」


 返事はない。


「ねえってば」

「なに」

「うち来てすぐ帰るの」

「ううん」

「え」

「誘ったの、そっちでしょ」


 おじさんはお酒の入ったカゴを私から奪って、パンツやら歯ブラシやらを入れている。


「待って、勢いで言ったけどさ」

「けどなに」

「うーん」


 わたし、おじさんとそういう関係を望んでいたのかな。もう自分の家に帰るつもりはないのだろう。今のわたしなら、流されるまま、してもしなくてもいいと思うけれど、うちには今、近藤さんがいない。

 おじさんはささっと会計を済ませて、外に出た。やっぱりこういうとこ、スマートだなあ。わたしも後を追った。


「あの、ありがとうございます」

「だいぶ醒めてきた?」

「はい」


 あ、これお説教タイムだな。


「酔った勢いで言うんじゃありません」

「すみません」

「今までもこうやって誘ってきたのかよ」

「それはない、断じて」

「あそう」

「とりあえず家行こう。お前が嫌ならファミレスでもどこでもいいけど」

「いえ、ご案内します」


 駅から十五分ほど歩いた住宅街のなかに、わたしのアパートはある。一軒に二世帯しか住めない貴重物件。しかも、下に住んでいた大学生が引っ越して、今は完全にわたしのアパートのような感じ。


「ちょっと待ってて、掃除するから」

「わかった」


 急いでゴミを片付けて、軽くフローリングを掃除した。玄関に向かうと、もうビールを開けて飲んでいる。


「終わった?」

「はい、どうぞ」


 リビングを見渡したあと、ラグの上にそのまま座った。わたしが寝室で着替えていると、わたしを呼ぶ声がした。


「終わった?」


 なるべく一緒の部屋にいたくない、というのはわたしのエゴなのか。


「もう終わるよ」

「わかったあ」


 ものの数分でかなり飲んだのか、あまったるい話し方になっている。これはおじさんやばいやつ。

 ドアを開けると、神妙な顔つきで正座をして、こちらを見ている。


「どしたの」

「お風呂を借りてもいいですかっ」

「あ、ああ、お湯張ってないからシャワーだけど」

「ありがとうございます」


 へへぇ、と声を出しながらわたしのあとをついてきた。


「タオルはそこの使って」

「ん、サンキュ」


 この物件と駅に近い物件を最後まで迷っていたけれど、やはりバス・トイレ別のこの部屋を選んでおいてよかった。


 さて、おじさんをどう帰そうか。

 いや、それはもう無理に近い。

 こうなったら、別々に寝る? 

 うちにはお客さん用の布団も毛布もない。

 ……困ったなぁ。何が困るって、近藤さんがいないこと。


「はあ」


 ため息しか出ない。


「シャンプーとか借りちゃった」

「いいよ、わたしもシャワー浴びてきていい?」

「うん」


 着替えを取りにいくついでに、ちょっと大きめのスウェットを出した。


「よかったら、これ着て」

「マジ、ありがと」


 シャワーを浴びて、髪を乾かして。もしかしたら、もう寝てるかも。


「お待たせ」

「ん」


 何がお待たせなんだ、自分。わたしはゆっくり彼の隣に座った。


「あんさあ」

「なに」


 缶ビールのプルタブを開けて、二口飲んでも、彼の口は動かない。


「なに」

「俺と」


 わたしは缶をテーブルに置いた。


「……付き合ってほしい」

「それって、なん」


 それって、何の確証があって?って訊こうとしたら、くちびるとクチビルがぶつかった。わたしの頭を抱え込みながら、ぐいぐい押してくる。わたしの下唇を挟みはじめた。


 あ、これ、流されるやつだ。やばい。近藤さん持ってるのかなあ。

 彼がそっと離れた。


「ごめん」


 しばらくの無音。


「ゴムは?」

「は?」

「うち、ゴムないよ」

「持ってる、けどしない」

「なんで?」

「朱梨の返事、聞いてない」


 変なとこくそ真面目だな。


「自覚ないけど、酔った勢いでもああいうこと言ったのは、きっと達哉さんの存在がラブ寄りなんだろうなあとは思う」

「うん」

「好き、だよ」

「うん」


 あからさまに肩が落ちた。


「なんでだよ」

「なにが」

「俺、できねえ」

「なんで、しよ?」

「大事にしたいのに」


 初心すぎる、なにこのちっさいおじさん。


「いつしたって一緒だよ、お見合いする人たちって早いんでしょ?」

「これはお見合いじゃない」

「据え膳食わぬは?」

「いや、我慢する」


 そのあとはお酒飲みながら、テレビを見て。好き同士のはずなのに、なんだか気まずい。500ml缶が三本空いた頃。だいぶ欲が抑えられなくなってきたわたしは、彼の肩を押してみた。


「へっへっへー」


 彼は笑わなかった。鞄のなかから箱を出すと、わたしの手を引いて寝室に入った。


「もうどうなっても知らねえぞ」

「どうなってもいい」

「なあ、ホントに好き?」

「うーん、好き」


 気が付いたら、欲にまみれる彼が居て。普段へらへら呑気に暮らしている男だと思っていたら、大違いだった。強引に抱かれるの、嫌いじゃない。


「ごめ、帰る」

「え」

「本当にごめん、今日のことは忘れて」


 彼は部屋を出て行った。




 半年前、吉祥寺のハモニカ横丁の居酒屋、七福神でおじさんとわたしは出会った。たまたま隣になって、仕事の愚痴を吐くわたしのに、うん、うんと相槌を打ってくれていた。そして、知らぬ間に寝てしまったわたしの飲み代を支払ってくれていた。次に会ったときに、わたしが払うと強く言ったけれど、おじさんはそれを許さなかった。こっそり仕返ししたら、「もうやめよう、お互い普通に飲もう」ってなって。それから、月に二回以上は一緒に飲んでいる。


 彼が七福神にいる確率が高いのは、金曜日の夜。おじさんを探して、毎週七福神に行ったけれど、いなかった。店長に聞くと、あの日以来ここに来ていないようだった。


 もう、一か月が経った。何が苦しいかって、一緒にお酒が飲めないことが。自分がいけないのに。酔った勢いであんなこと言っちゃったから。それでも、自暴自棄にはならなかった。彼が、わたしのことを大事にしてくれていたから。

 それでもね。やっぱり会いたいよ。電話もメールも反応なし。一体どこに行っちゃったの。


 なんだか気分が落ち込んで、七福神に行かなかった金曜の夜。ピンポン、とチャイムが鳴った。インターホンを押すと、彼の姿。何を話すわけでもなく、突っ立っている。


「こんばんは」

「……こんばんは」


 すごく嬉しかった。でも、今更感がすごい。


「なんの用ですか」

「謝りに来た」

「上がります?」

「できたら」


 彼を家に上げて、コーヒーを入れる。ちょこんとソファに座る彼は、あの日の別人のよう。


「で?謝りたいこと、とは」


 牽制のつもりで、敢えて対面に座る。


「この間は、帰ってごめん」

「うん」

「俺、嘘ついてて」

「うん」

「実家暮らしは本当なんだけど、正社員をクビになったフリーターじゃなくて」

「うん」


 なるべく、無関心に聞こえるように。


「フリーペーパーの会社でイラストレーターやりながら、たまに路上で絵を描いて売ってる」

「うん」

「そこで店長といっちゃんに会ったこともある」

「へえ」

「もう、俺のこと好きじゃない?」


 何も答えられなかった。無言の反抗じゃない。これは、もうどうしようもない。どんどん涙が溜まっていって、それはついに重力に負けた。


「ふざけてる……そんなのふざけてるよ」

「本当に、申し訳ないと思ってる」


 こんなんだったら、へらへらされていたほうがマシだった。


「見て」


 彼はテーブルの上に通帳を置いた。それを手に取って開いてみると、右下の数字が七桁。


「さんびゃくまん……」

「自分で言うのヤなんだけど、結構売れてんだぜ」


 知らなかった。彼は絵描き界隈で有名だったなんて。それだけで生活しているなんて。


「ちゃんと伝えたくて」


 わたしを抱いていなくなった日から、預金額はかなり増えていた。


「自分の力だけで、本気で売ったらどれだけになるのか試してた。もう俺自信持って言える」


「朱梨が好きだ」

「ずるい」


「ずるいよ、達哉さん」

「ごめん」

「わたしも、嘘ついてた」

「何を?」

「わたし、本当はアパレルの店長じゃなくて、つたないプログラマーなの」

「へえ、それって頭よくないとできねえ仕事だよね」

「そう、かな」

「少なくとも、俺には無理だ」

「わたしも絵は描けないよ」


 初めて彼に会ったとき、彼はわたしの髪色とピアスを見て、下北沢の古着屋の店長だと言った。面倒くさくて否定しなかった。

 結局、真実を知っていたのは、七福神の店長といっちゃんだけだったみたい。



最終更新日 17/03/19

イメージは、マトモじゃない男性と、自立している女性。

でも、何がマトモでマトモじゃないかなんて、考えること自体がちょとおかしい、この国じゃぽん。

七福神絡みなので、これからのお話も、酒臭さ満載だと思います。

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