夜戦の闇
ホテルのロビー横にある小さな休憩室。椅子とテーブル、そして雑誌と小型のテレビしかない部屋に、鬼のように怒り佇む竹志の姿があった。
竹志の前には正座した三人の軍学生。三人は恐怖で体をガクガクと震わせていた。
一人は竹志の弟である世志。残り二人は世志のクラスメイト二人だ。
「は、反省しているみたいだから…もうやめてあげない?」
もう一度同じ服に着替えた優香が竹志に言うが、鬼は首を横に振った。
鋭い目つきで学生たちを睨みながら問いかける。
「世志。お前は今日、何をしなければならなかった?」
「家で大人しく過ごして勉学に励むことです! サー!」
「じゃあ…どうしてお前はここにいる?」
「【瞬速】の練習をしてしまいました! すいませんでした! サー!」
この時ばかりは世志も敬語を使って罪を認めていた。クラスメイトも「すいませんでした! サー!」っと続いて謝っている。一体俺はどこのボスなのサー!
「はぁ…何でだ? 何で練習する必要がある? 【瞬速】は軍学生の戦闘に置いて基本動作。学校でしっかりと習うことができる。休日は二年生と三年生ばかりで、序列の上位者が特に出て来る危険な夜戦だ。そんな中にわざわざ入り込んで練習する必要は無いだろう?」
奇跡的に上から狙われることなく問題にならずに済んだ。もし上との戦闘になったら大怪我をしていたかもしれないのに。
世志は俯きながら何も言わない。しかし、ある程度のことは予想できた。
「…昨日の帰宅時間。少しだけ遅かったな」
竹志の言葉に世志の表情が歪んだ。竹志は続きの言葉を止めずに言う。
「様子がおかしかったからな。どこの学校もヒヨっ子の一年生はかなり早く下校させるはずだから、二十時から夜戦が始まるのに対して帰宅する時間は自然におかしいと思っていた。家に帰ってくる前に何があった?」
「…兄貴には敵わないな」
観念したのか世志は諦めたかのように呟いた。クラスメイトも下を向いてただ黙った。
二人の代わりに世志だけが事情を話し出す。
「他校の上級生がやっている雑魚狩りだよ。『強者命令』がある夜戦をやらされたんだ」
「…もう負けていたんだな。昨日の時点で」
竹志の確認に世志は頷く。竹志は世志の反応を見て鋭く目付きを変えた。
「時間は? 十九時半ぐらいからやっていたのか?」
「ああ…違法夜戦だった」
夜戦は二十時から始めることが国から決められている。それ以降はほぼ無法地帯(殺人や窃盗、拷問や監禁など戦いの勝利目的に必要ない行為は絶対禁止されている)になり、ある程度の罠や卑怯な手を使うことが許されるが、二十時前に始める戦いは違法。そうやって違法された戦いを違法夜戦と言う。
違法夜戦を行った生徒は停学。酷ければ退学を飛び越えて警察のお世話になることだってある。
特に夜戦が始まる前に始める戦いは風紀委員による検挙率が低く、見つかることが少ない卑劣な違法夜戦の一つだ。
「違法!? だったらどうして国に言わないの!?」
「落ち着け優香。言わない問題じゃない。言えない問題なんだ」
あまりこの手の問題に詳しくない優香を宥める。
「この国は、法より大きな力が働くことがある。それが『強者の言葉』であり、『強者命令』だ」
「強者命令…確か軍学生たちの約束事だったわよね?」
「そうだ」
優香でも聞いたことのある単語に竹志はコクリと頷く。
軍学生は法より守らなければならないことがある。それは強者による命令だ。
―――夜戦で負けた者は強者の言うことを聞かなければならない。
さすがに常軌を逸したことはできないが、実力主義なこの国が許容する命令なら多少の非道なことでも確実にを許すだろう。
敗者は絶対に勝者の命令に従わなければならない。守らなければ国から追放。最悪拷問にかけられ酷い目にあった例も見られる。
しかし、そこにはさらなる闇がある。もし強者が弱者に『一般人を二十時まで足止めしろ』と命令し、弱者が一般人の帰宅を邪魔したとする。この時、弱者はそれ相応の罰、停学など処罰が下されることになる。
だが、そこにもし———運悪く命令した強者の部下がそこにいて、戦闘に巻き込まれて一般人が死んでしまう事故が起きた。
誰が悪いのか? 決まっている。一般人を足止めしていた弱者だ。考える必要も皆無だと上は判断するだろう。
この場合、強者命令がうんぬんよりまず最初に弱者の犯罪が裁かれる。強者はそういう命令をしたに過ぎず、部下が巻き込んでしまったに過ぎない。つまり、強者側は誰も裁かれることがないのだ。
命令に従っても従わなくても、弱者は負けた時点で一度ドン底に叩き落されるのだ。
「違法夜戦、か」
「…タケ? どうしたの?」
「…いや、何でもない。やっぱり卑劣な行為だなと思っただけだ」
思い出したくないことを脳裏をかすめたが、首を横に振って話を戻す。
「…先輩は? 助けてくれなかったのか? 部活に入っていれば『仇討ち』してくれるだろ」
部活仲間を大切にする部活生はそういう事態が起きたらすぐに戦争を始めようとするくらい情に熱い人が多い。もし世志が脅迫されていると知れば良き先輩や優しい先輩、後輩思いの先輩たちは必ず動くだろう。先輩が勝てば世志に出された『強者命令』を消すことができる。
「…強者命令は、『部活の加入禁止』なんだ」
「何…? 部活は入学してからすぐに勧誘が行われるはずだろ? ほとんどの生徒が初日から入っているからその命令は帰宅部にしか意味がないはずだぞ?」
敵の意図が読めない竹志は顎に手を当てて思考する。しかし、敵の目的を知っていた世志は説明を続ける。
「今年は部活に入った全軍学生たちによる球技大会があるんだ。全高校の全部活生が参加する大規模大会だ。部活の先輩たちは勧誘はするけど、正式に加入できるのは大会が終わる次の日、来週の金曜日なんだ」
「…大体読めてきた。お前らを襲ったのは第壱高校の軍学生だな? そして大会主催者や企画者も第壱高校。合っているだろ?」
「…やっぱり凄いな兄貴」
結論から述べると第壱高校は第弐高校を潰そうとしている。運動系に特化しているあの高校なら高校に喧嘩を売るくらいのことは平気でやるだろう。後先考えずに。だが今回は後をしっかりと考えてやがる。
もし部活禁止命令が来年も後輩に出され続けてしまえば部活は存続することはできなくなり、部活で得られる国からの功績資金は第壱高校が独り占めしてしまう。実際、運動系の功績資金は第壱高校がほぼ独占しているから、もし文系の部活功績資金まで奪われてしまったら生産系の第弐高校は何も作ることができず、崩壊するだろう。
「第壱高校にしては珍しい戦術だな。筋肉バカが二、三年も待てる戦術とは思わないが…」
「女子生徒には違った強者命令が出されているんだ。高校が潰れたら第壱高校に入学するって」
「うぇ…」
「おいおい…いくら女子生徒が少ないからって酷すぎるだろ。どんだけ女の子に飢えているんだよ…男子中学でもそこまで酷くないぞ…」
優香はすごく嫌そうな顔をして、俺は手を頭に当てて首を横に振った。さすがにそれは引く。ドン引きだ。
「欲望に忠実な猿…いやゴリラ共か」
「でも夜戦って確か異性同士の戦闘は禁止だっだよね? それも違法夜戦かしら?」
「強者命令は一人につき一つというルールがある。これ以上リスクは背負いたくないはずだ。多分数少ない女子生徒が正式に夜戦したんだろ」
「リスク…?」
「話の流れで分かるだろ。アイツらはどうしてリスクの高い違法夜戦したと思っている?」
言葉の真意が分からない優香に竹志は丁寧に説明する。
「第弐高校は部活の存続危機を察した。だから夜戦を避けるように早く帰るようにしたんだ。でも、それはできなかった」
「…第壱高校が違法夜戦したからでしょ? でもそれを国に報告すれば———」
「それはできないっすよ、兄貴の彼女さん」
「か、彼女じゃないわよ馬鹿ッ! 何でこんな奴と付き合わなきゃいけんと!?」
「ご、ごめんなさい!?」
そうだそうだ! 柳の言う通りだ!(泣)
「違法夜戦のことを報告すれば全部が明らかになるだろう。同時に惨敗した結果もな」
「惨敗って……卑怯な手を使われたんだから仕方ないでしょ」
無法地帯同様のフィールドで戦う場合、卑怯な手は許される。だがそのフィールドに入る前に卑怯な手を使うのは確かに最低の卑怯者だ。だけど、
「それが仕方なくないから困ってんだろ。汚名を嫌がってんだよ、コイツらと学校の連中は」
その卑怯者に、足を掴まれて道連れにされそうになっているから最悪なんだ。
汚名という言葉に世志たちは俯く。優香はまだ分からず、竹志に説明を求める。
「どういうこと…」
「柳。お前、後輩はボロ雑巾のように先輩に扱き使われたわれてた学校に入りたいと思うか?」
「嫌よ。そんな学校に誰が———!?」
竹志の言いたいことに気付いた優香の声が止まる。竹志はハッキリと事実を突きつけた。
「つまりそういう事なんだよ。そんな嫌なことをされている学校だと分かっているなら当然入りたくない。避けたいに決まっている」
竹志は続ける。
「コイツらの学校はマジで危機に直面している。このまま黙って第壱高校の好きにさせれば部活は停止して終わる。国に報告すればニュースで報道され、噂され、来年の入学者は少なくなり次第に終わる」
これを何というか知っているか?と竹志は尋ねるが、誰も答えない。だが竹志は遠慮無く告げる。
「『詰み』『ゲームオーバー』『チェックメイト』」
「やめろ兄貴」
怒りの籠った世志の声に竹志を除いた全員が驚く。竹志は世志の睨む目をジッと見ている。
「だから強くならなきゃいけないんだよ。俺たち一年生が不甲斐ないのせいでこんな目になってしまった」
「だからって…こんなに無茶して…」
満身創痍になるまで練習した世志の姿に優香は心を痛める。責任感の強さがヒシヒシと伝わった。
「第壱高校と全面戦争して勝ったら、全強者命令の撤回ができる。生徒会長も、戦う決断を下した」
「馬鹿が。勝てる見込みないだろそれ」
竹志の厳しい言葉が続く。世志は答えること無く、沈黙を貫いた。
毎年どの高校よりも入学者を受け入れる第壱高校の生徒数は約三千を超えており、第弐高校は千人近くだと聞いている。
圧倒的人数差は、戦闘にいくら工夫を施しても勝てる見込みが無い。数で押されれば潰される。ただ彼らは足掻くことしかできないのだ。
「もしその戦争で負ければ向うは卑怯な手を使ったことを闇に葬らせるはずだぞ。今のうちに道連れする方がまだ被害が少なくてマシになるんじゃないか? 入学者が減っても、部活で成果を出せばちょっとずつ増えるだろ」
竹志の提案に世志は頷くこうとしなかった。ただ、兄の真剣な目を見ている。
「兄貴。俺は兄貴の弟だ」
「当たり前だ。お前は俺の弟だ。誰にも嫁に出すつもりはない」
「え、婿の間違いじゃないかしら?」
「嫁でも婿でも嫌ですよ。あと兄貴キメェよ…」
俺のボケに優香の冷静なツッコミボケが炸裂。世志が引いているが気にしない。クラスメイトが聞いていないフリをしていることにも触れない。それがタケシクオリティ。
「…だから俺は勝ちたい。学校はまだ行ったばかりだけど、友達だってできた。先生も良い人だし、可愛い女の子もいる」
「言ってて恥ずかしくない?」
「茶化さないでくれ兄貴。それにせっかく学費を出してくれた兄貴のためにも、俺は負けたくない」
「…そうか」
「…ねぇタケ」
優香は竹志の服の袖を掴み、小さな声で囁く。
「何とか…できないの?」
(バリ可愛いなこんちきしょう!)
頬を赤くした竹志はしばらく黙り目を瞑る。優香と世志が静かに竹志の答えを待つ。
「勝てない戦争に勝つことは難しい。だけど、勝てる見込みがある作戦はある」
「マジでッ!?」
「可愛い弟のためだ。お前のためなら世界を滅ぼすくらいのことはやってやるさ」
「怖ぇよ…」
「さぁて、久々に忙しくなるぜ? これからどうなるか…アンダァスタンド?」
「ああ、勝てる可能性ワンチャンだろ?」
兄と弟はニヤリっと笑う。
「ワンチャンだ」
「へへッ、流石兄貴だぜ!」
不思議で変わった兄弟。それぞれ『アンダァスタンド』と『ワンチャン』を口癖にした兄弟は笑い合う。
そんな変わった兄弟を見て優香は微笑んだ。クラスメイトは肩を抱き合った。
焦ると関西弁が出てくるヒロインっていますよね。この作品のヒロインは慌てると『博多弁』が出ます。




