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フクオカ  作者: 夜紫希
第二章
30/32

彼女の気遣い

窓から吹く涼しい風に当てられていると予鈴が学校全体に聞き届けられる。(まと)まった考えに満足していると何者かに背中を叩かれた。

振り返るとそこにはスーツに着替えた優香の姿があった。不満げな顔をしており、教科書で俺を叩いたみたいだ。どうやら先に行ったことを怒っているように見えた。


「……何しとったと」


ご機嫌斜めのご様子。機嫌が悪いのは一目瞭然だった。

素直にサボったことはメールで認めたが、夏希の事情はホイホイと誰にでも口にして良い事ではない。なので優香には伝えていない。

返答に躊躇(ためら)っていると、不自然な態度を取ってしまう。


「ちょっと学校でやることがあってな? ホラ、そんなに気にすることじゃねぇから…」


誤魔化そうとするとまた教科書で叩かれる。今のは自分でも嘘が下手だと分かる。

両手を挙げて降参。『ハカタ祇園(ぎおん)山笠(やまかさ)』のことは優香もある程度の事情は知っているので少しだけ白状(はくじょう)する。


「祭の参加をお願いしていたんだよ。あと一人、クラスで参加していない軍学生が居るだろ?」

「それだけじゃないよね?」


鋭い。まだ一年と少しだけしか一緒にいないというのに、こんなにもバレてしまうのか。

疑いの眼差しに顔を逸らすが優香は許さない。洗いざらい吐けと言わんばかりに頬を引っ張った。


「痛い痛い痛い!」

「…言えない事情なら言わなくて良いけど、手伝えることがあるなら言ってよね」


優香の優しさに心が温かくなるのを感じる。

あの夜戦から距離が少しは縮まった気がしていたが、どうやら気のせいではないみたいだ。

信頼に応える為に、頬を引っ張っている優香の手を掴み、首を横に振った。


「別に信頼できていないとかじゃない。ただ複雑な事情があるだけだ」

「…また無理してないよね?」

「ああ、夜戦よりは(はる)かに楽だ。むしろ先生として仕事ができそうで気合が入る」


教科書を持ち上げながら優香に笑いかける。すると心配していた表情から安心するように顔をほころばせて笑った。


「なら良かった」

「っ…」


可愛過ぎる笑顔にドキッと心臓が驚く。

気になる女の子の破顔がここまで威力を秘めているとは。これからは気を付けなくては、このままだと教室に行って授業できないぞ。

優香に勘付かれないように赤く染まる顔を手で隠しながら教室の方に並んで歩く。

結局、次の授業が始まるまで優香の顔を直視できなかった。





授業を終えた後、先生とこれからの方針について優香と一緒に相談した。内容をこれからどう広げるか、分かりやすく教えるにはどんな工夫が要るのか。アドバイスを貰いながら相談した時間は実に有意義な時間だった。為になることばかりで勉強になる。

しかし、話に熱が入ったせいで軍学生の下校時間が過ぎるまで話し込んでしまった。放課後は夏希に会おうと思っていたのに、失敗した。


「あ、先生! 今日は夜戦に参加するんですけど、作戦について相談が…」

「……少しだけだぞ」


夜戦しようとする二年生たちを無視することができず足止めをくらう。その後、急いで教室に行ったが、鍵は閉められ全員下校していた。

今日は諦めて明日にするしかない。また学校をサボってしまうことに出席日数を気にし始める。

頭の中でスケジュールのことを考えていると、校門の前で待つ優香の姿を見つけた。


「や、(やなぎ)?」

「あ、やっと来たわね」


スーツから私服に着替えた優香はゆるふわパーマの茶髪を風になびかせながら近づく。

用事があるから先に帰ってくれと言ったのに、何故ここで待っているのか分からなかった。


「用事は終わったの?」

「いや、まぁ……というか何でここに?」

「遊びに行くわよ」

「はい?」


優香は俺の手を掴み引っ張った。

小さく柔らかい手に心臓がバクバクと激しく鼓動(こどう)する。

綺麗に整った可愛い顔が近いせいか全く抵抗できない。このまま手を繋いでいたいという欲求が抵抗の意志を消してしまっていた。


「ど、どこに行くんだよ」

「《カシイ》よ。駅の近くにゲームセンターができたの知らんの?」

「知らねぇよ。金がないのに行くわけないだろ。俺からすればゲームセンターは景品を眺めて、楽しく遊ぶ親子を温かい目で見守り、永遠とゲームのチュートリアルを見る場所だ」

「その間違った遊びは引くわ…」


嫌な顔をするクセに繋いだ手を離そうとはしない。気付いていないのか、無意識なのか。どっちなのか分からない。

道を歩けば下校中の軍学生たちの視線が集まってしまう。遂に恥ずかしくなってしまった俺は耐え切れず優香に言ってしまう。


「えっと、柳? あの、手が———」

「な、何!? 全然聞こえんっちゃけど!?」


———お、お、お前も意識しとるんかーいっ。


「いや……何でもないや」

「そ、そう……」


顔を真っ赤にした優香が大声を出した瞬間、察してしまった。

結局何も言えずに俺も顔を逸らしてしまった。優香も顔を逸らすが、手は繋いだままである。


(ちょっと!? 変に意識してしまうんですけど!?)


握り絞めた手にどう力を入れたらいいのかパニックに(おちい)ってしまう。

自分の握り方は合っているのか、手汗は大丈夫なのか、今日の夕飯はどうしようとか、どうでもいい事まで深く考えてしまう。

恥ずかしいと言えば恥ずかしい。でも嬉しいと言えば嬉しいので困る。

リードできないことを情けなく思いながらも、一時の至福を楽しんでしまった。





《カシイ》駅から徒歩五分。ゲームセンターの建物は三階建てで、階層毎にゲームの種類が違うらしい。充実したゲームの多さに人気があるそうだ。

それと駅に着く前には既に手を離しており、今は並んで歩いている状態。だって改札口を通る時に手を繋いでいたら目立つし恥ずかしいだろ? さすがに手を離す。べ、別に歩いて行って長い時間繋ぎたかったとか思ってないんだからね!


「柳と来るのは二度目だな」

「入学式の時ね」


入学式をサボって遊び倒したあの時以来だ。四人で遊ぶことは多かったが、二人で来るのはあの時以来だ。

店に入ると耳を刺激する大音量。それに嫌な顔をしつつも優香は案内してくれる。

まず一階。誰もが知っているゲームだった。


「まずは定番中の定番!」

「露骨にムカつくアームの絶妙な強さ、高額商品は絶対に(さら)うことができないUFOキャッチャーだな」

「入学式のこと、まだ根に持っているんだ…」


親の仇でも見るかのような顔をする竹志に苦笑いになる優香。そう、あれは忘れもしない出来事だった。


「これだけで三千円も使ったからね…」

「今思えば意地を張ったせいで馬鹿なことをしたと思う」


スマホに付けたストラップを見ながら優香が笑う。明太子を口に咥えた白い猫のストラップだった。

本来なら千円どころか百円でも取れるようなUFOキャッチャーだったのだが、なんとこれ一つを取るのに三千円も使ってしまった。


「馬鹿と言うか、下手過ぎるのよタケは」

「うるせぇバーカ! お前のストラップは明太子! こっちは豚骨ラーメンだったから簡単に取れたんだよ! 豚骨ラーメン舐めんじゃねぇ!」

「関係ないわよ!?」


俺のスマホに付いているストラップは豚骨ラーメンの中に入った白い猫。温泉気分でラーメンに浸かっているこのストラップは優香が一発で取った景品。つまり百円。

優香が一発で景品を取ったことに(あお)られた俺はムキになり取れるまでプレイした。その結果が三人の野口を犠牲(ぎせい)にした。英雄たちがバラバラに十枚の硬貨に解体され、暗い溝に落ちて行く光景は今でも忘れられない。


「お金ならアタシも出すからやろ? ね?」

「むしろそれが俺のやりたくない理由なんだよなぁ」


優香は気にしていないようだが、こちらは申し訳ない気持ちで一杯だ。今の俺は彼女のお金を吸い取るクズな男にしか見えないだろう。

断腸(だんちょう)の思いで財布を開く。そこには教師の仕事で手に入れた野口たちがニッコリと微笑んでいる。


「一度で、決める!!」

「ただのゲームで何でそんな本気に…」


両替機で硬貨に崩す。一枚のコインを強く握り絞めて汚名返上の時が来た。

睨み付ける相手はもつ鍋を両手で持ち上げた白い猫。可愛い顔をしているが、憎い。何故か憎い顔をしている。


「奴を掴む。この一枚で、二千九百円の借りを返してやる!」

「小さいわよ」


俺に取っちゃ大きいの!

硬貨を入れると愉快な音が鳴り出す。ボタンを押してアームを動かすことができるようになるが、手が震えてしまう。


「こんな時、小笠原が居れば計算して一発で取れるのに…」

「アレは反則でしょ…店員さんが泣いてたのよ」

「取れるモノは全部一発だからな。ああいう人間はここに来て良い人間じゃない」


悪い顔で景品を奪って行く小笠原の姿は三人がドン引きする程。強奪(ごうだつ)の悪魔の様だった。

躊躇(ためら)い困り果てる竹志の姿に見かねた優香は後ろからソッとボタンに触れている手を重ねた。


「んっ!?」

「アタシも得意じゃないけど、タケよりはマシなはずよ。教えるからちゃんと見てて」


無理です。近過ぎてアームに集中できません。

今日は心臓に負担をかけ過ぎている気がする。あまりの重労働に心肺停止しちゃう。

先程と同じ柔らかい手の感触に息を飲む。何度やっても慣れることはないだろう。

アームが横に動くと重ねた手を隣のボタンに移動させられる。景品よりずっと手を見ていた。

落ち着けと何度も心の中で唱えるも、優香から良い香りが鼻腔(びこう)を刺激して心臓の鼓動をさらに早める。


「よし、良い位置よ!」


俺とお前の位置はあまり良くない。健全的に考えて。

アームがゆっくりと下に落ちる。俺の視線もゆっくりと下に落ちて重ね合わされた手を見てしまう。だから集中できてないって。

(よこしま)な心を持つ自分に対して夢中になって教えてくれる優香には大変申し訳ないと思う。


「つ、掴めてる…!」

「何だって!?」


優香の呟きに驚きながらアームを見ると確かにもつ鍋がアームの先端に引っかかり、掴まえて持ち上げていた。


「き、きせっ———きぃっ!?」


奇跡だと叫んで喜ぼうとするが、声は止まってしまう。

優香は無意識の内に手に力が入り、強く握り絞めてそのまま俺の背中に密着して台の中を覗き見る。

興奮しているせいか胸が背中に当たっていることに気付いていない。良い香りをした髪が頬に触れて、控えめでも手よりも柔らかい感触に心臓の鼓動は最高潮に達する。もう死にそう。

ゴトンッ———景品が見事に穴に落ちた瞬間、優香は笑顔で景品を取ったことを自慢する。


「凄いわよタケ! 今日は一発で———タケ?」

「ああ…凄かったな」

「な、泣いてるの? もうっ、大袈裟よ大袈裟。ホラ、このまま次に行くわよ」


そう言って手で顔を隠すタケの腕を掴んで歩き出す。そして優香に見えないようにポケットティッシュを取り出した。

顔を手で抑えているのは、鼻血を出したのを隠す為だ。優香には涙を流して感動していると、誤魔化して騙したのだ。


(このままだと俺の身が耐え切れない…元最強なのに)


……最後まで両方の心が痛かった。



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