重なる面影
第弐高校の生徒会室には鹿野と竹志、二人の姿があった。
会長の椅子に座る鹿野は一枚の紙を手にして困惑した表情をしている。竹志はその前に立っていた。
「え、えぇ……」
「何だよ文句あるのか」
『ハカタ祇園山笠』のメンバー選出を用紙に書いて鹿野に渡していた。机に叩き付けるように渡すと、とても嫌な顔をされたのだ。
「本気ですか? ちゃんと勝ちに行っていますよね?」
「当然だ。俺が持つのは一チームだけでいいだろ? 小笠原たちにも手伝わせるから大丈夫だ」
「そういう問題じゃないのですが…よりによって夏希のクラスですか」
妹のことを心配する鹿野。しかし用紙に名前が載っていないことを確認すると肩を落とした。そして眼鏡を外してレンズを拭き始める。
「やっぱり参加していませんね」
「ああ、拒否された」
「……妹は自分より難しいですよ」
「確かに。お前はチョロかったもんな」
「いやチョロくないですよ!?」
自分のことをそういう風に言う奴は大体そんな感じ。チョロい。
鹿野 夏希。生徒会長の妹が居ることは本人からも少し聞いていた。真面目な性格だからと遠回しにお願いされていたが、あそこまで拒絶されると困る。
クラス皆で仲良く行事に参加することは良い事だと思っていたが、どうやら甘いらしい。
「夏希は焦っているのだと思います。自分の後を追うのに精一杯で…」
「……あまり人の事情に首を突っ込むのは良くないと思っている。話したくないなら思わせぶりな発言はやめろよ」
「安心してください。手を貸して欲しいので思わせぶりな発言をしています」
「チッ、偉くなったもんだな。それで、何だよ」
それでも文句を言わず話を聞いてくれる竹志に鹿野はお礼を言って話を続ける。
「自分たち兄妹は祖父母の家で育ちました。両親は他界して、祖父母の家は厳しい家庭で虐待に近い教育を受けていました」
「妹もか?」
「いえ、自分だけです。妹は女という理由で見捨てられました」
「……それはそれで辛いな」
「はい。ですが最悪なことに虐待に近い教育は功を成しました。周囲の人間より優秀で、この高校にも主席として入学できましたので」
自分が優秀だというのに鹿野は喜びを一切見せない。成功した虐待の教育を最悪とまで称したのだから理由があるのだろう。
「妹は両親を否定させたくないのです」
「否定?」
「祖父母が妹を見捨てたのは『自分が兄より劣っているから』と思っています。自分が駄目だから捨てられたと」
グッと手を握り絞める鹿野。目を細めて眉間にしわを寄せる。
「妹は…夏希は祖父母のせいで父と母から生まれた自分を否定されていると思っています。だから次の生徒会選挙では生徒会長に立候補し、兄と同じように優れていることを証明しようと必死なのです」
その言葉に胸を打たれる。
「———亡き父と母を、それほど大切に思っているから」
夏希の行動は、誰かに似ていた。
『行かせてくれ! 俺もあの場所に行かせてくれ!』
あの日、決意した馬鹿な男のことを思い出す。それは良く似ていた。
彼女の思いを少しばかり同感する。自分を産んでくれた両親を否定させたくない気持ちが分かる。
だけど、その生き方は一度考え直す必要がある。
「結局、似た者同士か」
「え?」
「夏希と同じような馬鹿が居たことを思い出しただけだ」
選出メンバーの用紙を鹿野から奪い取り笑う。そのまま生徒会室を出ようとした。
「ちょっと待ってください!? 参加者は決定したのでは!?」
「やっぱりまだ考えるわ」
扉を開けながらニヤリと笑みを見せる。
「もう一人、誘いたい馬鹿がいるんでね」
#
次の日。その日の講義をサボった。
自分の学校には行かず第弐高校へと向かった。
お昼時の食堂は軍学生で賑わっており、永久に使える食券でトンカツ定食を頼む。
そして食堂の隅で一人座る短い茶髪に赤いカチューシャを付けた女子軍学生の前に座る。
「よぉ」
「……………」
無言で睨み付ける夏希に構わず手を合わせて定食を食べ始める。トンカツを口にした瞬間、涙をこぼしそうになるが我慢する。
「単刀直入に言う。『ハカタ祇園山笠』に参加しやがれ」
「お断りします」
「それをお断りします」
夏希がイラッとするのが見て分かる。表情が引きつっているが、それでも彼女は丁寧に断ろうとする。
「でしたらそれをお断りします」
「はいお断りバリア。はい決定」
「子どもですか!?」
用紙に名前を書こうとするが止められる。夏希は俺の手を掴んだまま抗議する。
「参加しませんと言ってるじゃないですか! 教師でもやって良い事と悪い事が…!」
「今日は手を叩かないのか?」
「っ……」
首を傾げると夏希は急いで手を離す。用紙は一度書くのをやめて話をする。
「ま、昨日から念入りに手を洗うようにしたからな。言っておくが昨日だってトイレに行った後はちゃんと石鹸を使って手を洗っているからな」
「アレは汚いから払ったわけじゃ…」
「小便だろうがウンコだろうが俺はちゃんと手を洗う! 汚くないからな!」
「今汚い話をしていますが!? 食事中なのでやめてください!?」
周囲から嫌な視線が集まる。夏希が必死にやめろと言うので話を一度やめる。
しばらく黙って食事をしていると、夏希から話し出す。
「兄様ですか」
「は?」
「兄様の指図ですよね」
夏希は俯きながら手を震わせていた。
「隠す必要はありません。全部、分かっているので」
「……兄貴からお前のことを聞いたが、お前が兄のことをどう思っているかは知らん」
「私も同じです。兄様のことなんて嫌いです」
「そうかよ」
適当に返事をするが竹志は心の中で夏希の言葉を否定していた。
夏希が兄のことを———嫌いなわけがないと。
「どうして『ハカタ祇園山笠』に参加させたいのか分かりましたよ」
「何だよ」
「———兄様もアイツらと同じだ」
憎しみの感情を露わにした夏希に食事の手が止まる。異変に気付いたからだ。
(……熱い)
彼女の方から熱気がこちらに流れていたのだ。
コップに入った氷がすぐに溶ける。やがて冷たい水はぬるくなってしまう。
周囲の軍学生たちも空気がやけに暑いことに気付き始める。しかし、それが夏希の仕業だとは気付いていないようだ。
(学年主席だから実力はあると見込んでいたけど…まさかレベル2か)
能力の微発動に驚きを隠せない。自分が知る限り一年生の段階でレベル2になれる者はごく僅かの軍学生だけ。この早い時期で能力持ちなら第五高校でも難しいはず。
「何度も私を否定する…まるで見捨てた人間が優秀であることを有ってはならないと強く否定する…!」
「俺はお前の成績が優秀なのは知っているけどな」
「ですが点数は兄様より劣っていました。五点も」
細かいなおい!とツッコミは心の中で。さすがに自重した。
「兄様は二年生の時に生徒会長になりました。私が一年生で生徒会長になることで、やっと証明できるのです」
夏希の目は真剣で、決意に満ちていた。
両親を否定させない思いが彼女を突き動かしていた。
そんなことを、誰も望んでいないことに気付かずに。
「兄様を越えない限り、私は『私』と名乗れないのです」
「……死んだ両親の為か」
「知っているなら、もう勧誘はやめてください」
夏希はそれ以上話すことは無かった。ただ無言のまま食事を再開した。
食べながら話を整理して考える。すると夏希が突然立ち上がる。
「失礼します」
「待て」
それを止める。夏希は一度溜め息をつくと顔だけ振り返る。
「だから勧誘は…」
「何故トマトを残す」
「え」
「何故トマトを残すと聞いている」
言葉通り夏希の皿の上にはプチトマトが二個乗っていた。夏希はキョトンとした表情になるが誤魔化す。
「こ、これは…その」
「残さず食べなさい」
「で、ですが…」
「成績優秀なら食べろ」
周囲の視線もあってか夏希は羞恥で顔を赤くして、涙目で席に座ってしまう。
竹志に見られて逃げらないことが分かると、プチトマトを苦しそうに食べた。
「もう残すなよ」
「うぅ…はい…」
最後は口直しに水を飲んで、夏希は食堂から出て行った。
ちゃんと残さず食べ終えた夏希を見送り、満足した後気付く。
「あっ」
話したいことは、すっかり飛んでしまっていたことに。
#
食堂で食事を済ませた後、休憩室で優香とメールしていた。
『講義今終わった。どこに居るの?』
『第弐高校』
『何でよ!?』
『早く来いよ』
最後に三分間待ってやるとカップ麺のスタンプを送ってメールを終える。
外の空気でも吸おうと廊下に出ると世志の姿を見つけた。手には教科書を持っており、移動教室のようだ。
「兄貴じゃん。早いな」
「まぁな。それより気になることがあるんだが…」
「鹿野のことだろ?」
事情は察しているようだ。頷くと世志は顎に手を置きながら思い出す。
「そうだなぁ…いつも独りでいるイメージが強いかな」
「だろうな。食堂でボッチ飯してたから知ってる」
「何で知ってんだよ…まさかと思うがストーカーしてんじゃないだろうな?」
「今日の晩御飯は草でも食べるか? それとも体育倉庫で見つけた白い粉でも飯にまぶすか?」
「キレるなよ。というか白い粉って石灰じゃねぇか死ぬわ。親しい人はいないみたいだし、クラスの皆は話しかけにくいってさ」
予想通りというか何というか。人を寄せ付けない雰囲気を纏っているのは同感だ。
複雑な事情に突き入る隙もない。弱みはトマトが苦手ぐらいしか知らない。
「はぁ……兄貴、余計なお世話だと思われているぞ?」
悩む兄を見た世志は呆れながら言う。
「しつこい男はモテない、だから大学生になっても彼女ができな———ぶぅ!?」
パンッと気持ちの良い音が廊下に響き渡る。
さすがに俺でも怒る。強烈なビンタを世志に食らわせた。
よよよっと女の子のように崩れる世志を見下す。そして指を指しながら説教を始めた。
「いいか、よーく聞け。テメェはチャラチャラしているクセに彼女が何人もできたな? でも逆に言えばチャラチャラしているから何度もフラれるんだ。チャラチャラしていない俺はフラれていない! つまりチャラチャラしているお前とチャラチャラしていない俺と一緒にするんじゃねぇよチャラチャラ野郎!!」
「チャラチャラチャラチャラうるせぇよ!? 頭おかしくなるわ! そもそも兄貴がフラれたことがないのは彼女ができたことがないからだろ!?」
世志は竹志の指した指をゴギッと曲げて反撃。地味に痛い攻撃にうめき声を上げる。
話が脱線してしまったが、夏希と関わる時は慎重にしよう。
痛めた指を抑えながら教科書を拾い、世志も立ち上がる。
「とにかく、気を付けろよ兄貴。身内が犯罪者になるとかマジで勘弁してくれ」
「ふざけろ。そんなことしねぇよ」
「じゃあ俺は行くからな」
世志は手を振りながら教室に行く。それを見送りながらこれからのことを考えた。
夏希に親しい仲の友達はいない。誘いは完全に断られる状態。
生徒会選挙を辞退させるのも困難。選挙自体もやめるわけにはいかないだろう。
しかし、ここで一つの疑問が浮かび上がる。そもそも生徒長になる為には何をする?
(選挙で大事なのは知名度がものを言うはず。生徒の信頼が大事になるのは間違いない)
だが彼女にそんな動きはない。孤立する程クラスと関わりはないのは世志に聞いた。
唯一の取り柄は成績の優秀さ。それだけが軍学生に知られている。
もし彼女が手に入れることに苦戦しているのなら、それらを欲しいとするのなら———交渉材料になるのではないか?
「お互いに利益のある交渉なら食い付くよな?」
廊下の窓からグラウンドで軍学生たちが戦闘訓練をしているのが見える。それを眺めながら思考する。
彼女の意志を尊重しつつ祭の参加に引きこむ算段———そして彼女の助けになる方法を授業の予鈴がなるまで考えた。




